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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第十章 インカの目覚め編
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八十八話―カパコチャ

 パブロは小型船に乗り込むエミリーに、再度確認した。

「本当に一人で大丈夫?」

 エミリーは無理をするような笑みを浮かべた。

「当ったり前だぜ。アメリカに着いたら、カナダから来てる、ケネス・コレットとパーシー・コレットと合流すりゃ良いんだろ。チューイングガム噛むくらい簡単さ。それとも、あたしは歯抜けに見えるかい?」

 カナダ国立病院の院長副院長の名前を上げ、安心させるように肩を叩く。

「しっかし、銅像ができるなんざ。あたし達も有名になったもんじゃねえか。なあ? アメリカ大統領は気に食わなかったが、なかなか良い働きをしやがる。まあ、不細工に作られてたらその場でぶっ壊すけどな。たとえば、あたしの鼻がとんでもない鷲鼻になってるとか、いやいや、目玉が三つあるとか」

 不自然に口数多く船に乗り込むエミリーの背が、消えようとした瞬間、アンドレアが駆け寄った。

「何だよ?」

 笑いながら、掴まれた腕を解こうとする。

 アンドレアは言った。

「悪かったな」

 その表情がいつになく、いや、初めて見る泣きそうな顔であるので、エミリーはますます陽気になった。お前に気は許さない、という明確な意思表示だ。

「ばっか、やめろよ、アンタらしくもない。気持ち悪いぜ。愁嘆場なんざ似合わねえよ。なあに、あたしは戦争がしたいんだ。できりゃ何処でも良い。じゃあ――」

 またな、そう言ってエミリーは北米に向かう船に乗った。

 船は見る見るうちに遠ざかった。

 同時に、陽が落ちて行った。

 海風が強く吹いた瞬間、パブロは口を開いた。

「アンドレア、インディオに武器を撒いてる、バイヤーが掴めたわ」

 アンドレアは、我に返ったようにパブロを見た。

 そして、すぐ口角を釣り上げた。

「へえ、そうかい。何処のどいつだ?」

「いいえ、あたしは口を割らせる事はやめたの」

「はあ!? 何考えてんだよ!? お前、オカマの癖にとんだ腑抜けになったもんだな!」

「早とちりしないで」

 パブロの目が光を帯びた。

「あたしはそいつを子飼いにする事にしたのよ」

「元の飼い主が分かんなきゃ意味ねえだろ」

「意味がある事をして貰うわ」

「どういう事だ?」

「奴らは武器の受け渡しに合言葉を使ってたの。合言葉が合わなければ、躊躇せず撃ち殺せってね」

「よくある話だな」

「その、合言葉を変更させる事にしたのよ。捕まえたのはバイヤーの”武器を渡す方”。”渡す方”だけが、合言葉が変更された、と思っている状態に仕向けるの。そうすれば、奴らは勝手に殺し合ってくれるわ」

「へえ、それはそれは。上手い手だな」

「前の合言葉は、『チチャ』だったらしいわ。今度変更させる合言葉は『カパコチャ』」

「取引の時はこんなやり取りがある訳だ。『合言葉は?』『チチャだ! 早く寄越せ!』『テメエ偽モンだな! バン! バン! バン!』」

「ええ、そんな所ね」

 アンドレアは愉快そうに言った。

「お見事だ。なあ、その捕まえた奴、俺にも見せてくれよ」

「ダメよ。うちの部隊の最高機密よ。いくら協力者のアンタだって……」

「そこはさあ、俺達の仲だろ」

 パブロは肩を竦める。

「仕方ないわね。ちょっと覗くだけよ。車に乗って」

「グラッツェ! 愛してるぜ!」

「はいはい、あたしもよ。アンタの愛してるほど軽いモンはないわね」


 1時間後、石牢から出てきたアンドレアは、軽く伸びをした。

「黒人か。何処の奴か掴めねえな。それにしてもあいつ、使いモンになんのか? 確かにこっちについたのかよ?」

「トランク3つ分の札束を積んだんだもの。大丈夫よ」

 パブロは、アンドレアの後ろから、左隣に移動した。

「口も効かせてもらえねえとは思わなかったぜ。俺がちょっと脅しをかけりゃ、飼い主までぺらぺら喋ったんじゃねえか?」

「あのね、何回言わせるの。あれはうちの最高機密。それより、良い肉が手に入ったんだけど、夕食食べて行かない?」

「そいつは有難ぇが、今日はファミリーの慰労会でね。早めに帰らして貰うわ。また誘ってくれよ?」

「あら、残念。またの機会にね」

「ああ、またな。チャオ」

 曇ってきた。今夜は星の無い夜になりそうだ。


 その晩、波止場で彼らは小声でやり取りをした。

「早く出せ、イギリス野郎! のたのたするんじゃねえ!」

 闇に紛れるように、黒づくめに目出し帽の彼らは、早口だ。

 黒く塗られた船。

 小型船。

 暗くてよく見えないが、恐らく魚雷艇と思われる。

 そう、これが取引の現場だ。

 全員が気をきりきりと張り詰め、今にもはち切れんばかりである。

 インディオに武器を引き渡す、そのバイヤー達のやり取りでだ。

 きりきり。

「おっと、その前にだ、合言葉は?」

 きりきり。

 ”受け取り側”は言った。教えられた言葉を、その通りに。

「『カパコチャ』! 早くしろ!」

 バン。

 起きた銃声に、”受け取り側”は信じられないという顔をした。

「テメエ何の真似だ!」

 硝煙を立ち上らせた銃を握った”渡す方”は言った。

「俺達をうすのろ扱いするなよ。なんだその合言葉は。テメエら、何処のモンだ?」

「ふっざけんなああ! おい! テメエら、銃を抜け! 商いのやり方を教えてやれ!」

 ”受け取り側”の応戦は速かった。

 即座に、合わせて20人ほどで撃ち合いになった。

 銃声と同時に、血が飛ぶ、肉が飛ぶ!

「なめんじゃねええ!」

 ついに”受け取り側”がショットガンを撃ち出した(周りに当たるという考えが、頭に血が上って完全に消えてしまった)瞬間、男の張りのある声が響いた。

「そこまでよ!」

 現れた男に、取引現場は騒然とした。

「パブロ!」

 パブロはそのまま、飛び跳ね、既に5人に減っていた目出し帽の男に頭上から、蹴りを与えた。

 頭蓋が折れる嫌な音をさせて、倒れた男を踏み台に、今度は、もう一人の男の背後に跳び、素早く抱きかかえて、男の頭部を地面に叩きつける。コンクリートにジャーマンスープレックスをかけられては、頭はこれも砕ける他無い。

「テメエ!」

 ”渡す方””受け取り側”両方一斉に、弾丸を放つ。

 パブロは落ち着いた動きで、また上に跳ね、そして、目にも止まらぬ速さで、残りの3人をナイフで刺した。

 的確な刺し方だった。

 3人はすぐに倒れた。

 恐らく、このまま死ぬだろう。

「このタイミングで来てくれて良かったわ」

 自分を跳ねようと、一直線に突っ込んでくるランボルギーニに向かって、パブロは跳ね上がった。

 ランボルギーニの窓ガラスを突き破り、助手席に飛び込んで、パブロは言った。

「こんなのがまたの機会で残念だわ」

 首筋にナイフを突きつけられて、アンドレアは呻いた。

「何故知っていた?」

「『カパコチャ』の意味は人身御供よ」

 ナイフがアンドレアの首の皮を、薄く切る。

「アンタがバイヤーの元締めかは、半信半疑だったのよ、アンドレア。だって、あたしの耳は、そこまでは正確に拾えなかった。だから、偽情報を流したのよ。捕まえた男には見覚えがあったから、アンタも信じたでしょ」

 聴覚を自由自在に鋭敏にする能力か!

 察したアンドレアは車を止めた。

 何より、ファミリーの部下の遺体を、車で轢き潰す気になれなかったのだ。

「アンドレア、アンタはイギリスから、インディオに武器を回す仲介人だったのね」

「ああそうだよ!」

 アンドレアは怒声と同時に水の球をパブロにぶつけ、ナイフから逃れた。

 両名、ランボルギーニから飛び出した。

 決戦が始まろうとしていた。

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