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夏の始まり、神を救う

初投稿です。

良ければ評価、よろしくお願いします!



 【今日は全国的に記録的な猛暑となるでしょう!】


テレビの中の天気予報士が、眩しそうに空を見上げていた。

俺の住む地区は最高気温33度。いくら山の中に住まいがあるとはいえ、日差しを遮るものがなければ涼しいことはない。


――出かけるか。

リモコンに手を伸ばし、音を消した。



 今の時代には死活問題、エアコンが我が家には無い。体にまとわりつく生ぬるい汗を感じながら、本能からか、ふと記憶の奥に眠る涼しい記憶が蘇った。

 幼い頃によく行った祠がある。

竹に囲まれた細い道の先、木々に覆われた、やけに涼しい場所だ。


 この暑さから逃れるため、自室に急ぐ。スマホ、飲み物をバックに詰め、タンスからシャツを引っ掴む。

玄関のサンダルに足を差し込むと、ぷきゅっと不恰好な音がした。



 遠くで蜃気楼が、手を振っているように見えた。じりじり肌を焼かれた挙句、脳も茹ってしまったのか。そんな幻覚が見えるよう。首に巻いたタオルを額に、顎に、忙しなく押し当て坂道を上がっていく。

 空は青く、どこまでも遠い。アスファルトの焼ける匂い、油蝉のけたたましい鳴き声、風は温く体を冷やしてくれることはない。

 それでも進む。早く、俺をこの暑さから解放してくれ。



 今は夏休み。

実家は山中で、市街地からは遠く、車がないと生活ができないレベルの地域にある。バスは利用者減から廃線となり、親の力無しでは下界との接点は無し。接点は無くなっても、別に、困ってはいない。

 夏休みというのに予定がないこの有様が全てだ。人間関係は希薄。積極的にコミュニティを築こうと思えない奥手であり、表情が固まっているのも拍車がかかり誰も寄り付いては来ない。

 

 昔よりは上手くやっているつもりなのにな。



 祠まであと半分のところで一息つく。少し深呼吸して、胸を膨らませば、自然と体の力が抜けた。

 右手を太陽に差し出すと、手の周りは少し透けて血色が見えた。太陽は、容赦なく体を焼こうとしている。汗は額から顎に伝わり、アスファルトへ落ちた。汗を踏みつけ、再度足に力をこめて歩みを進める。



 よく幼少期はこの道を進んで、肝試しをしたものだ。小学生のお楽しみ会と銘打って、夏休みに祠の敷地内で花火や肝試しといったイベントを行った。上手く周りと馴染めていなかった俺は、ぎこちなくみんなの後に付いて行ったものだ。楽しい思い出は無いに等しいが、なぜかここの祠は空気が冷たく、心地がいいことだけが強く記憶に染み付いていた。

 顔を上げれば、祠に続く道が目の前にあった。


 「やっとだ」


 竹が道の端に植えられているからか、光を遮り日陰になっている。舗装されていない凸凹のアスファルトを登ると、周りの音が遠くなる様な感覚に襲われる。ただ、木の騒めきが俺を奥へと導いている様。

蝉の鳴き声は遠くなり、自分の呼吸音すら感じられるほどだ。

 最後の坂を登ると、目の前が一気に広がる。木に覆われることなく、その場だけが切り開かれているようなそこは、白い太陽光がきらきらと降り注いでいる。

 大きな鳥居が端に見える。その下には急勾配の階段があるが、ここら辺の地元民は皆、俺が先ほど歩いてきた裏道からこの敷地へと入ってくる。

 そして、広い宴会場。祠よりも存在感があるその建物は、年に一度、ここの神様−−白綴明神様に供物を捧げるという名の飲み会が開かれる。よく父が喜んで参加するイベントの一つだ。

 猛暑の中引きずってきた体は悲鳴をあげている。早く、日陰に入らなければ倒れてしまう。宴会場の中は、意外と暑い。ここの1番涼しいところは宴会場の裏、祠が祀られているところだ。汗だくで体力が底をつきそうな体のどこに元気が残っていたのか、早足で日陰へと向かう。

 

 「はぁ、やっと着い………え、」


 裏へと回ると、宴会場の裏口から白い毛束だろうか、地面に流れる様に垂れていた。埃臭い場所に似つかわしく無い、光を集めた様な煌めきを放っている。動物だろうか?でも、こんなに尻尾が長い野生動物なんていただろうか。

 恐る恐る近づく。襲われても逃げられる様に、重心は心なしか後ろに倒していた。

 距離を取る様にソレを見る。

視線を上げると、白い毛束の先には、人が倒れているでは無いか。

 慌てて駆け寄る。肌は髪に負けないほど青白くなっていて、呼吸もしているかしていないか判断がつかないほど音がない。耳を近づければ、やっとか細い空気の振動が伝わる。

 

 「大丈夫ですか…⁈大丈夫ですか⁈聞こえますか⁈」

 頬を何度か叩いてみる。昔のテレビの情報を朧げながらに実践してみる。ここで救急車を呼べばいいはずなのに、いざとなると気が動転してしまっていた。

 心肺蘇生?人工呼吸?AED??どうしようどうしよう。

 声をかけ続けると、僅かだが瞼が震えた気がする。なんとか生きている。体格は青年くらいだろうか。なのに体重は軽く、今にも消えてしまうのではないかと不安になりそうだ。

 やっと救急車を呼ばないと、と声に出した時、目の前の男が盛大にむせこんだ。咳き込んだ先に、紅が見えた。

 『ごぼっ、ごっ、ごほっ!!』

 「えっ、血…?救急車、救急車呼ばないと!」

 情けなく震える手が、上手くスマホを掴むことができないでいる。その手を力強く掴まれた。一体誰か、死にかけの目の前の男である。呆気に取られた俺は、弾かれた様に男を見た。目の前の男が、弱々しく俺を見ていた。

 

 『呼ぶ、な。はぁ…、はぁ…、どうにも、ならない、から』

男が初めて声を出した。呼吸をするのも辛そうな中、俺を目掛けてそう言った。

 「えっ、いや!血、吐いてるじゃないですか⁈」

 『無駄、なんだ。放って、おい、て…ごふっ、ごほっ!』

 夥しい量の血液がまた外に吐き出された。体を捻り、床に落ちてしまいそうな男の体を慌てて抱き止める。むせ込んでいる背中が、暫くすると、次はうめき始めたのだ。首を掻きむしり、ひゅーひゅーと気管が狭まっている音がする。

 「どうしたんですか、救急車、っ、うわっ、痛っ」

 男の両腕がめちゃくちゃに動き回り、俺を攻撃し始める。運悪く当たってしまった。左手が傷を作り、薄く血が流れ出していた。

 困った、こんな事になるなんて。救急車どころじゃないぞ!

 何かに縛られている様に、締め付けられた唸り声をあげながらもがき苦しんでいる男を必死に止めた。先ほどは不意打ちを喰らってしまったが、衰弱した男相手ならこちらの方が抑え込める。馬乗りになって、両腕を掴む。やった、なんとか抑え込めた。


その時だった。


 自分の左手から、眩い緑色の光が放たれた。その光はだんだん強くなり、宴会場を飲み込んでいった。

 あまりの眩しさに、押さえ込んでいた手を離し、眼を覆う。

昼間の太陽に負けない光は、暫くすると収束していき、細長い糸の様なものになった。その糸は、苦しむ男の体に巻き付いて遂には男が緑色に覆われた。


 「なんだ、これ」


 呆然と、自分の左手を見やる。先ほどの出血は止まっているどころか傷が完全に塞がっていた。手を裏返してみたり、戻してみたりしても、やはり傷は消えていた。

 「なんで、治っているんだ」

 


 『君、一体何者なんだい?』

 「⁈誰だ…、っ!」


 

 それはガラス越しの光のように、濁りのない声だった。障壁なく届く声に、頭を上げると倒れていたはずの男が光を覆いながら佇んでいた。よく見れば、煤汚れが目立つ容姿が嘘の様に、純白の長髪がたなびき、金糸の刺繍が施された華やかな着物に身を包んでいる。煮詰めた飴のような琥珀の瞳が俺を射抜く。

 男を纏う光の粒はやがて収束していき、宴会場は静けさを取り戻す。目の前の華麗な青年は、何かに気づき、綺麗に足をたたみ、手をついた。


 『いきなりすまなかったね。まずは感謝と謝罪を。私を助けてくれてありがとう。そして、傷つけてしまったこと、迷惑をかけた事謝罪させてほしい』


 獣の様な暴君は何処へやら、気品を漂わせる所作に目がまわる。状況が飲み込めない。

珍事に眼を白黒させている俺に、無理もない、と男は眼を伏せる。


 『まずは私の名を。白綴明神と申します』

 「しら、つづり…?それはここの神様の名前だろ?」

 『余計に混乱を招きますが、私はここに祀られる神なのです』


 絶句。この言葉が当てはまるのはいつの未来にも今だけだろう。

先ほどの緑の光といい、傷の治癒といい、この男といい、何が起こっているんだ。自称神の人間が普通なはずないだろ⁈厄介ごとに首を突っ込んでしまったか、自然に眉が寄る。


 『信じられないのも無理はありません。一つずつ説明をさせてください。…まず初めにあなたのお名前を伺っても?』

 こんな怪しい男に素性を明かせるのは気が引けた。ただ、どうにもその落ち着きようと、雰囲気から嘘は言えなかった。

 「…………有馬」

 太々しく答えると、男、白綴明神は顎に手を当て思案した後、あぁ、と眼を開いた。

 『有馬?あぁ、あそこの家の子だね。最後に見たのは蛍という子だった。まさか君かい?』

 「な、んで知ってるんですか」

 この人とは会ったことはないはずだ。こんなナリのやつを忘れるはずがない。驚いている俺に、白綴明神は柔らかい声で続けた。

 『私はね、大雑把にいうと記録を司る神なんだ。だから、代々顔を見せに来ている君の一家は記録にあるんだよ』

 なんともなさげに穏やかに言ってのける目の前の青年に、何故か嘘ではないと本能が言っている。疑うな、信じろと。思考は信じるなと言っているのに…、頭がくらくらしてくる。一先ず信じた事にして話をしないと進まないだろう。短く相打ちをし、続きを促すと、今度はさっきまでの空気を断ち切るように、彼は声を変えた。


 『それで、君の血の事だけど』

 「…はい。」

 『あれはなんだい?』


 黙秘は許さない、そんな重圧をぴりぴりと肌が感じる。

答えはわからない。そう、心当たりすらない。が……。

 言い淀む俺に、白綴明神は言いなさい、とキッパリ切り捨てた。



 「…俺は小さい頃から普通の人には見えないものがたまに見えてた。でも、それは人だったり、動物だったり。変に怪物とかお化けとかじゃなかった。人から、親から否定されるたびに、虐められるたびにこれは見てはいけない物で、誰にも言ってはいけない事だと理解した。それからは、できるだけ何も見ない様に下を見て歩いてた」


 「倒れているヒトや動物がいて、助けようとしたこともあったけど、親に引っ張られていつも助けられなかった」



 ぽつぽつ話す間、黙って聞いていた白綴明神が口を挟んだ。


 『君は一度も、其奴らに触れることはなかった?』


 「………一度だけ、ある」

 居心地悪そうに答える俺を、彼は否定しなかった。


 『それはどんな?』

 「血だらけで倒れていたんだ。流石に放って置けなくて近づいた」


 俺は昔から、他のやつには見えないものが見えていた。

人の形をしたものや、動物の姿をしたもの。どれも、現実と区別がつかないくらいにははっきりと。


 手を振ったことがある。

そのたびに、親は顔を歪めて、俺をその場から引き離した。

 

 【誰もいないでしょ!】


 何度もそう言われた。

倒れているナニかを見つけて、駆け寄ろうとしたこともある。

けれど、その前に腕を掴まれて止められた。


怒鳴られる。

笑われる。

気づけば、俺は下を見るようになっていた。


見ないふりをするのが、一番楽だった。



それでも、一度だけ。


あれは公園だった。

端の方で、誰かが倒れていた。


今度こそと思って、近づくと、血が出ていた。


持っていたハンカチで押さえた。幼いながらも必死で止血を試みた。


その時だ。


【もういい。離れなさい】


声がした。


顔を上げると、痛みに震えながら男が立ち上がっていた。

そっと、血に濡れた手で、俺の頭を軽く撫でる。


【……心優しい人間に、祝福を】


その言葉と共に、男の体は光になって消えた。


気づけば、血も、汚れも、何も残っていなかった。




 淡々と過去を話す間、白綴の顔は少しずつ険しくなっていく。ゆっくり閉ざされた瞳が開かれて俺を見据えた。




 『……蛍、端的に言うよ。』

 




 『君は、もう人間じゃない』

 

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