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神々の遊戯盤  作者: ダンヴィル
目まぐるしく変化した日常
9/18

距離感


 物心付いた時から孤児院こそが僕の知る世界だった。

 孤児院の世界を生きる為には大人に気に入られるか、強い子供に気に入られるか、あるいは自分自身が強くなる他無い。

 そして僕は唯一の人間とエルフのハーフでエルフの血の方が濃いのかエルフの特長が出ている部分が多い。

 そういうものは差別の対象でもあるが、同時に気に入られる部分でもあった。ペットとして。

 常日頃から冒険者になりいずれ英雄になると豪語している孤児院の中で一番強い子供のペットが僕だった。

 今でこそそんな風に思えるが、ペットだった僕はそれが普通で自分がペットとして側に置かれているとは思ってなかった。


 そんな世界であり、子供の入れ替えもわりと珍しくなかったのだけど、その時は違った。

 綺麗だったんだ。服こそ僕らと同じようだったけど、その長い髪が、動作の一つ一つがとても綺麗な金髪の女の子が入ってきた。

 僕をペットにしていた強い子供はその女の子の事を一目で気に入って僕と同じようにしたかったんだと思うけど、手段を間違えた。

 その女の子、ノエルはこの小さすぎる世界の中ではあまりにも強すぎた。

 慣れた動きで迫る拳の軌道を流し、一番強かった子供の右目を潰した。

 一番大きくて一番強かったその子供は敗北を知らなかった。

 知らなかった為に一度の敗北で右の目を失うなんて代償で初めて敗北を理解してしまい今までの彼が嘘のように弱い彼になってしまって、部下だった子達は彼を支えるどころか笑って貶した。

 仲間なんて誰も居ないとその時になって知っただろう一番強かったその子供は皮肉な事に僕達が孤児院を出る事にとても役に立った。その子自身の行った自殺によって。


 僕がノエルと初めて出会い孤児院を出れた理由はこんなところだけど、ノエルが僕に目を付けたのはどう見ても僕が浮いている存在だったから。

 ノエルは喧嘩も強いけど、それ以上に持ってる知識が凄くて何よりも魔法が得意だったから唯一のハーフエルフで孤立していた僕に目を付けた。

 孤立した原因を作ったのはノエルなのだがそんなもの来たばかりのノエルには知ったことではない訳で、一人で水汲みしていた時に僕の事情なんて何も知らないという風に話しかけてきたのが最初だった。

 初めはノエルに吹き込まれる形で色々と得をした。

 何度か美味しい経験をするようになってから、ノエルの言うことを素直に受け入れるようになった。

 そして、ある時魔法を教わった。

 魔法を教わった事で僕には回復魔法を使える才能がある事がわかった。

 けして珍しい魔法ではないものの需要が高く、それを扱えるだけで高く売れるから黙っておけと強く言われたのは今でもよく覚えている。


 孤児院を飛び出し逃げるようにミシシュまで来てからもノエルはとても強く、見上げる程の背丈の大人が凶器を持っていようと返り討ちにできる。

 しかし本人が言うには相手が少なく弱かっただけで同じのが4人もいたら勝てないらしい。

 生き抜く為に沢山の指示を受け、それに従う事で危険な事になる場面もあったけどそれでも最後には生き残り今までずっと生きてきた。


 そんなノエルが、イチジクを拾った経緯は理解できる。

 国がらみにしても神の関係者だとしても見捨てた方が危険にあいやすい事くらい僕にだってわかる。

 やっかい事だと一目で思えてしまうほどにイチジクは美しく、同じ生き物には見えない程触れがたく尊いと感じてしまう美貌であった。

 今まで積み上げた計画を先に見送ってでもイチジクの事をハッキリさせておかなければと気を引き締めていた。

 しかしそんな僕に対し、拠点でイチジクと会話するノエルはこれまで僕が見てきたノエルとは違って思えた。


 そう思ったのは勘違いだと初めは思った。

 イチジクを警戒したところで負担ばかり増えて何の意味も無いと口にしたノエルは正にいつものノエルだった。

 どこまでも理性的で損得勘定し即行動へ移せるいつものノエルだ。


 だけど勘違いじゃなかった。知らなかった。気付きもしなかった。

 ノエルにこんなにも弱いところがあったという事を。

 イチジクと話している時のノエルはたまに柔らかな声色で話す。

 僕も向けられた事の無い声色だ。

 ノエルが何故イチジクに対してこんなにも心を開いているのかわからない。

 けれどノエルにとってイチジクは自分の命を委ねても問題無い存在なのだという事だけはわかった。

 僕にとってノエルがそうなっているように。


 ノエルが涙を流すところなんてこの時が初めてで、とても衝撃的だった。

 ノエルを抱き寄せなだめるように話を聞くイチジクの姿は慈愛の神を彷彿とさせるほど優しさに溢れていて、その光景に僕は理解が追い付かずただ見ていることしかできなかった。

 けれどそれで痛感した。必要であれば何でもしていたノエルだが、ノエルだって好きであんなことをしてきたのではない事を。

 いつだって平気な顔してそつなくこなしていた反面、着実にノエルの精神を削っていたのだと。

 いったいどれほど溜め込みながらそんな様子を一切見せることなく先導していたのだろう。同い年だけど、僕より後に生まれた筈なのに……


 とはいえ今更この町から出るためにノエルの代わりに僕が何かしてあげられる事なんてほぼ無い。

 イチジクが居たからこそこんなに悩んでいるのだが、イチジクが居なければもう既にダンジョンも攻略しそのままミシシュを出ている。

 感謝もあるのだがどうしてもミシシュを出ているという事を考えると感謝しきれないところもある。

 それに感謝はしてるが完全に信じている訳でもないし。


「ひっ……」


 そう考えていると後ろから声がし、そちらを向けばイチジクがいた。


「……どうしたの?」


「あ……いや……首が無くても動くのじゃな……それ………」


「それ?……あ~、うん。そうだよ」


 イチジクが指したのは僕が今さっき首を落としたブルーダッグだった。

 首の無くなったブルーダッグはまだ足をばたつかせたりして暴れており、それを見て怖がっているが目を放す様子がなく釘付けになっている。

 ふ~ん……魚は大丈夫だけど鳥は駄目なのか。

 固まっているイチジクに血を抜けきったブルーバードを一羽渡し、もう一羽を横に座り羽をむしる。

 それを見てイチジクもむしり始めたが泣きそうになっていた。

 実際夕飯の時は「美味しいのじゃ」と何度も口にしながら若干泣いていて、僕としてはちょっと面白かったけどノエルは困惑していた。



「おいテメーら!こっちにいやがったぞ!呼んでこい!」

「おぉ!!!」「ざっけんなゴラァ!」「吊るせ吊るせ!」


 森に出て狩りに行こうと歩いている時だ。

 そんな大声が響き渡り沢山の大男が流れていった。


「……なんじゃあれ?」


「縄張り争いじゃない?わりとよくあるよ」


「物騒じゃのぅ……」


 一番近くにいた僕の服を引っ張り耳元で小さく聞いてきたので素直に答えた。

 ここまで大きな縄張り争いは珍しいけど、実を言えば縄張り争い事態は毎日起きてる事なんだけど教えなくても別に良いか。

 なんて思っていたが今回はいつもの騒動と違った。


「ッザケンジャネーッ!!!何が魔法使いだ!どう見ても魔人じゃねーか!死にてーのかテメーら!!!」


「魔人?もしかして……二人は狩りしてろ。俺はちょっと行ってくるぜ」


「魔人ってフレイヤの事じゃろ?それならわらわもお礼を言いに行きたいのじゃが……だってさ」


 イチジクが僕へ耳打ちしてきたからその言葉をそのまま伝えたが、僕がこの口調で喋ったのがよほど面白かったのかノエルが少しむせた。


「……コホン。アイツがイチジクを見たら絶対逃げやがるからな。俺が代わりに伝えておいてやる。だからそっちは頼んだぜ。夕食が新鮮な肉になりますように」


 こうしてノエルと別行動する事になった。

 いやまぁ僕と違ってノエルなら一人でも大丈夫だろうけどさ、僕とイチジクだけにする?僕とイチジクそんな仲良くないし昨日泣かせちゃったばかりだよ?


「肉ばかりじゃバランス悪いしバジルソースであえてやろうと思うのじゃがどう思うかの?」


「……イチジクも意外と良い性格してるね」


「美味しいものしか作る気無いぞ?」


 最近慣れてきたのか変な口調にならないセリフの時は普通に喋るようになっていて、今回も普通に返事してニッと笑みを見せ数歩先を歩いていく。



「……本当にいた」


「ふふん。わらわの聴覚は凄いからのぅ」


 イチジクに連れられて来たけどあまりにも簡単にレッドボアを見つけたよ。

 ノエルよりも無い胸をグッと出して自慢するけど聴覚だけじゃなくて全体的に出鱈目だってこの人。

 あと一番凄いところは一度たりとも群れらしいモノの影にすら遭遇してないって所。

 道を避ける事を意識しない限りは普通フォレストウルフかボーンウルフなんかと遭遇するものだけど一度も遭遇しなかったし、僕じゃ厳しいと判断した進路は背中に乗せて数回の跳躍で飛び越えるんだから存在そのものがメチャクチャだ。


「……というか、デカすぎじゃない?」


「そうなのか?前にレッドボアは狩ったという話を聞いたのじゃが駄目そうなのか?」


「ノエルから聞いただけだから詳しくないけど、レッドボアは長生きした方が大きいらしいから僕らが狩ったのよりもずっと大きいし長生きしてるやつだよ」


「なるほど……しかしあれくらいならわらわは片手で持ち運べるぞ?」


「それなら……いけるのかな?」


「おそらく……ッ!?わらわのゲイボルグ!アヤツあの時の奴じゃな!」


 ゲイボルグ?……よく見れば何か加工されてるっぽい木の棒がレッドボアの尻尾付近に深々と刺さっている。

 そう言えばイノシシを刺して怖くなったと言っていたが、まさかあんな体毛の多い部分に突き刺せるってどんな腕力してるんだこの獣人。


「ねえ、刺したりするの怖くても押さえ付けたり叩き付けて気絶させたりできる?」


「お安いご用じゃ。ヤツは既にわらわの射程圏内におる」


 少なくともレッドボアがこちらを凝視して警戒するような距離じゃないというのに、その言葉の後には風のように距離をつめて刺さったままのゲイボルグを掴み、勢いで浮かんだレッドボアをそのままフルスイングで木に頭を叩き付けていた。

 当然ただの木の棒であるゲイボルグが耐えられる訳もなく折れたのだが無事に狩る事ができた。

 やったイチジクは少々顔が青くなっていたが「慣れなければならん」と言って解体するところを後ろから最後まで見ていた。



「のうのう、ちと下品な事を言うのじゃが、わらわとノエルという美少女だとわかっておる二人に挟まれて年頃の主は何とも思わんのか?」


 獲物を探す事もなくなって沈黙が痛かったのか帰り道でそんな事を言い出す。


「え?いや、特にそんな風には考えた事無いけど……」


 確かに二人とも美人だけど自分で言うのか……

 いやまあイチジクに関しては綺麗すぎて逆に近寄りがたいし自分がそれだけ美人だと自覚してるだけマシかな。でなきゃ拐われてる。

 あと、仮に手を出すとしてどっちに出しても死ぬ未来しか見えないんだけど。

 ノエルは流れるような手際で、イチジクは混乱して力加減間違えて頭部辺りを潰してきても不思議じゃないし。


「あ~……エルフは長寿だし性欲とかあまり無いのかもしれぬの。

 わらわは恋は何度かした経験があるのじゃがどうも上手くいかん。

 コレばかりは価値観が違うしそもそもわらわに性別の概念があまり意味を成さんからの」


「それって……もしかして落とし子を作れたりするって事?」


「落とし子?う~む……作り方を思い出せぬが作れるぞ」


 あっ……これもしかしなくても神と同格かそれより少し下のヤバイ生き物だ。


「まあそんな訳での、わらわは同姓でもお互いが魂までもを求め愛し合えていれば何の抵抗も無い訳での、悪食と言われればそれは仕方ないとも思っておった……のじゃが……その……な………

 いや、やはりどう考えてもミシシュは特別じゃの!変じゃ!

 い、以前見てしまったのじゃが……クッ……こ、股間のゲイボルグをの……鶏肉の穴にその……フッ……ンクフフフフ」


 言葉にして鮮明に思い出したのか必死に笑いを堪えている様子を見て、見た目に反して意外と笑いが込み上がるタイプの下品な話が好きだったのかと驚いた。


「穴があったらから入りたかったんでしょ」


「ブハ、ちょ、ちょっ、それ…は……恥ずかしかったん……じゃのぅははははは」


「さっきイチジクの小さな手で握ったゲイボルグが折れたけどつまりそれって……」


「あはははははは……ちょっ……まつのじゃ……おねが…フッ……フフフフフ………」


 お腹を抱え木に体を預けて耐えているその姿を見て、話の馬鹿馬鹿しさからイチジクを警戒するのは本当に馬鹿馬鹿しいと思えてある意味強い信頼ができた瞬間だった。

 少なくともイチジクとは仲良くできそう気がしてきた。


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