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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第二章 ジャック・ザ・リッパー編
13/112

十二話―イカレてやがる。これぞ忠義なり。

 通常の兵士は生きて祖国に帰るため、もしくは祖国を守るため戦う。

 少し外れて来ると、死んでも良いから戦う。

 完全にキレると死ぬために戦う。

 その線が何処にあるのかは分からない。

 ただ、日本人は完全にこのキレやすい国民だ。

 長い歴史の中で何処かの線が『忠誠心』という言葉によってキれてしまった。

 平時ではそれは一体となっての勤労や努力に向けられるが、時代がイカレ始めると、国民はこぞってキレ始める。

 何処の国に戦闘機で敵艦に突っ込み爆死する国民が居るだろうか。

 戦場での敵陣逃亡を理由に切腹を命じられ、大人しく従う国民が居るだろうか。

 そんな究極状態でなくても、少年漫画で「此処は俺に任せて行け!」とか叫んで、勝ち目のない戦いに挑み、死ぬ脇役が好き。そんな気質は大概の日本人が持っているはずだ。

 目前に居るのはそういう「キレた」日本武士達だった。

「皇が為皇が為……」

「日本武士万歳!」

 身が沈むほどの石が目前に迫ってくる。当たればぐしゃりと体は潰れる。かわす? 避ける? 不可能だ。

 三人が石の影に落ちた瞬間、ウラジーミルの体が跳ねあがった。

 圧倒的重量と固さの石は、蹴り飛ばされ、堀の下に落ちていく。

 幸いというべきか、下には誰もいなかった。

 ずいしいいいんと石の重量で堀の下のぬかるみが揺れる。

「ワロージャ、足は!?」

 確実に石によって衝撃を受けたであろう彼の右足を気遣うが、「問題ない」と返された。

「あなた……また頑丈になりましたね」

 事実、普通に歩き、彼は掘りの下を見下ろす。通常なら骨がへし折れているはずの足で。

「沈めるか?」

 アンドレアの言葉に、幾之助は一瞬逡巡する。

 しかし。

「沈めて下さい。しかし、彼らは、上がって」

 水が堀に流れ込む。

「来る!」

 水飛沫。

 日本武士達はまるでヤモリにように石垣を這い上がり、水飛沫を上げて飛び跳ね目前に迫る。

 その手には槍が握られ、幾之助を串刺しにしようと真っ直ぐ、向いている。

 水飛沫の最後の一滴が落ちた瞬間、その日本武士は二つになっていた。

 抜く手も見せぬ抜刀、幾之助の刀が脳天唐竹割を決めるまで、目視はできなかった。

「貴様らに問う。何故私達を狙う。奸賊とは何の事だ」 日本武士の瞳孔は完全に開いていた。興奮した息遣いが聞こえる。


「声が……声が聞こえるのだ……」

「はっはと犬が如き息遣いで、相手は刀を構えた。

「皇の言葉が聞こえるのだッ!」

 だが

「皇はそんな詔は出してはおらぬッ!」

 幾之助は叫ぶ。

 そして、それは事実だ。彼ら日本武士の頂点たる皇は、失踪せよとも、他国の軍人を殺せとも言っていない。

 しかし叫び返される。

「我らに名誉の戦死をさせぬというのか!」

 相手は完全にキレていた。

 最早死ぬために彼らは戦っている。自ら火に飛び込む虫よりもひたすらに。出ていない命令の為に。

「幾之助、如何する?」

「殺してくれって言ってるぜ?」

 こうなる事は、実は予想がついていた。

 どんな理由であれ、どんな状況であれ

 日本武士が帰って来た時には、「思い」が発生する状況に陥るだろうと。

 それは裏切りか、はたまた責任を問われてか。

 どちらでも、彼らは、武士団から無断殺戮の咎を受け

死ぬのだ。

 そしてどんな無念にせよ。

 無念の「思い」が残るのだ。

「応戦してください」

 彼の黒い瞳には決意が宿る。

「命を奪っても構いません」

 次の瞬間、三人が斃れた。

 一人はコルセスカから噴き出した水に体を貫かれ、一人は特殊警棒で頭を割られ、一人は刀で袈裟斬りにされて。

 そのまま、アンドレアは水を揺らがせ、次々と周囲を刺殺する。笑いを口元に浮かべながら。

「これで十五万分の仕事はしたな」

 日本武士の一人が石垣を上ってきた。どうやら一人上り遅れたらしい。

 その上にかけた手が踏まれた。

 日本武士が見上げると、金属製の特殊警棒が振り下ろされるところだった。

 潰れた頭から噴き出した血が頬にかかるも、ウラジーミルは顔色一つ変えず、死骸を片手で引き揚げ、懐に手を突っ込む。紋を象ったステンドグラスを抜き取ると、その死骸をそのまま、隣の日本武士に打ち付けた。

「思いは回収した。大ソ連邦への支払いはこれで良いか?」

 そう言いながら、アンドレアが刺殺した人物が倒れるのを掻い潜り、次の獲物へと特殊警棒を振り下ろす。

「はい」

 幾之助は舞うように回り、囲む武士たちを円の形に斬る。

 全ての者に刃筋が的確に立ち、腹部を中心に斬る。

 ついに最後には一人だけが残った。

 その者は着物の袖に手を突っ込み、三人の人間離れした強さを見る。勝てる可能性は、零。

 ごくり、とその男の喉が鳴った。

 それを認識すると同時に、鼓膜を叩き割るような強烈な音が鳴る。

 音響爆弾。

 まだ残響している中、相手を確認すると、鼓膜が割れたのであろう気絶していた。

「殺すか? 生かすか?」

 アンドレアが耳を押さえながら、問う。

「間抜けな奴だぜ。気絶しちゃ奇襲の意味ねえだろ」

 彼を確認するると、幾之助は言った。

「生かしましょう」

 一瞬、間が空く。

「それから」

 幾之助が振り返った。

「私がこうなったら、遠慮なく殺して下さい」

 振り返ったその眼は焦点がぶれている。

「皇のお声が聞こえるんです」

 そう、転がっている死体と同じ、キレた目だった。

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