第21話 違和感
「──ここだよ」
「へ?」
ようやく手を離してもらえたかと思うと、私は目の前に建っている建物を見て固まる。
湊くんは、ニコニコと微笑みを浮かべる。
私はそんな彼を冷たい目で見る。
「ここだよ。って、ここ湊くんの家じゃん」
「そうだよ?文句ある?」
「いや、無いですけど……」
あまりにも自信満々にそう言われたので、思わず敬語になって返事をしてしまった。
視線を後ろに移せば、あの公園。泣いている私を発見された、あの公園。私の弱さをさらけ出した、この家。
何か、その事を思い出したく無かったから、ここには当分来てなかったんだよね。ていうか、私にも一応彼氏が出来たんだから、男の人の家に行くっていうのは……そうやって考えたら、二人で出掛ける事自体アウトなのではっ……!?
「まあ、とりあえず入ろうよ」
「あ、わ、私、用事を思い出して……!」
「は?」
私が発した言葉に、湊くんは不機嫌な顔をする。
「何?用事って?幸坂のプレゼント買うことだろ?」
「そ、それはそうだけどっ……ほ、他にも……」
「へー?何?言ってみなよ?」
「え、えっと……それは」
私が、そう言っていると湊くんは深くため息をつく。少し呆れている様子だ。いや、少しじゃなくて、かなり……。
「別に何もしないから。ただ会って欲しい人がいるだけだよ」
「……へ?」
会って欲しい人……?
どういうことだ……?
そんな事を考えている内に、湊くんは玄関を開けてしまっていた。私が、ギョッとしている間に、「ただいまー。」と、中に入ろうとしていた。
と、その時……
「お帰りー!!」
中から可愛らしい声が聞こえる。そして、そのまま湊くんに抱きつく。
私は、口を開けたまま固まる。
「あ、瀬戸さん。俺が会わせたかったのはコイツ」
すると、抱きついたまま可愛い顔がこちらを覗いてきた。瞳が合って、私は胸をズキュンと撃ち抜かれてしまった。
「ほら、春哉。挨拶」
「こ、こんにちは……!」
「こんにちはっ……!」
そこには、クリクリの目をした、可愛らしい男の子がいた。湊くんにギュウッと抱きついて離れない。
「え、この子は湊くんの……お子さん?」
「冗談やめてくれる?弟だよ」
「お、弟さんっ!?」
「春哉がずっとお姉ちゃんが欲しいって言ってたから、瀬戸さんが少しの間でもお姉ちゃんになってくれないかなー?って思って」
「そ、そうだったの!?」
「だよな?春哉」
「うんっ!お姉ちゃん遊ぼうっ!」
春哉くんは、そう言って私の手を握り、グイグイと引っ張る。そのキラキラとした瞳、嬉しそうな笑顔に私は完全にやられてしまった。
な、なんて可愛いのっ……!!
そのまま、リビングへと連れていかれる。すると、そこにいる年配の女性と目が合う。
「こら、春哉。そんなに連れ回しちゃダメでしょう?」
「おばあちゃん!だってだって、僕にお姉ちゃんが出来たんだよ!!」
「あ、わ、私、桐谷くんの同級生の瀬戸可鈴と言います!突然お邪魔して、申し訳ないです!」
「……あなたが。話は湊から聞いていますよ」
そう言って、優しく微笑むおばあさん。その優しい笑顔に私は心が温かくなるような感じがした。
すると、少し遅れて湊くんが帰ってくる。
「ただいま」
「おかえり。湊」
前回来たときには、弟もおばあさんもいなかったような……?ていうか、お父さんとお母さんはどこにいるんだろう?そんな事を考えると、グイグイと袖を引っ張られた。
「お姉ちゃん!一緒に遊ぼう?」
「あ、うん!何しようか?」
そんな事を考えるのも馬鹿馬鹿しくなって、私は春哉くんと色んな遊びをした。春哉くんは、まだ小学生にもなっていないと聞かされ驚いた。5歳らしい。それでも、春哉くんは色んな遊びを知っていて、教えてくれた。
トランプ、オセロ、あやとり、テレビゲーム。
色んな事をしている内に、あっという間に日は暮れてしまった。
そして、絵本の読み聞かせをしている途中で、春哉くんはぐっすりと眠ってしまった。
「──あーあ。寝ちゃってるし」
その事に気づいた湊くんが、春哉くんを見て呟く。
「久々にいっぱい遊んでもらって、嬉しかったんだろうね」
「私も、久々にこういう遊びが出来て楽しかった!」
「そりゃあ瀬戸さんは子供だからね」
「ちょっと!!」
「嘘だって!怒らないでよ」
そう言って、湊くんは私の隣に座る。そして、優しい顔で春哉くんの頭を撫でる。普段とは違う、彼の一面に私はドキッとしてしまう。
「瀬戸さん、ありがとう」
「え?」
「春哉にはきっと最高のクリスマスプレゼントになったと思う」
「……あの……湊くん……?」
「ん?どうしたの?」
「……お父さんお母さんは……どうしてるの?」
恐る恐るそう尋ねる。湊くんの表情は曇ってしまった。
「──そんな奴らいないよ」
「……へ?」
「湊」
と、その時おばあさんが湊くんに声をかける。
私たちは一緒に顔をあげる。
おばあさんの表情は、少し悲しげだった。
「もう暗いし、送っていってあげなさい。春哉も、もう十分遊んで貰ったからね」
「……そうだね。ごめん。送るよ」
そう言うと、湊くんは春哉くんを抱き上げて、おばあさんに預ける。
「瀬戸さん。帰ろう?」
「気を付けて帰ってね」
おばあさんはそう言って、優しく笑ってくれる。
その笑顔に、胸が締め付けられる。何だろう……モヤモヤして苦しい。
「──あ、あのっ!」
気づけば私は声を出していた。
「……ま、またっ……また来ても良いですかっ?」
私がそう言うと、おばあさんは目を丸くする。そして、また優しい笑顔で微笑んでくれた。
「もちろん。春哉も私も待っているわ」
その言葉に、私は笑顔を浮かべる。
そして、湊くんと一緒に家を後にした。




