第50話 おかしい
「……え?」
次の日。いつも通り、直登と登校してきた私は、教室に広がる光景を見て固まった。続いて入ってきた直登も、目を見開く。
そこには、湊くんの姿があった。席のまわりには女子生徒が集まっていて、休んでいた理由を聞かれているようだ。
そして、その女子生徒の塊の中から席に座っている凪沙の姿も見えた。
私は、鞄を自分の席に放り投げると、凪沙の元へと向かう。ガシッと腕を掴むと、私の顔を見て固まった。
「……お、おはよう、可鈴」
「……ちょっと来て」
凪沙の腕を引き、席を立たせた時、女子の塊の中の湊くんと目が合った。彼はニコッと余裕げな笑みを浮かべる。
その笑顔に私の背筋は凍る。
何っ……?何なのっ……?
笑ってはいたけど、感じる狂気。私は、ぐいっと凪沙の腕を引っ張り教室を出ていった。
***
「──あ、幸坂おはよう。久しぶりだね」
自分の席について、本を読んでいると、桐谷に話しかけられた。女子たちは、もういなくなったのか。桐谷は、椅子を引くと前の席に座る。
「……桐谷」
「ん?」
「何かあったのか?」
その言葉に、桐谷は目を丸くした。そして、ため息をつく。
「皆、そうやってすぐに知りたがるよね。知ったって良いことなんて1つもないのに。俺にとっても、君らにとってもね」
それだけ言い残して、桐谷は席を立つ。そして、教室を出ていってしまった。
俺は唖然としたまま、その後ろ姿を眺めるしかなかった。
***
「え?待って……ごめん。理解できない」
時を同じくして、空き教室に移動した私と凪沙。凪沙の話を聞いていたのだが、まさかの言葉に私は困惑していた。
「……どういうこと?」
凪沙は、俯いたまま再び話し始める。
「……だから……一昨日の夜、桐谷くんに電話したら会いたいって言われたの……。そんなこと言われたの初めてだったから、私嬉しくて……。それで、家に桐谷くんが来て、少し話して」
手悪さをしながら、話を続ける凪沙。だんだんと声が小さくなっていく。
「……それで……しちゃった」
キーンコーンカーンコーン──。
タイミングが良いのか悪いのかチャイムの音が鳴り響く。
「ま、また、ゆっくり話すからっ……とりあえず、教室戻ろう?」
「……先に戻ってて」
「わ、分かった」
凪沙がそそくさと教室を出ていくと、私はその場に座り込む。何これ。よく分かんないけど、涙が出てきた。意味分かんない。でも、止まらない。
どんどん壊れていってる気がする。やっぱり、私が余計なことしなければ良かったのだろうか?無駄な正義心で、皆の仲を崩してしまったのではないか?
凪沙はそんなことしないと思ってた。湊くんだって、手を出すような事をする人じゃない筈だ。
じゃあ、二人を変えてしまったのは何?誰なの?
そんなの……
ガラララ──。
その時、空き教室の扉が開く。バッと入り口の方に目をやると、湊くんが立っていた。彼は、真顔で私の方を見る。
「──何で、泣いてんの」
前にも言われた言葉。あの時は、直登に嘘をつかれて、公園で泣いているところを発見して、走って駆けつけてくれたんだっけ?
あの時の湊くんは、本当にヒーローみたいに見えたのに……今は違う。
呆れたような表情で、私に近づいてくる彼。私は、すぐに立ち上がると、袖で涙を拭う。そして、彼の事をキッと睨み付けた。
「……どうして、凪沙に手を出したのっ……!?」
私の言葉に、湊くんは立ち止まる。そして、冷たい目で私の事を見下ろした。
「そんなの、瀬戸さんに関係ないじゃん。聞いてどうしたい訳?」
「だって、湊くんも凪沙もそんなことする人じゃなかったっ!!」
「何言ってんの?俺はそういう人間だよ」
「ふざけないでっ!!そんなの凪沙の気持ちを踏みにじってるのと一緒じゃんっ!!好きでもない女の子に、そんな事するのだけはっ……絶対に許さないっ!!」
私のその叫びに、湊くんはピクリと反応を示す。
そして、ボソッと告げる。
「……ふーん?じゃあ好きだったら良いんだな?」




