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プレイヤーズ  作者: 雨川水海


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31/61

師匠は蛮族、弟子はベア

 普段は孤児院の子達が駆け回っている広場で、ベアちゃんと向き合う。


「それじゃあ、いつでもかかって来ていいぞ……って、そういえば、名前はベアでいいのか?」


 ソルがベアちゃんベアちゃんって言っているけど、それ本名なの?

 問いかけると、胸の前で拳を打ち合わせる姿の勇ましい少女は、ふるふると首を振った。


「ボクの名前はベアトリクスだ。長いからベアって呼ばれてる」

「なるほど。俺はエクスマウス――」


 名乗った直後、というより名乗り途中、少女の体が縮んだ。

 ただでさえ小柄な少女が、低い姿勢で踏み込んで来たのだ。


 エタソンのAIは本当に優秀だな。「いつでもかかって来ていいぞ」って言った後に雑談を交わしていても、スタートは切られている、と判断しやがった。

 いや、文句なんてないよ。もしかかって来なかったら、こっちがいきなり殴りかかっているところだったから。


 先手を取れてお上手ですね、と言って差し上げたい。

 何よりベアちゃんの姿勢が低いところがいい。こっちの対応の選択肢は少なくされている。


 いや、本当にエタソンのAIはやるなあ。

 電子頭脳特有の、単純な反応速度で難易度調整をするんじゃなくて、人類特有の捻くれたユーモアで辛味を利かせてくる。


 どれどれ、今回のユーモアは何回転捻りかな。


 呟きの代わりに、低空の突進に左ストレートを打ち出す。真っ直ぐ突っ込んで来るだけならこれでストップだ。

 が、それくらいで止まるものかと、ベアちゃんの眼がぎらりと光る。

 そう来ると思ったのだとばかりに、ベアちゃんの手がマウスの左ストレートを捕まえに伸びる。

 カウンター狙いじゃったか。


 知ってた。


「げっ!?」


 左ストレートがぴたりと止まる。

 このマウス、振りかぶった拳は全力で振り下ろしきる主義とこの前決めたけど、元から止めるつもりの拳だったら話は別よ。

 こういうダブルスタンダードも人類の捻くれた厄介さよな。


 先手を取ったように見せかけてカウンターを取ろうとしたベアちゃんが、空ぶった手をあわあわさせている。

 はい、隙ありー。

 華麗なるマタドールのようにベアちゃんの突進ルートから身をかわし、すれ違いざま頭にチョップを落とす。

 ぎゃん、という熊可愛い悲鳴を上げて、ベアちゃんがずっこけた。


 オッケー、現在のベアちゃんはこのレベルね。


「マウスでいいぞ、ベア」


 何事もありませんでした、って顔で、ベアちゃんが突っかかって来る前の会話を続ける。

 ふふん、決まったな。これぞ強キャラに許されたムーブよ。


「きゃー! マウス、カッコイイぞー!」

「ベアちゃん、ナイスファイト! ベアちゃんならまだまだいけるよ、がんばれー!」


 お、二人とも応援団付きじゃん。こりゃお互いに無様なところは見せられないな?

 ニヤリと覆面の下で笑って見下ろすと、ベアちゃんも唇を噛んで跳ね起きる。


「もう一本勝負だ!」

「わざわざ断らなくても、いつでもかかって来ていいぞ」

「言ったなー!」


 またベアちゃんから突っ込んで来る。

 今度はカウンター狙いではなく、速い拳打で、隙の少ない先制攻撃だ。それも連打でまとめてくる。防御は出来るし、何なら一発二発食らっても問題ないが、カウンターの隙は少ない。

 うん、ベアちゃん速いからこれは手堅い攻め手だ。


 じゃ、これが押し返されたどうする?

 軽い攻撃を一つ選んで強めのパリィ。弾かれた腕に釣られて、がくっとベアちゃんの体が揺れた。

 連打が一拍遅れたところに、今度はマウスさんの軽い攻撃を挟んで攻守交代だ。


「わっ!? たっ! てっ!?」


 ほれほれほれ。ただ速い攻撃だけじゃ駄目なんだ。

 画鋲が飛んで来たって人間そんなにビビらないでしょ? 服を着ていたらなおさらだ。まず刺さらない。

 でも、その画鋲が顔に向かって飛んで来たら? 大抵の人間はびびって避ける。目に当たったら痛い以上に恐いしね。

 軽い攻撃でも、そういう鋭さがあれば厄介な攻撃に化けるんだ。


 牽制目的や手数重視の捨て攻撃でも、脅威に思われなきゃ意味がないぞ。

 恐さのない攻撃をするくらいなら防御してた方がまだマシだぜ。


 ここからどう押し返すのかなーとニヤニヤしていたら、相打ち上等だと覚悟を決めたのか顔面に迫る拳に向かって踏み込んで来る。

 カウンター技、クロスカウンターだ。センスがいいな。

 俺でもこのタイミングを選んでカウンターぶち込む。


 だからまあ、それが通用しないのは、カウンター使いとしての熟練度かなって。


「げっ!?」


 クロスしようとした肘を外側に曲げて、ベアちゃんの熊パンチをブロック。

 ボクシングでクリス・クロスって言うんでしょ、これ。

 カウンター使いの前で止まってしまった拳なんてもう必死の状況の極みである。まな板の上の鯉だって、生きていれば「はねる」コマンド連打するくらいの抵抗はするもん。


「よっこいしょ」


 でもこれ修行だからね。

 止まった拳を取って優しく放り投げてやる。


 ベアちゃんは、ちょっと危なっかしいながらも着地して、わたわたと焦りながらもファイティングポーズを取った。

 いいね、NPCじゃなかったら我が部に勧誘したいくらいだ。


「中々やるな。センスもいいし、根性もある」

「褒められてこんな複雑な気持ちになるの初めてなんだけど……」

「皮肉じゃなくてマジで言っている。経験とステータスの分、俺が有利なのは現役の冒険者のアドバンテージだと納得してくれ」


 年上キャラとしてなだめても、ベアちゃんは唇を尖らせて生意気なお年頃アピールである。


「まあ、それくらい出来るなら街の外に連れて行っても大丈夫だろって腕前だ。後で飯の調達に連れて行ってやる」

「ほんと!? 絶対だからね、破ったら神罰だ! お前の食事から肉を一切れ貰う」


 なにその神罰恐い。

 神殿系の孤児院だからか、するっと神罰をほのめかすの慣れ過ぎじゃない?


「ちゃんと連れて行くから、恐いこと言うな。ただ、その前にもうちょっと修行だ」

「ええ? まあ、狩りの時間をちゃんと取ってくれるならいいけど……」

「お前、この孤児院の冒険者志望の中でトップクラスに強いだろう?」

「うん? そうだよ。ていうか、一番だし」


 だろうな。ベアちゃん、デザインも気合い入っているし、お塩のシナリオのメインキャラだ。

 多分、保護対象のお塩を護衛するため、周囲から頭一つ抜けた強キャラになっている。


 その強さのせいで、攻撃一辺倒の設定になっちゃってるっぽいんだよな。

 真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。はい終わり! そういう戦い方で十分だから、攻撃は悪くないけど防御が甘い。


「今のお前の防御の技術じゃ、敵が後ろにすり抜ける。ソルと一緒に冒険者になるんだろ」


 ベアちゃんの表情に芯が入った。やる気という芯だ。


「なに、攻撃的スタイルを変えろとは言わん。最低限の防御は覚えておけって話だ」

「どうすればいい?」

「こういうのは、体で覚えるんだ」


 ゲームだからね。戦えば経験値が入って、経験値が入ればスキルが生えるんだよ。

 世界の真意を体得している先達として、懐に踏み込んで拳を叩き込む。びっくりした顔をしながらも、反射的に防御したベアちゃんに、よし、と頷いてやる。

 びっくりしたベアちゃんの顔に、食欲由来ではない獰猛さが宿る。

 口でどうこう言うより、こっちの方が手っ取り早いし楽しいよねえ!


 いいね、いいね。

 エタソンの(AI)も認めたこのマウスのパリィとカウンターに繋がる技術を教えてあげようじゃないか!


「二人とも楽しそうだねー」

「ベアちゃん、孤児院だとほとんど敵なしで、ちょっと力を持て余しているみたいでしたから、マウス先輩に思いっきりぶつかれて楽しいんだと思います」

「あー、マウスもそういう相手が好きだもんねー」


 駄目だよ、ベアちゃん。防御するにしても正面から受け止めるのは下の下、直撃よりマシってだけだよ。

 弾く、流す、いなすをイメージするんだ。ただでさえベアちゃん小柄だし、魔物なんて人間より種族的に大型が多いんだ。まともに受けていたら身が持たない。

 そうそう、今の斜めに受けたのはいいね!

 やっぱりいいセンスしているよ、君ぃ!



****



 というわけで、防御スキルの初歩を仕込んだベアちゃんを連れて、街の外へピクニックだ。

 本日はお日柄もよいので、他にもお天道様の下で散歩をしようとうろついているのを見かける。

 狼とかゴブリンとか大蛇とか。


「もうちょっと肉が欲しいところだな。大蛇ぐらいしか食べるのに適した肉がいないぞ」

「師匠! もうちょっと森の方に行こうよ! 鹿とか出るんでしょ?」


 我が弟子ことベアちゃんの訴えに、そうだなーと考える。


「お前も慣れて来たようだし、少しくらい敵が強くなっても大丈夫か。油断はするなよ?」

「もちろんだよ師匠! 油断したカウンター使いはただの的! だよね!」


 その通りだ。

 一度教えたことは絶対に忘れない。ベアちゃんは賢いなー。

 偉い偉い。ベアちゃんの頭を軽く撫でてやってから、後ろを振り向く。


「そっちは油断しててもいいから、変に張り切るなよ。ソルはベアにバフだけしていればそれでいいから。ユッキーはソルに敵が迫った時に防いでくれればそれでいいから」


 後衛組のユッキーとお塩へのお願いである。

 素直なお塩は、元気よく、花丸のご返事をしてくれるが、ユッキーは不満そうにブーブー言う。


「あたしも戦いたーい。今宵の鞭は血に飢えているー。経験値ボーナス欲しいー」


 そういうのは誤射しない鞭さばきを身に着けてから言ってどうぞ。

 システムアシストで誤射しないようにガッチガチに補助されるならいいけど。


『あれせっかくのフルダイブゲームなのに、コントローラゲームしているみたいでつまんないんだよねー』


 わがままさんめ。

 気持ちはわかるけどね。せっかくの機能を制限すると損した気分になるよね。

 ドリンクバー飲み放題を注文したのに、一杯しか飲まないみたいな。


『でも駄目。ベアちゃんに当たったらどうするの。俺が前衛の時ならいいけどさ』

『ベアちゃんはマウスみたいにかわせそうにない?』

『多分、そこまで出来る強さ設定になってないな。あと十年くらい修行した後なら、目隠ししても普通に戦える強キャラになってそうだけどね』


 ベアちゃん、それくらいのポテンシャルを持たせたキャラだと思うのよね。


『マジかよカッケエ!』

『だよね! 目隠し戦闘キャラのカッコよさは異常よな!』

『しかも目隠しを取ったら多分美少女――やっ、十年後なら美女顔かー! ひゃー、たまらねえ! 超見てえ!』

『わかる。いいよね、目隠しが取れたら現れる美形』


 流石に十年先までこのシナリオが続くと思っていないけど、クリア後のムービーで成長したあの子の姿が流れたら胸が熱くなるね。

 是非ともこのマウス直伝のパリィとカウンターで無敵無双して欲しい。


 あ、やっべえ。

 もし、そんなエンディングムービーが流れるとしたら、その時のベアちゃんの動きの完成度は即ちマウスの教育度に比例するってことだよね。

 いかん。気合いが入る。


 前世や前々世の時もエンディングムービー、中々出来がよかったんだよね。

 ほぼほぼマウスのKOシーンで構成されてた、名勝負名シーン集みたいなやつ。多分、シナリオと会話をスキップしまくったから、戦闘シーンしか見せ場なかったんだ。


 今回はマルチプレイだから、全員のシナリオ分のムービーが作成されるに違いない。

 師匠マウスの後に、弟子ベアちゃんの戦闘シーンとか並べられたら胸熱じゃん。

 過去の二人の修行シーンとかまで流れたらもう映画じゃん。

 ポップコーンとコーラ用意しなくちゃ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 熊可愛い悲鳴に熊パンチ なんだこれ、かわいさしかない。
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