8話「綺麗は汚い、汚いは綺麗」前編
戦災の跡が痛々しく残る、首都ハストルドへと続く長い街道。
そこは砂に埋もれた廃墟の群れが、まるで地獄の沙汰を待つ亡霊のように連なるゴーストタウンであった。
そしてその上空では、空を駆け火の鳥を振り払おうと急旋回を繰り返す鉄の竜と、それを追い立て喰らってやろうと羽ばたく火の鳥が争い、廃墟を次々に更地へ変えていた。
火の鳥からは時折強烈な炎が放たれ竜を焦がそうと嘶くが。
鉄の竜からは雲を裂く剣閃が放たれ炎を切り裂き抗っている。
それは端から見れば災害と災害のぶつかり合い。
巻き込まれた物言わぬ廃墟群がその身を崩す瓦礫の音で抗議の声を上げるほどの大喧嘩であったが。
当事者からしてみればただ必死に、降りかかる火の粉を払っているだけであった。
◆
「おいイリス、もっと揺れない操縦はできないのか!? これじゃこっちの剣、全然当たんねぇぞ!」
「無茶言わないでください! 真っすぐ飛んでたらこんな鉄の塊すぐ溶かされますよ!」
眼下の砂漠と廃墟から45度の角度を取る、急勾配な鉄の竜の上。
私達はぎゃーぎゃー喚きながら火の鳥の急襲を必死にいなしていた。
決して火の鳥の正面にはならないよう、鉄の竜は急制動を繰り返しせわしなく針路を変え、高次不等式のグラフでも描くような軌道で空を駆けていく。
「最初に神器の炎を見た時のこと忘れたんですか? あの巨大なドワーフの鉄人形が、あんな離れた場所にあっても一瞬で溶かされたんですよ!」
言葉と共にイリスは操縦桿を一気に動かし鉄の竜に鋭角な軌道を描かせて、背後から放たれ火の鳥の炎を大きく躱す。
「むむむ……で、でもこのままじゃジリ貧だ! 空中戦じゃ向こうのが強いぞ!」
私達の乗る鉄の騎竜はイリスの生み出した魔法の防壁によってその高熱を防いでいる、おかげで多少掠った程度ならどうにかその熱で溶かされることはなく耐えていた。
が、それも限界が見えていた。
私の正面、鉄騎竜の後部にある尾羽のようなパーツが、防壁越しの余熱にすら耐えられず少しずつ溶け始めていたのだ。
「糞っ、こうなったら体張るしかねぇな」
「ちょっと!? 何する気ですか!?」
「お前がドワーフ相手にやってたのと同じことやるんだよ」
「はぁ!?」
「まともな手段で勝てそうもねえのはここまでで散々理解できただろ?」
「だ、だからって正面から殴り合いなんて……」
「でも向こうも同じ考えだろうな、同じ人間ならまず自分の身が最優先だ、敵もそう動くはず、って予測する」
「……」
「まともな相手に隙を作るなら、そういったまともじゃない手段を使うのが一番じゃないのか?」
言っている間に再び火の鳥から炎が放たれた。
先程よりも近い、今の竜の軌道では躱せそうもない!
「ニーナ!」
「わかってる!」
私は座席に立ち聖剣を振るい、背後より放たれたその炎を斬り払った。
燃え盛る炎が広がり真っ赤に染まる視界が二つに割れ、そして遅れて斬撃の衝撃が周囲を襲う。
「糞っ、やっぱり本体には当たらねえか!」
後ろに迫る火の鳥ごと狙った私の剣閃は、しかし見事躱されて放たれた炎のみを消し飛ばし、後には切り払われた炎の余熱だけが残された。
炎の直撃はどうにか避けられている。
だが度重なる炎の余熱が今ついに3本ある尾羽根の一本を溶かしつくし、もうほとんど形が残っていない。
このままだと他の機体パーツもどんどん溶かされ最後は砂漠へと墜落する羽目になるだろう。
猶予はあまり残されていなかった。
「やるしかねえだろ、お前の予測通りあの神器の所持者が魔王の呪いに侵されてねぇのなら、きっとそれで絶対に上手くいく」
「でもまだ確証がありません、結局ギャンブルじゃないですか!」
「前の神器も似たようなもんじゃなかったか? リスク無しで勝てるぬるい奴じゃなかっただろ」
「う……」
私の提案に最初は渋い反応だったイリスもようやく説得が通じたか、ついに覚悟を決め操縦桿を下方に向けた。
鉄の竜の高度も連動して下がり始める。
「わかりました、合図をしたら一気に速度を落とします、そんでその後は、私は全力で防御に専念します」
「おっけ、攻撃は私に任せろ」
私はかつてイリスがしたように、機体にかかる負担や自分の身の安全を頭の中からすべて捨て去り、ただ、聖剣と火の鳥だけに意識を集中させた。
同時に、鉄の騎竜が速度をわずかに落とし、それを機と見た火の鳥が一気に私達の背後を確保する。
永遠のように長かった数分の攻防の末、ついに私達の真後ろをとった火の鳥が、勝ち誇ったようにこれまでで一番の炎を口腔に蓄えていく。
「ニーナ、今!」
「……ッ!!」
合図とともに、鉄の騎竜が一気に速度を落とした。
相対速度が一気にマイナスへと反転し、まるで火の鳥の口に飛び込むように速度を落とした鉄の騎竜が突っ込んでいく!
「見えた」
そして、そのおかげで、ようやく火の鳥の内部がよく見えた。
岩さえ溶ける超高温の中心、青く輝く人影が、そこにいた。
「この距離なら」
上段に構えた聖剣を、ただ一身に振り下ろす!
「外さねえよ!」
瞬間、視界に映る全てが二つに割れた。
神話の剣が通った跡は、眼前に迫る炎も、その先にいる人影も、何もかもが両断され。
そしてその後に走る衝撃が全てを散らし消滅させる。
「よし……やった、か、おわぁ!?」
と、同時に。
機体が火の鳥の熱で溶け崩れ、揚力を失った鉄の騎竜も墜落を始めてしまう!
「ニーナ! 席について! 姿勢を低く!」
ふっと体が浮く感覚に襲われた、そして次いで大きな衝撃が私を揺らす。
世界が上下逆さまになった。
そしてそのまま回転を始めた。
いや、違う。
少し遅れてようやく事態が理解できた。
今、私の乗る座席が墜落の衝撃で吹っ飛び回転しているのだ!
何が起こっているのか理解した時には騎竜の座席は跳ね飛び転がり吹っ飛んで、一際大きな砂丘に突っ込んだ後直立し。
そしてしばらくして砂海へと倒れこみようやく停止した。
「……な、何で生きてんだ私」
翼が焼け落ちもはやただの円筒と成り果てた鉄の騎竜から、這々の体で抜け出し自分の体を確認する。
全身打撲と挫傷に重度の火傷でボロボロ、腕や脚の骨もあちこちヒビがはいる惨状ではあったが、主要な内臓器官には大きなダメージは無いようだった。
「痛たたっ……そりゃあ勿論私の努力の賜物です、四年前に散々墜落させたって言ったでしょう? だからこのように生きてるんです!」
「いや、その理屈はおかしいだろ……」
私と同じかそれ以上にダメージを負ったイリスも、私の少し後に騎竜から這い出て来る。
火傷と打撲、骨折に加えおそらく肺にもダメージを負って呼吸が少し怪しい、目に見えるだけでも肉体の損傷著しいのがよく分かる。
が、しかし、それでもちゃんと生きていた。
「ただ墜落させるだけでなく、自己防護の魔法も鍛えられたってわけですよ!」
「あっ、そっすか、すごいね、おかげでたすかったよありがとう」
「なんですかそれ! 全然心が籠ってない!」
「まぁでも後はあの糞野郎の死体を探すだけだな、しんどくはあったけど、終わってみれば呆気ないな」
どういう魔法を使ったのかは知らないが、それを詳しく知ったところで私の人生を豊かにはしないだろう。
そう考え私はそれについての思考を止め、この後の事を考えた。
鉄の竜が墜落した場所は、首都ハストルドからおよそ20㎞ほどの地点。
放棄された廃墟が立ち並ぶ、おそらくはかつて人間の居住地だった場所だ。
私が叩き斬った火の鳥も恐らくこの近くにいるはず。
次に解決しなければならないのは、それの捜索だ。
私はそう考えた。
「私達だけで探すのは厳しいでしょうし、どうにかしてドワーフの方達に連絡が取れればいいんですが」
「でもその前にあの王子の身内に回収されたら面倒だぞ? だから……」
しかし、それは慢心であった。
「あ」
「……? ニーナ?」
私達の墜落現場からおよそ200m先、砂に埋もれる廃墟の影、落ちた神器を探す私は、そこに見た。
青く光る燭台がそこにあった。
「……おいおいマジかよ」
「どうしたんですか? 何か見つけ……」
「何で生きてんだ、アイツ!」
青く光る炎を掲げる神器の所有者の姿が、切り捨てたはずの人間の姿が、そこにあった。
身長およそ190㎝前後で二足二腕一頭、全身を黒い布で覆い、顔と性別は分からないがおそらく人間。
そして何より特徴的なのは、右の肩から胴の中心にまでくっきりと残った斬撃の跡を、青く光る炎で埋めている点だ。
「……神器の力で、復活したようですね」
「おいおい、何だよそれ、ズルいだろ!? 人間なんだから死んどけよ!?」
切り捨てたはずのその人間は、まるで地獄の亡者のように廃墟から私達を恨めしく睨み、そして。
青い炎の咆哮を、天高く轟かせた。
晴れ渡る空の元、天高く輝く太陽はいまだ傾かずに空から私達を見ろしている。
神器との戦いはまだ、ようやく幕を開けたばかりであった。




