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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第七章 最大速度でカナダへ向かえ編
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五十九話―瓦礫の下

「兄さん、ちょっと良いかな?」

「はい、何でしょう?」

 パーシーは兄の目を見る。

 嗚呼、今日も変わらず笑っている。

「暫く部屋から出ないで欲しいんだけど」

 ぱっと兄の顔が明るくなる。

「それはお仕事はお休みという事でござりますか?」

「う、うん、そうだね……」

「わーい、読みかけのジャパンの漫画を読破致します」

 ウキウキと部屋に向かう兄の背を眺める。

 細い。

「神様……」

 パーシーはそう呟き、暫し、祈った。そして、イギリス王室はブリタニア女王に電話をかけた。


「で、彼女は言ったわけさ。「あんたのでべそが、あたしのおへそにあたってくすぐったいのよ!」ってね」

 シーン

「アダム」

「あ、下品だった? ごめんねっ」

「スピードを上げなさい」

「はい……」

 見事にすべったアメリカンジョークは、このような扱いを受け、アダムは一層スピードを上げた。

 ダニエルはアダムに命じると、煙草を銜える。

「ジャック」

「何だ?」

「あのオランダ人―ヴィンセント・ファン・ヒューリックは、身長何センチか分かりますか?」

「分かるわけがないだろう……」

「一八九センチよ」

 紅玉が前方から割って入った。

「何で知ってるんだ」

「口説き文句にしてたよ」

 ふーと、ダニエルは煙を吐き出した。

「然様でございますか」

「何で今聞くんだ?」

「大した事ではございません」

「ダニエルは自分より大きいものには化けられないんだよ」

 今度はアダムが割って入った。

「僕らの身長は一八五センチ。あのオランダ人でかいねー」

「アダム」

「何?」

「運転ミスをするんじゃありませんよ」

 カーン

 アダムの後頭部を、ダニエルが投げた空缶が直撃する。

 車が大きくぶれた。

「危ないじゃん!」

「良く回る舌を噛み切らなくて残念です」

 また喫煙を続ける。

「じゃあ、ダニエルがヴィンセントに化けて注意を逸らすのは無理ってこったな」

 エミリーが思惑を継いだ。

「まあ、そうです。と、いうか、それくらいの制約はあって当たり前でしょう。何にでも化けられたら、ゴジラにでも化ければ負ける事はないじゃありませんか」

「そりゃそうだ」

 ぼそり、とそれまで沈黙を保っていた依子が呟いた。

「たとえ化けられたとしても、ロビンさんは騙せません」

「まあ、そうね」

「あの方は、たとえヴィンセントさんがぐちゃぐちゃのミンチ肉になっても、ヴィンセントさんの肉片を探し出すでしょう。逆に、ヴィンセントさんの皮を剥いでかぶったとしても、見破るでしょう」

「Oh! 猟奇的! 依子ちゃんそういうキャラだっけ?」

「アダムさん」

 ぼそり。

 依子の目は猛禽類の目となっている。

「停めてください」

 その言葉が、一秒遅れていたら――。

 乗っている車は見事に落ちた天井の下敷きにになっていただろう。

 急停止した反動に脳を揺らしながら、叫ぶ。

 瓦礫の上に立っているのは、しなやかなスレンダーに、短い金髪。

 ぶかぶかの兄の白ジャケットを羽織った。

「ロビン……ファン・ヒューリック!」

 ガチャン、とライフルが投げ落とされた。

 アンダーグラウンドの天井の薄い部分に、全弾撃ち込んだのだろう。

 結果。

 天井は崩れた。

 そして、白黒は舞い降りた。

「兄様は、何処ですか?」

 ヤバい。

 全員の頭に浮かんだのは、そんな馬鹿のような単語だった。

 ロビンの瞳は狂っていた。

 狂人ばかりのヴァルハラで、血に飢えた獣のようだった。

「あいやー……虎児いうたの、あながち間違ってなかったよ」

 紅玉がようやく声を発した。

 そう、間違っていなかった。

 血に飢えた獣の「ような」というのは間違いだ。

 紛れもなく、血に飢えた獣だ。

 次の瞬間、車の後ろにまた瓦礫が落ちた。

 今度はライフルではない。

 ロビンの「全てを刃物に変える能力」を受けた鞭の一閃だ。

「こんのミニサイズは……、人のモノを何だとお思いなのでしょうかねえ!」

 ダニエルが怒りの声を上げた。

「質問しているのは私です。アンクル・サム」

 ロビンは瓦礫の上から見下ろした。

「アダムさん」

 依子がまたボソリと言った。

「私が戻ったら、車がぶっ壊れる寸前まで速度を上げてください」

 ボキ、と拳が鳴る。

「依子、何を……!」

 ジャックの声は届かなかった。

 依子は車を飛び降りると、ふっと息を詰めた。

 そして、瓦礫に渾身の回し蹴りを叩き込んだ。

「エミリー! 天井を!」

 一瞬で理解。

 エミリーは、崩れた天上の脆い部分を見出すと、更にリボルバーを叩き込んだ。

 崩れる瓦礫、崩れる天井。

 それはロビンを埋めるように落下する。

 依子は車に飛び乗った。

「出してください!」

 アダムは考えるより先に。瓦礫をよけてアクセルを踏んだ。がたんと車が大きく揺れた。

「おい、やっといてなんだが死んだんじゃねえか?」

 エミリーの慌てた声に。

 依子は視線を急速に遠ざかる瓦礫からそらさず答えた。

「生きていますよ」

 がら。

 瓦礫の山に罅が入った。

 ロビンの愛用する棺桶型のトランクが、瓦礫の山から現れた。

 這い出た人間の手をしっかり備えて。

「何で出来てんだあいつあ……」

 エミリーの呟きを最後に、車からは見えなくなった。

「執念です」

 依子に異論がある者は無い。

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