ミシシュからの脱出
町がが寝静まり、星々の明かりのみが照らす雲の無い深夜。
この時までは誰もが代わり映えの無い一日だったと言うだろう。
半殺しになっている奴がいようと、薬物で泡を吹いて目の焦点があってない奴が路地の隅で動かなこうとも、最近何故か首を噛み千切られた死体が増えていたとしてもそんな物は誤差でしかなく、この町では代わり映えの無い出来事た。
そんな物騒な町で多くの住人が寝ている時間帯に緊急事態を伝える大声が響く。
「火事だぁーッ!!!大きいぞーッ!!!」
「なっ……火事だと!?ジェームズ!火事はどこ……ッ!?」
冒険者ギルドの2階窓が勢いよく開かれ火事だと叫ぶ者を呼び場所を聞こうとした。だが聞かずともわかる。
開いた窓の位置から見えるほど暗い空を焼くかのようなオレンジの灯りがその存在を主張している。
「見えるだろ!良いから鐘を鳴らせ!」
「わかった!お前も誰でも良いから全員叩き起こせ!」
「わかっている!」
ミシシュの町に鐘が鳴り響き、火事だと大声を上げる人物が1人、2人と増えていき多くの者が自身の安全を確保するため協力する。
こんなごみ溜めのような町に住んでいる彼らだからこそ、ここを失ってしまえば本当に住む場所を失くしてしまうからだ。
・
あまりにも静かだった町が今では鐘が鳴り響き遠くからでも誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。
「おまたせ。いや~楽しかったのぅ。化け狐冥利に尽きるのじゃ」
「おかえり。大仕事お疲れ様、イチジク」
「ノンノン!今のわらわはジェームズでトーマスでベレッタでソフィアとあと一杯じゃよ」
イチジクの提案した陽動作戦とは、「ぴ○ごらスイッチ……いや、ひどごろスイッチかの?」という言葉から始まった。
イチジクの術の中には物質を自由に出現させ消すという物があり、私達が離れたところでその術を解除し可燃物でまみれにした私達の拠点がに火種が落ちて燃え上がる。
私達の拠点は回りに大きな木箱に囲まれていて小さな火が上がっても外からではわからず、煙も出ないよう天井は塞いだ。
さらに拠点の外側にアルコール等で炎が他の建物へ引火するようにし、頃合いを見計らってイチジクの化ける能力を使用し火事だと叫び回れば仕込み完了というシンプルだが派手で、それでいて無視なんて絶対にできないからこそ成功率が高い。
「楽しそうで何よりだ。それで連続で悪いんだけど」
「まさか私達もこんな物が作られてるなんて思ってなくて……」
この辺りは滅多に来ないから知らなかった。
まさか地下水道への道にこんなにも厳重な鉄格子ができているとは思わなかった。
しかも対魔力コーティングもされているミスリル製で壊そうにもこれに勝る武器なんてミシシュにある訳がない。
だが少なくとも去年まではこんな鉄格子は無かった訳で、いよいよイチジクの推察が当たってきていて苦笑いしかできない。
「ふん、こんなもの紙切れ同然じゃの」
ローブに付けられたアクセサリーへと魔力を込め振るう。
あまりにも高い火力で何の抵抗も感じさせない動きによりハルバードが過ぎ去り焼き切れた。
焼き切られた事で予想していたよりも遥かに小さな音で地下水道への道が開いた。
「ふふふ、この程度の鉄屑はこの憤怒の乙女の前では無力じゃ」
「それそんな名前のだったの?」
「そうじゃよ、可愛いじゃろ?さて、進むとしようかの」
イチジクの周囲に青い炎の玉が浮かび道を照らし一番最初に足を踏み入れる。
「アイシクルウォール!これで追っ手も来れないでしょ」
降りてきた階段を世界への宣言で放った魔法により出現させさせた分厚い氷で完全に塞いだ。
「これ僕達も退路無いんだけど……」
「ここまで来たらもう退路なんて無いのじゃから丁度良いじゃろ?」
「……だね」
数回に分けたとはいえ我ながらこの階段一杯になっている氷の壁を見てると追っ手が来ないと安堵できて素晴らしい。
心に余裕ができて今のような軽口も自然と出てきて凄く良いのではないか?
「背後の心配は無くなったけど前方の心配はしないとね」
「先導は任せよ」
「よろしく」
イチジク、レネ、私の順番で暗い通路をイチジクの出している灯りを頼りに進んでいく。
地下水道は何故ミシシュの町中の方をここまで綺麗にしなかったのかと思うくらい綺麗であり、隙間無く石を敷き詰め造られていて3人並んでも十分な広さの通路になっている。
その通路の半分くらいの広さの水路が横にあり、暗いのもあって底が見えず、季節と時間帯的に落ちたら凍死してしまうのではと思わされるには十分だ。
「むっ……」
「どうしたの?」
「心音も呼吸音もせんが人並みの大きさの何かが歩く音……
どうやらユートピアの被害者がいそうなじゃな。
はぁ、幼い子供がいない事を祈るとするかの……できる限りしたくない………」
「それは私がやる。
前から考えてたけどイチジクは必要となればできるだろうから人を殺すのに慣れなくて良い。
それより私はもっと強くなりたい。生命の源を取れるチャンスがあるなら積極的に勝ち取りに行く」
「む……強くなりたいか。しかしその言い方………いや、贅沢は言っておれんな。ではお言葉に甘えてその時が来たら頼らせてもらおうかの」
歯切れの悪い感じではあったがイチジクはその宣言通りユートピアの被害者と遭遇する度に私とポジションをチェンジし任せてくれた。
今のところイチジクが懸念していたような幼い個体は出てきておらず、既に6体程を倒し7体目と遭遇した時の事だ。
「任せて……」
「待て!」
イチジクが尻尾を使い前へ出る事を阻害してきた。
いきなり、それも視界を塞ぐような形だったものでつい怪訝に思ってしまったが、ここが危険視していた地下水道である事を再認識させられる出来事が起こった。
近寄ってきていたユートピアの被害者がいきなり空中に浮かび上がったのだ。
「スライム……」
一瞬浮かび上がったと誤認した。
実際は地面に擬態していたスライムに飲み込まれて溺れているから浮かび上がったように見えていたのだ。
こんな巨大なスライムは見たことがなく、ましてや擬態する程の知能があるとなるとショゴスには届かなくともそれに近い進化を遂げたスライムという事になる。
まずい、完全に油断していた。あんまりに呆気なく勝ち続けていからイチジクに止めてもらってなければ距離的に私の方が先にスライムを踏んで飲み込まれていた。
そのスライムは完全に擬態を止め、膨張し、進路を塞ぐ形でこちらに迫ってくる。
「ふむ……とどくかのぅ?」
イチジクが軽い跳躍で一歩大きく前に出て、流れるようにしゃがみこみ姿勢を低くする。
その動作をするイチジクに向けスライムが無数の触手を伸ばし襲い掛かる。
その触手が触れる瞬間イチジクの姿はかき消える。
次の瞬間イチジクの振るうハルバードがスライムのコアをかする。
おそらく私達では見失う速度で飛び上がり、サマーソルトの放つような挙動でハルバードをスライムのコアを狙って振るったのだろう。
「むぅ……せっかく色々できるようになったのに早速不利じゃのぅ……」
天井を足場とし当然のように跳躍して戻ってきたイチジクがそんな事を言う。
ハルバードがコアへ直撃していれば終わっていたが掠めただけで、むしろそれが原因で今まで無警戒だったスライムが警戒しているように思える。
スライムにそこまでの知能がある事に驚きだが、ハルバードにより抉られていた部分は蒸発して消えたように見て取れるので思ったより楽に勝てそうかも。
「むむぅ……コアが奥へ引っ込みおった」
「鉄格子を焼き切った時の火力で水を消し飛ばせないの?」
「レネよ……わらわは主らが蒸し焼きになる姿など見たくないぞ?」
「あ、水蒸気か」
「最悪水蒸気爆発しかねんしの~」
ミスリルはとても熱に強く対魔コーティングまで施されていたのにそれを焼き切る程の高熱を水の中で発生させたら爆発するのか。使い道は置いといて覚えておこう。
「むむむぅ……これは面倒くさいのぅ……」
スライムから目を離さず会話をしていたが、スライムのコアが変な挙動をしたと思えば水路へと流れるように落ちていき、再び上がってきた時の姿はハルバードで減らした分が完全に元に戻っていて強い弱いでなく「面倒くさい」と評価する辺りまだ平気かな?
「ふむ……困った」
「え?」
「ん?」
……思ったよりもピンチ?もしそうなら魔力を使わず倒すのは諦めた方が良いか。
「安心して、一瞬で消し飛ばさなくても効いてるからそのまま少しずつ蒸発させれば問題無い」
「しかし再生してしまうぞ?」
「任せて……冬の女王よ、その吐息にて立ち塞がる全てのモノを凍てつかせよ!アイスストーム!」
詠唱魔法。具体的に起こしたい事柄を表現する事で聞いていた神が面白さで評価して手伝ってくれる……なんてふざけた論文があったのを覚えているが、消費魔力量に変化無いのに実際にこれで威力が格段に上がる。
ちなみに論文はあるのだが纏めると原理はけっきょく不明という結論になっていた事が原因で、神を愚弄したと宗教とのちょっと洒落にならない争いが起きた歴史的事件でもある。
「おぉ!……水を凍らせて大丈夫だったのかの?」
「表面十数センチだし問題無いでしょ。アイスバレット!」
イチジクが一撃振るい、回避行動を取ったタイミングで世界への宣言をし氷の礫を放つ魔法アイスバレットを放つ。
「とどかない……」
アイスバレットは液体へと入り込み、コアから半場の所で動きを止めた。
「急ぐでない。こうなればただの消化試合じゃ」
やはり知能が高いのか、逃がさないようその面積で積めていたスライムはいきなり複数の触手を伸ばし攻撃の手を激しくしてきた。
しかしその全てがイチジクのハルバード捌きよりも圧倒的に遅く、伸びた先から乱切りにされる。
別にスライムが遅いのではなくイチジクが速すぎるだけで、いくら手数でスライムが勝っていようと抜けられる気配がしない。
そんな戦いを数分続けていたがイチジクが何かに気がつく。
「む……これはちと不味い、下がるぞ。作戦タイムじゃ!」
「ん?……わかった。ストーンウォール!」
世界への宣言を込めて放つストーンウォールが右の壁から左へと伸びて通路を塞ぐ。
岩よと言う一言でも良かった気がするが、あれは本当に普通の岩が出てくるだけでこの場所では魔力消費量が多かろうがストーンウォールを使うべきだ。
予め水を凍らせていたのもあって、ゆっくり隙間から液体がこちら側へ来ようとしているけど時間稼ぎはできているし、何を血迷ったのか僅な水量の中でコアを通してくれたりしたら超ラッキーだ。
しかしそんな都合の良い事は起きないようだ。
「魔力ポーションは使ったかの?何本ある?」
「3本と僕の魔法で多少誤魔化せるくらい」
「う~む、そうか……実はの、さっきからそういう気配はしていたのは伝えていたと思うのじゃが、今遠くから聞こえた音で確信した。
どうもこのスライムは一匹だけではないみたいでの、それも気配全てがそうだった場合コイツは中ぐらいの大きさじゃと思う」
「えぇ……」
そんなのが後何匹もいるってイチジクがいなかったら地下水道抜けられないし私達ってもしかしなくても死ぬ運命だったんじゃないの?
「……なんじゃ?」
「イチジク様がありがたいなって思って」
「む?思ったより余裕ありそうじゃの」
「別に倒すのが目的じゃないし」
そう、倒すのが目的じゃない。
それならこの程度のサイズはとっととぶっ倒して進まないと挟み撃ちにされたりするかも。
あんなスライムに協調性なんてもの無さそうだし慌てず手早く終わらせよう。
「ちょっと魔力を練るから合図したら壁壊して」
「うむ、頼んだ」
レネから魔力ポーションを1つ受け取り飲み干し魔力を練り上げて右手の指へと集めていく。
「…………お願い!」
「ハァッ!スキルショック!」
イチジクの爪が一瞬にして鋭く伸び、ストーンウォールへと鋭く突き入れる事で全体に亀裂が入る。
そこへ追撃とばかりに世界への宣言と共に放たれたショックで完全に砕け散った。
「………」
ショックは衝撃波で対象を少し遠くへと吹き飛ばすスキルであってそういう使い方するスキルじゃないと言いたくなるくらいの光景で驚いてしまったけれど、なんとか堪えてコアを探すのに集中する。
「見えた、ウォーターレーザー!」
私の人差し指から放たれた直線の細い線はスライムのコアを完全に貫き抜いて視界の先にある曲がり角となっている壁に小さな穴を作った。
遅れて水が本来の動きを見せ流れていき、穴の空いたコアが地面へと落ちて割れた。
「ふぅ……」
一気に3割程魔力を持ってかれて少し疲れた。
しかし、放つまで20秒もかかったし頭部に当てるか相手がショック死してくれなければこの魔法の半分の魔力量も必要としない回復魔法一回で全快してしまうなんて本当に欠陥魔法だ。
まさかこんなにも役に立つ日が来るとは思わなかった。
知識って大切。
「ナイスじゃな!もっと誉めたいところじゃが少しペースを上げて進むぞ!」
「ありがとう。思ったんだけどいっそイチジクがレネを背負って走ったらどう?」
「それは見落としが怖いから駄目じゃ。使うなら逃げる時じゃな」
「それもそうね」
イチジクを除いた二人でスライムから生命の源を吸収し……
「うぎゃあぁあぁぁっ!!!」
「ッ!?イチジク!?」
唐突にイチジクが自身の体を強く抱き締めるようにして大声を上げた。
そして何かに耐えるかのようにブルブルと体を震わせた後、自身の変化に気付いて口を開いた。
「……すまぬ。何故かわからぬが全身にゾワゾワした何かが走る感じがしたのじゃが……スキルショックからたった今ピアスショックという派生スキルを作られたと、何故か知りもしない事を理解してしまっての……あ、これもしやリアル神話技能ってやつかの?」
「その技能はよくわからないけど、さっき使ってたショックの運用方法が全く違ったからどっかの神様が作り替えたのかもよ」
「え……?なんじゃそれ?わらわの頭いじられたのか?
くぅ……ふっ……まあ良い、進むもう」
まだ気持ち悪さがあるのか無理矢理にでも払拭しようと足を進め始め、私達も後を追うようにして先へと進む。
地図によれば私達はまだ半分も進んでいない。




