第15話 告白
「──そんなに瀬戸さんの事泣かせるのが楽しい?」
移動して、いきなりそんな事を言われ俺の思考は停止する。可鈴を……泣かせる……?
「悪いけど、何を言ってるのか分かん──」
そこまで言った所で、俺は急に胸ぐらを掴まれた。まさかの出来事に、相手の手を掴むことしか出来ない。桐谷の腕はプルプルと震えているが、目は冷静さを物語っている。
「とぼけたこと言ってんじゃねぇぞ?お前が嘘ついて、瀬戸さんの想いを弄んだんだろ。そんなに女を騙すのが楽しいか?自分の美貌で、相手を騙すのが楽しいのか……!?」
そういう事か。俺が、告白の事を嘘ついたから……。
可鈴も可鈴なりに傷ついてたんだな。そうだよな。
「……楽しいと思ってやった訳じゃない。でも……俺も俺なりに考えたんだ。どうすれば、可鈴に少しでも負担がかからないか、迷惑をかけないか」
「考えた末であの結末か……?笑わせんなよ」
「それが可鈴の為だと思ったんだ。それに……今の可鈴にはお前がいるだろ」
「……は?」
桐谷は、俺の言葉を聞いて固まった。何でお前がその事を知ってるんだ?っていう顔か?
「……昨日聞いたんだよ。あの空き教室で二人で話してるところを。そこで、可鈴がお前に告白してるのも聞いた。……可鈴が好きなら仕方ないだろ」
「……何だよ……そういうことかよ……」
そう言うと、桐谷は俺から手を離した。ようやく解放され、俺もひと安心する。しかし、その安心も一瞬だった。
「──だったらお前、なおさら最低だな」
その言葉は、俺の心にグサリと突き刺さる。
は?俺が最低?どういうことだ……?
桐谷は、冷たい目で俺の事を睨み付ける。俺も、眉をしかめて桐谷の方を見る。
「手短に言えば、お前が聞いた言葉は全部お前に向けての物だ。お前からの告白の返事を、ずっと練習してたんだ……!!確かに、名前は俺の事を呼ばせてたよ。その方が雰囲気出るからって。全部、お前の勘違いのせいじゃねぇか……!!」
「……え?」
「最後までちゃんと聞いてたのか?一部分で全てを知ったような言い方しやがって……。それで、瀬戸さんの為に嘘をついた?まじで笑わせんな。結局、お前は逃げただけだろ?フラれるのが怖くて……瀬戸さんと気まずくなるのが怖くて……。瀬戸さんの為の嘘でも何でもない。お前自身を守るための嘘だったんだよ」
色々な情報が入りすぎて、俺の頭はパンクしそうになる。どういうことだ?つまり、可鈴は俺の事が……。それなのに、可鈴の返事を聞く前にそれをシャットアウトして、俺は逃げたんだ……。
「……二人の為に潔く身を引いたつもりだったけど、やっぱり無理だ」
俺が黙っていると、桐谷は続けて話し始める。
「──もう遠慮なんてしない。お前がそこまでフラフラしてるんだったら……彼女の事全力で奪うから」
桐谷は、それだけ言うとその場を立ち去った。
体育館裏に、一人取り残された俺は、少しの間動くことが出来なかった。
***
空き教室に行ってみて私は驚いた。何か話をする時は、いつもここなのに……。他の空き教室も探してみたけど、どこにも見当たらなかった。
一体どこに行ってしまったんだろう……?
二人のあの様子。危険な香りしかしなかった。湊くんが直登を呼び出したのは、絶対に私が泣いたからだ。きっと、私の代わりに気持ちを代弁しようとしてくれているんだろうけど……。何か嫌な予感しかしない。
と、その時、私は後ろから何かに包まれた。
フワッと香る優しい香り。抱き締める強さ。
それが、湊くんだということにすぐに気がついた。
「──瀬戸さん、ごめん」
耳元で響くその声に、私の体はビクッと震える。
「……俺、嘘ついてた」
「……え?」
「──俺、瀬戸さんの事が好きだ」
まさかの一言。私は固まってしまう。
何を言ってるの……?湊くんは、直登の事を陥れようとして私に告白しただけで、何の気持ちも無かったんじゃ無いの?どういうこと?どこからどこまでが嘘なの?待って、訳が分からない。
「……男の子は……嘘しかつけないの……?」
私が、そう呟くと抱き締める力が強くなった。私は、湊くんの手に触れる。
「……ごめん。本当は最初から好きだった。……でも、瀬戸さんとアイツの事を考えて身を引いたんだ……。だけど、今のアイツには瀬戸さんの事を任せられない」
後ろから抱き締めたまま、私の手を両手でギュッと握る湊くん。
「ごめん。好きなんだ。……どうしようもなくっ……瀬戸さんの事が好きなんだっ……!!」
──キーンコーンカーンコーン。
朝の会が始まる合図の音。
私は、その場に立ち尽くす。湊くんも、私から離れる様子はない。
「……湊くん……ありがとう」
私は、そう言うと湊くんの手を握り返した。
「その言葉だけで、私には十分すぎるよ」
そして握った手を離すと、その腕から逃れる。そのまま、後ろを振り返ると湊くんは目に涙を浮かべていた。
「……泣かないで……。せっかくの綺麗な顔が台無しだよ……?」
私はそう言って、ハンカチを手渡す。湊くんは、それを受け取るが、涙を拭おうとはしない。
「……ねえ、瀬戸さん」
「……何?」
「これからも一緒にいても良い……?」
弱々しく呟く湊くん。私は、出来るだけニコッと笑って答えた。
「もちろん。むしろ、こちらこそお願いします──」




