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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第七章 最大速度でカナダへ向かえ編
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六十二話―斬りおとしたはずの錠剤

 意識は度々混濁する。

 ロビンはもう、自分が何をしているのかもよく分からない。

深淵の中走り抜けているけれど、あのヘヴンズ・ドアーの店員共が度々点滅する。

 点滅する度に何かしら攻撃を加えているのに、あいつらは生きている。

 愛しい兄は死んだというのに!

 なんとしても殺さねば。

 何故なんとしても殺さねばならないのかも分からない。

 砕け散った左手の指輪を見る度、何か思い出すような気もするが、兄の笑顔がその前に浮かび、それがまた粉々に砕け散る。

 砕け散ったものは錠剤に変わり、ロビンをそれを口にする。

 アムステルダムの路地裏の味がする。

 昏い昏い味がする。

 しかし、暗闇が無ければ光は無い。

 この暗闇を抜ければ、光があるはずだ。

 また兄が点滅する。

『あれえ? 君、女の子じゃない』

『名前は? ロビン? へえ、男の子だっていうから、あの貴族の家に帰そうとしたのになあ』

『そんなに警戒しないしない。妾腹故に大商人との婚姻での権力を持つことを防いだ、とかそういったとこでしょ。違ってもいいよ。結果は同じだ』

『うちにおいでよ。僕は男の子を探し出せって言われたんだ。女の子ならこの約束は反故だ』

『あ、あとさあ、できればなんだけど』

『止血してくれない?』

 ロビンの周りを、出会ったときに斬りおとした兄の左腕が這いまわる。

「兄様!」

 慌ててその手を握った時、左腕はぼろり、と崩れて骨になった。

「ああ、あああああああ!」

 光はもう無いのだ。

 ただ、ただ、あの店員達を殺すのだ。

 何で? と骨が最期に聞いた。

「兄様が、好きだから」

「あらー、良いですねえ。お兄ちゃんもそんなに好かれるとお喜びでしょう」

「!?」

 いつの間にか、深淵を抜けていた。

 ロビンの視力はまだ周囲をはっきり認識できていない。

 ただ、何か白いものに包まれている。

「兄様のジャケット?」

 いや、それは自分が着ている筈だ。

「ああ、これは白衣でござります」

 周囲がはっきり見えてきた。

 アンダーグラウンドの抜け穴。

 小柄な少女一人がやっと通り抜けれる小さな穴。

 いつの間に潜り抜けたのだろう。ただ、爪ははがれ、多数の擦り傷が出来ている。

 周囲には、楓の木々。

 小さく咲く花。

 木々の下に落ちる、光。

 そして、ロビンを抱きしめる、細い男性。

「それにしても、痛いでしょう。病院に行きましょう。お薬付けないと治るまで長いですよ」

 男性は、白に近い金髪に青白い肌。

 そして、眼鏡の奥に

全てを憎んで憎んで憎みぬいて、憎みすぎてもう憎しみすらも忘れてしまった瞳。

 黒い瞳ではない。鳶色の瞳なのに

 これ以上の闇を見た事がない。

 彼は、笑っている。

 心から。

「爪の傷は黴菌が入りやすいのですよ。今、お薬を持っていませんが、病院にはたくさんありますから。ちょっとしみますけど、安心してくださいね。わたくし、お医者さんですから」

 お医者さん……。

『止血したら、まずは病院に付き合って』

 左腕を失くしたのに笑う兄。

 兄となってくれた人。

 それが耳元で囁いた。

『ロビン、悪さしちゃダメだよ』

「わああああん」

 白衣にしがみつき、ロビンは泣き叫んだ。

「あらあら、泣き虫さんのお嬢様ですねえ」

 その頭を優しく撫でられる。

 ロビンは叫ぶ。

「兄様を、兄様を治してえ! 兄様が死んじゃった! 兄様を! 兄様を!」

 泣き叫ぶ。

 それが白衣の下の黒いシャツにぎゅっと押し付けられた。

「お兄様はいつ亡くなったのですか? 今日中?」

 ロビンはぐるぐると曖昧になっている記憶から、リンゴを落とす。

「今朝! 今朝死んじゃったんです! 兄様! 大事な兄様! 大好きな兄様!」

「あ、じゃあ治します」

 至極、あっさりと男は答えた。

「治しますから、お兄様を連れて来てください。ご遺体を」

「治して……くれるの?」

 しゃくり上げるロビンの顔はぐちゃぐちゃだ。その頬を撫でて、また男は笑顔で言う。

「ええ」

 その時、声が響いた。

「ケネス! そのミニサイズから離れなさい!」

 銃を構えるのは、ダニエル・トンプソン。

 楓の木がから、葉が落ちた。

「ダニエル様」

「ダニエル……?」

 誰だったろうか。

 ああ、ヘヴンズ・ドアーの店員共と一緒に居た双子だ。

 銃の柄に薔薇が細工してあるのを、どこかぽかんとロビンは見ていた。

「ダニエル様!」

 後ろから、アダムや依子をおぶったジャックなど、ヘヴンズ・ドアーの店員達が駆けてくる。

「ダニエル! 居たの!?」

「ええ……ヴィンセントの蘇生には簡単な事となりましたが……」

 狙いは外れない。

「そのミニサイズには落とし前はつけて頂かなくては……!」

「ダニエル様!」

「ケネス、貴方も知っているでしょう。ストリートギャング流のやり方を」

 ジャックの背の上でも、静かに殺気が迸る。

「そんな事を言っているのではありません!」

 医者は、ダニエルを指さし、至極当然のように、びしっと指さした。

「小さい子をいじめてはなりません! めっでござります!」

「は……?」

 ダニエルの銃口が下がった。眉も下がった。

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