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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第十二章 北米大陸を焦土と変えよ編
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百五話―愛情⇔憎悪

 貴方が憎らしい。

 貴方さえいなければ、私はいらない子にならなかった。

『兄さん』

 私も、お父さんとお母さんに愛されたかった。貴方さえ生まれて来なければ、私は愛されたはずだった。

『兄さんにとって、家族だけが世界だった』

 世界に愛されたはずだった。貴方の罪は生まれて来た事だ。

『そうだよ、兄さんは僕よりずっと家族思いで、我慢強くて、こんな良い子はめったにいないよ』

 謝れ! 謝れ! 生まれて来た事を謝れ!

『ごめんね、兄さん。いらない子は僕の方だったんだ。僕なんか生まれて来なければ良かったんだ。生まれてきてごめんね。だけど――』

「ゆるして」

 ……赦してあげる。

 赦してあげる! 赦してあげる!

 だから逝かないで! どうか逝かないで! もう一人にしないで!

「自分を大事にして」

 そんな事分からない! 貴方が大事にして! 自分なんてどうやったら大事にできるのか知らない! 

 パーシー! 貴方が私を大事にして!


「ケネス! ケネス!」

 ブリタニアは、蹲った儘のケネスを乱暴に揺さぶった。

 しかしケネスからの返答は無い。

 言葉にならない何かを呟くだけで、その瞳は涅(くろつち)に落ちている。

「何なのよ! 返事をしなさいよ!」

 ブリタニアの悲鳴に近い言葉も、まるきり聞こえていない。

 ただ、意味のある呟きを一つ漏らした。

「あいして……」

 それが正気から呟かれたものでない事は、目を見れば明らかであった。

「役立たず!」

 ヒステリックに怒鳴ると、ブリタニアは彼の頬を力任せに平手打ちした。

 ケネスは人形のように転がり、その儘、体の動きを止めてしまった。

 現世に居た頃、物置に閉じ込められていた時のように、ただ、呆(ぼう)と宙を見つめている。

 ブリタニアは絶叫した。

「役立たず! 役立たず! どいつもこいつも使い物にならない!」


 イタリア。

 崩れた建物ばかりの街に、月が上がろうとしていた。

 灯りが無い街には、それは神様のように美しかった。

 依子と紅玉は同時に足を止めた。

「どうした?」

 少女二人は、月光の中、影の中、浮かぶように立って。

 つ、と涙を同時に流した。

「依子!? 紅玉!?」

 天の川のように、涙が流れていく。

「ジャックさん……」

 二人とも表情を作れず、凍った顔で涙を流しながら。

 依子は言った。

「エミリーが、今、死にました」

 それを聞いて、紅玉の硬直が解け、わっと泣き崩れた。

「何故だかは分かりません。ただ、名誉の戦死をしました。エミリーの声が、何故だかは分からないけど、エミリーの声が」

 依子の顔がくしゃりと歪んだ。

「お先に失礼、とエミリーの声が」

 ジャックは理解し、二人を抱き寄せた。

 月は神様のように美しかった。


 オランダ。

 ヒューリック商会は妙な活気を得ていた。

 クリスマスグッズを運ぶ代わりに、クリスマスを安全な場所で迎えたいという人間を運ぶ仕事で、去年の何十倍もの仕事量になったのだ。

 最後の祭り。

 大忙しの中にも、社員が皆明るいのは、そんな予感からだった。

「金はあの世に持って行けると思うか?」

 社員の一人が言った。

「日本では、6文持ってないとあの世に行けないらしいわよ」

 女性事務員の答えに、社員たちはどっと笑った。

「そいつあ稼ぎまくったらゴージャスにあの世に行けるって事かな」

「みんな、リムジンであの世に行こうよ。運転手は死神だ」

 会長のヴィンセントが更に笑いを起こした所で、電話のベルが鳴った。

 同じく笑っていた、ヴィンセントの義妹ロビンが取る。

「はい、こちらヒューリック商会。駄菓子から命まで取り扱っております」

 電話先の押し殺したような声に首を傾げながら、ロビンはヴィンセントに受話器を渡す。

「なんだか、悪い話じゃないから兄様を出せと女性が」

「女の子?」

「たぶん若いですけど、変な気は起こさないでくださいね」

「ははっロビンは心配性だなあ。もしもーし。お電話代わりました。ヒューリック商会会長ヴィンセント・ファン・ヒューリックです」

 電話先の女は言った。

「ナチスの”お心当たりがある方”を紹介してえのでございますけど」

 ケネスの顔が強張った。

「どういう意味だ? ブリタニア女王」


 世界が憎らしい。

 愛される事を知らなければ、私は愛する事も知らなかった。

『ダルシア』

 私は、お父様にもお母様にも、臣下にも民にも、皆に愛されていた。

『世界はお前を祝福している』

 世界は私を愛していたはずだった。私に罪など無いはずだった。

『そうだダルシア。私はお前を愛している。お前は愛される為に生まれて来たんだ』

 ごめんなさい、ごめんなさい、存在意義を否定してごめんなさい。

『ダルシア、私達は確かに死んだけれど、お前が不幸になるところなんて見たくないんだ。だから』

「ごめんなさい」

 ……壊してやる。

 壊してやる! 壊してやる!

 だけど赦して! 世界を壊す私を赦して! また一緒に笑って!

「ダルシア様が逃げた!」

 そんな事は当然だ! 壊してやる! どうやったら死ぬのかは知っているから、みんな一緒に死んでしまえ!

 フェンリル! 目覚めよ我が舞によって!


 そして広がる、大咢。

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