後日談
とある日の昼下がり。
俺の自宅にはパーティーメンバー三人とエリスがいた。
今その場では戦いの火蓋が落とされようとしていた。相対するは、エリスとリーナの二人である。そんな彼女らは木製の小さな机のような物を挟んで対峙していた。その机には網目上の黒い線が引かれており、ロケット型の駒が四十個置かれている。つまりは将棋である。
こんな状態になったきっかけは何てことない俺の一言だった。
「エリス。買い物行こうぜ」
「承知「ちょおーっと待ったぁぁぁ!」……何?」
「協定を忘れたの?!」
協定? なんだそれ?
「これはジンの方から誘った。私からじゃない」
「そんな屁理屈通じはしないわ!」
「……ふっ。弱い犬ほどよく吠える」
エリスが鼻で笑いながら、いつもの感情の起伏を感じさせない声で淡々と告げた。その声音には若干の侮蔑の色が含まれているような気がする。
「?! ふふふ。いい度胸じゃない。その喧嘩買ってあげるわ! 勝負よ!」
リーナは、そんな声音からエリスの僅かな感情を感じ取ったのか、若干の据わった目をしながら勝負を持ちかけた。
「リーナ、やめた方が良いのです。また負かされるのが目に見えているのですよ?」
そんなリーナに、アネッサは呆れ半分ながらも、この場を納めようと声を掛ける。
エリスは、とある児戯に関しては一種の天才だ。その児戯とは将棋。ジンが異世界の遊びに関する知識のうち、すぐに実現できそうなものとして作った。それが、パーティーメンバーの中でブームを巻き起こした。
それ以降、何かしらの対立が起きる度に将棋でけりをつけるという流れが出来上がった。
作り上げた当初こそ、俺がぶっちぎりで強かったのだが、今ではエリスの方が強い。十回指せば過半数は負けると思う。
「だまらっしゃい! 今日という今日は私の本気というものを見せてあげるわ!」
「お茶がうめーな」
「はぁー。全く何しているんだか。四歳も年下のエリスにいちいち突っ掛かるなんて……。それとジン様。他人事みたいに言っていますが、あなた様のことで、こうなっているのですからね?」
エルーザが言う。
「あぁーやっぱり?」
「そうです」
「なぁ? そう言えば協定って何だ?」
「我が家では曜日毎にジン様をお誘いできるようになっているのです。リーナの番は今日ですね」
「えっ? 何それ? 俺の知らない間にいつの間に……。っていうか、さっきサラッと言っていたけど、ここはまだお前の家じゃないからな?」
「そうでしたか? まぁ、細かいことはいいではありませんか」
「……いや、全然細かいことではないんだけど。というか、エルーザは決まった曜日しかデートできなくていいのか?」
「構いませんよ。でも、このシステムはジン様あってのものですから、ジン様が断るならそれも致し方ありませんが。あっ、そろそろ勝負が始まりますよ?」
そして、二人の勝負が始まった。
エリスが得意とする形――好きな形は穴熊で、相手が攻めあぐねている隙に王手をかけていくという手法をよく取る。
リーナが得意とする形は特にない。気分にあった戦法を選ぶといった形だ。
そうして、始まった将棋であったが……勝負は呆気なく終了を迎えた。無論、エリスの勝ち、清々しいまでの圧勝である。
「口ほどにもない」
「……ま、まずはエリスの一勝ね。こ、これは三回勝負なんだから! いいわね!」
「……承知」
「うわぁー、大人げない」
「えぇ。私も流石にあれは、どうかと思います。どちらが年上なのか分かりませんね」
「私もそう思うのですよ。リーナは大人げないのです。まぁ、そこがリーナらしいと言えば、そうなのですけど」
「ちょっとそこ! だまらっしゃい! 勝負の世界は非情なのよ!」
しかし、その後もリーナは負け続け、気がつけば九もの黒星が積み重なっていた。もう諦めた方が良いのではないか? と思うほどの清々しい負けっぷりである。
「うぅー。何でよぉぉぉ。何で勝てないのよぉぉぉ!!!」
リーナは目の端に涙を浮かべながら苦々しく告げた。
「リーナ、弱すぎ。そして王手。これで私の勝ち。これで十連勝♪」
そして、エリスはそんなリーナに止めを刺す一言と一手を指した。
「哀れなり、リーナ」
「ここまでくると、リーナが惨めですね」
「ふふふ。リーナ弱すぎるのです。ふふふ。笑いすぎてお腹痛いのです」
「ジンのアホォォォー!」
「俺?!」
リーナは、そう叫びながら転移魔法でどこかに去っていった。おそらく……いや確実にエルフの里だろう。彼女はこうして、たまに実家があるエルフの里へと帰っていくのである。
俺としては勝手に帰っていったのだから勝手に帰ってくるまで放置で良いと思うのだが、迎えに行かないなら行かないで「何で迎えに来ないのよ!」と怒り出すので時間を置いて迎えに行くことにしている。全くもって理不尽なこと、この上ない。
「はぁー。明日エルフの里に行ってくる」
それで、翌日になって迎えに行った俺に対して「遅い!」と文句を言ってきたリーナに腹を立てた俺は全く悪くないと思う。