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元は人間

逃げる理由って、だいたい面倒。

数日、歩いた。


風景が、少しずつ変わっていく。

港町から、山へ。


——そして、空気が変わった。


人の背丈をゆうに超える岩が、無造作に転がっている。

まるで、だれかが放り投げたみたいに。


 三人は無言で歩いた。足音だけが続く。

 そのとき——どこかから、声が聞こえた。

 低い。獣の声だ。


 てんが足を止めた。周囲へ視線を走らせながら、ぽつりと呟く。

「……神獣、かな」

 その声が終わるより早く、カナマはもう歩き出していた。声のした方向へ。迷いなく。


「ちょっ——」

 てんが思わず声を上げる。

「なんであんたが決めてんの」

 カナマは振り返らない。

「気になるじゃん」

 軽い声だった。


てんはため息をついて、リースの方を見た。

「リース、行くよ」

 リースはすでに頷いていた。

 三人で岩の間を抜けていく。

声が、少しずつ近くなる。

足元の土が鳴る。

やがて——開けた。


 そこにいた。

 大きい。岩と見間違えそうなほどだ。

全身に無数のトゲが生えている。

触れれば、それだけで終わる。

 リースの体が、自然に構えた。

ノートへ手が伸びる。


 ——その腕を、カナマが止めた。

「ちょっと待って」

 静かな声だった。

「なんで」

 リースが、少しだけ眉を寄せる。

不服だった。隠す気もない。

 カナマは答える前に、神獣を見た。

「弱ってる」

 短く言う。見れば——確かに。

動きが重い。呼吸が乱れている。


トゲの一部が、欠けていた。

「それでも」

 リースは前を見たまま言った。

「神獣でしょ」


 カナマは少しだけ間を置いた。

「そうだけどさ」

 穏やかな声。

「この子たちも、もともとは神で——人間だから」

 一拍。

「死んだ後に、こうなった」

 リースは、動きを止めた。神獣を見る。さっきとは、少しだけ違う目で。

 風が吹いた。岩の間を抜けて、三人の間を通り過ぎていく。

 神獣の呼吸だけが、低く、続いていた。


てんは、少し悲しそうな顔をしていた。

「死んだあとに——神獣になる」

 リースが、ぽつりと繰り返す。

驚いていた。隠す気もない。


「そうだよ」

 てんが静かに言う。

「前に言ったでしょ。神が死んだら災いが起きるって」


一拍。

「死ぬことで肉体が神獣に変化して——街を滅ぼすから」

 リースは少しだけ黙る。


神獣を見る。

「……前、食べちゃったじゃん」

少しだけ考える。

「……だめだった?」


 カナマが、口を押さえた。

笑いを堪えている。肩が微かに揺れていた。


てんは少しだけ間を置く。

「あー……まあ」

視線を逸らす。

「みんな食べるよ」


「茶番はここまでとして」

 カナマが、少しだけ口調を変えた。

「本人たちに意識はないし、肉体もほぼ別物だから——食べても、いい」


 一拍。

「ただ」

 穏やかな声。

「元は人間だってことだけ、覚えていてほしい」

 それは、カナマらしくない口調だった。軽さがない。飾りもない。ただ、そこにある言葉だった。


 カナマは静かに歩み寄る。神獣へ。迷わず、そっと触れた。


 次の瞬間——

 神獣が、枯れていく。

 トゲが、皮膚が、巨大な体が——。音もなく、ゆっくりと。

まるで、そうなることが決まっていたみたいに。

抵抗をすることもなく

静かに、崩れていく。


 そして——動かなくなった。


 リースは、その場に立ち尽くしていた。言葉が、出ない。ただ見ていた。今しがた消えたものを。今しがた終わったものを。


その場を離れ、三人は先へ進んだ。

しばらくして、リースがふと口を開く。

「カナマの力って、何?」

 カナマは少しだけ間を置いた。

「何でしょうか?」

「……わからない」

「やさしさだよ」

 にこっと笑う。

「優しさの神」

「へー」

 リースが素直に頷く。

「いや嘘でしょ」

 てんが即座に言った。

「えっ」

 リースが振り返る。

「ごめんちょ」

 カナマが軽く謝る。


 てんはため息をついた。

「リースはあなたと違って純粋なんだから、適当なこと言わないでよ」

「僕も純粋よ」

「純粋な自己中の間違いでしょ」

 またはじまった。

 リースは特に止めようとしない。ただ前を向いて歩いていた。


 やがて、てんが言う。

「あーもう疲れた。今日はここらへんで休もうよ」

「そうね」

 カナマがあっさり頷く。

「じゃあ休むか」

 ミクマたちにもらった食料を囲んで、三人は座った。


火を起こす。

脂の弾ける。

他愛ない話をしながら食べていると——


 どん。

 地面が、揺れた。

「……また神獣?」

 てんが顔を上げる。

「今日多くない?」

「さっきよりうるさい」

 カナマの声が、少しだけ低くなる。

「警戒して行こう」

 リースは無言で頷いた。ノートを取り出す。


 そのとき——

 長身で、煤に汚れた和服の女が


「ごめんなさーい逃げてー!!」

 叫びながら、こちらへ一直線。

 その後ろに——複数の影。

地面を揺らしながら、迫ってくる。

「いやーー!!」

 てんが叫んだ。

そのままきびすを返す。

リースとカナマも続く。


岩を飛び越え、草を踏み抜く。

転びそうになりながら、それでも走る。

 カナマだけが、やけに涼しい顔で走っていた。


「けっこう楽しいね」

「楽しんでんじゃないよ!!」

 リースは無言だった。

ただ、速い。

気づけば先頭にいた。


 そのとき——岩の間に、暗い裂け目が見えた。

洞窟だ。

狭い。大きいものは入れない。

「あそこ!!」

 リースが指さす。

 全員が、一斉に飛び込んだ。

 暗い。

冷たい。

岩の匂いがする。

 外で、地面が揺れる。

重い足音が、すぐそこを通り過ぎていく。

誰も、息をしない。


 やがて——足音が、遠のいた。

少しずつ。

少しずつ。

 静かになった。

「……撒いた?」

 てんが、肩で息をしながら言う。

「みたいだね」

 カナマが涼しく答えた。


「ほんとにごめんなさい」

 女の人が、頭を下げる。

「だ、だいじょうぶです」

 てんは息を切らし、膝に手をつきながら答えた。

まだ息が整っていない。

 

女は全員の顔を見回して、少しだけ安堵したように息を吐く。

それから——姿勢を正す。

「申し遅れました」

 深く、一礼する。

「私、倭国谷源(やげん)出身——火の神子、すみと申します」

凛としている。


「……さっきの、追ってきてたの、全部私のせいですー」

読んでいただきありがとうございます。

すみとの出会いが運命を変える

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