別世界線のマウスの正体
本日の生肉、無事にゲット。
鹿さんの肉なので多分普通に美味しいと思う。食肉にする時の加工に問題がなければね。
「あー、お肉かー。バーベキューとかいいねぇ。そうだ、モツは? モツ鍋とか食べてみたい。ホルモン焼きでもいいけど。ていうか鹿のモツって食べられる?」
ちょっとそこの男爵令嬢、もうちょっとご令嬢して。
モツはドロップしてないから、お鍋にするのもホルモン焼きも絶対に無理だよ。
お目々をキラキラさせているユッキーにそっと首を振ったら、期待を粉砕された曇り眼になったわ。
ゲーム内で肉を食っても味しないのに、そんなにショック受ける?
今度、部費で焼肉でも行く?
肉食系男爵令嬢はリアルの方で肉を食べてもらうとして、ベアちゃんの方を見る。
一緒に狩りをしていた熊系ヒロインは、がっくりと肩を落としていた。
「鹿、めっちゃ速い。師匠がいなきゃ逃がすところだった」
「こいつら逃げるからな。向かって来るならお前でも楽に狩れるとは思うぞ」
ベアちゃん、スペックはいいんだけど経験不足だね。
襲いかかって来るゴブリンとかは余裕でしばけるレベルはあるけど、逃げる鹿を追いかけるのは苦労してた。
このままだと、戦術を使って来るタイプの敵は、格下でも手こずりそうだ。
「鹿が逃げても追いつけるAGIを身につけるか、鹿の逃げ道を予測して先回りするかだな」
「どっちも難しそうじゃん!」
「簡単だぞ。特にAGIを上げる方」
「どうやって……?」
「毎日戦ってればすぐ上がる」
だってこれゲームだもん。
リアルだったら足の速さを上げるために、食べ物から筋トレ、体の動かし方と小難しいことを色々考えなければならないが、ゲームならレベルを上げれば速さも上がるシンプルさ。
逃げ道の予測は、AIの癖を見抜くとか、周囲のオブジェクトから推測するとか、うるせー勘でわかれとか、人によって難易度が変わるけど、まあそちらもやっていればできるようになる。
どっちにしろ回数だ、回数。
考えるな、やれ。
「さ、流石、師匠。だから師匠はその強さになってもこうやって毎日狩りをしているんだ!」
「そうだぞ。自分で肉を手に入れれば、余計な金も減らないし、強くもなれるし、なに一つ無駄がない」
「な、なるほどー! あたしもがんばるよ、師匠! 皆をたらふく食わせられるように肉を狩りまくって強くなる!」
よしよし。いい子だ。
その調子でがんがん強くなって素晴らしいエンディングムービーを見せてくれ。
そんな微笑ましい師弟の後ろ、男爵令嬢と孤児院の神官見習いも仲良くしている。
「むう。あの二人、なんかどんどん仲良くなってく……」
「ですね! ベアちゃんって、マウス先輩に似てるなーって思ってたんですけど、こうして二人で話していると兄妹みたいです!」
「え~、生き別れの、とか? 孤児だからありえないとは言えないけど……流石にそういう設定、こっちからは盛りこんでないんだけどな。ていうか、その設定するならあたしがマウスと兄妹になりたい。いや、なったらダメか? 義理ならワンチャン?」
「いいですね! マウス先輩がお兄さんになったら、すごく楽しそう!」
「うんまあ、楽しいと思うけど……いや絶対に楽しい。そもそもマウスが楽しんでばっかりだもん。見てるだけで楽しいんだこれが」
「ゲームしているマウス先輩、本当に楽しそうにしてますもんね。ユキ先輩、幼馴染でしたっけ? 小さい頃から一緒にゲームできて羨ましいです!」
ちょっとそこの二人、そういう話は部室でやって。ゲームのキャラが崩れすぎでしょ。
いや、それともこれくらい崩してやっていいの? 俺がロールプレイのハードルを勝手に上げ過ぎてるだけ?
ゲームの正解がわからないとか久しぶりだな。いつも大体、拳を振り下ろせば正解だから……。
新しいプレイスタイルの方向性に悩んでいる時でも、ベテランはゲームシステムからの警告を聞き逃さない。
フィールド上の足音は、十中八九、敵襲の報せである。
気づかなかったらしいベアちゃんに手を上げて警戒を促し、音のした方向を見やる。
この足音は人型だ。二足歩行で、ウェイトも一般的な成人サイズと見た。
エタソンのシステムだと、これくらいならゲームスキルなしでも、プレイヤースキルで判別がつく。
次に必要な情報は、人型エネミーなのか、なんらかのイベントキャラがやって来たのか……つまりまあ、殴っていいのか、ダメなのか。
とっても大事!
いつでも殴れるように緩く拳をスタンバイさせながら次の情報を待っていると、木々を掻き分けてやって来たのは、二人組の男だった。
そこそこ身綺麗ということから、わかりやすい山賊・盗賊ではないようだ。
とても残念。
多分、冒険者かな。マウスの顔を見て嫌そうにしたから、合ってそうだ。
冒険者ギルドでは、マウスというのは犯罪者疑惑のある不良冒険者らしいからね。
「おい、テメエ。こんなところでなにをしてやがる」
推定冒険者が、普通に声をかけて来た。
ちぇー、いきなり殴りかかって来たら敵として処理できたんだけど、殴れないならどうでもいいや。
ベアちゃんやソル、あとユッキーのレベル上げのためにも殴っていいお肉を探そう。経験値にもならない殴っちゃダメな、しかも食べられないお肉に用事はありません。
推定冒険者が来た方向は、敵のポップが減ってそうだし、あっち行こうぜーとベアちゃん達に指さしで示して歩き出す。
「おいっ、待てよ! なにしてやがるか聞いているだろうが!」
推定冒険者が再び、普通に、声をかけて来た。
でも無視して歩き出す。
流石に、というか、当然、というか。
皆すぐにはついて来ない感じだったので、早く行こうぜと手招きを重ねる。ユッキーが、推定冒険者と俺の間で視線をさまよわせながら、ちょこちょこと近づいて来る。
「ねえねえ、いいの?」
「なにが?」
「いや、だってあれさ」
「あれって? なんかその辺に、会話が通じる存在でもいるのか?」
このマウスの眼にはなにも見えぬ。
隅々まで姑チェックをしてもどこにも見当たりませんことよ。ユッキーには見えて、俺には見えない存在?
カメラのレンズが捉えた埃や光の反射じゃないかな。
すっとぼけ全開の俺に、純真無垢のナチュラル聖人が大変素直に心配してくれる。
「あれ、マウス先輩、グラ表示がバグってますかね? そこにお二人いらっしゃいますよ? ユキ先輩と同じところに、ボクにもちゃんと見えてます!」
この天然お塩っぷりに、ユッキーが吹き出した。
慌てて抑えた口から、さすしお、とナチュラルセイントを崇める呟きが漏れている。
うん、そうだね、さすしおだね。
さて、お塩のセイントプレイで会話スキップに失敗したので、あきらめて推定冒険者の二人に顔を向ける。
「会話が通じるのか、あれ? いきなり不機嫌そうな唸り声を上げて威嚇してくるから、腰抜けの魔物だと思ったんだが?」
「あ、そうですね! この人達、挨拶がありませんでした、ダメですね! でも、腰抜けなんですか?」
「一丁前の度胸がある魔物なら、威嚇した後にちゃんと殴りかかってくるだろ。唸り声だけ上げて遠巻きに見ているだけとか、ゴブリンなら赤面する醜態だ。なにがしたいんだ、そこの間抜け面は」
ゴブリン君は実力差があっても襲いかかって来て返り討ちに遭う命知らずだ。かっこいい。
鹿君は、こっちを発見したら即座に逃げに入るからね。かしこい。
「テメエ! さっきから聞いてりゃ馬鹿にしやがって!」
うーん。まだ普通に声をかけて来るな。
殴りかかって来たら合法的に正当防衛を決めたんだけど、このシナリオ、本当に会話スキップが難しい。やはりマルチプレイだから、戦闘開始の合意が取れにくいのだろうか。
めんど――趣深いな。
「ほう。本当に会話が通じるみたいだ。バカにしたことがわかったような……いや、タイミングよく吠えたら、会話が成り立っているように聞こえただけかもしれない。決めつけはよくない」
「流石にそれはないと思います! 偶然だとしたらすごい確率ですよ!」
我等が聖人の仰せならば試してみよう。
「ふむ。そこの人間に見えるなにか、俺と会話できているか? できていたら三度回ってワンと……」
「犬の真似なんかできるか!」
「どうやら通じないようだ。すごい確率の偶然を引き当てたようだぞ」
このままおちょくりまくってもいいのだが、今のマウスは男爵令嬢と孤児院の子供を預かる立派な大人の身だ。
あんまり教育によろしくない推定冒険者の言葉を長々と聞かせるのもよろしくないなと思い至る。
「仕方ないからこっちが会話レベルを落としてやろう。それで? 挨拶もできない態度も悪いなんか腹立つ顔のゴブリンに比べたらゴブリンに失礼な奴がなんの用だ?」
せめて業界の挨拶くらいはしろよな。
殴り挨拶くらいは神でも悪魔でも異星人でもできるんだぞ。言語も知性も必要としない弱肉強食業界の基本だろうが、生物としての基本からやり直して来い。
相手の非常識さに憤慨している俺に、あっちもさらに憤慨し返して来た。
なんて逆ギレだ。
「頭の先から尻の毛まで尽く馬鹿にしやがって! テメエがエクスマウスだろう! 犯罪者がこんなところでなにをしているか確かめるのは、善良な冒険者の義務なんだよ!」
「お前、冒険者なのか。初めて知った。挨拶もまともにできないからこんな長話をする羽目になる」
いやー、マルチプレイだとやっぱり会話が増えるね。
ソロのマウスと呼ばれたこのアバター、こんなに喋ったのは初めてじゃないだろうか。孤高の冒険者の設定、息しているか?
ちょっと、ユッキーとお塩がいるから、部活に引っ張られたな。まあ、中の人がこんなだから、会話の必要性が生じたら、どうしてもこうなっちゃうんだけど。
「はあ、時間を無駄にした。よし、もういい。それで?」
「は? いや、だから、テメエみたいな犯罪者がこんなところでなにをして」
「それで?」
「う、後ろの連中は一体誰なんだ。お前が連れ回してなにをしようと」
「それで?」
うわ出た会話スキップだ。ユッキーがなんか嬉しそうに呟いた。
そうだよ、これがリアル会話スキップだよ!
あらゆる会話を拒否して結果を出現させる、マウスが得意とする不思議な儀式だ!
会話の意思を引っ下げて戻って来たこのエタソンの世界で、この儀式を行うことがあろうとはな……。
まあでも、仕方ないでしょ。
だって、犯罪者でもないのに、犯罪者だって言いがかりつけてくるんだもん。
どっちかっていうと敵でしょ? 敵に聞かれるままこっちの情報を教えるとか、シシ丸やヘキサに怒られる。
不思議の儀式を行ったことで、無事、マウスの会話はスキップできた。
その代わり、同行者である他のメンバーの会話イベントが生じたようだ。
「くっそ、話にならねえ! おい、そっちのお前等、こいつと一体なにをしていたんだ! お前等も犯罪者か!」
「はあ~? 人のことをいきなり犯罪者扱いするような奴に誰が教えるかってーの!」
ベーと舌を出して言い返したのは、ベアちゃん。ソルことお塩を背中に守っている辺り、流石我が弟子。
そして守られているお塩は、ぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい。名前も知らない、初めて会うような人にあれこれ話すのは危ないっていつも言われているので、なにも答えられないです」
さすしお。よい子のお手本である。
防犯ばっちりなこの態度には、ヘキサもシシ丸もにっこりだろう。
そして、にっこり笑顔で出番を待っていたのは、この土地を治める領主の娘である。
「あたし、ユキ・イデル。パパはイデルってところで男爵しているんだ。わかるかな? この土地では、あたしのパパが、誰が犯罪者か決めるんだよ」
あれ、そうなの?
マウスは素早くお塩に目配せした。わかんない、と首を傾げられてしまった。
ベアちゃんにもコンタクトを取ってみたが、わかるわけないじゃん、と肩をすくめられた。
『ユッキー、そっちのパッパにそういうことできるの?』
『え? できるでしょ? だってお貴族様だし』
このエタソン世界の司法権ってどうなっているのかねえ?
まあ、この土地の権力者がイデル男爵であることは間違いないから、ある程度はできそうではある。少なくとも冤罪の調査を命じるくらいはできるじゃろ。
そう納得して、護衛としての役割を果たすことにした。
「突然現れて名乗りもしないそこの不審人物。俺は現在、ユキ・イデル嬢の護衛を、男爵殿から仰せつかっている。護衛対象に危害を加えるつもりがないなら、今すぐ失せろ」
その場に留まるようなら敵対の意思ありとみなして強制的に排除する!
強制執行っていうの? 公権力の必殺技よな。
何気に、公権力側につくのはマウスとしては珍しいかもしれんな。
ミリタリ系でも反乱軍側になることが多い気がする。尽きることのない敵軍、単身で動き回れる自由度、ゲリラ戦楽しい。
権力と武力の合わせ技により、冒険者二名は尻尾を巻いて逃げ帰って行った。
その時の捨て台詞は、
「ちっ、イデルの街は今どうなってやがる……。このままじゃ……」
というもの。
ちょっと三下~? 覚えてやがれ、の捨て台詞がないとか、やられ役としてのマナーがなっておりませんことよー?
ともあれ、邪魔者は去った。俺はユッキーと目を合わせて頷き合う。
「じゃ、肉の調達だな」
「経験値を積もう」
予定続行、初志貫徹。
資源とレベルはいくらあってもいいものだ。
「はい! お手伝いしますね!」
ある種のゲーマーの性なので、これにはお塩も元気よく賛成してくれる。
意外なことに難色を示したのはベアちゃんだ。
「ええ? いいの、あれ放っておいて?」
ベアちゃんは追撃をご所望かな?
血気盛んじゃのう。若い若い、ほっほっほ。
老師ムーブをかましてから、一応ユッキーと再度アイコンタクト。
「ん~? 冒険者ギルドについては男爵のパパにお願いしてあるから、任せた方がいいんじゃない?」
「ああ、調査するって言っていたからな。報告があれば動くが、なにも言われてないしな」
「あと、なにより経験値が欲しい」
そうだよね。レベルは正義だよ。
古来より、万軍を打ち破るのは高レベル高スペックの勇者と決まっているのだ。レベルは全てを解決する。
我等不思議粉砕隊。謎解きだって極まったパワーで破壊する!
「ベアだって肉が欲しいだろう。腹一杯になるまで焼肉を食いたくないか?」
「……食べたいし、食べさせたい」
素直でよろしい。素直なよい子には、おじさんがたくさんのお肉をプレゼントしてあげようねー。
なんて善行なんだ。気分は十二月に忙しい真っ赤な服がトレードマークのおじさんだ。
ん? ひょっとして、トナカイを乗り回して世界を股にかけるプレゼント無料宅配おじさんの服の色って……返り血?
どこかにプレゼントをポップするモンスターがいて、そのドロップアイテムを世界中に届けるために、服の血が取れなくなるまで……!
なんてこった、真っ赤な服のおじさん。
あんたは、つまり、ありえた別の俺だったのか……。




