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短い夏休み(仮)  作者: 橋波千尋
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3/3

忘れていた昼

「……ダンゴムシ?」

 篤司は越智の想定外の返事にオウム返しをするのがやっとだった。


「そうダンゴムシ。知らない?」

「いえ。でも……」

 ……俺の知ってるダンゴムシと違う。篤司は思った。


 いい歳の大人がボーリングのボールサイズの球体を「ダンゴムシ」のコロマルと言われて、はいそうですか。と納得するだろうか?いや、しない。する訳がない。

 無論、篤司もそうであった。コロマルに全く納得はしていなかった。


 何を言われているのかわからないといった様子の篤司に越智が確認をするように話始めた。

「さっき、誤解をしていると言ったけど、あなた、本当にコロマルのこと知らなかったの?」

「……ダンゴムシの名前なんか知りませんよ」

 それはそうだろう。越智が聞いているのはそんなことではないが篤司は混乱していた。


「いえ、名前の話ではなく、巨大ダンゴムシの存在の話なんだけど」

「え?なんでそんなこと……そもそも知っていたらきませんよ」

「え?なんで?珍しいダンゴムシだよ?欲しいヒトたくさんいるんじゃないの?」

「誰があんなもの欲しがるんですか?!気持ち悪いじゃないですか!」

 価値観のかみ合わない二人の会話はどこまでもかみ合わない。


「ええ……高値で売れるから密猟しにきたんじゃないの?」

「そんなことしませんよ!」

「じゃあ、何しにきたのよ?」

「だからキャンプにきたんですよ」

 お互いの理解が進まないのでどうにもらちが明かない。


 ― ぐぅぅぅぅ ―

 越智にも聴こえる音量で、篤司の腹が鳴った。

 今、昼前だろうか。昨夜から満足に食事が摂れなかった篤司は、その音で腹がへったことに気づいた。


「あー、何か食べながら話そっか」

「はい。そうして貰えれば助かります」

「準備してくるから待ってて」

「はい」

 篤司の腹の虫で緊張がほどけたのだろう。越智が笑いながら昼食を提案すると篤司もそれに答えた。

 

 部屋を出ていく越智を見送りながら、さて、どうしたものかと篤司は考える。


 ここがどこかは分からないが恐らくはまだ山の中だろう。

 そして、こんな山の中のプレハブにそれなりの機材を持ち込んでのを見ると、大学教授だと言うのもあながちウソではないだろう。まぁ、ヘンな女には違いないが。

 それにしてもあのクソデカボールがダンゴムシだと……


 昼食を待っている間、篤司は色々と考えを巡らせたが、今は必要な情報を聞き出して、ここから出ることを最優先事項にした。


「お待たせー。こんな物しかないけど、ここじゃ、ごちそうだよー」

 越智が今度はお盆にカップメンと焼きおにぎりを2つずつとペットボトルのお茶も2本乗せて入ってきた。


「あ、すみません。ありがとうございます」

「あ、ちょっとごめん。そこのテーブル引っ張って」

 越智に言われたとおり、篤司はベッドの足元に寄せてあったサイドテーブルを自分と越智の間に来るように引っ張る。


「はい。どうぞ」

 テーブルの上に食べ物を置き、さっきと同じように向かい合って座る。


「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 篤司は早速カップに箸を突っ込み、麺をほぐすと一気にズズッとすすって飲み込み、ふぅと一息ついた。

 越智はその様子を見て、くすりと笑い

「おにぎりも食べていいよ」

 とすすめてきた。


「ありがとうございます。あの、聞いてもいいですか?」

 焼きおにぎりを片手に篤司は質問を始める。


「何?やっぱりコロマルちゃんのこと聞きたいの?でも、私にも守秘義務があるから」

 越智の言葉にお前が言い出したんだろうと突っ込みたくなる気持ちを篤司は堪える。


「あ、いえ。別のことです。ていうか、守秘義務があるなら言わなくてもいいですよ」

「あーうん。そっか。で、何?」

「ここって、僕がテントを設置したところから離れていますか?」

 心なしか越智が残念そうにしているのには構わず、篤司は話を続けた。


「ここ?そうね、歩いて15分くらいかな」

「そうですか。今朝、僕のテントのところで会ったのって先生ですか?」

「うん。そうだけど」

「あの、何でガスマスクつけてたんですか?」

「ちょっと待って」

 そう聞かれた越智は、ちらっと篤司を見てカップ麺を一口すする。


「うーんと、あの辺はちょっとガスがね」

「え?ガスって、有毒ガスですか?マジで?」

「え?いや、まぁ、そのようなものかな……」

 越智の歯切れが悪い。


「あ!じゃあ、今朝テントのそばで僕が倒れたのもそのせいなんですか?!」

「あ、思い出した?あれねー!まさか倒れると思わなかったからさー。びっくりしたよー!」

「え?有毒ガスなんですよね?」

「んー、何ていうか、あの濃度で人間がどうなるかわかんなくてさ。ほら気圧は変わんないし」

「はい?」

 話の雲行きが怪しくなってきた。


「だから、馬場君がいい人体実験の被験者になったというか」

「ちょ!ちょっと待ってそれってどういう意味ですか?」

「や、でも、たまたまあそこに君が自分から来たんでしょ?」

「そうですけど」

 呑気な口調で、人体実験などと物騒なことを言われて篤司も黙っていられない。

 他にも何かされてないかと慌てて自分の身体を確認すると、右ひじの内側に病院で採血をした時に貼るテープが貼ってある。

 それを見つけてぞっとした篤司が大きな声を出した。


「ちょっと!僕が気を失ってる間に何を注射したんですか?巨大ダンゴムシとか人体実験とかここは一体何なんですか!」

 篤司の脳裏に虫をモデルにした改造人間が正義の味方の特撮や、火星でGの名をもつ虫を敵に回して戦う漫画が浮かんだ。


「違う、違う!採血しただけよー」

「何のために!」

「だから、あれを吸って倒れたとしたら、血中でどんな変化があるかなーって」

「はぁ?一体何の権利があって……こうなったら全部説明して貰いますからね!」

 篤司は、自分の知らないところで自分の身体を好き勝手をされるのが、こんなに腹立たしいものなのかと改めて認識する。恐怖に感じるところも大いにあったのだが。


「ていうか、あなたが採血したんですか?」

「違うって!あたしじゃないよー。ちゃんとね、医師免許ある人だから大丈夫だよ?」

「あ、お医者さんならって、そういうことじゃねーよ!」

 越智の悪びれない口調も相まって、篤司が怒りに任せ、つい乱暴な口調になってしまうのも無理はなかった。


「わかったってば。そうよね、検体を提供してくれたお礼くらいはしないとね」

 温厚そうな篤司が大きな声を出したのに、さすがに悪いと思ったのか、越智はこの周辺の地図を取り出すと草生津白骨山くそうずしらほねやまを指さす。


「ここで5年前に噴火があったの覚えてる?」

「ああ、覚えてる。ネットニュースで見た覚えがある」

「最近になって、ちょうどこの辺で大きな昆虫が目撃されるようになったの」

 篤司は越智の口調が変わったように感じた。


「それで、私達に調査の依頼がきたんだけど、正直言うと初めは信じてなかったわ」

「そうなの……ですか?」

「ええ。でも、調査を進めるうちに条件が揃っていることに気づいたの」

「条件というと?」

「昆虫が巨大化する条件よ。まず、この辺の地表温度が高くなってるの!」

 越智は地図のある部分を指でなぞる。


「地表温度ですか?」

「そう。馬場さん、地熱発電って知ってる?」

「ええと、名前だけは」

「火山や温泉がある場所って、深さ数kmの比較的浅いところに1千度前後のマグマ溜りがあるのね。で、地中に浸透した雨水がマグマ溜りで加熱されて、地熱貯留層を形成することがあるの。そこに貯まった蒸気を直接、エネルギー源として利用するのが地熱発電なんだけど」

「はぁ……」

 地学に疎い篤司だが、何となくイメージはできた。徐々に越智の話にも熱が入ってくる。


「恐らくはこの地熱貯留層の影響で、地表の温度が一定に保たれていると思われる個所があってね」

「はい」

「どうやらそこでは草も枯れず、昆虫も冬越しをせずに活動できそうなのよ」

「それが?」

「つまり、そこのダンゴムシは冬も休まず、ずっと食べ続けられるってことよ!」

「ええ……それなら常夏のハワイとか虫が全部デカくなるじゃないですか。そんなバカな話が……」

 越智のあまりにも単純な仮説に篤司はそれはないだろうとちょっと引く。が、越智の話はそれだけではなかった。

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