騒がしい夜
投稿用に書いてみました。人称迷子になったり文体迷子になったりしているのでご意見頂けると嬉しいです。それ以前にタイトルが決まらない……
馬場篤司は、いま寝袋の中で全神経を耳に集中していた。
彼が思うに、今聴き取ろうとしている『その音』と音の主であるナニモノかの気配で目が覚めたのだろう。
目覚めた時、テントの内側からでもわかる外の暗さで、起きるにはまだ早いと目を閉じた。
しかし、一度気になった音が邪魔をして眠れない。
『その音』は今まで聴いたことがなかった。と言うよりは、こんな聴こえ方をしたことがなかった。
例えるなら、それは風が森の木々の葉を揺らすような音と言えばいいだろうか。
あのサワサワとした草木のざわめきは、強い風が吹かない限り、気にならないものだ。気にならないどころか、頭上から降り注ぐ柔らかな音のシャワーは、都会の喧騒に疲れた篤司にとって、眠りにつくための絶好のBGMですらあった。
しかし、今ここで聴こえる『その音』は決して風が木々の葉や枝を揺らす音ではなかった。
似てはいるものの『その音』は、頭上からではなく地面を這うように、寝袋で身動きが取れず横になっている篤司に向かってきては通り過ぎる。
かと思えば戻ってきた『その音』はテントの隣でシャカシャカと朽ちた落ち葉をかき鳴らす。
今度はモゾモゾとまるで『その音』が地面の中から這いずり出ているといった具合だ。
そう、ありえないくらい音が近い。
そして何よりもテントがバタつかない。今は風がない。
篤司は『その音』を聴くことで、何とか音の正体を探ろうとしていた。
夏のキャンプということもあり、最初は熊でないことを祈った。頼りの熊撃退スプレーは手元にはなくザックの中に入ってる。
しかも、今自らが音をたて訳のわからない相手に自分の居場所を明らかにするリスクと、たかだかのスプレーで確実に相手に勝てる確信とを計りかねていた。
もし熊だとしたら一度目は下見ということも考えられた。
いつか見た再現ドラマを思い出す。登山中の学生が熊に襲われた事件だった。ドラマでは彼らがすぐに山を下りてさえいれば大事にならなかったと結論づけていた。
篤司は考えをめぐらした。
俺は一人でキャンプに来ているだけだし、明るくなったらすぐに山を下りればいい。なにこのテントの収納にはそんな時間もかからない。
昨夜は疲れのせいかテントの設営をしただけで、大好きな珈琲を淹れるどころかコンロも出さずに寝てしまったことも、今となっては助かる布石のように思えた。
とにかく『その音の主』に気づかれないようじっと身をひそめ、耳をそばだてていると、例のドラマで再現していた熊の息づかいや唸り声のようなものが聴こえないことに気づいた。
それに時間が経つにつれ、どうやら『その音』はただ聴こえるだけで、テントに突っ込んでくる様子がない。確実にすぐ近くまでは来るのだが、なぜかテントを避けているようにも思える。
何の根拠もないのだが、このままじっとしていれば何とかやり過ごせそうな気分になっていた。
篤司は深夜に目覚めてから、まんじりともしないまま朝を迎えた。
お盆のこの時期、午前5時には日の出を迎える。テントの中が明るくなるにつれ、あの奇妙な音と気配は消え、鳥のさえずりが聞こえてきた。
これならもう大丈夫だろうと、それでもなるべく音をたてないよう慎重に寝袋のファスナーをおろし、ゆっくりと体を起こす。
次に外の様子を伺おうとそっとテントから顔を出すと、奇妙なことにテントの前に黒いボーリングのボールが転がっていた。
昨日の夕方、テントを設営した時、こんなものはなかった。
「え?何でこんなところに」と気味悪く思いながらも、テントから出て急いで撤収に取り掛かかろうとしたその時。ボールに意志があるかのようにこちらに向かって転がってくるのを目の端で捉えた。
篤司は慌ててボールを避けたが、避けたせいでボールはテントに突っ込み見事ストラーイク!
おかげでテントは倒れ、丁度ボールをくるむような形になってしまった。テントにくるまれ出るに出られないのか、ボールは中で少しユラユラ揺れたが、諦めたようにピタリと動きが止まる。
その様子に驚いたもののすぐに
「いやいや、ストライクじゃねーよ!おい!ふざけんなよ!新品のテントだぞ!壊れたらどうすんだよ!つか、何だこれ?!誰かいるのかよ!リモコンで操作できるおもちゃか何かかよ!どっかにカメラでもあって見てんのか!おい!いるなら出てこいよ!」
と見えない相手を威嚇するように思いもしない大きな声が出て、その声で我に返る。
昨夜のこともあり、普段あまり大きな声を出すタイプではない篤司であったが、その怒りは頂点に達していた。
『相手は熊じゃない。同じ人間』そう思った途端に気持ちに余裕がでてきた。
「くっそ!何なんだよ!人の大事なテントをめちゃくちゃにしやがって!しかも夜からめちゃくちゃビビってたけど、あれも絶対人間のイタズラじゃねーか!とりあえず、おもちゃかなんか知らんけど、あれだけでも蹴り飛ばして、とっとと撤収して早く山を下りるんだ」
テントの恨みを晴らしてやると勢い込んで倒れたテントに手をかけたその時。
「触らないで!」と篤司の後ろから、少しくぐもった甲高い声がした。
「ほらな、やっぱり出てきやがった。一体どういうつもりで……」と声を荒げながら振り返ると言葉を失った。
そこにはガスマスクと迷彩服に身を包み、ブーツで朽木を踏みしめる人の姿があった。




