閃光の雷霆
「これが俺の固有魔力――『爆風』さ」
侵入者の男は不敵な笑みを浮かべ、燃え盛る炎をまとった漆黒の弓を軽々と回しながら言った。それは、ただの矢に自身の炎の魔力を完璧に憑依させ、着弾と同時に周囲一帯を文字通りの火の海へと変える破壊の射撃だった。
「やはり、その厄介な弓ごと貴様をねじ伏せなければならないようだな」
シヴォンが低い声で呟き、愛用の斧をさらに深く構え直す。
その頼もしい背中のすぐ後ろで、先ほどまで腕の傷を庇っていたレイが、キッと前を向いて再び聖剣アスカリオンを力強く握り締めた。
「シヴォンさん。俺は、まだ戦えます!」
右手の痛みに負けず、全身の闘志を再び真っ直ぐに沸き上がらせるレイの気迫を見て、シヴォンは頼もしい背中を向けたまま短く返事をした。
「……わかった。油断するなよ」
その瞬間、レイが両手でしっかりと構えた聖剣アスカリオンの刀身から、眩いばかりの純白の光が激しく迸り始めた。
「俺に力を貸してくれ……! アスカリオン!」
叫びと同時に、レイの身体の奥底を流れる『龍の血』がまるで沸騰するように熱を帯び、血管の隅々まで圧倒的な生命力が駆け巡っていくのが自分でもはっきりとわかった。
「ははっ! そう来なくっちゃなぁ! 楽しみませてくれよ、英雄の息子さん!」
男は獰猛な笑みを浮かべ、再び炎を纏った矢を番えた。
稲妻のような雷光を全身に纏ったレイは、地面を蹴り飛ばし、一気に男の懐へと肉薄する。
「おらあっ!」
レイが全身全霊を込めて振るった聖剣の一撃が、男の構える弓の柄へと激しく叩きつけられた。
ガキィィィン――ッ!!
火花が激しく散り飛び、強烈な衝撃波が周囲を揺らす。
「くっ……! やっぱ、そう簡単にはあの弓は折れないか!」
レイは歯噛みしながら小言を漏らした。だが、ここで引くわけにはいかない。
(……もっとだ! もっと自分の奥にある魔力を引き出せ……!)
「もう少し……魔力を絞り出すしかないかッ!」
レイがさらに意識を集中させた瞬間、彼の纏う雷は先ほどとは比べ物にならないほどの超高圧となり、まるで夜空を切り裂く「閃光」そのものとなって周囲を強烈に翻弄した。あまりの眩しさと圧倒的な気圧に、男の動きがわずかに鈍る。
「くっ……! 鬱陶しいなぁ、この小僧がっ!」
焦りを隠しきれなくなった男は、周囲の空間に向けて無数の炎の魔力矢を文字通り乱射し、強引にレイを吹き飛ばそうとした。
しかし、今のレイは一味違う。研ぎ澄まれた感覚の中で、レイは瞳を大きく見開き、体内の雷の魔力を一点に集中させて鋭く解き放った。
「――『雷霆の楔』ッ!!」
バチバチバチッ! と轟音を立てて放たれた無数の閃光の楔は、男が放った炎の矢を的確に、かつ一瞬ですべて撃ち抜いて無力化していく。それだけにとどまらず、稲妻の軌跡はそのまま男の急所へと真っ直ぐに突き進んだ。
「っ……! 危ういな……ッ!」
直撃を免れようと、男は咄嗟に体を仰け反らせて躱したが、があまりの速度と衝撃波に完全に体勢を崩してしまった。
――その致命的な隙を、レイが見逃すはずがなかった。
「もらった……っ! 喰らえ!」
凄まじい加速で一気に間合いを詰め、レイは渾身の一撃を放つ。聖剣の鋭い切先が、男の腹部の防具を軽々と切り裂いた。
「ぐっ……ぅ……!」
男は血を吐き出しながら自身の患部を押さえ、ついにガクンと両膝を地面についた。勝負あり――誰もがそう確信した瞬間だった。
「レイ、よくやった。見事だ……。今からこいつを完全に拘束して……」
シヴォンが安堵の息を漏らしながら、トコトコと男に歩み寄ろうとした、その時だった。
突如として、シヴォンの背後の空気が嫌な音を立てて歪んだ。
「ぐはっ……!?」
背後から突き刺さった鋭利な刃物。予想外の致命的な一撃を突然受けたシヴォンは、血を吐き出しながらその場に崩れ落ちた。
「……え……?」
目の前で起きた信じられない光景に、レイは目を見開き、凍りついたように立ち尽くす。
シヴォンの背中から血を流させ、冷酷な目で剣を構えたまま立っていたのは――先ほどまで一緒に宿舎で笑い合っていたはずの、仲間であるはずのノイだった。
「ノイ……? 嘘だろ……なんでだよ……!」
目の前で起きた信じられない光景に、レイは激しい動揺と絶望感に包まれながら、震える声で叫んだ。先ほどまで共に笑い、同じ釜の飯を食い、背中を預け合っていたはずの親友が、なぜ信頼すべき味方であるシヴォンを背後から突き刺したのか。レイの脳内はパニックと混乱で完全に埋め尽くされていた。
しかし、シヴォンを切り伏せたその「ノイ」の顔には、これまでの明るい笑顔のかけらすらなく、冷酷な光を宿した不敵な笑みが張り付いていただけだった。
「――ふっ。ウェストル、いつまでそんな雑魚の相手をしている。何をしくじっているんだか」
冷徹な声が響いた瞬間、「ノイ」の姿がゆらゆらと波打つように歪み始めた。容姿や髪色がみるみるうちに変化し、そこに現れたのはまったく見覚えのない見知らぬ男の姿だった。
「はは、まさかこんなところで『ゼル』さんが直接お出ましになるとはなぁ。いやあ、ちと手こずっちまったよ」
腹部を押さえて膝をついていた侵入者――ウェストルと呼ばれた男は、薄気味悪い笑みを浮かべながらそう答えた。
正体を現した「ゼル」と呼ばれる男は、顔に不気味な烏の仮面を装着しており、その全身からは周囲の光を吸い込むような底知れぬ異質な魔力が漂っていた。
「もうこの場所に用はない。さっさと戻るぞ、ウェストル」
「へいへい、わかりましたよ。……っと、そういや聞いときたいんだが、聖都に囚われているあの『ガルド』はどうするんです?」
「あいつはもう用済みだ。組織の駒としては使い潰した。あとはこの国の勝手な裁判と処罰にでも任せておけばいい」
ゼルは冷たく言い放つと、空間がメキメキと音を立てて引き裂かれ、周囲の景色がぐにゃりと歪み始める。
「では諸君、これにて失礼させてもらう。……さらばだ」
「待て……っ! 逃がすか!」
シヴォンが血を流しながらも執念で立ち上がり、斧を振るおうとしたその瞬間。
「待て! ノイはどこだ!? 本物のノイはどこへやったんだ!」
レイは怒りと恐怖に顔を歪めながら、歪みゆく空間の前に立つゼルとウェストルに向かって絶叫した。
しかし、烏の仮面の男――ゼルは、冷ややかな視線を一瞥くれただけで、ふっと鼻で笑った。
「さあな。どこの溝に転がっているのやら」
その言葉を最後に、二人は歪みきった空間の中へと吸い込まれるように消えていき、次の瞬間には何事もなかったかのように空間はピタリと元の美しい景色へと戻った。
東門の一帯に、再び残酷なまでの静けさが訪れた。
残されたのは、血塗られた地面と、深手を負って倒れ込むシヴォン、そして呆然と立ち尽くすレイだけだった。
「……くっ……!」
シヴォンが歯を食いしばりながら傷口を押さえ、荒い息を整える。レイは血の気が引いた顔で、ノイが消えていった空間を見つめたまま、全身を小刻みに震わせていた。
「自分が……一緒に笑い合っていたノイは……ずっと偽物だったのかよ……そんなのって……」
レイの絞り出すような絶望的な呟きを聞きながら、シヴォンは痛む体をかばいつつ、静かに首を横に振った。
「……いや、責めるなレイ。お前が気づけなかったのは無理もない。……だが、今振り返ってみれば、兆候はいくつもあった」
シヴォンは遠い目をして、最近のノイの様子を回想するように語り始めた。
「お前と会うよりもずっと前から、あいつの様子は少しずつおかしなところがあった。あいつの本来の性格は、あんなに陰湿ではなく、もっとおちゃらけていて底抜けに明るいはずだった。だが、ここ最近のあいつはどこか影があり、本来の調子ではなかった」
「……言われてみれば……」
「それに、あいつは本来『鎌』を好んで使う戦闘スタイルだったはずだ。だが、いつの間にか自然な流れで『剣』へと武器を持ち替えていた。……うちのような大規模な部隊では、任務に合わせて臨機応変に武器を変える人間も珍しくない。だから俺たちも深く気に留めず見過ごしてしまっていたが……まさか、本物のノイと完全にすり替わっていたとはな」
シヴォンの言葉を聞き、レイはさらに深く絶望の淵へと突き落とされるような感覚に襲われた。
自分のすぐ隣に、敵の化け物が化けて入り込んでいたという事実。そして、本物のノイが今どこでどうなっているのか分からないという恐怖。
「そう……なんですか……」
レイは自分の無力さを痛感し、震える拳を強く握りしめた。
聖都オクヘイムの平和な日常は、音を立てて崩れ去り、狡猾で容赦のない闇の牙が、すでに自分たちのすぐ背後まで迫っていることを、レイは痛いほど思い知らされるのだった。




