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「子供が産めない妻など存在価値もない。この家から出て行け」


 冷たく私に言いはなつコゴロス伯爵。彼の表情は、妻に向けられる優しい物ではなかった。まるで汚らしい物でも見るかのように、ゆがんだ蔑みの表情を浮かべていた。

 コゴロスの隣には派手な赤髪をした女性が一人、顎を上げて私の事を見下している。彼女はコゴロスの愛人の一人、フリンダだ。私に子供が出来ないのが悪い、とコゴロスは何人も愛人を作っている。

 彼女のお腹は、服の上からでも若干分かる程度膨らんでいた。


「今日から正妻はフリンダだ。」


 コゴロスはそう言って、フリンダの腰に右腕を添える。フリンダも同様に、彼の腕に左手を絡ませ体重を預ける。愛人の……いえ、正妻のフリンダは、見せつけるようにゆっくりと、小さな命の宿った自分のお腹をなでた。

 私が渇望して、でも手に入らなかった存在が、彼女のお腹には宿っていた。


「ま、まだ子供が産めないと決まったわけでは」

「黙れ!子供を作る作業を何度もしたのに、出来なかった。つまりお前は子供を産めないのだ!」


 子供を作る作業、という言い回しが少し胸に刺さる。コゴロスから、愛のある言葉などかけられたことはないのに、何故だか今になってそれが苦しい。


「ですが、そんなにたくさんの回数」

「黙れ黙れ!まだ言い訳をするか!」


 コゴロスは唐突に私のお腹に蹴りを入れる。下腹部にめり込む彼の革靴。衝撃と鈍い痛みと共に「ウッ!」と声が漏れる。私は勢いのまま、後ろに尻もちをつき地面に伏した。

 そんな私を楽しそうにみるフリンダ。彼女の顔は、ゆがんだ笑顔に満ちていた。


「お前の!せいで!俺まで!不能扱いされていたのだ!この俺が!お前のせいで!」


 鬼の形相をしたコゴロスが、転がっている私のお腹に、何度も何度も蹴りを入れる。内臓に響く衝撃、蹴られるたび呼吸が一瞬止まり、時が止まったかのような錯覚に陥る。耳に飛び込むコゴロスの怒号とフリンダのケタケタとした笑い声。

 痛いからか、情けないからか、その両方か。私の目から涙がポロポロあふれ出して止まらない。そんなことをしても、意味なんてないって分かっているのに。

 より大きな女性の笑い声が遠くから聞こえる。私の涙が、惨めに蹴られる光景が、よほどフリンダには面白かったようだ。


「ふん。こんな所にしておいてやろう。これ以上我が屋敷を薄汚れた血で穢されてもかなわんしな」


 私から離れていく声。動けなかった。私は床で横たわったまま静かに泣いた。何度も何度も泣いて、ようやく涙が涸れた後、ゆっくりと立ち上がった。

 体中が悲鳴を上げていた。心も悲鳴を上げていた。でもそんな声は無視をして立ち上がった。もう、こんな所に一秒でも居たくはなかった。私は一人で実家に帰る準備を始めた。




 実家のクロード男爵家に戻ったからと言って、平穏が訪れることもなかった。


「お前は一体何を考えて戻ってきたのだ!子供が出来ん女など、政略に使う事すら出来ん無能ではないか!」


 父はそう怒鳴り、食器を私に投げつけた。飛んできた破片で頬から血を流れたけれど、心配する者などこの家にはいなかった。一通りの説教を聞いた後、割れた皿と自分の血液が付着した床を、粛々と掃除した。


「本当に私の娘なの?もしかしてどこかで取り違えられたのかしら――とりあえず私の娘と判明するまでは話しかけないで頂戴」


 母はそう言って、それから先本当に話しかけることはなかった。すれ違っても、その鋭い目つきでキッと睨まれるだけだった。


「もう生きてる価値なんてないんだからさぁ、来世に期待してそこの窓からさっさと飛び降りたら?いい加減迷惑なのよねぇ。あんたがいるだけで、私まで石女(うまずめ)だと思われちゃうじゃない?」


 妹はそう言ってケタケタと笑った。指さされた窓の外は光輝いていて、一瞬、飛び降りるのもありかもしれないと、本気で思った。


 それからも幾度となく罵倒される日々が続いた。初めは罵倒されるたび胸が痛んだが、だんだんと心が乾燥していって、その内棘のある言葉が染みる隙間がなくなっていった。……でもそれと一緒に、幸せだと感じる隙間もなくなっていった。




 少しして「次の嫁ぎ先が決まった」と父から告げられた。嫁げる事実に驚いたが、行き先を聞いて合点がいった。社交界で『種なし侯爵』と揶揄されているウブール・アトランデス侯爵だったのだ。家族は皆笑いながら「こんな無能に嫁ぎ先が決まって良かったわ。無能同士お似合いね」と言った。私は反射で「ははは」と笑った。全く心は笑っていなかった。

 アトランデス侯爵家は、クロード男爵家からかなり離れた国の端の国境近くに位置している。侯爵家自体の力は強大で、国家防衛の最前線として、日々隣国とにらみ合っているのだ。

 家族は、厄介な私を遠くにやれるのが嬉しいのか、いつもは全て私にやらせている手続きなども勝手に済ませており、すぐに迎えの馬車がやってきた。私は馬車に乗り込み、窓から後ろを見る。

 クロード男爵領は、時間と共にだんだんと小さくなり、その内見えなくなっていた。

本日、昼と夕方に一エピソードずつ追加予定です!


主人公の名前は「リリア・クロード」です。一話目ではリリアのことを名前で呼ぶまともな人間がおらず……これからどんどん主人公は幸せになっていく(はず)ですので、これから先を楽しみにしていただければ嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
短編が面白くて連載版を読みにきました! 読んでて疑問に思ったのですが、男爵家の娘でも侯爵家にこんなにすんなり嫁げるのですか?思ってたより爵位に差があったので疑問に思ってしまいました。
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