熊さんの言うことにゃ
一狩り行こうぜって声をかけたら、ベアちゃんが即答だった。
お塩はベアちゃんに引っ張られて……ていうか、引きずられて、笑顔で頷いている。楽しそうでなにより。
本当、か弱そうな見た目なのに頑丈だよね。
「マウス先輩の新装備、すごいですね!」
「全財産を投げ捨てること三回だからな」
いや、ユッキーの装備を揃えた結果、四回になったんだっけ?
おかげさまで今日も素寒貧よ。ユッキーがいなきゃ屋根の下で眠ることすらできねえぜ。
風来坊、極まってんな。
「それにしても、装備がよすぎてこの辺の敵だと歯応えもなにもないな」
豆腐に斧というか、ウェディングケーキにチェーンソウ入刀というか……。
不毛なことしてんな、って気持ちがふつふつと湧いてきちゃうね。
まあ、下手すりゃ最後までこれでいけるっていう装備になっている可能性があるからな。
シャロンさんの台詞からすると、もう一段階アップグレードはありそうだけど、最初の町に遭遇する序盤のモンスターを相手にするのは間違ってるよね。
「ううん……。今日の飯の分を確保したら、早めに切り上げて――」
「師匠、師匠!」
尻尾を振る勢いでこっちを見上げて来る愛弟子の稽古をつけるか。
そっちの方がベアちゃんも経験値が美味いだろう。
「ソルとベアで組んで、俺と模擬戦するか」
「やるやる! あたし、もっと強くなって、今度はちゃんとソルを守ってみせるんだ!」
いいぞ、その調子だ。
どれ、頭を撫でてやろう。
「がんばってね、ベアちゃん! ボクも応援するよ!」
お塩ももうちょっと、自衛と支援をがんばろうな。
いや、両方はがんばらなくていい。どっちか一つがんばってみよう!
俺も支援はさっぱりだし、教えるとしたら自衛かな?
たまにベアちゃんを抜いてお塩に攻撃を当てに行ってみるか……。
孤児院に渡すための生肉を収穫していると、ベアちゃんが森の一点を見つめて立ち止まった。
お塩がその背中にくっついて同じ方向を見て、首を傾げる。
「ベアちゃん、どうかしたの?」
「いや、なんか、あっちにいるっぽい?」
マウスにはなにも感じない。索敵能力はベアちゃんの方が高いのか。
今さらこの森で変な大物も出ないじゃろ。
そう思いながら、マウスが前に出て捜索すると、意外な大物がいた。
「なんだ、熊か」
きゅるんとしたお目々が可愛い、森の熊さんだ。
今日も獲物をざんばらにしそうないい爪してるねえ! 俺達と同じくご飯の調達に来たのかい?
「すまない。今はちょっと魚の手持ちがないな。生肉ならあるんだが……川はこの近くにあったかな」
とりあえず生、ということで生肉を差し出すと、もっちゃもっちゃと食べ始める。
ふふふ、可愛い奴め。グッベアー、グッベアー。
後ろの方で、もう片方のグッベアー、ベアトリクスのベアちゃんが困惑の声を上げている。
かなり大きな熊だから、そりゃあちょっと恐いだろう。
「わ~、本当に大きい熊さんですね! 触ってもいいのかな?」
一方、他所ん家のペット犬に出会ったような反応をする、ナチュラルセイントお塩。
いいかなー撫でさせてくれるかなーと、ゆ~っくりと手を伸ばして、熊さんの審査を受ける。
戦闘能力の割に人懐っこい熊さんは、伸ばされた手に自分から鼻先を擦りつけて、撫で撫で許可。
「わあ~、すご~い、賢~い、大きい~、手触りもじゃもじゃ~、わは~!」
お塩は早速、口の辺りから撫で始めて、頭、首、そしてとうとう胴体に抱きついてわっしゃわっしゃと撫でくり回す。
俺はその様子をスクショするのがお仕事です。
このシーンを記録に残さないと、シシ丸とヘキサにめっちゃ叱られるからね。
ベアトリクスのベアちゃんの方は、危険だから止めた方がいいのかどうか、迷った様子で困惑し続けている。
これが常識的な反応なんだな。
「あの熊は大丈夫だ。前に一緒に山羊ドクロと戦ったことがある。まあ、戦友だな」
「師匠の戦友、ジャンルが広すぎない? 職種どころか、人種違いですらないじゃん……」
「よくある」
ゲームしてれば、オンラインマッチで国の違いはよく経験するし、職種なんてそりゃもう学生や聖職者、政治家からリアル軍人まで盛りだくさんだぞ。
ゲーム内キャラの種族なんて、場合によっては人が珍しいものさえあるし。
「ベアも撫でておいたらどうだ? 話によるとこの辺の主らしいから、覚えてもらって損はないぞ」
「だ、大丈夫かな? めちゃくちゃ強そうなんだけど」
「実際強い」
「ええ? 恐くなるようなこと言わないでよ、師匠」
「ソルのあの撫でっぷりを見てみろ。全然恐くないだろう」
熊さんってば、目を細めて気の済むまで撫でられてやる構えだぞ。
器のでかい熊じゃないか。動物園でも人気者になれる。
「それに、ベアなら万が一もなさそうだけどな……」
「え、なんで?」
「自分の顔を見てから言えよ」
君、熊の面で顔を隠しているのを忘れているのか。
大雑把に見れば、森の熊さんとベアトリクスのベアちゃんは同族だぞ。
「んえ? あっ、師匠、違うから! ちゃんとこの下には普通に人間の顔あるからね!?」
「なかったらどうするんだよ……」
その場合、ベアちゃんの方が邪神系のなにかの可能性が出て来ちゃうじゃん。
これには事情があって、とかベアちゃんが熊のお面を押さえながら説明を始めた。
なんかいつか親が見つける時の目印になるから、肌身離さずつけておいて欲しいって手紙があったんだってさ。
斬新な目印だな。
確かに人間社会では目立ちまくる。熊のお面をつけた女の子、なんてわかりやすい特徴なんだ!
思いついた人は天才だな。リアルだったら絶対に近づきたくない。
感心していると、お塩も撫でまくって気が済んだのか、抱き着いていた体勢から離れた。
そうしたら熊さんが、次はそっちの子だろ、とばかりにベアちゃんに近づいてくる。
「わ、わ、こっち来た!」
「大丈夫だよー、ベアちゃん。この子、とっても大人しいから!」
動物がちょっと苦手な子が、動物が大好きな子に見守られている光景も、当然スクショ対象だ。
やっぱりお塩は愛されキャラであり、愛するキャラなんだよなあ!
時々、先輩であるこのマウスより懐の大きさを感じさせるぜ……。
「あと、なんかいい匂いがするんだよ。蜂蜜なのかな? ベアちゃんも抱きついてみて?」
え、生魚の匂いじゃないの? 実は蜂蜜の方が好きなの?
ええ、じゃあ次のお土産は考えた方がいいかな。
いや、待て。川魚はマウスと森の熊さんを繋げてくれたキーアイテムだ。蜂蜜が好物だからといって簡単に無下にするのもなんか悔しい。
ここは、そう、両者を合わせて使うべきではないか。
すると、川魚の蜂蜜がけ?
無論、魚は生だ。ピッチピチよ!
生臭い深慮遠謀を巡らせているうちに、ベアちゃんもようやく心が定まったらしい。
熊さんにそっと手を伸ばす。うーん、撫でる手つきじゃなくて、握手を求める手つきだ。
「ベアトリクス、です。よ、よろしく?」
ちょっとズレてる感じがあるが、孤児院育ちのベアちゃんにとっては精一杯の丁寧な挨拶なのだろう。
一方、森生まれ森育ち、ワイルドさでブイブイ言わせてきた熊さんは、その挨拶の丁寧さに感動した様子で手を重ねた。
握手という意味ではなく、こう、ペタって感じだね。
異文化交流、異種族交流ですなあ。
ははは、なんか重ねた手が光り出したんだけど?
交流は交流でも電気的な交流でした?
テスラさんなにしてはるん?
疑問を置き去りに、始めは小さく、やがて大きく、幻想的な光が、森の一角に溢れ出す。
神話にも似た荘厳な空気に思わず圧倒される……ような気がする。
いやさ、光源のところにいるのが、でかい熊と、熊のお面をつけた女の子なんですよー。
ちょっと感動するには雑念が混じるっていうかー。
熊かよってツッコミたい。
真面目にしようとすると笑いだしそうでつらい。とてもつらい。
「綺麗な光ですね!」
そして純粋に目の前の演出に見惚れているお塩、ナチュラルセイントの名は伊達ではないということだ。
心の穏やかなること聖者そのもの、もうちょっと狼狽えてもいいと思うんだ。
「でもこれ、なんでこうなっているんでしょうね? ボクや先輩が触っても、熊さん発光しませんでしたよ?」
熊さん発光!!
やめて。今は熊と光の入った単語だったらなに言われても吹き出しそう。
千葉県山武郡横芝光町牛熊でも今なら腹を抱えて突っ伏せる自信がある。
笑ってはいけないゲームプレイへの挑戦は、熊さんの発光が収まって終わりを迎えた。
熊さん、なんか毛並みの艶がよくなった? 手触りステータスが上がった予感。
で、これどういうイベントだったんだろうか。
とりあえず周囲を見渡すが、突然の発光現象で敵が寄って来た、ということもなく、森は静寂に包まれている。
どんなアクションを起こすべきなんだ。とりあえず、熊さんを撫でに行けばいいのか?
俺が迷っているうちに、お塩はさっさと熊さんに近寄って撫で撫でを始め、ベアちゃんに話しかけていた。
「なんかすごく光ってたけど、ベアちゃん大丈夫だった?」
んっふ。お塩が無邪気に俺の腹筋を攻めてくるぜ……。
しかし、ナイスだ。今のイベントが一体なんだったのか、確かめるには無難な質問だ。
「う、うーん? なんかよくわかんないけど、温かったかな? それがふわーって、熊に流れこんでいく感じだった」
「温かかったんだ? うん、光ってたもんね」
世の中の光には大抵、発熱も伴うからね。
いやしかしあのファンタジーな光にも、熱って発生するのか。
「とりあえず、ベアちゃんは問題ないんだ? えーと、じゃあ、熊さんも平気? ベアちゃんと一緒で温まっただけかな?」
お塩の言っていることがいちいち面白く感じて困る。
さっきの光に、ハロゲンヒーターのイメージ映像がちらつくようになってしまった。ヘキサがこの場にいたら崩れ落ちて笑っている気がする。
お塩に聞かれているベアちゃんは、光った片割れなんだけど自分でもなにもわからないらしく、自分の手をよくよく見つめてから、平気みたいと頷く。
「そっか、とりあえず熊さんも平気っぽいし……よかったね」
なにもかもわからなかったけど、よかったとお塩が言うなら、よかったんだ。
そういうことになりました。
……いや、よくねえわ。
流石にこのイベントをスルーしたらシシ丸が火山の噴火口ばりの熱量でキレるし、ヘキサがアブソリュートゼロの眼差しになるわ。
そしてあいつらはお塩にはいつだって適温しか提供しない。
俺だけ一人が責められるんだ。
「待った、そこの熊。これだけ意味深なことしておいて普通に帰ろうとするな。今のなんだ、ちょっとくらい説明しろ」
こっちに尻を向けてトコトコ歩き去ろうとした熊の尻尾を捕まえる。
がう、じゃないんだよ、がう。
ワイルドな熊語でいいから聞かせてくれ。なあに、このマウスもバーバリアンと言われているのだ。ワイルドさじゃ負けんよ。
ヤンキー座りでレッツトーキング。
ヘイ・ヨー・ソウルブラザー、モクはないがニクはある。
差し出すは生肉、俺もかじる生肉。
お前の心のラビリンス、俺にはマジでミステリアス、だから解き方を教えてクレメンス。
真摯な祈りに、森の熊さんはよっしゃ任せろと生肉をむしゃりながら頷く。
そっと持ちあげられるのは、素晴らしい鋭さに輝く爪だ。
ベアちゃんを指さして、がうがう。
空を指さして、がうがう。
熊自身を指さして、がうがう。
また空を指さして、がうがう。
オッケー。完璧に把握。
こいつとのコミュニケーションは無理がう。
さっぱりわかんねえがう。
「ところで、熊。話は変わるんだが、お前ちょっと修行の相手とかできないか? ベアの経験になりそうないい敵がいなくて困ってたんだ。お互い致命傷なしで稽古をつけてくれると助かるんだが?」
「えっ、師匠!?」
なにをびっくりしているんだ我が弟子よ。
心配はいらん。この熊はマジで賢いし、マジで強いぞ。
頼み方によっては普通に受けてくれるはずだ。
案の定、ほーん?って熊顔で顎の下を爪で掻いている。
いいね。ワイルド系お師匠様の雰囲気が出ているぞ。あれだ、無精ひげを生やしているタイプの古強者おっさんだ。
……いやこの熊の性別は未定のままだったな。おっさんイメージ固定はまだ早い。豪快姉御の可能性もある。
「報酬は生肉追加でどうだ? もちろん、減ったHP分の回復ポーションはこっち持ち……いや回復できる神官見習いがいるから、そっちかな? あと、その辺で蜂の巣とか川があったら、蜂蜜や魚も獲って来るぞ」
熊の鋭い爪が、ぐっと立てられた。
サムズアップに見えるから、引き受けた、ってことだろう。やはり、ブツブツコーカンはジャクニクキョーショクの次に来るコミュニケーションだってことだな。
サンキューマイブラザー。
こちらもぐっと親指を立ててにっこり笑う。
「じゃ、そういうわけだから、ベア、ちょっとこの熊と勝負してみろ。お塩は二人の回復と、ベアが不利なら支援をかけてやって」
俺はその間に、この辺を走り回って狩りに勤しむとしよう。
できるだけ一杯集めて、熊さんの好感度を上げたい。
ベアちゃんの後で、俺も熊さんに相手してもらうんだ!




