第19話 「俺はお前だ」
一月中旬。
一進一退の攻防を繰り返す人間と蟲。アメリカの援軍を得た人間側がそれでやっと蟲の勢力拡大をなんとか防いでいるといった感じで、相変わらずの消耗戦。長期的に見ると人間達に後は無かった。
俺達はインドのニューデリー基地で休んでいた。すべての主力部隊はここに集結し、アフリカの西側、南側にはほとんど包囲網をしいてない。
もし蟲の力がそちらに分散すれば一気に蟲の本拠地の隕石を叩きに良く手はずなのだが、蟲はそれを予想しているのか、もしくは、人間の生命反応に引かれるのか、北東のこちらの基地に向かって進軍をしてくる。
「ヨシトぉ! とぉっ!」
俺の個室のドアをノックもなしに開け、ハルミは俺の胸に飛び込んでくる。
「はぁ……。だから、いきなり入ってくるなって……」
「何よぉ。彼女だからいいでしょー。あの日の事忘れたの? 責任取るんでしょー」
「キスしただけだろっ! しかもお前から無理やり!」
「だけって何よぉ…。だけ? ……抱け? あー。ヨシトその先まで考えてたのぉ。このぉ、おませさん!」
「……おまえ…、最近ダジャレ多いぞ……。それで、何か用があるんじゃないのか? おしゃべりに来ただけか?」
「あっ! そうだった! アメリカ軍がアラビア半島で蟲の城に襲われているんだって! 蟲の城が3つも現れたらしいよ!」
「バカっ! それを早く言え!」
「ご……ごめん!」
俺達は部屋を出て、格納庫へ向かう。
「遅いぞ! 隊長!」
「す……すみません、カズ先輩。なんせ伝令役が……無駄話を……」
俺達はガーディランス、ガーディアンに乗り込み、発進体制に入る。
「日本東部第22基地、ヨシト隊。アメリカ軍の援護に向かう」
「了解した。幸運を!」
ニューデリー基地の管理者からOKが出た。インド人とも通訳無しで話が出来るなんて便利だ。生身の人間に戻ったら「カレーを食べたい」とジェスチャーで伝えるだけでも大変だ。
22番基地、ガーディアン隊はあれから5人を加えた15機編成だ。最も消耗が少ない部隊と評判で、未だ脱落者は出していない。
ニューデリー基地の上空に飛び上がると、ケンタロウがいつものようにテンポよく歌う。
「おっれたっちゃ高校せい~♪」
アキラもそれに続く。
「おっとなとはちっがう~♪」
数秒の沈黙の後、全員が俺の顔を見る。
「無茶しに行くぜ! お前ら!」
「おおぅ!」
俺のガーディランスを戦闘に逆V字編隊で南西に飛びたった。
2時間後、俺達はアラビア半島上空に差し掛かる。幸いにもアメリカ軍はまだ全滅していないようだった。
「さすがアメリカ軍だな」
「何言ってるんですかケンタロウ君。僕達が提供した反物質ミサイルがあるからこれだけ戦えるんですよ。昔は軍事大国といわれたアメリカも今や骨董品市ですよね」
「とは言え、見ろよアキラ。大口径レールガンナーだぜ。昔は戦車って呼んでたんだろ?」
「ちょっとコンセプトは違ってるんですけどね。戦車は前線に出て暴れたらしいですよ。レールガンナーは長距離砲ですからね。形は似ていますけど」
俺達は上空に留まり様子を伺う。うかつに前に出ると蟲と一緒に打ち落とされてしまう。そんな俺達の横をすごいスピードでヘリコプターが通り過ぎる。
「ジェットアパッチですね。アメリカ軍の主力兵器です。機動性ならガーディアンよりも上らしいですけど……。使い捨てミサイルポット扱いにされている印象を受けますよね」
俺はアメリカ軍に通信を送るも、返事が無い。指令機がやられたか、返事をする暇がないといったところか。
「ヨシト、時空震は使えるの?」
「ダメだ……。おっさんから返事が無い。共振が来ない」
俺の背中の槍は何の反応も示していない。ハルミはモニターの向こうでおっさんに文句を言いたげだ。
「使えないおっさんね!」
いや、見事に言った。
「ヨシト君! 来ました! 蟲の城です!」
西の空に黒い球が3つ見える。まるで台風が3つまとめて接近してきているようだ。
「少し下がるぞ!」
下のアメリカ軍に動きがあった。レールガンナーの砲が微調整を繰り返しているようだ。横一列に並んだ、戦車を3倍の大きさにしたような長方形の鉄の塊が一斉に狙いを定めている。
[ドドォ―――――ン!]
砲の直径は300mmだと聞いている。そこから放たれた赤いプラズマが流星のように蟲の城にぶち当たった。
「だ……大迫力……」
ケンタロウは口をあんぐりと開けて見ている。
俺にも蟲の城が少し揺れた気がした。しかし、やはりあのイモムシの外殻はこのような超物理攻撃でもびくともしないようで、へらした蟲の数を体内から放出して補っている。
「相変わらず気持ち悪い蟲だぜ……なあ、アキラ……」
「体内からどれだけ蟲を生み出せるんでしょうかね……また真っ黒な球になりましたよ……」
ケンタロウとアキラが顔をしかめているところに、ようやく俺にアメリカ軍から通信が入った。
「核を使用する。ヨシト隊、下がってくれ」
「ちっ……核だ! 更に下がるぞ!」
俺達は一斉に数キロまたインド側に後退した。
「アメリカと言えば核だよなぁ」
「2世紀も前から核大好きですからね」
レールガンナーの後ろに超大型トレーラーのようなものが並んだ。荷台がせりあがり、先から弾頭が見える。
「んなもん、外側からじゃ、効きゃしないって!」
「ですよね。まだ反物質ミサイルを大量に撃ち込んだほうがましなのにですよね」
数十発の核ミサイルが一斉に発射された。一つの蟲の城あたりに20発は撃ち込まれたらしく、激しい光で太陽が3つ出来たようだった。
「よう、ヨシト。調子はどうだ?」
前面モニターの隅に新しい顔が映った。見慣れた顔だ。そう、俺の顔。
「人の顔使うなって言ってんだろ、おっさん」
「そうだったか? で、何しているんだ? 戦闘中ではなさそうだな」
「花火見てるんだよ」
ようやくこれで時空震が使える。いちいち共振のために連絡を取り合わないといけない使い勝手の悪い兵器だが、威力は人間達の希望となるものなので仕方が無い。
「そうか、今回はちょっと真面目な話があるんだ。まあ、時空震でも使いながら聞いてくれ」
「テレビ見ながら聞いてくれみたいな感じで言うんじゃねーよ……」
目の前の煙が晴れていく。そこから顔を出すのは巨大なイモムシが3匹。奴らは蟲の製造工場も兼ねており、その体の穴から煙のように蟲を噴き出している。
アメリカ軍のレールガンナーや核ミサイル発射トレーラーは180度向きを変えて逃げ出している。
俺は蟲に向かって槍を構える。
「行くぜっ!」
いつものごとく急発進。生身の体じゃとてもGに耐えることは出来ないだろう。人間は本来の自分の体を地中に置いて、光子の姿になったことでより蟲と戦うことが出来るようになったと言える。
「ヨシト、地球を取り戻す日が決まった。2月14日、バレンタインの日だ。こちらはほとんど制圧を完了している。後はお前が出来るだけ、その日までに隕石に一撃を加える距離にまで近づいてくれ」
「はぁ? 制圧を完了したって、おっさんどこの部隊にいるんだよ? 俺は最前線の部隊だけど、制圧どころじゃないぞ! まだアフリカに足も踏み入れてない!」
俺は蟲の城を出来るだけ一直線に眺めることが出来る位置に移動し、槍を、時空震を叩き込む。
「俺はアフリカ大陸にいる。もう隕石が目と鼻の先ってとこだ」
蟲の城は動きを止めた。そして俺に近い場所に飛んでいる蟲から崩れ去っていく。
「おっさん! 夢でも見ているんじゃないのかっ! 俺がいるところが最前線だって!」
「俺はお前の世界から17年先の未来の世界にいる。そして、俺のことをおっさんと呼ぶならお前もそうなる。なんせ、俺は17年後のお前だからだ」
「……? おっさん……。冗談だよな?」
目の前の蟲の城が地上に落ちる。その向こうにある城も崩れだした。
「反粒子ライフルに反物質ミサイル。それに、ガーディランスは元々俺の時代の物だ。どうしてお前だけがガーディランスを扱えるかわかるか? それは、俺用にチューニングされている物だからだ。お前が俺だからこそ、その機体を扱え、100%の力を発揮させられる。そして、時空震を起こす共鳴波は、俺とお前、同じ人間だからこそ起こせるんだ」
俺の頭にはおっさんと初めて出会った保健室から、今までの出来事が思い浮かんだ。おさんは……俺? ならさまざまな事が理解出来てくる。ガーディランス、ハルミ、シズカ……。
「……まじか。つじつまが合いすぎてる……。じゃあおっさん、人間を救うためにこの時代の俺に……コンタクトしてきたのか?」
「それもある。だが、俺の本当の理由はお前と同じだ。俺の時代には……ハルミもいない。シズカも……もういない。ハルミはガーディアンパイロットとして死に……。シズカは……俺が殺した」
「…………殺した?」
[ガシーンッ!]
金属がぶつかる音がし、コクピットが揺れる。俺のガーディランスに何かが体当たりしてきた。
我に返った俺がモニターを見ると、そこにはピンクのラインが入った白い物体が見える。ハルミのガーディアンだ。ハルミは俺を抱えながらぐいぐいと押して飛ぶ。
「な……なんだ? ハルミ?」
「ヨシト! 通信聞いていたぁ? 核ミサイルとレールガンが撃ってくるよ!」
周りを見回すと、蟲の城は3つともすべて地上に墜落していた。時空震の影響で蟲も湧き出してこない。そして、東の空からミサイルと赤いプラズマが蟲めがけて飛んでいく。
「悪い!」
ハルミのガーディアンを今度は逆に抱えると、俺はガーディランスの最高速で戦場から飛び去った。
基地に戻り、部屋に入るとすぐにおっさんから連絡が入った。
机の上に置いてある鏡に、ぼんやりとおっさんの姿が映る。おっさん曰く、自分の老けた顔を見るのはショックだろうから、俺のためだと言うことだ。
「つまり、おっさんは未来で蟲と戦っている。それじゃ、この時代で俺は蟲を滅ぼすことが出来ないのか?」
「物事はそう単純じゃないんだ。俺たちの時間は一直線上に流れているからそのように考えてしまうのも無理は無い。しかし、蟲達は俺たちとは別の次元の存在だ。この次元の生命体ではない。事の起こりはお前の時代から17年前、俺の時代からだと34年前の地球への隕石落下……だと思ったかもしれないが、そうではないんだ」
「え……」
「隕石は落ちてきた年から俺の時代まで、いやもっと先の未来までに同時に落下し、出現したんだ。そこから現れた蟲は、すべての時代に同時に存在する。殺せば死んだように見えるが、同じ時代、または違う時代、もしくはその時代と他の時代両方にまた現れる。おまけに、殺せば殺すほどその時代の環境に適応するのか、強い蟲になって出てくる。……ビートル型の蟲なんて俺の時代ではかわいいもんだぞ」
「あっ! それで……こっちにもレーダーに映らない新種の蟲が現れたのか……」
「奴らを本当に消す方法がある。一つの時代で殺してもダメなんだ。風船で例えてみようか。片側からペンで押しても、風船は動いて割れない。しかし、二本のペンで同時に逆側から押してみるとどうだ? 風船は逃げる場所を失い割れてしまう」
「つまり、おっさんと俺が同時に?」
「時空震と言う武器は、俺たちの時間軸に正常に存在しないものを共振させて破壊する。すべての時空に同時に存在する蟲はその対象として、共振させるには格好の標的だ。まあ、わずかに俺たちの時代にあるものの時間の流れを少し変えてしまうくらいの影響はでるが、大したことはない」
「そうか……。最初使ったとき森に変化あったもんな……」
「お前はマトリックス内のデータだから何度使っても心配ないだろう。そして、時空震で同じ雑魚を狙って破壊してもらちがあかない。第一、どれとどれが同じか、つまりお前の時代と俺の時代で同じ蟲、ペアなのか探すのは困難だ。しかし、一つわかりやすい物があるだろ? それを俺とお前で同時に破壊する」
「隕石かっ!」
「そうだ。それに気がついたとき、俺は時空に同時に存在する蟲の特性を生かして利用することを考えた。ある蟲を捕獲して改造する。そして、体内にガーディランスを隠してまた蟲の群れに戻した。それで、お前の時代にその蟲が現れるのを待ったわけだ」
「どうして……俺の時代なんだ? もっと未来とかのほうが良くないか?」
「かもしれないな。しかし、俺はお前の時代を変えたかったんだ。ハルミとシズカを失った俺の人生を……」
「っ……」
「ビートル型の蟲はお前の時代に現れた。俺はその中のガーディランスを通じてお前の基地サーバーに干渉をし、お前を一仮想世界の住人から目覚めさせた。放棄された基地の工場と部品を使ってガーディアンを作りお前に与えた。それを手本に蟲に対抗する兵器を製造してもらうため、お前の時代の人間へのメッセージを込めて。初めからガーディランスを見せても到底コピーすることが出来ないからな」
「なら……未来人だと言うことを明かせばいいんじゃないか? そうすれば俺も、管理者達ももっとおっさんを信用してスムーズに事が運んだと思うけど……」
「……それについては今話せない。隕石を破壊したときに教えてやる。プレゼントとして楽しみにしておけ」
「じゃあ……。これは教えてくれ。シズカを……殺したって言ってたな? お前が……俺が殺したのか? どうしてだ?」
「俺が殺した。……だが、もちろん物理的に手を下したと言うわけではない。……お前、俺がガーディアンを与えなかったら……今頃どうしていると思う?」
「えっ……? 何も気がつかず……高校に通っていたかな?」
「そう思うだろうが、実はそれは違う。シズカは……お前に話すんだ。この世界がコンピューターによって作られた物だと。そして、ハルミが死んだ事を。……ハルミが死んだと言うのに何も気が付かずに生活を送っている俺を見て……まあ、シズカは何を考えたのかは俺にはわからないが、……それを教えてくれた。シズカはハルミに症状が現れてから、実は管理者としてお前に黙っている事と、お前のためを思って教えることで葛藤をしていたようだ」
「そうか……」
「心を失い、ハルミの姿をしただけのマトリックスを見たとき俺は泣いた。しかし、俺は、シズカの事を恨んではいなかった。彼女の管理者としての立場は十分わかっていた。……つもりだった。しかし……態度に出てしまっていたんだろうな。……その年の冬、彼女は部屋でワインを何本も飲んだ後……手首を切った」
おっさんの言葉から悲しみが伝わってきた。俺の心も震え、うつむいた俺の目から涙が流れ落ちた。
「そして、俺はシズカの代わりに管理者となった。時空震兵器を開発し、光子状態になって俺自ら戦場に出ている。時空震システムは俺にあわせて開発した物だ。だからこそ過去の人間とコンタクトを取る者は俺以外いない。しかし、さっきお前は「未来の俺にしたらどうだ」と言ったな? そうだ、結局俺は人間のためではなく、自分のためにやっているに過ぎない。ハルミとシズカを取り戻す。そちらのほうを優先させているんだ」
「……わかるよ、おっさん。俺も……そうだし……」
[ウィーン!]
「ヨシト! 何ちょっと私に助けてもらったからって部屋でめげているのよっ!」
その時、またもやノックをせずにハルミが突然入ってきた。
「まっ……またかよ! 勝手に入ってくるなって言っているだろ!」
俺は慌てて袖で涙を拭う。
「な……何……泣いてんの……? ヨシト……。……タヌキ見ながら……」
「は……はぁ?」
俺が今まで見ていた、おっさんの姿が映し出されていた『鏡』は、いつの間にか陶器で作られたような『タヌキの置物』にすり替わっていた。
「なんだこりゃぁ!」
「うっわ……。ヨシトって暗ぁーい……。みんなに言いふらしてやろーっと!」
ハルミは眉をひそめながら、一歩一歩と後ずさっていく。
「待て! これは違う! くっそぉ……。おっさんの仕業だな……。自分のおちゃめさに腹が立つぜ……」
次の日、戦闘から戻ってくると俺の部屋は等身大? 高さ1mほどのタヌキの置物に占領されていた。
それぞれに、「ケンタロウより」「アキラより」「カズより」「ハルミより」とメッセージカードが添えられている。蟲を滅ぼす鍵を握っている俺に……あいつらめ……。そんなことを思いながらも俺の顔は笑っていた。
しかし、一日4体ずつ増えていくタヌキ。
それは俺がブチ切れる5日目まで続いた。