7、夢のつぼみ
「こんな感じでしょうか?」
「うん、あとはゴミを捨ててくるだけだね」
いつも1人でやっている作業も2人でやるとあっとゆう間に終わってしまい、あとはゴミを運ぶだけ。
なんだか物足りなさを感じてしまうくらいだ。
集めたゴミを手に歩きながら、次は何をしようかなんて考えていると頭に浮かんできたのは昨日の事。
町で傷だらけで倒れていたリサさん、彼女を突然襲ってきたとゆうなぞのマント男。
やっぱり今花屋に戻って1人になるのは危ないよな。
できればここにいて欲しいと思うけどリサさんがそれを迷うのは何が理由があるのだろうか?
「あのさ、ちょっといいかな?」
「何でしょうか?」
「やっぱり、暫くここにいた方が安全だと思うんだけど…いや、無理にとは言わないけど…その…」
「…」
リサさんは、少しの間何も言わずに真剣な表情をしていたけれど、言葉に詰まってしまった俺の顔を見て優しく微笑むとこう聞いてきた。
「ルイさんの夢ってなんですか?」
「えっ?夢……」
突然の問いかけに動揺して声が裏返る。
俺の夢……?
そんな事考えた事なかったけど、記憶を失う前の俺には夢ってあったのかな?
全てを失った今の俺にはそんなものはもちろんない。
夢どころか自分が何者かさえわからないのだから。
「私の夢は両親が大切にしていたあの店を守り、その想いをお客さんに届け続ける事なんです」
「……素敵な夢だね」
なぜ彼女が突然こんな話をしたのか俺にはよくわからなかったけど、夢を語っているリサさんはどんな時よりも美しく輝いて見えた。
同時に俺には無いものをたくさん持っている彼女の事が凄く羨ましいとも思ってしまう。
「私の母と父は1年前に交通事故で亡くなってしまったんです。その時に花屋を引き継いで今日まで、ギリギリな所をなんとか1人でやってきたんです」
「うん」
「今、店を閉めてしまったら......もう営業を続けられなくなってしまうかもしれません。それだけはどうしても嫌なんです」
真っ直ぐ夢を語るリサさんの眼差しからは、その想いがどれだけ強く揺るぎないものであるか見ているだけで痛いくらいに伝わってくる。
人は夢を見ている時、こんなにも力強く前を向き、どんな事にも必死になれるものなんだな。
俺にもそんな時はあったのだろうか?
「そっか……でもさ、それで君が危険な目に会ったら、きっとご両親も凄く悲しむと思うよ?」
「……」
「俺なんかが言えた事じゃないと思うどさ。リサさんはまだまだ若いし、これから先も色々あるだろうけど転んだって何度でも起き上がればいいんだよ」
こんな事言ったら偉そうに何言ってんだって怒られるかもしれないけど、俺はただ彼女にこれ以上危険な目にあって欲しくないって思った。
彼女の夢を応援したい気持ちももちろんある。
だけど無責任に頑張れとか言ってもしもの事があったらとどうしても恐怖が先回りしてしまう。
俺はなんてちっぽけで情けない男なんだろうか。
結局心配しているのは自分の事なんじゃないか?
つくづく自分が嫌になる。
「俺さ、実はシエルさんに会う以前の事を何も覚えていないんだよね」
「え?」
二人の間に流れていた沈黙を破る俺の一言にリサさんは目をまるくして驚いている。
そういえばまだ自分の事を何も話していなかった。
黙っていたつもりは無いんだけど、やっぱり情けない男だなんて思われたくはなくて、その事実を無意識に隠していたのかもしれない。
「記憶喪失って事ですか?」
「うん。理由はわからないけどね。自分の事も家族のことも、もちろん自分の夢も……何もわからないんだ」
「そうなんですか……」
気まずい空気が流れる。
無理もない。
突然こんな事言われたって反応に困るよな。
俺だって最初は何が起こっているのかよくわからなかったし、信じられなかった。
でも、これは紛れもない現実なんだ。
「俺からしたらリサさんは素敵な夢を持ってて、こんな時でも負けずに現実とちゃんと向き合っててさ……本当に凄いって思うよ。でも頑張りすぎるのはよくないし、辛い時は辛いって言っていいと思う」
「……」
「偉そうだよね……ごめん」
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何が言いたいのかがだんだんわからなくなっていく。
心の中がもやもやして息が苦しい。
自分の事もわからない空っぽの俺だったけど、この時改めてよく分かった気がするんだ。
美味しいものを食べて笑ったり、誰かの笑顔に励まされたりもするし、こうやって苦しかったり悩んだり色んな思いに押しつぶされそうにもなる。
生きるってこうゆう事なんだなって。
これが人間なんだ。
「謝らないでください」
「え?」
そんな俺にとって彼女の笑顔は不安だらけの心に温もりを与えてくれる一筋の陽光。
希望の光だった。
「今まで辛かったですよね……それなのに私の事をそんなに心配してくれて、お2人には感謝してもしきれません。私を助けてくれて本当にありがとうございます」
「……俺は何も」
眩しすぎるくらいの優しさが俺を包み込んでいく。
本当は俺が勇気づけなきゃいけないのに……。
言葉が出てこない。
やっぱり凄いよリサさんは。
「私、決めました。暫くここでお世話になります!」
「え?いいの?」
「はい……本当は怖くて仕方なかったんです。強がってたところも少しあって。でもルイさんの言葉で勇気をもらいました。頼ってもいいのかなって」
勇気を貰ったのは俺の方なんだけど……
本当にこれでよかったのかな?
「あの、夢を思い出せないって言ってましたよね」
「うん」
「なら、新しい夢を見つける事。それを夢にするのはどうでしょうか?これから一緒に見つけましょ!」
新たな夢の種はこうして暖かな日差しを浴びて目を出しやがて小さなつぼみをつける。
時に降り積もる雪や激しく吹き荒れる風に立ち向かいながら、少しづつ育ち大きくなって。
そしていつか必ず、強くて美しい世界にただ1つだけしかない大輪の花を咲かせる時が来るだろう。