第27話 あまりに切ない春
「──新入生の皆さん、本日はご入学おめでとうございます。在校生一同、皆さんの入学を心より歓迎いたします。さて──」
分からない。分からないことだらけだ。
まず、1つ目。
壇上に上がって、堂々と歓迎の言葉を読み上げているのは、皆さんご存知、桐谷湊くん。
凪沙から、生徒会長候補だってことはうっすらと聞いてたけど、まさか本当に会長になってるとは思わなかった。てか、湊くんも何で教えてくれなかったの!?
壇上に上がっている、湊くんの姿を見て、新入生も在校生も、頬を赤く染めている。
皆、騙されちゃダメだよ?その人性格超悪いから!!
次、2つ目。
いつの間に、こんなに月日は流れてしまったの?
今を大事に生きようって言ってたあの日は、もう何ヵ月も前のこと。本当に、年をとるにつれて、時間が経つのがあっという間だ。(なんておば様方の前で言ったら、すごい目で見られそうだけどね。)
最後、3つ目。
直登は、今どんな気持ちでいるのだろうか……?
あの日のこと……今でも昨日の事のように思い出す。
***
「──海外の大学に進学するつもりなんだ」
その言葉に、私は目をパチクリさせる。
海外……?海外ってどういうこと……?
直登と、離れることは仕方のないことだと思ってた。
でも、それは国内にいるからまだそう思えるのであって、海外なんてあり得ない事だと思ってた。
「俺、可鈴と離れたくなくて、海外に行くこと諦めてた。でも、さっきの話聞いて決心した。とにかく、今はこの時間を大切に生きて、そんな思い出を思い出しながら、海外で頑張ることにするわ」
勝手に進んでいく話。
え、待って?こんなことになってしまったのは、もしかして私のせい?私が、変に前向きな話をしてしまったから?
私も、怖い。寂しいって泣きつけば良かった?
待って、違う。違うんだよ、直登。
「可鈴、本当にありがとう」
お願い。そんなに満足そうな顔で笑わないで。
そんな優しい目で私のこと見ないで。
何で?嫌だ、嫌だよ、直登。
お願い、遠くにいかないで?ずっと、側にいてよ……!
「可鈴?どうした?黙り込んで」
そう言って、私に手を伸ばす直登。
私は、その手をピシッと振り払った。
直登の表情が固まる。
「……は?」
私は、震える手を押さえ込んだ。
今にも、溢れだしそうな涙。荒くなる呼吸。
すべてを抑えることに必死だった。
「そんなの聞いてないし」
自分でも驚くほど、低く冷たい声が出る。
直登の表情を見ることは出来なかったが、空気が重たくなるのを感じた。
「は?だから今言ったんだろ?聞いてないじゃなくて、今初めて話したんだよ」
「意味分かんない。海外とか何考えてんの?わざわざ、そんな遠くへ行かなくても良いじゃん」
「お前何言ってんの?さっきの発言どこに消えたんだよ?応援してくれるんじゃねぇのかよ?」
「そんなの海外だって知らなかったから言えただけだわ。無理だよ」
次から次へと言葉が出てくる。
私が考えた言葉じゃない。知らない内に、どんどん溢れてきて止まらない。
そろそろ止めなきゃいけないのに、どうしても止まらない。
「海外だろうが、国内だろうが変わりはねぇだろ。お前が、さっきそんな事言ったんだろ」
「変わるよ!!全然違うよ!!バカじゃないの!?」
「はぁ!?バカはお前だろうが!!調子乗んなよ!!」
「うっさい!!直登なんか大っ嫌い!!!!」
そう言って、私はそこに置いてある、数学のテストをグシャグシャに丸め直登に投げつけた。私の顔も、涙でぐちゃぐちゃになっている。
そのまま、荷物を持つと、私は直登の部屋を後にした。
***
壇上では、新入生代表が挨拶をしている。
あ、いつの間にか湊くんの挨拶終わっちゃったんだ。
聞いてなかったとか言ったら、すごく怒られそうだな……。
あの日から、私は直登と一言も口を聞いていない。
今では、仲の良かった頃、付き合っていた頃が嘘のようだ。
あんな喧嘩は初めてだった。それもそうだよね。私が、ものすごく勝手だったから。仕方ないよ。
でも、謝るなんて出来なかった。悪いとは思っていても、「ごめん」の一言がどうしても言えなかった。
また、いつか話せる時が来る。また笑い合える日が来る。そんな日を、前みたいに神様が用意してくれる……そう思っていたのに……。
ポタッ。
手の甲に、涙が一粒溢れ落ちる。
神様。どうして、私たちの仲を戻してくれないんですか?私たちは、切っても切れない関係なんじゃないんですか?私は……
──過去の綺麗な思い出にすがるしかないんですか?




