その拳を握れ
撤退戦のクライマックスは、ボーナスステージだった。
熊君とマウスの攻撃力が合わさって、触れるモノ全て粉砕する無敵ベアマウス号――ちょっとネーミングの捻りが足りんな。
ベアマウス……アマ、アマデウスってなんかカッコイイ名前のアーティストいなかった?
いたよね、アマデウス。
オーケー。偉大なるアーティストに敬意を払い、戦場のアーティストことバーバリアンマウスがその名にあやかろう!
我等は無敵合体アマベウス号!
お前等の悲鳴と断末魔で戦場音楽を奏でてやるぜえ!
満員御礼の演奏会場は、感動の嵐の末に全員が言葉を失って葬式会場のような静けさに包まれることになった。
合体ロボが初回合体時に無敵無双なのは、様式美だからね。負ける要素がない。
そのまま、いつか熊君と初めて共同戦線を張った橋を渡ると、ユッキーやシシ丸が準備していた防衛線に辿り着き、ゴールとなった。
「めちゃくちゃ楽しかった。たまには無双も悪くないな」
熊君とイエーイと手を合わせ――これ実質お手じゃね?――取り出した生肉を二人でヤンキー座りむしゃむしゃする。
戦友との友好度を高めていると、ヘキサが難しい顔をしながらこっちにやって来る。
どしたん?
そんな周囲が勝利に湧く中、真の敵の影を見つけてしまった不吉な参謀役の顔をして。
「マウス、私の方のユーザーインターフェースが最終決戦用に更新されたら、森の熊部隊がいるんだが……」
「多分、かなり強いぞ?」
「うん、まあ、それは良いことなんだ。多分、彼の一党なんだろう?」
生肉の後に蜂蜜をキメている熊君を見てヘキサが言うけど、わからんぞ。
彼ではなく、彼女なのかもしれん。
「問題は……あの熊があのタイミングで登場するのが、元々AIが予定していたのではないか、ということだ。ほら、私・ヘキサが熊に会うのは初めてだろう? その顔見せをAIが考えていたとすれば、荷車が破壊されてもベアは熊に助けられて……」
「三十字以内で頼む」
「……ベアのフラグは本当に折れたか?」
え、予想以上にめっちゃ短く説明してくれるじゃん。何文字で説明終わった?
それにしても、はっはっは、ヘキサ大佐ともあろうお方が、面白いことを仰る。ヘソで茶が湧かせちゃう。
ベアちゃんのフラグが折れたかどうかなんて、それはもちろん、このマウスと熊君の合体アマベウス号のパワー・オブ・パワーによって、ヘソで沸かしたお茶をかけられた角砂糖のごとく崩れ去ったじゃないか。
抹茶オレにして飲もう。
ヘキサの懸念がフラグになりそうなので、マウスのバーバリアンコメディパワーで笑い飛ばす。
なんだ、ヘキサ。その「こいつ、フラグを重ねやがった」って顔。
フラグを先に立てたのはそっちでしょ。俺はそれをへし折ろうとしているの!
「マウスー! おかえりー!」
ヘキサと難しい顔を突き合わせていたら、ユッキーが飛びこんできた。
「お帰りって家じゃないだろ……って、ああ、ユキの故郷だし、家もあるな。うん、ただいま」
当たり前に挨拶を返したら、ユッキーの表情が、なんかこう、蕩けた。
「えへへー! ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……最終決戦にするー?」
「そりゃもう最終決戦だろ。聞かなくてもわかってるくせにー」
笑って即答したら、だよねー、とユッキーもケラケラ笑う。
マウスはバーバリアン的コモンセンスによって、常識的な行動しかしないからね、わかりやすいでしょ。
奇跡量産機であるミラクル・ユッキーみたいにミラクルしない。
なに、ヘキサ。なんか言った?
煮たものフーフー?
おでんでも食べたいの?
「ヘキサって猫舌だっけ? 猫舌はシシ丸だけかと思ってた」
「……それより、ユキ。君はここにいて大丈夫か? なんだ、女神の力の解放とか、色々と複雑そうだが……準備は万端整っているのか? あと、とりあえず私は猫舌ではない」
「うん? うん、だいじょぶ、だいじょぶ! 宝珠に蓄えられた力を、王女様かベアちゃんが解放するだけだよ」
少し詳しく、とヘキサが要請すると、い~よ~とユッキーが緩く笑う。
「女神の力を解放すると、その女神パワーに応じて邪神の力を封印できるんだって。とりあえず、邪神の火はなくなるし、山羊ドクロも大部分消えるはずだってさ。残ったのを皆で蹴散らして、感動のエンディング! まだだ、まだ泣くんじゃあ、ない!」
大部分消えるのか。女神パワーすごいな。
最後に残る山羊ドクロの量が、ゲーミングシロクマとの戦いの結果で増減する設定なんだろう。
まあ、大部分って言っても山羊ドクロの数が数だ。はちゃめちゃな乱戦になるのは確定している。
ヘキサの指揮が大変そう。
その大変そうなヘキサは、やっぱり難しい顔している。
「その解放の方法は? 誰がやるんだ?」
「ん? やるのは王女様かベアちゃんだよ。今、あっちの方に二人そろってるから、全員最終決戦に行く準備できたら、スタートするんじゃない?」
それを聞いた瞬間、ヘキサが「あっちの方」を指さす。
「マウス、ゴー!」
「チュー!」
こっちも指さされると同時に走り出しているけどね!
スプリントステップも使っての全力疾走を、ヘキサの小声が追いかけてくる。
『私もすぐに追う。ほら、ユキもおいで。まったく、マウスが余計なフラグを立てるから!』
『フラグを立てたのはヘキサの方でしょ。人のせいにするのよくない』
『ねえねえ、なになに、どしたのー?』
それがね、お嬢様、そこのヘキサとかいう軍勢指揮官が、ベアちゃんに死亡フラグを作っちゃって~。
急いで駆けつける意味があるかどうかわからないけど、とりあえず遅れて駆けつけるよりはよかんべってな感じなんですよー。
『なるほど! あたしは、大体把握した!』
『流石、賢い』
『とりあえず、なんかできることあったら言ってね。お嬢様パワーを使っちゃうぞ☆』
『その結論、大体把握した意味があるのか?』
そんなものないよ。
我等直感型エピメテウスに事情説明とか、二階から目薬チャレンジしていた方が時間の有効活用の疑惑ある。
ちょっとした簡易の祭壇みたいなところに、ベアちゃんと王女様はいた。
祭壇でキラッキラ輝く宝珠の下、再会したばかりの姉妹はなにやら喧嘩の真っ最中。
不穏、非常に不穏ですよ、こいつは。
「だから、あなたは気にしないで。これは王族としての務めなのです」
「そんなのずるい! あたしだって王族なんでしょ! じゃあ、あたしがやったっていいでしょ!」
ここだけ聞くと、真面目な姉と、そんな姉の真似をしたい妹の、ちょっと困った姉妹喧嘩って感じなんだけどなー。
絶対、そういうほのぼの展開じゃないんでしょ。
剣幕が違うよ。殺気立ってる感じ。
その証拠に、お塩が険しい顔で二人の間に挟まっている。
「もう! ベアちゃんがやって良いってことにはならないでしょ!」
「そうです! これは王女として過ごしてきたわたしの務めで!」
「王女様がやって良いってことでもありません! めっ!!」
「めっ!?」
王女様が叱られてめっちゃびっくりしてる。
すんませんね。そのお塩、可愛い顔で普段はほわほわしてても、怒る時はちゃんと怒るんですよ。
怒り方もほわほわしてるからびっくりすると思うけど、ちゃんと怒れるお塩なんすよ。
「ソル、とりあえず二人をよく止めていた。ありがとう」
「あっ、先輩! 聞いてください! この二人、どっちが犠牲になって宝珠の解放をするかって揉めてるんです! そんなの絶対ダメですよね!」
「事情説明もありがとう」
百点満点に花丸つけちゃうわ!
そして、なんだその宝珠、力の解放に生贄が必要なの?
どっちかっていうと、それ邪神系のアイテムでしょ。戦と狩猟(後こっそり恋)のあの女神様、そんなもの用意してたの?
「この女神製品、不良品か?」
思わず呟いたら、王女様の首がぐりんっと回ってこっちを向いた。
「いえ! いいえ! 戦と狩猟の女神様に、決してそのようなことはありません!」
「しかし、結論として、これの力を使うにはあんたかベア、どっちかが犠牲に……命を失う必要がある。そういう話なんだろう?」
「それは、そうなのですが……」
王女様が、悲し気に目を細めて、壇上に飾られた宝珠を見つめる。
「この宝珠を解放する段階になって、この濁りに気づきました。邪神の眷属が、この宝珠に邪神の力をねじ込んでいたのです。決して、女神様が望んだことではないのです」
あ、それは女神様関係なかったっすね。
維持管理の問題だわ。パパ男爵、ちゃんと管理してないから、邪神の眷属が宝珠に妨害工作つけちゃったんじゃないですかー?
しっかりしてよね!
「とはいえ、宝珠もそう簡単に干渉できるものではありません。恐らく、邪神の眷属が直接触れるほど近づいて、この濁りを作ったのでしょう。遺跡に封印されていたと聞きますが、それを打ち破るとは……」
……。
これやったの、あの、ユッキーと遺跡に潜った時の、パサンじゃね?
このマウスの目の前でやられたやつじゃね?
もしかしてもしかしますけど、あの遺跡でちゃんと罠解除して偉業達成とかできていたら、このイベント起きなかった可能性ありそうじゃね?
急に両肩に感じるこの責任感よ。
呆然と立ち尽くしたところに、ヘキサとユッキーも追いついてきた。
「よし。最悪の事態には進んでいないようだな。よくやった、マウス……いや、やったのはソルか。ソルだな。マウスへの称賛は撤回し、ソルには後でちゃんと褒美をやろう」
「マウスはどしたの? なんかした?」
わかるか、ユッキー。
実はな、あの宝珠が生贄要求系の邪神アイテムになった原因、俺達にあるかもしれぬ。
こそこそと小声で伝えると、わかりやすくユッキーの目が泳いだ。
やっべ、って声が漏れてる!
しーっ、しーっ、これは俺とユッキーだけの秘密!
いや待て、諦めるのは早い。
俺達が原因だと決まったわけじゃないし、俺達だけに原因があると決められるわけでもない!
あの遺跡の維持管理に不備のあった代々のイデル男爵家の方々と、パサンの執事として雇っていたイデル男爵家の方々の責任が――ってユッキーが逃れられざるポジションだな?
「あの、その、それは、えと……マウス? 今からでも籍入れる? ほーら、男爵家だよ? 権力だよ? 砂上の楼閣だよ? ギリギリとか好きでしょ?」
「すげえ道連れにしようとするじゃん。そんな身売りみたいなことしなくても、護衛契約してるだろう。見捨てないから、安心しろ」
「んんっ、カッコイイこと、さらっと言うじゃん? 男爵令嬢をそんなに惚れさせちゃって……絶対に男爵にしてあげるね?」
男爵男爵って連呼されたら、なんかフライドポテトを食べたくなってきた。
だって現代日本において、男爵っつったら人類よりイモ類の方が知名度高いでしょ。美味しいよね、芋。
カレーに肉じゃが、ポテトサラダ、とても好きです。
でも、シンプルに芋を味わう料理なら、フライドポテトが一番かなー。サクサクで頼む。
あれ、男爵イモって揚げ料理に向くんだっけ?
今度、料理部の奴に聞いてみよう。
ついでにフライドポテト作ってもらおう。ちょっと活動費を寄付したらホイホイ作ってくれるじゃろ。
以上の結論から、俺は頷いた。
「いいな」
部室の冷蔵庫にコーラのストックを増やして、フライドポテトを待ち構えよう。
「言った! 男爵になるって言ったね!」
「ん? 男爵を揚げるって方が正確だな?」
「うんうん、そうだね! 男爵をちゃんとあげるからね!」
あ、なんか会話がすれ違ってるな。
今、部活の話してる? ゲームの話してる? どっちだっけ?
う~ん、腹減ったのかな。フライドポテトに思考を持って行かれていた。
「よし! それじゃあ希望溢れる未来のため、あの宝珠のダメなところをなんとかしなくちゃ、だね!」
あ、そうだった、そうだった。
あれだね、宝珠の濁りの責任をいかにして取らないかって話だった。
忘れてないよ。ちょっとポテトをフライしてただけだから、俺は即座に頷く。
「あたし達の幸せな未来のため、誰かの犠牲の上の平和なんて許されないよ! 後味が悪い幸せは三級品! 目指せ特級品!」
「その通り、その通りだ。良いことを言う。流石はユキ、その自分の幸せの曇りを許さないというわがまま、貴族令嬢らしい傲慢さだ」
「よし、マウス、なんとかして!」
「うん、ほんと、貴族令嬢だ」
わがままの実行を人任せとかお嬢様プレイ完璧かよ。
まあ、どっちにしろ任せておけ。俺としても自分の未熟さが原因かもしれない可能性を放置しておくつもりはないからな。
原因が俺達かもしれなかったとしても、最後になんとかすればいいんだよ、なんとかすれば。犠牲が出なければ、結果的に俺達のミスはなかった。そういうことだ。
王女様とベアちゃんの方に目を向ける。
二人ともまーだお話し合いしてる。
「わたしが生きている以上、あなたが王族として責務を果たす必要はないのです。わたしは王族として、城で不自由なく暮らして来ました。ですから、王族としての責務はわたしが背負うべきものです」
「これが終わった後の復興に必要なのは姉さんの方でしょ! あたしがいたって、精々肉を狩って来ることしかできないんだから! 孤児院とか、救貧院とか、あたしじゃ絶対にやれっこないんだから、姉さんが生き残らないとダメなんだよ!」
自分がやるべき理由を延々と言い合う姉妹、その真ん中でお塩も踏ん張っている。
「どっちもダメ! 絶対に使わせないからね! どっちがいなくなってもどっちかが悲しむんだから、そんなことダメ!」
ぷんすこお塩には、ベアちゃんも王女様の喧嘩も静まる。
「ソル、言っていることは嬉しいけど、でも誰かがやらないと、もっと犠牲が出ちゃうよ……」
「そうです。一人の犠牲で多くの命が助かるならば、やらねばいけないのです。それが間違っているとしても、やるべき人がやらなければ」
だから自分が、という二人をお塩は頬を膨らませてダメだと突っぱねる。
絶対に譲らない二人に、お塩も絶対に譲らない構えだ。
正直、討論するならお塩の完敗だろう。一人の犠牲で十人が助かるなら、多分お塩もやるタイプだからね。
でも、やりたくないし、やらせたくない。だから、ぷんすこ怒って断固拒否の構え。
玩具が欲しくて泣き喚く駄々っ子の強さでやらせない。
あれを突破して、やるべきことをやろうとしたら、言葉ではないものが必要だ。
おもちゃ売り場で床に転がっておねだりする駄々っ子は、悲しいかな、大人の腕力によって排除される。
三人の中で、最も腕力を持っている人物が、それを実行した。
「ああ、もう! ソルも、姉さんも、わからず屋!」
ベアちゃんだ。
「元々捨てるものが少ないあたしがやるのが一番なんだ! ソルに会えて、姉さんに会えて、あたしにはもう、それで十分なんだから!」
ベアちゃんが祭壇に走り出せば、二人に止める術はない。
ベアちゃんは二人より強く――しかし、俺より強くはない。
「こうすれば良いと気づくのが遅い。それでも俺の弟子か」
いつだって考える前に殴れがバーバリアンマウス流の教えだ。
大分成長したと思ったが、まだまだ、極意の体得には遠いな。
宝珠に伸ばしたベアちゃんの手を掴む。
初めて会った時はここから軽く投げられたものだが、そこは成長したか、咄嗟に外された。
弟子の成長に目を細めながら、その胴を打ち抜く。
祭壇の下に撃ち落としたベアちゃんは、狙い通りにお塩が慌ててキャッチした。
「ふふん。強くなったが、まだ俺には勝てないようだな」
すなわち、マウスが奪ったこの宝珠をベアちゃんが手に入れることはできない、というわけだ。
もちろん、それは王女様も同じだ。
「マウス様、ありがとうございます! こちらにお渡しください! お気遣いは不要です、王族として、この身を捧げる覚悟はできております!」
「覚悟ができているなら結構。こいつが欲しいなら、俺から奪うしかないぞ。いつでもかかって来ると良い」
「はい! え、あの……はい。え?」
あ、王女様、一応ファイティングポーズ取った。
覚悟のほどはしっかりしているな。ちょっと可愛い。
「言っておくと、俺も、ソルやユキと同意見で、王女様もベアちゃんも犠牲にするつもりはない。そういう結末は楽しくないんでな」
「楽しい楽しくないで済む問題では!」
「済む問題ではないんだろうな。で、それがどうした? なにがどうであろうと、楽しくないので済ませる気はない。そう申し上げているんだ」
王女様の言葉を返すと、ベアちゃんが再び祭壇を駆けあがって来る。
「偉いぞ。いつでもかかって来いって言ったのをちゃんと、無言で実施したな」
でも駄目。もうちょっと横に回りこむとか、工夫が足らん。
不意打ちもなしに格上に、しかも位置的に有利な相手に突っかかってくるべきではないぞ。
「まあ、ベアと王女の覚悟は見事だと思うぞ。立派だ。ただ、それを許せないっていうソルやユキの考えだって、劣るもんでもない」
そうなりゃ後は力の問題よ。
どっちのわがままを押し通せるか、最後は皆、原始の掟を重んじるバーバリアンに還るのだ。
「ああ、一応、俺が思う気に入らないところも言っておくとだな。戦と狩猟の女神に聞いた話なんだが……」
そもそも、絶賛王国を滅ぼし中の邪神様、元々は人間が恨み辛みを託し始めたのがキッカケで闇堕ちしたらしいじゃないか。
元々は力がない者でも生きていけるように心を砕いていたっていう優しい神様だったのに、その力のない者達が恨みを晴らそうと、寄ってたかって汚い物に染め上げた。
汚した責任も負わず、洗おうともせず、汚いからと忌み嫌った。
そういうのは、好きじゃない。
そりゃあ神様なんだ、人間より力はあっただろう。強い相手がいるなら甘えたくもなる。弱っているならなおさらだ。
気持ちはわかる。
けど、力がないからって、力がある相手がどうなるか、無頓着で良いってわけじゃない。
自分の苦しみや悲しみを全部他人にかぶってもらおうなんて甘えて、復讐することさえ力のある誰か任せにするから、甘えた相手がどれだけ苦しんでいるかも気づかない。
俺からしたらあの邪神は、「お前は力があるから弱い我等を助けるべきだ」っていう甘えを受け入れ続けて、とうとう自分が壊れた真面目なバカにしか見えない。
俺が神級のパワーを持っていてもとてもできない真面目さだ。
絶対に途中で知るかザーコって投げ捨てる。
ていうか、誰かが言ってやるべきだったんだよな。お前、そんな真面目にやる必要ねえぞ、って。
溜息が漏れる。
恨み辛みってのは、真面目に受け止めるのはしんどいんだ。
負の感情って表現されるのも納得で、健全な生活に必要なプラスの数値が削られる。しかも、一人の恨み辛みを一人で受けるなら、よっぽどじゃないなら相殺しきれるんだけど、大勢のを一人だと圧倒的にきつい。
慣れればいけるが、慣れる前に嫌になる奴は多いだろう。
じゃあ、どうする。
数には数をぶつけるんだよ。
「あの邪神を作ったのは大勢の人間の恨みだ。自分達を救うため、邪神の力を受け止めるのなら、大勢の人間でやるのが筋ってものだ」
しんどくなったら他人に甘えりゃ良いんだよ。
他人に甘えられる強い奴ならなおさら、甘えられた分だけ他人にも甘える権利はあるだろう。
邪神さんは、それが難しい真面目な奴な気がするけども、だったら甘さを押しつけりゃ良いんじゃ。
俺はユッキーにそうされたぞ。
他人に甘えようとしない真面目な王族二人にも、甘さを押しつけてやる。
なんたってマウスはスゴイツヨイからな! 強い者として多少は甘えても良いんだってことを見せてやる。
ベアちゃんから奪った女神の宝珠を掴み、スキルを発動する。
フルスイングやギガントスマッシュなどの単発・吹っ飛ばし系を勢ぞろいだ。
スキルの発動を察してベアちゃんが目を剥いた。
まさか、っていうその顔、いいねえ!
「不良品になっちまったものは返すぜ、女神様!」
宝珠をお空に向かってシュート!
超エクストリーム!!
おお、飛ぶ飛ぶ。
いや飛び過ぎだな?
全然落ちないわ。なんかイベント入った?
重要アイテムだから、普通の「捨てる」コマンドとは別扱いになったか。
いわゆる「空のお星さまになった」的な輝きを放って空に消えて行った。
「し、ししょおおおおお!?」
「な、なんということを……! こ、これでは国は、世界は……!」
ベアちゃんが頭を抱えて叫び、王女様は頭を抱えて崩れ落ちた。
はっはっは、いくら頭を抱えても宝珠は戻って来そうにないぞ。
「まあ、そんなに気にするな。宝珠の中身が神の力だろうとなんだろうと、その分だけこのマウスが拳を振るえばいいだろう」
ようわからんけど、なんとかなるし、なんとかするから。
「ほら、そうやっていつまでも神なんて他人にすがってないで、立って自分の拳を握れ」
なにがなくとも、なにもなくとも、嫌なことには嫌だって意思を握った拳を叩きつけるんだよ。
なんとかしようと思っているのが、神じゃなくって自分自身なら、まず自分の意思と自分の力を握るんだ。
そうだろう?
そういうのが、好きなはずだよな。戦と狩猟の女神様。
顔を上げる。
空を見上げる。
宝珠を吸い込んだ空が、時間を飛ばしたように夜になった。
いや、夜ではない。月も星も見えない。
ただ夜のように暗くなった空に、ありうべからざる星だけが輝いている。
『よくぞ言った、戦士エクスマウス』
女神様のお越し――なんだろうけど、あの一つだけの星、ひょっとして俺がシュートした宝珠かな。
本当にお星さまになっちゃった的な?
『戦士たる者、まず頼るべきは己が強さである。欲するものがあるならば、叶える望みがあるならば、己が強さで手にするがよい。妾の教えを、この災厄を前にしても示したお主こそ、真の強者、真の戦士と認めよう』
星が増えた。
なんか、こう、星座か?
星座を作ろうとしているのか、あれ。
『戦と狩猟の女神として、真の戦士に力を授けよう。これは、弱き者を憐れんで与える加護ではない。強き者を讃えて贈る祝福である』
増えた星同士を光の線が繋ぐ。
ふんふん、あれとあれが繋がって、こっちも繋がって、浮かび上がる星座のシルエットは……。
『己が強さを誇示する者よ、妾の化身たる熊の力を受け取るがよい!』
熊だこれー!?
夜空に浮かぶでっかい熊さんだこれー!!
あ、手の甲に熊さんの肉球マークが出た。
これがつくと、ステータス「女神の祝福」状態になるらしい。多分、宝珠を解放したのと実質同じ状態になっているんだろう。
でも、この、うーん、肉球マークが可愛くて戦士的に大丈夫か、これ。




