六十一話―燃え燃えの少女
「ウラーーーーーーー!(突撃ぃいいいいいい!)」
兵士の絶叫が響き渡る。
ついで響くは銃声、砲弾、飛び散る肉。
「左翼が空いている! 左翼に回れ!」
走りこむ兵士の六割は鉛に倒れ、四割がウクライナ革命軍の陣形に到達する。
そして、殺す。
そして、殺される。
「おかしいねえ」
ネクラーサは最後尾でオジロワシのような目を向ける。
「将軍、何がですか」
「ウラジーミル大尉が出てこないんだ。あいつの暴れ方なら、気づかないはずがないんだけどね。こいつは――」
暫し思考。
「指揮権を一時アンタに任せるよ。ちょっとばかしカナダまで走ってくる」
「お一人で――」
「正直大丈夫とは言い難いね。だけどさ、あいつを始末しない事には、独立は叶わない。ソ連は現世の事を忘れちゃいないんだ」
ソ連崩壊の最期のきっかけ、それはウクライナのソ連からの脱却、独立であった。
「そして、あたしらも現世の事を忘れちゃいない。そうさね」
ソ連は現世で、ウクライナを人為的な飢饉に陥らせ、多数の餓死者を出させた。
「任せたよ。なあに、ヤバくなったときのトンズラなら慣れてる。ちっとばかし……出かけるだけさ」
オジロワシは、飛び立った。
「ましっ」
珍妙な叫び声を上げて、ケネスはすっころんだ。
「あうー、眼鏡、何処に置いたんでしたっけー」
ベッドに横になるとき、置いた眼鏡の置き場所を忘れた、とすぐに分かるセリフである。
「ましーましー」
呟きながら、床で這いつくばって眼鏡を探す。
「兄さん、これかい?」
「ましっ」
渡された眼鏡をかけると、ようやく視界に弟が入った。
「ありがとうございます、パーシー」
「いや、いいんだ。それより、部屋からはくれぐれも出ないでくれよ」
弟ににっこり笑う。
「お兄ちゃんを脱獄囚呼ばわりとは酷いです」
ふ、と息を吐き、笑い返す。
「それならもう常習犯じゃないか。いいかい、今回は本当に命に危険があるんだ。カナダ政府からもイギリス政府からも、絶対に出てはいけないときつく言われてる。兄さんは確実に人を殺せるけど、タイムラグがあるからね、身を守るのは、僕とこの部屋だ」
「パーシーに御面倒をおかけするほどでもないと思うのですけどねえ。はいはい、ちゃんとお部屋におりますから、ご安心くださりまし」
はあ、とため息。
「頼んだよ」
そう言って弟が出ていくと、ケネスは笑顔で優しく手を叩いた。
「さて、お散歩に参りましょうか」
光が見えてきた。
「そろそろカナダの通路に着くよ。病院までは直結している」
「そうやって、何度もお兄様を蘇らせているからですか」
依子の台詞に、アダムが頭を掻く。
「険のある言い方だね。君らしくも無い」
「失礼致しました」
依子の目は、暗い中で黒く光っている。
「貴女のような目をした女を見た事がありますよ。コンクリート詰めにされた娘の死体を発見した母親の目です」
一瞬でダニエルの喉に依子の手がかかる。
「依子、手を下せ!」
ジャックが叫ぶが、決して力を入れていない前方からの手は外れない。
アダムが更に依子の白い首筋にナイフをぴたりと当てる。
「運転中なんだ。ちょっとした事から大事故になるかもしれない。もしくは、僕がちょっとおかしな気持ちを抱いて、君たちと心中するかもしれない。もちろん仮定の話さ。ただ、仮定なしで結論はあり得ない。そういう事だよ」
「依子、手を放せ」
深い瞳がジャックを見つめる。
「放せ」
ダニエルの表情に焦りはない。ただ、依子は手を放した。
「ジャパニーズの女性は大変でございますね」
「そいつは特別大変ある」
「ああ、まだ貧乏ゆすりが止まらねえ」
紅玉とエミリーがほっと息を吐く。依子の首からは、血が一筋滴り落ちる。
つかの間だった。
依子が叫んだ。
「車から離れてください!」
まさにその一言が生死を分けた。
飛び降りた車の座席。
そこに投げ込まれたのは、手榴弾。
車は一瞬で大爆発を起こした。
「ロビンか!」
燃え上がる車の先に、小柄な体が見えた。
ぶかぶかの白いジャケットを纏っている。
「こっのミニサイズは人の車に何をして下さるんでしょうね」
ダニエルが吐き捨てるが、ロビンの姿は既に消えている。
「それよりヴィンセントの死体だ!」
エミリーが叫ぶ。
死体が燃えてしまっては、生き返らせることは当然できない。
「お借りします」
依子が一瞬で紅玉の手元から水筒を奪った。
「依子、何するか!?」
答えはなく、水を頭からかぶると、炎に依子は突っ込んだ。
そして響いたのはばきっというトランクがこじ開けられる音。
「依子! やめろ!」
ジャックも炎に飛び込もうとする。
それに、思いっきり死体が叩き付けられた。
「消して下さい!」
炎がまとわりついた両袖をちぎりとり、依子が叫ぶ。
ジャックは死体を強くジャケットで叩いた。
火は、消えた。
依子は、生還した。
両腕に火傷を負って。
水泡が大量にでき、一部皮膚が捲れている。
「なんて無茶をするんだ!」
ジャックの自分も飛び込もうとした事を捨て置いての台詞に、まだ暗い目で返す。
「ご安心ください。致命傷ではありません。まだ、両足が残っています。頭も胴も残っています。まだ、戦えます」
「バカを言うな! そんな体で戦おうなんて!」
紅玉がす、と間に入った。
「向かってるのは病院ある。ここで言い争うより、急ぐよろし。エミリーもよいな?」
目を見開いていたエミリーも、慌てて頷いた。
「徒歩で行くしかないね」
「全く、あの少女は、生涯ミニサイズと呼び続けます」
一行は、歩き出した。




