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10話「Est ubi gloria nunc tenemus」


 よく晴れた春の空。

 海を望む草原の高台では色とりどりに咲き誇る薔薇の花の中心に、真っ白に輝やく結婚式場が青空の元に聳え立っていた。

 教会というよりはむしろ小さな城と言うべき建築規模を誇る大教会。


 神器の襲来により中断された結婚式はその後、半月ほどの間を置いてから再開される事となった。

 私やイリスもこれに招かれ、再び鍋の中の煮物のように寄せ集まる来賓達に混ざり、新たな国家の門出を祝い保障する賓客の一人になっていた。


「……あぅ、糞ッ、気持ち悪い」

「大丈夫ですか? やっぱりまだ病室で休んでた方が……」

「いや、いい、大丈夫、まだ我慢できる範囲だから」


 今回の襲撃で負傷した私達は、医師から式の参加は止められていた。

 腹に大穴を開けられたイリスは貧血が続き、しばらくは要観察状態。

 私に至っては両腕喪失、左足粉砕骨折で完治には年単位の時間が必要、本来ならまだ病院のベットで寝てなければならない状態だ。

 ギプスと包帯でガチガチに固められた私の四肢には、何を素材にしたんだか分からないドロドロの液体が詰め込まれ「許可が出るまで絶対に激しく動かすな」と強く釘を刺されてる。


 でも、私達は医師の反対を押し切り式に参加することを決めた。


 教会中央の大聖堂、婚礼の儀のただ中の聖堂の、身廊に並んだ座席の後方へ病み上がりの体をおして二人で揃って座っていた。 


「しかしあんなにこういう場には来たがらなかったのに、どうして貴女まで? 私はブルトゥス家の跡取りとして参加しない訳にはいかなかっただけですけど、貴女は……」

「……ん、ちょっと思う所があってさ」


 教会中央部、大きなステンドグラスが見下ろす大聖堂。

 大陸各地から集められた賓客が見守る中、聖堂の奥、チャペル前の中央交差に設けられた舞台上では新郎新婦が婚礼の儀を交わしていた。


 異なる種の者達が、異なる家の者達が、同じ家族となって新たな家庭を築く儀式が、結婚式が執り行われている。

 

「見ておかなきゃいけないと、そして慣れておかなきゃいけないと思ってさ、だから無理にでもこれには参加したかったんだ」

「何のためにです?」

「いつか、国を作るとき、私も似たようなことしなきゃいけないだろうからさ」

「……え」


 今回の戦いで、随分考えさせられた。

 戦いに参加した誰もが身に余る夢を抱き神器に託し、そして傷つき、或いは死んでいった。


 私はそれを非効率な行いだと思っていた、不合理に思っていた、理解できないものだと考えないようにしていた。

 でも、同じなのだと思い知った。

 相棒を失いかけ、両腕と片足の犠牲を払ってようやく理解できたのだ。

 

 私も彼らと同じだ。

 神器に託したくなるほどの、身に余るほどの大望が私の中にも存在している。


「なぁ、前に私が言ったこと覚えてるか? この指輪をつけた時の言葉、お前を手伝ってやるから国を寄越せって、私言ったよな?」

「えぇ覚えています、貴女を縛る契約ですかから」


 最初それは、コイツを困らせてやろうと述べた無理難題であった。

 出来るわけがない、現実的では無いと諦めて、獣のような自棄に囚われるまでになっていた夢物語。

 でも、今は違う。


「あれ、少し内容変えてくれ」

「え、いや、急にそんな、料理のオーダー変更みたいに言われても……」

「お前ん家の国全部はいらん、お前の家が奪ったラナトゥスの領土だけでいい、くれ」

「すでに結ばれた契約をそんなポンポン変えられるわけないでしょうよ……」

「じゃあ契約解消した後でいい、くれ」

「そんな国家単位の事を私個人で決められるわないでしょう!?」

「おい馬鹿式の途中だぞ……!? 大声出すなって……!」


 イリスのあげた声に、周囲からの刺すような視線が飛んできた。

 慌てて二人して口をつぐみ、大人しく式を見守る事にする。 


 舞台に再び目を向けると、儀式はちょうど誓詞奉読(せいしほうどく)を終え新郎新婦の指輪の交換に差し掛かっていた所であった。

 新国家誕生の意味もある儀式だからか、この土地の有力者達がその交換に立ち会っている。


 新郎側の親族と諸侯が、祈りを込めて指輪を新郎に託す。

 新婦側の親族と諸侯も同じように新婦へと指輪を渡すが……


「あ、アイツ……」 


 見覚えのある少年が、新婦側の諸侯に顔を連ねていた。

 かつてこの国の人達を支えていた、デミトリというトレントの端末であった少年が。

 

 デミトリの名を継いだのか、それとも別の名を名乗る事としたのかは知らないが、指輪を受け取った新婦はその少年を何らかの名前で呼んでいた。

 その首には鎖で結ばれた金銀二つの指輪が下げられている。

 紆余曲折を経た二つの神器が、二つ揃ってそこに。


「そうか、上手い事やってるようで何よりだ」


 その後も式は滞りなく進み、新郎新婦から来賓への感謝の言葉で締めくくられて結婚式は幕を閉じる。

 神器の襲来という困難を乗り越えた新郎新婦の表情は、達成感と自信に満ち溢れていた。


 来賓を危機にさらしたという非難、式の再開にあたってのスケジュール調整など、この式の裏にあった苦労は想像に難くない。

 もし私が同じ状況に陥ったら頭を抱えて逃げ出していただろう。


 でも、いつかは私もやらねばならぬのだ。

 私の抱く夢に至るまでの道のりは、敵だらけの戦場を進むよりよほど困難な道に思えて仕方ない。


「さて、式も終わりましたし帰りますか」

「そうだな」


 もう少しこの会場で先人の薫陶に賜りたかったが、ここから帰った後医師から告げられるであろう小言を考えすぐに戻る事にした。

 私達は医師の反対を振り切ってこの式に参加している身だ。


「ここで余計な寄り道して帰るのが遅くなれば、遅くなった1秒毎に1時間は説教をされるだろうしなぁ」

「いや、流石にそれは誇張じゃ……」 

「いいや、する! あの般若みたいな顔した医者は絶対する!」

「貴女普段どんな態度でお医者さんと接してるんですか、私の時はそんな事ありませんでしたよ……?」


 式場から外に出て、色とりどりの薔薇に囲まれた海を望む草原へと飛び出すと、北風に乗って潮の香りが鼻をついた。

 ラナトゥスとは違う海の匂いがした。


「……そういえばラナトゥスは、北の海に面した国でしたね」

「……」


 その風に影響されてか、イリスは式場で中断されていた問答を再開した。


「一つ、聞かせてください、あの土地を取り戻して、仮にそれが叶ったとしてその後、どうするんですか? 誰もいない土地にただ一人、貴女だけが住むんですか?」


 あぁそうだ、それこそが私が諦めていた理由だ。


 国を構成するために必要な要素は三つ。

 主権、領土、国民。

 私が努力すれば手に入るのはそのうち二つ、主権と領土までだろう。

 でも。


「ここの国を見て知ったんだ、私みたいな魔族でも人間でも無いはぐれ者って結構多いんだって、そういう奴なら多分、新しい国を欲してる」


 そういう奴の作る国があると知れば、仲間を求めて人は集まるだろう。


「でも、それで、国を作るに至ったとして、それは貴女が望むラナトゥスの国なんですか? 名前だけ同じ、別の国なんじゃ……」

「それでも、だよ」


 目を瞑ると今でも、ピアノの音が聞こえてくる。

 聞いた事がある曲が何度でも響き、そこに知らない曲は増えはしない。

 このまま何もしなければ、ずっとこのまま。

 新しい曲が聞きたければ自分で弾くしかない。


「私は自分の場所が欲しい、私が帰る場所が欲しい、そしてそれはラナトゥスがいい」


 潮風の吹く草原を歩きながら、私はイリスに宣言した。


「だから、私は王になる」


 ラナトゥスの長女という役割を失い、親や故郷という拠り所を亡くし、それでも残った最後の望みを、私は私の相棒に突き付けた。


「何年かかるか分からない、生きている間にできるかすらも保証はない、でも、それでも、それが、今の私の夢だ」


 私は、この仕事が終わったその後の事を口にした。

 ずっと考えないようにしていた、その後の事を口にした。


 やっと、やっと、胸を張って言える。

 私はあんな風になりたかったのだ。


「それに、そうすりゃ未来のブルトゥス家当主様とも、ため口で話せるしな!」


 誰かの未来にいい影響を与えられる人間に。

 イリスみたいなやつに、私はなりたかったのだ。


「ま、まさかそれが本命で、他の事はおまけとかそういうんじゃないでしょうね!?」

「ふふん、どうだろうなぁ?」

「あーいいです、そういう事言うならもう聞きませーん!」

「わーわー! ゴメン! 真面目に話す! 真面目に話すから話を聞いて!」


 よく晴れた春の草原。

 こうして二つの神器を巡る闘争は終結した。


 収まるべきところへ収まった神器は、持つ主や名前をいくつも変えてきながら今日も、神代から変わらぬ輝きを湛えていた。


ここまでの読了ありがとうございます、3章はこれにて終了です。

次回4章は5月上旬の予定です。

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