ユリウス3
有言実行とばかりにユリウスは翌年には大学に合格してみせた。十六歳という若さで主席合格となった彼は特待生として奨学金を得ることができ、苦しい家計を助けることになる。
父の手配で兄スチュアートは温暖な地域で療養することになった。家を離れたことで何かのくびきから解き放たれたのか、病は快方へと向かっていると、父からの手紙で報告があった。
兄の治療代のために父が変わらず金策に走っている中、ユリウスはもどかしさを感じながらも勉学に打ち込んだ。目指すは狭き門と言われる最短五年での卒業だ。奨学金のおかげで学費は免除されているとはいえ、一日でも早く働きに出た方がいいのは当然のこと。急がば回れの精神で、自分にできることに真摯に取り組んだ。
だが、そんなユリウスの努力を嘲笑うかのような不幸が、ランバート家を襲った。
父が落石事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。
兄の見舞いに出向いた帰りの不幸な出来事だった。地盤の緩んだ山間の道を乗合馬車で抜けている最中に事故にあい、乗客全員が帰らぬ人となった。伯爵家当主が乗合馬車に乗っているなど誰も思わず、身元が判明するのがかなり遅れ、自宅で父の帰りを待っていた妹の元に連絡が届いたのは数週間後のこと。そこから王都にいるユリウスに連絡が入り、彼が大学を休んで現地に駆けつけた頃には、父の遺体は現地で埋葬された後だった。
借金返済のために、ランバート家は数年前に御者に暇を出していた。経費を節約するために父は貸し馬車でなく、平民に扮して乗合馬車を利用していたのだと、このとき知った。
それほどまでに伯爵家の財政は逼迫していたのかと、ユリウスは驚愕した。借金があるとは聞いていたが、具体的な金額までは知らされていない。
その詳細をユリウスに知らせたのは、王都で金貸し業を営む男だった。
「初めまして、ランバート新伯爵閣下。早速ですが、借金の返済が先々月から滞っているのです。急ぎ返済をお願いしたく、お伺いさせていただきました」
父は生前言っていた通り後継にユリウスを指名し、届出を変更していた。そのためユリウスが十六の若さで爵位を継承することになったわけだが、爵位や財産と同時に借財も受け継がねばならなかった。
金貸しの男から見せられた証文にユリウスは目を剥いた。
「六千万ルイだと!? 馬鹿な! 兄の薬代にしても、ここまで値が張るものではなかっただろう!」
王都に出てきてから、ユリウスは兄の病を治した新薬について調査してみたことがあった。決して安くはない金額だが、手が届かないというほどでもない。大学を卒業した後は官僚を目指そうとしていたユリウスだったが、贅沢をしなければ三、四年で十分返済可能だろうと試算できるほどで、肩の荷を少しだけ下ろしたものだ。
だが証文に書かれた金額は、彼が想定していたものの十倍はあった。途方も無い額に声を上げれば、男は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「お金を借りるときは利子がつきものなのですよ。まさか大学を主席合格されたような方がご存じないとはおっしゃいませんよね」
言われて細かい条文を目で追えば、そこには違法性ぎりぎりともとれる悪条件が連なっていた。
「ふざけるなっ。こんな条件無効だ! 認められない!」
「お言葉ですが違法ではありませんよ。ちゃんと王国法の範囲内で運用していますのでね。それをわかった上であなたのお父上はサインされたのです。息子のあなたが踏み倒すなど許されませんよ」
男はユリウスの手から証文を奪い返し、立ち上がった。
「まぁ、今日のところは引き上げます。先々月分の返済については、不幸ごとに対する見舞金として返済免除といたしましょう。先月分と今月分の返済期限は今週末です。目処が立たなければいつもの通り、こちらへ」
「こちらとはなんだ」
「別の金貸し商会の連絡先です。お父上は借財の額が限度を超えてしまったため、うちの本店ではこれ以上お貸しできなかったのですよ。ですので別の借り入れ機関を紹介しました。それがこちらです。隣国の商人が運営する商会ですので、詳細はそちらにお問い合わせください。何せ我が国とは違う法律の元に運営されていますからね。ちなみにお父上はよくそちらでお金を借りて、うちへの返済に充てておられましたよ」
「な……っ」
「それではランバート新伯爵。期限はお守りいただけますよう」
そうして男はユリウスに他店の名刺を押し付け、去っていった。
◆◆◆◆
男が言った通り、父は別の商会でもお金を借りていた。総額すると一億ルイを越える金額だ。
ユリウスが遡って調査した結果、元々ランバート家の借金は、ユリウスがかつて試算した金額より多少多い程度だった。わずかに想定を超えていたのは、母親の時代の借金を計算に入れてなかったからであろう。
そしてそのお金は今回の金貸しではなく、別の真っ当な商会から借りていたものだった。だがあるとき返済が滞ってしまい、別のところから借りざるを得なくなってしまった。それを数回繰り返したのち、くだんの金貸し業の男が経営する商会に頼らざるを得なくなったようだ。さらに男は父が他店で借りていた証文を買い取り、自身の店に一本化した。残念なことにこの方法は違法でないため、ユリウスも突くことができない。そしてその間に、利子は途方もない金額に膨れ上がった。
返済に困った父に隣国の商会が運営する金貸しの店を紹介したのも策略のうちだったのだろう。そうやって借金漬けにされた貴族は何もランバート家だけではなかった。そこまで突き止めたユリウスは、法律の専門家や王城の刑罰を担当する部所に掛け合ったが、男の店はぎりぎり違法性がなく、また他国の店については治外法権が適応され、問題の解決には至らなかった。
十六の学生、親はなく、病気の兄とまだ子どもといえる妹がいる身。今すぐ大学を辞めて働きに出たところで、一億ルイの借金の返済にどれだけ時間がかかることか。それ以前に毎月やってくる分割返済する金もなく、他国の店でいたずらに借金が増えていく無限地獄。
だが焼石に水であろうと、自分が働きに出るよりほかにない。場合によっては妹にも奉公に出てもらわねばならず、兄の静養も打ち切らざるを得ない。そう判断して退学届を提出しようとした矢先。
金貸しの男が、借金の一括返済を求めてきた。
到底答えられる要求ではない。突っぱねようとしたユリウスに、男は嫌な笑みを浮かべた。
「返せないのであれば別のものでお支払いいただくしかありません。あなたの妹様は十四歳だそうですね。実にちょうどいい年齢です。あなたも随分と綺麗な顔をしていらっしゃいますから期待できるというものです。兄君は……病気だったのでしたか。役に立ちそうにないのでいりません」
「貴様……っ! その汚い口を今すぐ閉じろ!」
男の言外の意味を理解したユリウスは思わず掴み掛かった。だが男は畳み掛けるように言い返した。
「借金の返済のために奉公に出ることはよくあることです。奉公先をこちらが斡旋するのもごく当たり前のこと。なんら違法性はありませんよ。行き先がどんな場所であれ、ね」
残念ながら男の言は正しかった。借金のカタに子女を娼館に売る話は、表沙汰にはしにくいが珍しい話とも言えない。そしてそれを縛る法律はない。
最初からそれが狙いで、世辞に疎い父を嵌めたのだ。父だけではない、高利貸しの被害にあった人間はすべて彼らの掌で踊らされていただけ。隣国の商会も当然グル。
ユリウスがどれだけ知略を巡らせても、金を工面する方法は見当たらなかった。実家の屋敷を売ろうにも、辺境に近い土地の田舎家など買い手はつかない。この国では爵位を売ることはできないから、維持できなくなれば王家に返還するだけだ。かといって平民となっても借金がなくなるわけではない。
それに平民になってしまえば、妹が子爵家に嫁ぐことはできなくなるだろう。生活が苦しい中で貴族の娘らしいことは何もさせてやれず、それでも健気に長兄の看病をし、家事を手伝い、ただ幼馴染との結婚を夢見ている彼女があまりに不憫だ。
「どうすればいい……いったい、どうすれば」
かくなる上は自分が身売りして兄と妹を助けるか——だがユリウスを売り飛ばしたその足で妹を毒牙にかけないとも限らない。自分の身かわいさの話でなく、手段として不十分だと頭の中の冷静な部分が告げる。
己の無力さが憎かった。十六という若さが憎かった。絶望の淵の際に立って底の見えない穴を胡乱に見下ろしていたとき——。
くだんの高利貸しの男が騎士団に捕縛された。




