四十話―コメディな出会い
秋風が庭先の銀杏を揺らす。
「さあ、仕入れよ仕入れ。飾り付けよ飾り付け。ハロウィーンが終わればクリスマスよ」
サマンサがうきうきとベルを鳴らす。
「そういやここはアメリカンカントリーの店だったな」
思い出したようなセリフ。仕方ない話。
「イギリス風プディングも仕入れたけどね。もうすぐシュトーレンも入ってくるわ」
「売れ残る?」
「店員が売れ残りを期待するんじゃないの。どっちみち依子のクリスマスケーキは食べられるでしょ」
「だって、日本のクリスマスケーキは生クリームだぜ? クリスマスって感じがしねえよ。美味いけど」
依子はクリスマスカードの棚にシールを貼りながら笑む。
「エミリーのそういうお声にお応えして、今年はフランス風にブッシュ・ド・ノエルにしようかと」
「So COOL!」
「相変わらず美国人はずうずうしいあるな。鳥でるか? 我、照り焼きでもクリーム煮でもから揚げでも美味しくいただくよ」
「お前も大概だよ」
「今年は紅玉の好きなフライドチキンにしようかと」
「好好!」
平和的な計画で盛り上がる三人娘に、サマンサの笑顔の指示。
「それでね、今日、その仕入れの品を届けに業者が来るからお願いね。山ほど届くわよ」
同じ頃、幾之助は日本茶を啜っていた。
庭では残った柿の実をついばみに来た尾長が、その美しさにそぐわない声を上げる。
「何でしょうね。ちょっと教えただけで美味しく淹れてくれるのは嬉しいのですが、あなたがイギリス人というのが腑に落ちません。しかし、紅茶の国という点から見れば、腑に落ちる気もします。この引き裂かれる心を納得させるためには、あなたが金髪の可愛いイギリスメイドを連れてきて、「今日は日本茶と紅茶、どちらになさいますかマスター?」と問うてくれる日常を私に用意するしかないかと。さあ、帰国なさい。そしてメイドを連れてきなさい。この際茶髪や赤毛でもいいです。銀髪とかはすごく萌えですね、むしろ推奨ですさあさあさあ」
「俺が住んでいた場所は主に新聞紙の上だが」
「……」
「……」
はあああ、と炬燵につっぷす姿は、もうジャックには見慣れたものだったのでつっこまない。
「私の生前はちょっと食べるに苦労しない石高なら、下女を雇うのは当たり前だったのに。何でわたしはメイドの一人も雇えないんですか。いやらしいことはちょっとしか考えてないのに」
「そういえば、生前については聞いたことが無かったな」
「ああ、ちょっと侍やってましたよ。浅井と聞いてもあなたじゃわからないんでしょうがね」
「……勉強しておく」
「いいんですよ、私が超強くてマジイケメンでバリモテモテだったと思っておいてくだされば、勉強なんてしなくても」
いつも通りの真意の見えない笑みで手を振られる。この兄妹は分からない。
「しかし、侍時代ということは、依子と没年がだいぶ合わないと思うが」
彼女は第二次世界大戦当時に死んで、このヴァルハラに来たはずだ。
「そりゃ、妹というものに夢いっぱいだった若き私が、人生の苦さも知らず引き取ってしまっただけに決まっているじゃないですか。同じ国籍の人間が来たら、血のつながりなんて無くても引き取るのはヴァルハラではよくあることですよ」
「そうなのか? ブシノナサケというやつか?」
「いいえ。戦力を逃さないためですよ」
どうにもこの笑みは読めない。
「でも、今日来られるお兄さんは、それだけでなく引き取られたようですけどね」
「……来客?」
聞いていない話だ。
「ああ、だからお茶淹れさせたんですけど。依子は仕事ですから」
けろりと言われる。そんなに主人自ら茶を淹れるのは嫌なのか。
「依子にも言ってなかった気がするが」
ようやく幾之助が少し顔を引きつらせた。
「やっべ、忘れてましたよ。泊まりに来られるのに。またねちねちねちねち文句言われる」
それは恐ろしいとジャックも同意だ。笑顔のまま、しかし、決して逃げられないプレッシャーをかけてくるのだから。あれは恐ろしい。もっとも、ジャック本人ははやられたことがないが
「いえね、我が国で新しく大砲を購入することになりまして、それの商人が来るのですよ。オランダ人イケメンのご兄弟がね。上がヴィンセント・ファン・ヒューリック、下がロビン・ファン・ヒューリック。くれぐれも失礼のないようにしてくださいよ。この話壊れたら切腹ですからね。これマジですからね」
「せ、セップクか」
「ええ」
茶が啜られる。
「そういう訳で、お出迎えのために窓でも磨いといてください。小雨の日は窓拭き日和です。柿の実狙いの鳥の糞が、集中砲火してますから」
「ああ」
窓拭き用具の位置を思い出しながら、ふと問う。
「若き日、と言っていたが、ヴァルハラでは年を取らないのでは?」
「そうですよ、私、ピチピチの38歳です」
「さッ!?」
この驚きに気を取られてしまったことが命取りになるなど、今のジャックは知る由もなかった。
一時間後、木戸の前に立つ、二人のオランダ人。
白いジャケットという気障な格好の長身の男が、隣に声をかける。
「呼び鈴ある?」
隣は金髪を短く刈り、小柄な体のわきには、棺桶の形の大きなトランク。
「見当たりません」
「あらら、ま、いっか、ごめんくださーい!」
「ヒューリック商会の者ですがー!」
普段なら気づく。しかし、中のジャックは、窓を拭きながらしみじみと38歳か……日本人の童顔は恐ろしいな。と感じ入っていた。
「出てこないな」
「勝手に入ってしまいましょう。連絡は入れてあるのですから」
「撃たれちゃわない?」
「兄様を撃たせるなど、ありえません」
表のそんな会話にも気づかず、木戸が開いても気づかず。
「なんだ、いるじゃないですか」
肩を叩かれて、ようやく振り返る。ここでの失態ポイントの極めつけは、握ったままの、窓ふき洗剤だ。
ブシューッ!
勢いよく小柄な少年のシャツに吹き付けられる洗剤。白いシャツは白どころか肌色とアンダーシャツが透け、見るも無残なぬれねずみ状態。
「何をするんですか!」
「すッすまない! かぶれてしまう! 早く脱いでくれ!」
慌てて少年のシャツに手をかける。早く脱がせないと洗剤の成分に皮膚がやられてしまう。
「やだッやめなさいッ」
暴れる少年の白い腕を抑えると、長身の男がそれを引きはがそうとした。
「ちょっと! ロビンに何するの!?」
「それは酸性がきついんだ!」
もみ合う三人、そして、びしょ濡れのシャツのボタンが、ついに千切れた。
そこから見えたのは。
「見かけによらず太ってたのか……」
僅かな隆起にそう呟くと、少年の顔がリンゴのように真っ赤になった。
そして、頬を襲う衝撃。
ビンタなんてものではない。掌底だ。軽く吹っ飛んで地面に叩き付けられたジャックは、彼も戦士だったのか。とぼんやり考えた。
しかし、それ以上の事実が叩き付けられた。
かき合わせたシャツから覗く脇腹に見えるあばら。
太って胸に脂肪がたまっているはずがない象徴。
そして泣きそうな怒鳴り声。
「わたくし、女の子でございますッ! 死んでください! 地獄に落ちて魔王の晩餐として生で齧られなさい! 死ね!」
……。
ああ、それは死んだ方がいいな、俺。
納得するしかない状況は更に悪化する。
「存じませんでした。私、痴漢と同居していたのですね」
見える小豆色の袴。
「ジャックさんの馬鹿あッ!」
そこから放たれる蹴りは、ジャックの体を見事に二つに折った。
怖い怖いと思っていたが、実際に体験するとその十倍怖い。
正座という西洋人にとっては拷問以外の何物でもない姿勢。それを一秒でも崩せば
「ジャックさん、足を崩してよいとは申しておりませんが」
笑顔の指摘、その瞬間、確実に空気が震える。向こうではロビンの泣き声。
「兄様あッ、わたくし、凌辱されましたッ! あのライミー野郎にこんな辱め、わたくし、わたくしッ」
「うん。そうだね、ロビン。アムステルダムに帰って、心の傷を癒やそうか」
幾之助の必死の声。
「まあまあまあ! お寿司でもとりますから! 日本食を味わってからお帰りください! ねえ!?」
罪の意識が響いてくる。
「あの、兄弟と聞いていたんだが」
「ええ、日本では兄妹でもきょうだいと発音致しますが」
それがどうかしましたか? と聞かれる瞬間、確実に走る電撃。感電したように沈黙する。
「依子、血ぃ吐くくらい蹴ったんだから、もう内臓殴りつぶすくらいでいいんじゃねえか」
それをされたら死ぬんだが。
「そうですね。エミリー」
本当に立ち上がった彼女に、血の気を引かせる。
ジャック・ザ・リッパー、日本で死す。
そこまで考えた瞬間、救いの声が響いた。
「ちょっとーうちの商品まだなの?」
「依子、エミリー、いつまでかかってるか。日が暮れるある」
サマンサと紅玉。勝手に人の家に入ってくるという行為に、ジャックは心底感謝した。さっきも勝手に人の家に入ってきた結果なことなど、棚の上にぶん投げて。
個人サイト掲載当時の経験を踏まえて、申し上げます。
執筆者は政治的な思想に基づいてこの物語を書いてはおりません。
主人公の所属が日本であるため、地理的今後の話の展開にムリが起きない国が韓国だったというだけです。
反韓でもなければ親韓でもありませんので、そういったお話はできません。
個人的には、本場の唐辛子入り料理が食べられるようになれば旅行に行きたい国です。LCCで行けるし。




