祝福の日は晴れやかに
本当にご無沙汰しておりました。久し振りに見たら番外編投稿中で止まったままでした。そろそろキリを着けてちゃんと完結させましょう!とこれが最後のお話となります。シュゼットの娘ちゃんのセレニア目線でお送りします。懐かしい人達が登場します。そして、まさかあの人が!?
出会ったのは随分前のこと。
最初はなんて人だって思いました。
そう言って、昔を懐かしむようにふわりと微笑んだ。
公爵家の温室で、この日の為に育てられた大切な白薔薇。優しく香る白薔薇は、あの方を大切に思う人が丹精込めて品種改良したものだ。
「いい香り‥‥‥」
くすみのない鮮やかなアイスブルーの瞳が細められると、少女は白い貌を蕾に寄せて深呼吸した。鼻腔から胸に拡がる香りに微睡みたくなる誘惑にかられた。
「ふふ。ゆっくりはしていられないわね。早く準備しなければいけないわ」
煌めくアッシュブロンドのサラサラした髪を肩に払うと、咲き始めたばかりの艶やかな白薔薇に手を伸ばした。腕に掛けた花籠に一輪づつ丁寧に摘みながら、小さな呟きが続いている。
「幸せになりますように‥‥‥」
気が付いた時には傍にいた。元々が母の侍女で、母が小さな頃からずっと仕えてくれたと聞いていた。母が『光の識別者』 として聖女の役割を仰せつかり、父と結婚してからも位置は変わらなかった。
幼い頃の母のこと、学園時代のこと、父との出会いから結婚に至るまでの色んな事を教えて貰ったけど、重要な事はほぼこの侍女の前で行われていたんじゃないかと思う。
侍女というより、保護者? 祖父母とは違う唯一無二の親友のような? ああ、もっといい言葉があればと頭を捻ったけど出て来ない。
それほどにこの人は我が家に、いいえ母には無くてはならない人だ。
そう、私にも。
‥‥‥。ああ、忘れていたわ。ええ、父にもだった。
「お母様」
特別に設えた部屋の扉をノックして声を掛けた。ゆっくりと開けられた部屋から、明るい光が廊下に伸びる。
「お花、持ってきました」
「ああ、たくさん摘んでくれたのね。大変だったでしょ? ありがとう。んー、良い香りだわ」
花籠を手渡せば、明るく柔らかな声で労われた。
「いいえ。たいしたことはありません。それより、早くしないと」
「ああ! そうよね。折角摘んで来てくれたのですもの、痛まない様に保護魔法を掛けておきましょう」
そう言うと母は、左手で花籠に手をかざした。ふわりと白い光が花達を包んだ。
「さあ、これで大丈夫ね。手伝ってくれる?」
「もちろんです。素敵なのにしたいです」
「ふふ。そうね。リボンは、そうねえ淡い紫と白で良いかしら?」
手に取ったのは淡く煙るような薄紫色の絹のリボンだ。
「はい。素敵です。良いと思います」
「そう? じゃあ、早速作りましょうか」
大きなテーブルに花籠を置くと、母と私は大事な人に贈る花束を作る。
1本1本に母は願いを込めながら、白薔薇をバランスよく丸く束ねていく。
誰よりも母の幸せを祈ってくれたあの人のため、母もありたっけの気持ちを込めているのが見える。一番大事な親友の幸せのためだ。その姿はまるで祈りを捧げる神殿の姿にも見えて---・
うっとりとその姿に見入っていたら、ばんっ! といきなり扉が開け放たれた!
「おはよう!! 準備は出来たのかっ!?」
「‥‥‥お父様‥‥‥」
「‥‥‥貴方‥‥‥」
なんて不躾なの? 苦情を言おうと思ったけど、何だお父様じゃないの。はあ。もう、じゃあ仕方が無いわね。
「お父様。びっくりしますから、せめてもう少しお静かにお願いしますわ」
「もう。セレニアの言う通りです。驚いてして花を握りつぶすところでしたわ」
母はそう言うと綺麗な眉間にキュッと皺を寄せた。
「あああ、すまない。驚かせてしまい申し訳ない。で、でも、お客様がいらしたので知らせようと」
「あら。そうなのですか? もうそんな時間かしら?」
「い、いや。早く着かれたんだ。まあ、君達に会いたいからと」
「「ああ。そうですか」」
母と私の声がシンクロした。多分、お客様は父に一番会いたいんじゃないかと思うけど。
「やあ、おはよう。早くからすまないね。嬉しくて早く着いてしまった」
ゆっくりとした足取りで部屋に入って来たのは、
「エーリック様。おはようございます」
両親の古くからの友人で、元ダリナス王国の第三王子のエーリック様だ。
さすが元王子様だ。優雅な仕草で母の手を取り挨拶を交わすと、私にも同じように淑女としての挨拶をして下さった。
エーリック様は今は私の通う学院の学院長をされていて、魔法科学省でも研究員も兼務されている優秀な方だ。元は父がお仕えしていたとの事だけど‥‥‥、本当か?
「今、ブーケを作っていたところです。この白薔薇をブーケにしますの」
「ああ、綺麗に咲いたね」
「エーリック様が品種改良して下さった薔薇です。今年初めて咲きました」
エーリック様に向けて1本の白薔薇を差し出す。
「ああ。あの薔薇? 咲いたんだね、良かった間に合って」
嬉しそうに紫の瞳を細めると、差し出された薔薇を手に取った。
「セレニアが世話をしてくれたの? ありがとう。嬉しいよ」
「私は少しだけです。庭師のシンが頑張ってくれました」
「うん。あとで彼にもお礼を言おう。でも、セレニアの力も加わったからだね、気配がするよ」
ああ、それって摘んだ時の祈りかも。
「摘む時に1本づつお祈りしました」
「そうか。ありがとう」
にっこりと微笑むお顔が美し過ぎる! 背中まである艶やかな黒髪にアメジストの瞳。男性的というよりは中性的な美しさは、絵画か美術品に例えられる程だ。これで本当に父と同い年なの?
「ああ、ゆっくりしたいけど時間が無いからね。シュゼット、ブーケは出来たのかい?」
「ああ。はい、出来ました」
最後にリボンの両端をキュッと締めると、美しい白薔薇のブーケが出来上がった。
「君達の準備は出来ているの? 今日は特別でしょ?」
「はい。後はアクセサリーを着けるだけですから、少しだけお待ち頂けますか?」
母も私もドレスは着替えていて、後はお飾りを着けるだけだ。そんなに時間は掛からない。
「それでは少しだけお暇を。さあ、セレニアも行きましょう」
エーリック様に挨拶をして母と一緒に部屋を後にする。と、隣から小さな笑い声が聞こえた。
「お母様?」
「ふふふっ。エーリック様ったら、相変わらずね。私達に会いたいとおっしゃてたけど、一番会いたいのはセドなんですもの」
「お父様?」
「ふっ。そうよ。一番の親友ですもの。昔っからそうなの」
楽しそうにそう言う母の横顔がキラキラして見えたのは気のせいじゃないはず。
「さあ、私達も準備しましょう。教会で親友が待っているもの!」
そうだ。今日は特別な日だ。
教会で、母の大切な親友が待っているのだから。
「マリ、幸せになって欲しいです」
「なれます! って言うか絶対なって貰うわ」
「そうですよね」
「そうよ。だって、聖女で天使の娘からの祝福がされているのよ」
「天使の娘って---」
「私の昔の渾名ね。まあ、そこは気にしないでちょうだい」
「さあ、急ぎましょう。余りセドとエーリック様をお待たせ出来ないわ」
「はいっ!」
教会。
余り大きくはないけれど、芸術的で荘厳な彫刻で囲まれた国内有数の歴史ある教会。
グリーンフィールド公爵家が総力を挙げたこの結婚式には、よく知る顔の来賓達がすでに集まっていた。元王族やら現職の外交大使やら各国の要人達が招かれているため、人数は絞られたものの新郎新婦の希望もあり特に親しい方々ばかりだった。
まあ、警備も大変だしね。
「マラカイト夫人、セレニア嬢」
初めて入った教会の、ステンドグラスに目を奪われていたら声を掛けられた。
「殿下」
両親と同い年の王太子ご夫妻のお子様、アンシェル殿下とキャロライン殿下だ。母と並んでカーテーシーで応え、お声が掛かるのを待てば。
「ああ、堅苦しい挨拶はいらないよ。今日は両親の名代で伺ったから。本当は二人とも列席したいと言っていたんだけど」
「いいえ、フェリックス王太子様はお忙しいですし、カテリーナ様は身重の大事な身体ですから」
そうだ。両親はこの国のフェリックス王太子殿下とその妃であるカテリーナ様とも親しかった。学生時代からと聞いていたけど、フェリックス王太子殿下とはもっと小さき時から知り合いだったらしい。
詳しく聞こうとしたら、聞いた方全員がフッと遠い目をされて『昔の事だから』 と言葉を濁された。
何があった? そんなに誤魔化す事? 解せぬ。
「レイシル叔父上が誓いの儀をされるとか」
「ええ。是非ともと、お忙しいのに引き受けて下さったのですわ」
「一番近くで見たいってことでしょう。あの方の悪趣味なトコロが出なければ良いですけど」
「あー。そうですわねぇ。でも、今日は大丈夫でしょう? さすがにね」
? 悪趣味なトコロ? 何ですか。
「シュゼット」
あ。父です。呼びかけられた父の横には、何となく似たお顔立ちのお二人が。
「まあ! ロイ様、ローナ様!」
駆け寄る母の姿の向こう、えっ? あの方って?
世界的ピアニストのローナ・カリノ様じゃないの!?
「お久し振りです。シュゼット様。今日は心を込めて演奏させて頂きますわ」
「本当にお久し振り。ご活躍は伺っていますわ。今日は宜しくお願い致しますね」
2人は潤んだ目をしながら両手を繋ぎ合っている。何だかちょっと‥‥‥?
しばらく見詰め合っていた2人は、そっとお互いを抱き締めた。何だかただのお友達には思えないけど、それを聞くことは出来ない感じだ。
それからも母の友人であるイザベラ様やドロシア様と挨拶をし、魔法科学省の皆さんを案内していたら別室の花嫁の準備ができたと呼ばれた。
「マリっ!! なんてきれいなの!」
「お、おじょうさ、まぁ~」
ああ。折角のお化粧が落ちちゃう。
「マリ、泣かないでちょうだい。お化粧が落ちてしまうわ。こんなに綺麗なんですから」
そっとハンカチを差し出せば、ああ、また涙が溢れてきたのが見えた。
「マリ。とってもきれい。だから泣かないで? はい、ブーケよ」
白薔薇のブーケを渡せば、滂沱。ああ、もう!
「さあ、マリ泣き止みなさい。いいかしら、今日貴女は最高の女優なのよ? とびきりの花嫁を演じなさいな」
「花嫁役?」
役じゃないでしょう? 本物だけど。
「よろしくて? マリ、貴女は最高の花嫁を演じるのよ! 今日は貴女が主役よ。悪役令嬢の侍女が、大どんでん返しの最高花嫁になるっていうストーリーね。よろしくて?」
母よ。何言ってんの?
「はいっ!! シュゼットお嬢様~。お任せください~!」
えっ? 納得したの? なぜに?
「さあ、お化粧直して、最高の花嫁で入場して下さいね。マリ、貴女の幸せをグリーンフィールド公爵家全員が祈っているわ」
私も大きく頷いた。そう、誰よりも祈っている。
厳かなパイプオルガンの調べ。
両開きの大きな扉の向こう、輝く光を背に受けて祖父のグリーンフィールド公爵にエスコートされた花嫁が入って来た。白く輝くたっぷりとしたレースが眩しい。繊細なベールが軽やかにヴァージンロードを滑る。
綺麗。なんてきれい。
マリ、とっても綺麗。今までで一番美しい花嫁様だ。
祭壇には流れるプラチナブロンドが輝くばかりに美しい、我が国最高位の神官長がいらっしゃる。めったにお会いする事が無いと言われるレイシル大神官長様だ。
我が家で見るちょっと子供っぽい(失礼)レイシル様とは全然違い、荘厳な雰囲気にまるで別人じゃないかと思わないでもないけれど。
新郎から差し出された手に、お爺様は頷くとマリの手を新郎に引き渡した。ああ、マリは本当にグリーンフィールド公爵家の皆に愛されている。
静かに並んだ新郎新婦。よく知る2人が並ぶ姿に思わず胸が詰まる。
リーン。ゴーン‥‥‥。
荘厳な鐘の音と共に、深く美しいパイプオルガンの音が響く―――。
「只今より、シルヴァ・ハートラッド・スターディアムとマリ---」
今日は大好きな2人の結婚式なのだ。
これで本当のお終いです。まさかの新郎は、因縁のライバル? でした。マリは元々は公爵家に縁の有る男爵家の出身でした。新郎新婦の年齢はセレニアが9歳位なので想像して下さいな。結ばれるまで相当時間が掛かったのはマイナスから始まって身分とか色々あったということです。
沢山の読者の方に見守られ、愛されたことに感謝致します。
ありがとうございました<m(__)m>
またどこかでお会いしましょう。