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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第十二章 北米大陸を焦土と変えよ編
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百四話―最後の弾丸

 アイアン・ファミリー。

 アメリカ南北戦争南軍に、一家で従事。

 マシューズヒルからヘンリーハウスヒルまでの戦線を勝利に導くも、ヨークタウン包囲網戦で全員戦死。

 その家の長女が、エミリー・カーターである。

「最後の一発は撃つな」

 父は、ヨークタウンに出発する夜、エミリーに一個の弾丸を握らせて、静かに言った。

「一発だけは残しておけ。どうしようもない傷を負った時、自決できる。弾切れは兵士の恥だぞ」

 ぐっとエミリーの手を、綿農家の作業で節くれだった掌が握りしめた。

「どうしようもない傷を負った時、お前が苦しむのは俺は嫌なんだ」

 小さな鉛が、とても暖かく思えた。


「ビオラさん! 天井を壊して!」

「はい!」

 片足が千切れたスウェーデン王妃は、天井に向かって氷の塊を放ち、ぶち当てた。

「障壁か!」

 ビオラはにやっと笑った。

「もっと、もっといいものだ」

 轟音と共に、天井が落下してきた。

 慌ててエミリー達が、後退する。

 50メートル程の広さの部屋は、まさに落下してきた天井によって、分断された。

 パーシーが、予想が外れて欲しいという願いを籠めて、電撃を放った。

 予想はあっていた。

「畜生……ッ」

 電撃はすべて、天井を構成していた鉄骨に落雷し、地面に流れたのである。

 しかし、彼らはこれも確認していた。

 動けないビオラが、天井の下敷きになった事を。

 そうなる事を予期しながら、天井を落とした事を!

 残った片足が、瓦礫の下に見えていた。

「ウッラ=マイヤ! もうお前一人だ! 投降しろ!」

 パーシーは怒鳴った。

 返答に銃声が響いた。

 瓦礫の隙間から、完全に姿を隠して、ウッラ=マイヤが発砲したのだ。

「冬戦争を知ってる? あたしのお父さんが従軍した戦争」

 また発砲。

「コッラーの戦い。ソ連軍は4000人、フィンランド軍は32人」

 発砲。

「絶望的状況下で、フィンランド軍はソ連軍に勝利。森の中の狙撃によって、圧倒的兵力差をひっくり返した。コッラーの奇跡と呼ばれる」

 発砲!

「コッラーの丘は、此処だ!」

 発砲、発砲!

 エミリーは全ての弾を、二丁のリボルバー、通称ピースメイカーで撃ち落とした。

 まずい。

 発砲。

 まずい。

 発砲発砲発砲!

 まずいまずいまずい!

「エミリー・アンタは思ってる。装填する時間が無いって」

 発砲。

 エミリーの額に冷や汗が浮かぶ。

 ピースメイカーの装填数は6発。

 銃は2丁。

 あたしは、もう11発撃っている!

 後1発しかない!

 装填さえできれば!

 しかし、ウッラ=マイヤの射撃は切れ目が無い。

 切れ目があっても、装填している隙を突く、わざとの切れ目に決まっている!

「だから、あたしは姿を見せてあげる」

 ウッラ=マイヤは、フィンランド人特有の柔らかな体を、瓦礫の上に現わした。

 ゆっくりと、しかし、銃口を放さずに。

 元の大きな青い瞳を、背筋が凍るほどに瞳孔を開かせて。

 長い金髪が、割れた窓から流れる、冷たい風に靡いた。

「何故なら、アンタは撃てないから。もう一発を決して撃てないから。お父さんが言ってたもん。軍人は自決用の弾を残しておくって」

 ウッラ=マイヤは大きく両手を広げた。

 パーシーが電撃を放った。

 しかし、鉄骨に流れた。

「エミリー・カーター、アンタは根っからの軍人。だから、もう一発を撃てない。何故なら、アンタが軍人である事を否定するから」

 ウッラ=マイヤは、正式な構えで狙撃銃を構えた。

「家族(アイアン・ファミリー)を否定するから」

 エミリーは叫んだ。

「ごめん父さん!」

 二人の銃口が同時に火を噴いた。

 ウッラ=マイヤは胸に穴をあけ、ゆっくりと瓦礫に倒れて行った。

 エミリーは立っていた。

 外れた。

 弾が外れた。

 エミリーが狙ったのは、ウッラ=マイヤの胸ではなく、ウッラ=マイヤが撃った銃弾であった。

 超精密射撃。

 弾を弾で弾く事を可能にする。

 それが外れた。

 倒れたのは。

「パーシー!」

 ケネスが悲鳴を上げた。

 兄を庇って、パーシーはウッラ=マイヤの弾丸を受けた。

「お父さん……ブラギ君……ウッラ=マイヤは最期に賢くなったよ……」

 ちょっと笑った。

「でも、やっぱりあたしアホだ。失敗しちゃった」

 そう言って、ウッラ=マイヤの呼吸は止まった。

 パーシーは、ゆっくり倒れて行った。

 ブラフ……。

 エミリーと会話し、姿を見せ、エミリーに弾丸を撃たせ続け。

 エミリーに最後の一発を撃たせたのは。

 狙いがケネスではなく、エミリーであると錯覚させる為のブラフだった!

 完全にブラフにハマったエミリーは、狙いが自分だと思い込み、通常なら外さない弾丸を外してしまった!

 死者の蘇生が行えるケネスが生きていれば、エミリーにも蘇生の機会がある!

 それに間際で気づいたパーシーは、ケネスを庇い、今、斃れた!

「パーシー、パーシー……」

 ケネスはパーシーを抱きとめた。

「なんで……なんで私なんかを庇ったの……?」

 パーシーは、私と違って、価値がある人間で。

 パーシーは微笑んだ。

「兄さん、兄さんは僕の大事な存在だよ」

 震える手がケネスに伸ばされた。

 ケネスは必死でそれを握った。

「だから兄さん、自分を大事にして。自分を一番大事にして」

 そして、祈るように言った。

「そして、僕を甦らせないで。罪滅ぼしをさせて。ごめんね兄さん……ごめんね……もし、良ければなんだけど……」

 祈りを。

 世界に愛されなかった罪を。

「ゆるして」

 心臓が、止まった。

「パーシー! パーシー!」

 ケネスは悲鳴を上げた。

 そこに扉が開いた。

 ダニエルだった。

 彼は、アダムの遺体と、マイケルの死体を引きずって、カナダ国立病院まで走って来たのだ。

 あちこちに傷を作り、悲壮と言う言葉では言いきれない程の表情で叫んだ。

「ケネス! アダムを生き返らせて!」

 人が来る。

 人間が来る。

 私はもう憎むものがない。

 私には価値がある。

 それはそれはそれはそれはそれはそれはそれは

「来ないでえええええッ!」

 ケネスは絶叫した。

 全てを、現実を拒絶叫した。

 瞬間、ケネスの体から、黒い影が噴出した。

 真っ黒い影は数多の腕と姿を変え、エミリーとダニエルのあちこちを掴んだ。

 そして、影は、エミリーとダニエルから、全てのエネルギーを吸い取って行った。

 腕がミイラとなった、足がミイラとなった、腹がミイラとなった。

 体が干からび、朽ちて、命が、吸われて。

 死ぬ。

 エミリーは呟いた。

「会いたかったな……紅玉、依子」

 二人の人間をミイラと変えると、影の手は、ケネスの足元へ、ゆっくりと戻って行った。

 ケネスは、パーシーのもう動かない体を抱きしめながら、呟いた。

「ちがう……ちがうの……私……こんな事しようと思ったんじゃない……」

 北風が吹いた。

「私……自分を大事にするって……わからな……ッ」

 言葉は途切れた。

 北風が、崩れたミイラを乗せて行った。

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