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疫病神な男と追い詰められた私の最後の賭け  作者: わんわんこ
完結お礼小話 その直後のお話
16/16

おまけー2

「もったいぶったけど、大した話じゃねぇんだ」


 ソラタは相変わらず私の手を押さえたまま、言葉を選ぶようにしばらくうーんと悩む。


「どこから言えばいいかなー。えーっと、俺は事故……みたいなもんで、俺の母国に帰れなくなった」

「え。海難事故とか?」

「あー波にさらわれる感覚には近い。船使っても戻れねぇってとこだけが違うかな」

「両親とか……兄弟とか、友達とかは……無事だったの?」

「あぁ、そういうんじゃねぇからみんな死んでねぇよ。俺が二度と会えないだけ」


 私の懸念を読み取ったソラタが安心させるように笑う姿が痛々しい。

 両親の顔を知らない私より、知っていて傍にいたのにいきなり会えなくなったソラタの方がどれだけ辛かっただろう。

 彼の気持ちなんて家族を持ったことのない私には到底分からないものだろうから、安易に同情するのもはばかられ、ただ、私を抑えていた彼の手に掌側を向け、きゅっと握る。 

 すると、ソラタの方も照れることなく私の指に指を絡めてきて、しっかり握ってきた。


「んで、前に話したかもしれないけど、俺はちょうど料理人として七年目でお客さんの前に自分だけの料理を出せるかどうかってとこだったのに、こんなのってねぇって思ってさ。神様ってやつに心の中で文句を言った。どうせこうやって理不尽な目に遭うなら、その先でも料理できる環境が欲しいって」

「ソラタらしいわね」

「あと、彼女いなかったし、俺も男なんで、そういうのに縁がないままになるのはさすがに辛いからさー、女の子にモテたい!って単純に……それで、気付いたら、こういう力を手に入れてたんだ――視線がすんげぇ冷たいんですけど、先を聞いてもらえますか?」

「どうぞ、続けてください」


 一瞬手を離そうかと思ったのがばれたのか、繋いだ手に力を籠めたまま、ソラタは口早に言った。


「その、さ。いざいろんな人に会ってちやほやされてるうちに、俺、段々、やばいんじゃないかって思ったんだ」

「経験ないから?」

「声が刺々しいな、聞けって。初対面時にどう見ても円満だったカップルの彼女さんとか新婚で熱愛中の夫婦の奥さんが、俺に会った途端、いきなり俺のところに来て愛を語ったり、それで二人が険悪になるのを何度も見てたらさすがにおかしいって思うだろ」

「それは確かに怪奇現象ね」

「……そこまで言わなくてもいいだろ……」


 しょぼん、と肩を落としたソラタはぼそぼそと続ける。


「浮かれなかったの?」

「浮かれられるもんか。目の前で彼女さんが目をとろんとさせて俺が出された料理を食ってるとこ見てて、彼氏さんと目の前で喧嘩されてみろよ。どんなに旨い飯もまずくなる」

「ソラタの行動原理って本当に分かりやすいわ」

「うっせぇな」


 貶してはみたが、そこでその環境に疑問を持たずに浮かれられないところが、損をしているというか、律儀というか、真面目というか、彼らしくて私にとっては好ましい。


「それで、もしかしたらって焦って、神様ってやつに祈ったんだ。この力に条件をつけたいって。真剣に想い合ってる相手がいる人には効かないように。あと、俺にそういう特定の恋人ができたときには、なくなるようにってさ。条件を呑んでもらえないなら、なくてもいいって思ったんだ」

「それを祈ってから、どうなったの?」

「なくなったのか、効力が弱まったのかわかんなかった。露骨に迫ってくる子はいなくなったから、なくなった方だって思ってたんだよ。相手のいない子だけが興味半分で集まるようになったし、それ以外の人はせいぜい好意的に接してくれる程度になったからさ、ハーレムチートが効いてんじゃなくて、俺の顔がこの辺でウケてんのかなーって思ってたんだ。それがシルフィに会って正直な感想を聞いて、俺の力が残ってて条件がついたんだって分かった」

「じゃあ、私は――」

「……あいつのこと、心の底から真剣に好きだったんだろ。多分、あいつへの気持ちがすごく強かったのと、シルフィも俺のこと言えないくらいの仕事女だから、効きが弱くて、俺に好意的になることもなかったんじゃねぇの、って考えてる」


 もしソラタの語ったことがソラタの妄想でないとしたら、私が一つのものに執着しやすいタイプだったというのも原因の一つなのかもしれない。


「……略奪愛が好きな人もいるけど、俺は後味悪くて飯まずくなるから好きじゃねぇし、でも、これまで彼女歴なしだった分、自分の男としての魅力に自信もなかったから、欲出して条件なんかつけてみっともないことしたのに、いざ好きになったのは、俺のそんな妙な力なんて跳ねつけて他の男を一心に見てる女の子だったんだから、笑えねぇよな」


 ソラタは私の手を握ったまま、ふっと軽く笑って私を見る。


「綺麗な子だなぁって初対面のとき、見惚れた」

「……は!?」

「男だったら、相手が美人だったら普通、見惚れるだろ」

「なによいきなり……意味わかんない」


 突然の告白に反射的に身を引こうとしても、繋がった手のせいで阻まれる。


「でもそれだけで好きになったわけじゃねぇから安心しろよ。俺の元々の好みのタイプで言えば美人系より可愛い系だし」

「……悪かったわね、可愛くなくて」


 頬をむくれさせるとソラタは苦笑して、「すねんな、聞け」と私を諫める。


「泣いた顔隠して必死で接客しようとしてたところとか、店長のことを思って無銭飲食しかけた俺に真剣に怒ったところとかで、店で働いていることに対して誇りを持ってるまともな子だなって思ったんだ。それで実は料理人だって分かってますます話したくなった。二重の意味でな。生憎、徹底的に避けられ続けたけど」

「それは……うん、否定できない」

「はは。でも、俺のこと牽制しながら毎日毎日朝早くから夜遅くまでお洒落に気を使うヒマがあるなら包丁握るって感じで必死で働いてる姿とか見てたら、昔の自分を思い出して、この世界にもこういう子がいるんだって思って応援したくて、ずっと見てて――気付いたら好きになってた」



 静かに愛を語るソラタなんて、らしくない!顔が熱い!

 手が汗ばんでいて、それに気づかれないかが気になってたまらず、指をもぞもぞと動かしていたら、片手を離された。

 不快にさせたのかと慌てて様子を窺うと、ソラタは自分の手をぎゅっと握って、視線を握り込んだ自分の拳に落として苦笑していた。



「でも、この力のおかげでシルフィがあいつを想う気持ちの程度も知ってたから、シルフィが悩んだり苦しんだりしてるのが余計に辛くてさ……なんとか幸せになってほしかったんだ。――もしそいつと一緒にいることがシルフィの幸せなら、それでもいいと思った」


 ソラタのまっすぐな想いが伝わって照れも飛んで行った。


「ソラタ、私もっ――」


 同じくらい、大事に想ってるよ。今はソラタのことだけを想ってる。


 言葉にしようと思ったのに、出てこない。

 言葉の代わりにぽろりと涙が零れていた。目の奥が熱い。誰かに大事に想ってもらえる気持ちの熱さで喉の奥も焦げそうな気がする。


 ソラタの指が私の手から離れ、しゃくりあげる私の眼尻を拭う。


「シルフィ、朝は流れで言ったけど、俺、本当はこういうのを賭けでってよくねぇと思ってるんだ。だから、ちゃんと聞かせてほしい」


 ソラタが顔を上げ、私と目を合わせた。

 ソラタはどんなときもまっすぐに相手を見る。へらへらしているようで、黒い瞳はいつでも真剣だから、つい目を奪われる。


「仕事上代わりが効かないってところとか、親の協力がないとか、シルフィがどれだけ仕事したいか分かってるとか――あいつと俺は、多分、そんなに条件は変わらない。……でも、俺はシルフィを裏切ることだけは絶対にしない。俺、仕事大事だけど、シルフィも同じくらい大事だ。融通効かせたり、子供いても上手くやれる方法考えるし、今もいくつか考え付いてる。そうすることにも抵抗はない。俺、シルフィを幸せにする」


 緊張からか、ソラタの手も汗ばんでいた。私だけじゃない。


「だから、どうか、この世界で、俺の家族になってください」


 家族と会えなくなって一人のソラタと、天涯孤独の孤児の身の私で、新しい家族になる。それは考えるだけで胸焼けするくらい甘くて、そのまま浸かっていたい妄想だった。


「――私っ、可愛く、ないけどっ」

「引きずんな、言葉の綾だろバカ」

「違う、聞いて。私、どんな手段使っても、ソラタの心を捕まえるつもりでここに来たの。だから――」


 伸ばされる腕の中に入って、自分の居心地のいい場所を探す動物のようにすっぽりそこに収まる。ソラタの熱い吐息と抱き締められる腕に包まれて、私は今日一日の忙しさやら混乱やらを全て忘れて頷く。


「こちらこそ、ここを帰る場所にさせてください」


 強くなった腕の力が無言で彼の返事を伝えてくれる。

 ソラタが、私から全てを奪う疫病神から、私に全てを与えてくれる大事な人になった瞬間だった。







「それで、手紙、これ、なんて書いてあったの?」


 小さいポーチから、黄ばんでしまった紙を取り出すと、ソラタがぎょっとして切れ長の黒い目を見開く。


「な、なんでそれ持ってんだよ!?」

「お守りみたいにずっと持ってたの。紙が破けないように大事に保存してきたのよ?」

「ちょ、それ、渡せ!見んな!!」

「えぇ、近い未来の奥さんの初めてのおねだり聞いてほしいなぁー」

「なんだこの小悪魔可愛い系……!俺やばい抵抗できそうにない」

「ふふ。どうだ!」

「得意になってんじゃねぇよ、色んな意味でだぞ。俺は悟りを開こうとしてたのに、煽ったの、シルフィだからな!」

「ちょ!」


 押し倒されて、ひらりと紙が舞う。


 拾うことも許されないまま、夜は明けた。



『ちゃんとお礼言えなくてごめんな。これ以上、ここで今のままシルフィのいい兄貴分としてやっていける自信なくなっちまった。何もかも欲しくなる。料理できる場所、立場――それよりもっと欲しいもんができてさ。でもそれは奪っちゃだめなもんだから、俺、これ以上傍にはいられない。でも、もし、シルフィが次に俺の前に出てきたら、そん時は容赦しないから、よーく覚えとけよ。だから寂しくても俺のいるところに来んなよ。俺に食われる覚悟ができたら来い!……なーんてな!来ねぇよな、シルフィは追いかけるタイプじゃねぇもんな。名残惜しいけど、ここでお別れだ。ありがとうな、楽しかった。  空汰』



お礼小話・おしまい。


ホワイトチョコレート並みの甘さでお送りしました、完全完結です!ここに来てR15大丈夫か。

楽しんでいただければ幸いです。お読みいただき、ありがとうございました!!


わんわんこ

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