第29話 和解
「結局あの子も、その二人に近づくために、アンタと仲良くなったんじゃない──?」
その言葉は、いやに私の中に響いた。
凪沙が、そんな目的で私に近づく……?
そんなことは絶対にあり得ないと思いながらも、心臓は大きく音を立てる。背中を伝う汗。熱くなる体。
今にも、倒れそうな状態だ。
「何それ!超ウケるじゃん!!」
「じゃあ、結局コイツには誰もいなくなるじゃん!」
「ええっ!?かわいそー!!」
「てか、その女も性格悪過ぎじゃない?」
「思った!ヤバいよね!!」
「ヤバいヤバい!!」
「アッハハハハ!!!!」
耳に大きく響く甲高い笑い声。
イライラとした気持ちが、たまっていく。
また心臓の音が大きくなる。
ドクンッ…………ドクンッ…………
…………ドクンッ…………ドクンッ…………!!
「──よく知りもしないで凪沙を悪く言わないで」
私が、そう言った瞬間、4人の笑い声がピタリと止んだ。そして、私を鋭い目付きで睨み付ける。
「やっと喋ったと思えば何だよお前」
「調子乗ってんの?」
「すっごい腹立つんだけど」
すると、リーダー格の女子生徒が私の頭に手を置く。そして、髪をぐしゃっと掴む。
「ねぇ……今の状況分かってる……?あんまり調子に乗ってたら──」
そう言って、もう片方の腕を大きく振り上げる。
殴るなら殴れば良い。
それで気がすむならそれで良い。
私は、歯を食いしばり、目をギュッと閉じた。
「──止めてっ!!!!!!!!」
その叫び声に、私たちは声のした方を向く。
「あ、噂をすればご本人さん登場じゃん」
「本人に直接聞いてみるしかないねー」
早足で歩いてくる凪沙。
来ないでという気持ちと、来てくれて嬉しいという気持ちが複雑に混ざり合い、思うように声が出ない。
「ねえねえ、瀬戸さんと仲良くしてるのって、幸坂くんか桐谷くんを狙いたいか──」
パシッ
乾いた音が響く。肩を叩きながら話しかけた女子生徒の手を振り払った凪沙。目は、いつものように穏やかでは無く、ひどく冷たい。
「あなたたちに答えることなんて、ありませんから」
そう言って、私の目の前に立ち、優しく笑う。
「行こう?可鈴」
その態度に、リーダーの女子生徒が凪沙の肩をグイッと引っ張る。凪沙は、よろめいて後ろに下がり、4人に囲まれてしまった。
「イケメン二人にチヤホヤされると、皆こんな風に生意気になっちゃうもんなの?」
「腹立つ」
囲まれた凪沙は、4人を睨み付けてはいるが、手は小刻みに震えている。私は、フラッと立ち上がると、輪の中に入り、凪沙の肩を持った。
「腹立つのはこっちの台詞ですっ!たった1人を、4人で威圧しながら囲んで、恥ずかしくないんですか!?高校生にもなって、こんな事して……絶対におかしいです!!」
凪沙の一生懸命語る姿に、私は涙が出そうになっていた。
いつも控えめで、妹のような存在の凪沙。
本当に可愛くて、側にいると安心して……でも、頼りがいがある。いつも、私の事を助けてくれる。
私にとっては、本当にかけがえのない存在だ。
普段は、こんなに声を荒らげる事なんてない。
でも、私のために、震える手を押さえて、勇気を振り絞ってくれている。
それなのに、私は何も出来ない。凪沙の、肩を持つことぐらいしか出来ない。
私は、いつ彼女の力になれただろうか?
いつ、彼女の事を救えただろうか?
助けられてばかりいる。恥ずかしくて仕方がない。
こんな私は……こんな弱い私は……一体どうすれば良いのだろうか……?
「──はいはい。言いたいことは分かったよ」
呆れたように声を出す、リーダーの女。
私と凪沙は、揃って彼女の事を睨み付けた。
「じゃあ、二人とも。こうしよう?私は幸坂くんを狙うから、桐谷くんは譲ってあげる。だから、2度と幸坂くんには近寄らないってここに約束して?」
「……え」
「何言って──」
「──へー!それはそれは大歓迎ですよ!」
そこへ響いた、場違いの能天気な声。その声の主が彼だと気づき、安心している自分がいた。
湊くんは、清々しい顔をしながらこちらへ近づいてくる。その後ろには、直登の姿もあった。
「き、桐谷くんっ……!?」
「幸坂くんっ……!」
「僕、こんな性格も顔も残念な人に好かれても全く嬉しくないから、本当大歓迎だよ!ありがとうね!」
そう言って、リーダーの女の前に立つ。
「でもさー、譲ってあげるってどういう事?まさか、自分が好かれてるとでも思ってたの?うわー!勝手に、そう思ってたんなら恥ずかしいねー!!」
大袈裟に話す湊くん。その顔は、ひどくイキイキしている。
「ねえねえ、幸坂くんは私が狙うって言ってたけど、正直どうなの?幸坂」
「……いや、こっちから願い下げだわ」
その言葉に、女子生徒たちは顔を真っ赤にして走り去る。よほど悔しかったのだろうか声を発することなんて無かった。
女子生徒たちがいなくなると、湊くんは私と凪沙の頭をポンポンと撫でてくれた。
「うん。よく頑張ったね」
その一言に、凪沙が大声で泣き始めてしまった。
「あー、怖かったよね。よしよし、大丈夫だよ」
まるで、子どもをあやすかのように、優しく優しく凪沙に接する湊くん。その様子が、少しおかしくて私は、その場をそっと離れる。
すると、直登と目が合ってしまった。
私は、勇気を振り絞り直登の前へ立つ。
「……ごめんなさい」
私は、直登の顔を見れずにボソッと呟く。
すると、直登も口を開く。
「……それは、何に対しての謝罪?」
その言葉にハッとして、顔を上げる。
「……今の状況に対するごめん……と……あの時はっ……本当に……ごめんなさいっ……!」
抑えていた気持ちが溢れだし、涙がボロボロと溢れ落ちる。直登はそんな私を、優しく抱き締めてくれた。
「俺も、変に意地張って悪かった……。許してくれ」
「そんなのっ……許すに決まってるじゃんっ……!!」
「……ん。良かった」
私は、少しの間久しぶりの直登の腕の中で、泣き続けた。




