第6話 十の属性と聖都の大学
前夜の魔物討伐という初陣を終え、ヒューガの背中を追って聖都オクヘイムへと歩みを進めたヘリオスたち。それから丸一日が経ち、ようやく聖都の大学へとたどり着いたのは、夕暮れの茜色が巨大な学び舎の石壁を染め上げる頃だった。
大学の広大な敷地内へと足を踏み入れたヒューガは、肩に担いだ長槍をくるりと回しながら、振り返ることもなく平然と言い放った。
「さてと、新しい仲間を迎えに行くついでに、お前さんたちにこの世界の基本を教えておいてやるか。……まあ、この世界じゃ魔法のことは総じて『ソルシュ』って呼ぶんだがな」
「基本のソルシュは全部で七つだ。『炎』『水』『氷』『雷』『草』『岩』『風』。いいか、大抵の魔導士や冒険者はこの中から『1人1つの属性が絶対』のルールで生きている。自分が持って生まれた一つの属性をどれだけ極められるかが勝負なのさ。まあ、お前のさっきの火球を見る限り、炎の適性ってところだな」
ヘリオスは自分の右手を見つめながら、ヒューガの言葉に静かにうなずいた。あの時、必死に絞り出した炎には確かに熱があった。だが、ロキを討つにはあまりにも無力だったという悔しさが胸を刺す。
「だがな、世の中にはそれだけじゃ収まらない、もっと厄介で希少な力もある」
ヒューガはふっと笑うと、少しだけ声のトーンを落とした。
「極めて珍しい『光』と『闇』のソルシュ。これを持つ奴らは、生まれながらにして特異な運命を背負っていることが多い。そして――」
ヒューガはそこで一度足を止め、ヘリオスを真っ直ぐに見据えた。
「――さらにその上の、十個目の力。『無の力』ってやつを知っているか?」
「む……の、ちから?」
聞いたこともない言葉に、ヘリオスは怪訝そうに眉をひそめた。マニーも不安そうに兄の服の裾をギュッと掴む。しかし、ヒューガはそれが世間で誰もが知る常識であるかのように、さも当たり前な口調で話を続ける。
「そうだ。『無の力』は他の属性みたいに炎を燃やしたり風を起こしたりはしない。その代わり、持主の『潜在意識』によって全く異なる形へ姿を変える変幻自在の力なのさ。例えば、純粋に武具を極めたいと願う奴なら、どんな鉱石でも最高峰の武器へと鍛え上げる『製錬』の力になったりする。他にも、戦い方次第でいくらでも化ける、底の知れねぇ代物だ」
そこまで語ると、ヒューガは少し表情を和らげ、肩をすくめた。
「もっとも、無の力自体はそこまで悪いもんじゃない。使い方や願い次第で、人の役に立つ素晴らしい力にもなり得るからな。……ただ、ここ最近は、世間でやけに魔法使い自体が増えてきているように感じねぇか? 実はあれ、その『無の力』が世界に満ち始めた影響で、潜在意識を刺激された一般人までが次々とソルシュに目覚きちまったからなのさ。世界中で一気に魔法使いが増えたもんだから、世間じゃちょっとした騒ぎになってる」
「無の力のせいで、魔法使いが増えている……」
ヒューガにとっては、息をするように自然な知識だった。しかし、地平の果てから追われるように逃げてきたヘリオスにとっては、あまりにも突拍子もない話だった。ふと、ヘリオスは王国を滅ぼしたあの男の圧倒的な存在感を思い出し、口を開く。
「……なぁ、ヒューガ。ロキのやつは、一体どんなソルシュを使ってたんだ? あいつは周りのすべてを無に帰すような、不可解で気味の悪い力を使っていた……。炎でも風でもなかった」
ヘリオスのその言葉を聞いた瞬間、ヒューガは歩みを止め、どこか思案するような鋭い視線を向けた。
「……ふむ。炎でも風でもなく、すべてを無に帰す、か。……もしかしたらそいつは、『無の力』ってやつかもな。潜在意識の向け方次第じゃ、世界をひっくり返すような異常な戦闘特化の形に変えることも不可能じゃねぇからよ」
――ロキの力が、属性の原則に縛られない「無の力」かもしれないという事実。そして、世界中で魔法使いが急増している原因もその力にあるという真相。世界が自分の知らない広さと、得体の知れない脅威に満ちていることを突きつけられ、ヘリオスは悔しさに歯噛みしながら拳を強く握りしめた。
(どんな力だろうと関係ない……ロキを倒すためには、俺ももっと強くならなければならない……!)
ヘリオスのただならぬ気迫を感じ取ったのか、ヒューガは軽く息をつき、再び飄々とした笑みを浮かべて歩き出そうとしたその時、大学の構内から一つの足音が近づいてきた。
「――あれ、ヘリオス……? うそ、本当にヘリオスなの……!?」
振り返ったヘリオスの視線の先に立っていたのは、王都陥落の1年前に「優れたソルシュを学ぶため」と故郷を離れ、この聖都の大学へ入学していった幼なじみ、ミーナだった。当時の面影を残しつつも、どこか大人びた雰囲気をまとった彼女は、信じられないものを見る目でヘリオスを見つめ、そしてボロボロになった彼の姿を見てハッと息を呑んだ。
さらに、ヘリオスの後ろで少し怯えたように服の裾を握っている小さな少女に気づき、ミーナはふっと柔らかく微笑みながらしゃがみこみ、マニーへと優しく声をかけた。
「マニー……だよね? こんなところまでよく頑張って来られたね。もう怖がらなくても大丈夫だよ」
ミーナの温かい眼差しと言葉に、マニーは少しだけ強張った肩を和らげ、小さくうなずいた。
互いの身に起きた過酷な運命を語り合い、涙を流したあと、事情を知ったミーナは力強く頷いた。
「そっか……そんなことがあったんだね。ロキを倒すなんて簡単なことじゃないけど……ヘリオスの力になりたい。それなら、この大学にいると拓けた優秀な生徒を紹介するよ!」
ミーナが案内してくれた研究室で、ヘリオスたちは一人の優秀な生徒を引き合わせられる。彼の名前は『レオン』。銀色の髪に水色のメッシュが入っているメガネをかけた、周囲の誰もが一目置く天才であり、そのソルシュの属性は、あらゆる物質を凍てつかせる希少な『氷』だった。
強力な仲間となるレオンとの出会いを果たし、ロキ打倒を目指すヘリオスたちの旅は、確かな一歩を踏み出していくのだった。




