鳶から生まれた魔法少女
昼過ぎに再びサポート委員会の会議室に呼び出された両チーム。怒り心頭の黒谷から説教をたんまり受けている最中だった。
「貴方たちは私情を優先させずにノワールの討伐に専念する。いいですね?」
「はい……」
何十分も長ったらしい説教を聞いて全員精神的に脆くなっていた。この場合なら責任の押しつけ合いが発生するだろうが、全員騒ぐ気力も無く、席に座っていた。
「しかし、標的が変わったのは不幸中の幸いでした……」
「そうですよね会長ォ! 今回も被害は最小限に抑えられたしなあ!?」
ノワールの標的は電気とガスの施設ではなく、一人の魔法少女に変わっていた。その間はライフラインへの攻撃は止まり、実質的な休戦状態に持ち込めたのだ。
「そこで、新たな作戦を立案します」
黒谷は会議室のモニターに作戦の概要を映し出す。子供にも分かるように難しい漢字を省いた簡潔な文体で映し出されている。
だが内容の無謀さも相まって、まるで子供が作ったような質の悪い無気味な仕上がりになっている。そんな幼稚に見える立案に言葉を失う。
「魔法少女グラファイトを囮にしてノワールをおびき寄せ、『マジカルスティグマ』による合体技で仕留めます」
全員モニターを見るだけで何も言わなかった。無言による作戦の肯定ではなく単に作戦内容があまりにおかしかったので、別の解釈を試みている最中だった。
「幸いにもノワールは魔法少女グラファイトに対して敵意は無く、そして彼女に執着しています。それを逆手に取って安全な場所でノワールを限界までおびき寄せてもらいます」
「ふざけんな。仲間を危険に晒していいわけないだろ!」
遂が怒り、黒谷に食ってかかる。
側についていた白井が止めに入るが、彼の革靴に遂の全体重を乗っけた踵がのし掛る。すると白井は悶絶しながら涎を垂らし撃沈した。
目の前に憎悪の眼差しを向けられても、黒谷は眉一つ動かさず強かに冷徹な態度を貫き、それどころか黒谷の蛇睨みにも似た圧に力負けしそうになる。
「これは、本人からの要望でもあります」
全員の視線が鷹子に向く。彼女はコピー紙を捲って、作戦内容をしきりに読み返し反復していた。まるで他人事のような振る舞いだ。
「本当に鷹子ちゃんがそんなこと言ったの?」
「はい。その通りです。ですから怒らないで下さい」
「なにいってんのよアンタ! 自分がどうなるか分かってるの!?」
「全て納得した上で、先ほど私が自ら提案しました」
鷹子は毅然とした態度で作戦に望もうとしている。
チームメイトに自分の意思を訴えていた。『マジカルスティグマ』も特に異論は無いようで、珍しく口を挟まなかった。
遂も本人の口から言われると、やるせない様子で矛を収め、黒谷を睨み付けながらも席に戻っていった。
「なので今日は解散し明日はサポート委員会が決めた配置について下さい」
黒谷が直々に作成した配置表を配る。今日の連携の悪さを見抜かれているため両チームをそれぞれ分断して一つの装置にした陣形を組んでいた。
「はい解散! かいさーん!」
「シャワー浴びに行こー」
「仮眠とりたいなぁ」
「ノワールの動きは見張っているリコ! それまで寝てていーリコー!」
「ありがとね。リコリス」
疲れと傷を癒したいのか一軍メンバーは早々に会議室から退出する。こういう切り替えの早さも実戦経験が多い彼女達ならではの反応だ。黒谷も無言で退室する。
そして残された『補欠組』の気がかりは専ら、グラファイトこと花兎鷹子についてだ。
「あの、こんなこと聞いていいのか分かんないけど……なんでノワールから『姫君』って呼ばれてるの?」
ノワール嫌い、裏切り者、姫君といくつか彼女の特異性は見えているが未だに全部がつながってはいなかった。
それを、あらかじめ彼女の事情を全て知っている白井が全てを暴露しようとした。
「あー、それについてだが」
「白井さん。私から話します」
鷹子はこれ以上隠す意味が無いと思ったのか、全てを打ち明ける決心をした。
「私は闇の力に染まったことがある魔法少女なんです」
「や、やみ?」
「闇墜ちか」
数年のキャリア持つ枢達では何の事はかは分からない。しかし遂だけが深刻そうに机に附した。
「はい。魔法少女は稀にノワールに汚染されることがあります。そうなると自らの感情がマイナス思考に陥りノワールのように破壊活動を行うようになります」
「アタシの同僚で何人かそうなったのを見たことあるよ……」
「信じられないわね。魔法少女は一般人を傷つけられないわ」
「確かにノワールを浄化するための魔法の力を私利私欲や人を傷つける事に使うと、抑止力が働いて魔法の力が使用不能になります。でもノワールの力を使えば別です」
魔法少女は日々危険を冒して闇の存在と戦う。実際の所、ノワールを唯一倒せる彼女達こそが、この世の負のエネルギーに触れる機会が最も多い。
怪我や命の危険から生じる恐怖をつけ込まれて闇に呑まれる。鷹子のように穢れた魔法少女が出る可能性もゼロではない。
「でも、ようこちゃんは頑張ってるし、いい子なのに……?」
「いいえ、私は自分自身が負のエネルギーを得ようとした裏切り者ですよ」
自らノワールの力を欲した。つまりノワールを利用した。彼女がどうしてサポート委員会から冷ややかな態度を取られていたのかようやく分かった。
「どうしてそんなことに?」
遂は思わず踏み込んだ質問をしてしまう。失言だったという顔をしたが鷹子は首を横に振って話を続けた。
「心を操ろうとしたからです。両親の」
「お父さんと、お母さん?」
幼い頃、優しくしてくれた父と母。
鷹子は自分の変身アイテムであるトランプデッキに懐かしそうに手を触れていた。
「私の両親はマジシャンです。といってもパフォーマーとか芸人みたいなものでした。仕事もそれだけじゃ食べていけないみたいで、結構貧乏でしたよ」
花兎鷹子の両親はどちらもマジシャンだった。小さなイベントの仕事ばかりで、出会いのきっかけも、そこからだっと鷹子は聞いていた。
当然仕事が無ければ、お金も無い。しかし子供がいるから養育費はかかる。アルバイトで食いつなぐ生活が続いた。
しかし、両親にとっての幸運は、鷹子には他の子には無い魔法少女の素質があった事。
「補助金が貰えるということで魔法少女になりました。仲間も優しくてチームも優秀だったので、言い方がアレですけど結構貰えました」
危険な活動をする魔法少女には補助金が支払われる。
月ごとに支払われる補助金の額は成績にもよるが、平均的な魔法少女が受けられる援助はそれなりにある。少なくとも町の最低賃金よりか圧倒的に高く。上場企業勤めの会社員の月収を超す事もしばしある。
「しかし、援助が受けられると程なくして両親は働かなくなりました……」
鷹子の声色はその辺りから悲しく震えて、呼吸を乱し話すのさえ辛い。ここから先は、彼女の報われない過去だ。
「成績が悪い時はお金もないから……殴られて、ご飯も食べられず……それが、怖くて……痛くて!」
頬を涙が伝う。赤を真っ赤にして袖で涙を沢山拭うが、次から次へとあふれ出る。鷹子の家では家に籠もって毎日、白シャツとパンツ姿の父親は月毎に一喜一憂する。
成績が悪かった月は殴られたりもしていた。同じようにだらしない格好をした母からも食事を抜きにされ、明らかな虐待を受けていた。
「だから……優しくして欲しくて……誰でもいいから助けて欲しかったんです」
「それで、ノワールに……」
「その後の事は、あまり覚えてないです。ただ……」
たまたま一人でノワールと接触する事があった。そのノワールが鷹子に力を与えた。
そこから先は彼女でも記憶があやふやだった。闇落ちした魔法少女はノワールと魔法少女の力と混同して精神に異常をきたす場合が多い。
「その間はずっと夢の中にいるような気分でした」
もはや成績が好調な時でも、殴る蹴るを止めずに虐待を楽しんでいた両親に初めて魔法を披露した記憶が残っていた。最初で最後の親に仕掛けた手品だった。
グラファイトは幻覚を見せる力。しかし彼女は強烈な悪夢を見せたのではなく、両親の過去の人生の光景や記憶を大量に呼び起しただけだった。
すると狂ったようにのたうち回り、泣き叫び、ゴミ溜めの部屋に赤ん坊のように泣いてもがく両親しか居なかった。普段アルコールで思い出さないようにしていた記憶を頭の中で再生させる。悪夢を見せるまでもなく、彼らの怠惰への背徳感、貧困にあえぎ苦しみ、承認欲求の得られなかった何十年にもわたる無意味な人生にずっと苛まれていた。
両親にとって現実こそ悪夢だったのだ。




