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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第七章 最大速度でカナダへ向かえ編
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六十一話―燃え燃えの少女

「ウラーーーーーーー!(突撃ぃいいいいいい!)」

 兵士の絶叫が響き渡る。

 ついで響くは銃声、砲弾、飛び散る肉。

「左翼が空いている! 左翼に回れ!」

 走りこむ兵士の六割は鉛に倒れ、四割がウクライナ革命軍の陣形に到達する。

 そして、殺す。

 そして、殺される。

「おかしいねえ」

 ネクラーサは最後尾でオジロワシのような目を向ける。

「将軍、何がですか」

「ウラジーミル大尉が出てこないんだ。あいつの暴れ方なら、気づかないはずがないんだけどね。こいつは――」

 暫し思考。

「指揮権を一時アンタに任せるよ。ちょっとばかしカナダまで走ってくる」

「お一人で――」

「正直大丈夫とは言い難いね。だけどさ、あいつを始末しない事には、独立は叶わない。ソ連は現世の事を忘れちゃいないんだ」

 ソ連崩壊の最期のきっかけ、それはウクライナのソ連からの脱却、独立であった。

「そして、あたしらも現世の事を忘れちゃいない。そうさね」

 ソ連は現世で、ウクライナを人為的な飢饉に陥らせ、多数の餓死者を出させた。

「任せたよ。なあに、ヤバくなったときのトンズラなら慣れてる。ちっとばかし……出かけるだけさ」

 オジロワシは、飛び立った。


「ましっ」

 珍妙な叫び声を上げて、ケネスはすっころんだ。

「あうー、眼鏡、何処に置いたんでしたっけー」

 ベッドに横になるとき、置いた眼鏡の置き場所を忘れた、とすぐに分かるセリフである。

「ましーましー」

 呟きながら、床で這いつくばって眼鏡を探す。

「兄さん、これかい?」

「ましっ」

 渡された眼鏡をかけると、ようやく視界に弟が入った。

「ありがとうございます、パーシー」

「いや、いいんだ。それより、部屋からはくれぐれも出ないでくれよ」

 弟ににっこり笑う。

「お兄ちゃんを脱獄囚呼ばわりとは酷いです」

 ふ、と息を吐き、笑い返す。

「それならもう常習犯じゃないか。いいかい、今回は本当に命に危険があるんだ。カナダ政府からもイギリス政府からも、絶対に出てはいけないときつく言われてる。兄さんは確実に人を殺せるけど、タイムラグがあるからね、身を守るのは、僕とこの部屋だ」

「パーシーに御面倒をおかけするほどでもないと思うのですけどねえ。はいはい、ちゃんとお部屋におりますから、ご安心くださりまし」

 はあ、とため息。

「頼んだよ」

 そう言って弟が出ていくと、ケネスは笑顔で優しく手を叩いた。

「さて、お散歩に参りましょうか」


 光が見えてきた。

「そろそろカナダの通路に着くよ。病院までは直結している」

「そうやって、何度もお兄様を蘇らせているからですか」

 依子の台詞に、アダムが頭を掻く。

「険のある言い方だね。君らしくも無い」

「失礼致しました」

 依子の目は、暗い中で黒く光っている。

「貴女のような目をした女を見た事がありますよ。コンクリート詰めにされた娘の死体を発見した母親の目です」

 一瞬でダニエルの喉に依子の手がかかる。

「依子、手を下せ!」

 ジャックが叫ぶが、決して力を入れていない前方からの手は外れない。

 アダムが更に依子の白い首筋にナイフをぴたりと当てる。

「運転中なんだ。ちょっとした事から大事故になるかもしれない。もしくは、僕がちょっとおかしな気持ちを抱いて、君たちと心中するかもしれない。もちろん仮定の話さ。ただ、仮定なしで結論はあり得ない。そういう事だよ」

「依子、手を放せ」

 深い瞳がジャックを見つめる。

「放せ」

 ダニエルの表情に焦りはない。ただ、依子は手を放した。

「ジャパニーズの女性は大変でございますね」

「そいつは特別大変ある」

「ああ、まだ貧乏ゆすりが止まらねえ」

 紅玉とエミリーがほっと息を吐く。依子の首からは、血が一筋滴り落ちる。

 つかの間だった。

 依子が叫んだ。

「車から離れてください!」

 まさにその一言が生死を分けた。

 飛び降りた車の座席。

 そこに投げ込まれたのは、手榴弾。

 車は一瞬で大爆発を起こした。

「ロビンか!」

 燃え上がる車の先に、小柄な体が見えた。

 ぶかぶかの白いジャケットを纏っている。

「こっのミニサイズは人の車に何をして下さるんでしょうね」

 ダニエルが吐き捨てるが、ロビンの姿は既に消えている。

「それよりヴィンセントの死体だ!」

 エミリーが叫ぶ。

 死体が燃えてしまっては、生き返らせることは当然できない。

「お借りします」

 依子が一瞬で紅玉の手元から水筒を奪った。

「依子、何するか!?」

 答えはなく、水を頭からかぶると、炎に依子は突っ込んだ。

 そして響いたのはばきっというトランクがこじ開けられる音。

「依子! やめろ!」

 ジャックも炎に飛び込もうとする。

 それに、思いっきり死体が叩き付けられた。

「消して下さい!」

 炎がまとわりついた両袖をちぎりとり、依子が叫ぶ。

 ジャックは死体を強くジャケットで叩いた。

 火は、消えた。

 依子は、生還した。

 両腕に火傷を負って。

 水泡が大量にでき、一部皮膚が捲れている。

「なんて無茶をするんだ!」

 ジャックの自分も飛び込もうとした事を捨て置いての台詞に、まだ暗い目で返す。

「ご安心ください。致命傷ではありません。まだ、両足が残っています。頭も胴も残っています。まだ、戦えます」

「バカを言うな! そんな体で戦おうなんて!」

 紅玉がす、と間に入った。

「向かってるのは病院ある。ここで言い争うより、急ぐよろし。エミリーもよいな?」

 目を見開いていたエミリーも、慌てて頷いた。

「徒歩で行くしかないね」

「全く、あの少女は、生涯ミニサイズと呼び続けます」

 一行は、歩き出した。

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