エレンと子どもたち
賢そうな男の子は、緊張のためか、固くマントを握りしめ、勇気を出して、エレンに話しかけた。
「猫さん、家まで送っていってよ。あんなのが他にもいるかもしれないし、僕たちだけじゃ帰れないよ」
エレンは無愛想に、横を向いたまま、
「嫌だね。関わり合いになりたくないって言っただろ。自分たちでなんとかしな」
賢そうな男の子は、マントをギュッっと握り直して、断れても冷静な声で、
「猫さんは女の子だよね。マントを着る前に色々見えたんだ」
大きな男の子が続けて、
「そうそう、ちんちんなかったよ」
女の子が顔を真っ赤にして、大きな男の子を叩いた。
エレンも怒って、
「なんて子だい!」
賢そうな男の子は気にせずに、
「猫さんに僕たちのような子供がいて、こんな状況で置いていかれたら、猫さんはどう思う?」
冷静を装っているが、必死なのがエレンには伝わっていた。賢くて面白い子だと思ったが、意地悪く答えた。
「あたしにゃ、子供はいないからわからないね」
賢そうな男の子は諦めずに続けた。
「僕のお父さんがね、後悔することだけはするなってよく言うんだ。猫さんは後悔したことない?」
エレンは顔を近づけて、
「お前さんたちを助けなかったら、あたしゃ後悔するとでも言いたいのかい?」
賢そうな男の子はしっかりとエレンの目を見て、
「なぜ僕たちを助けてくれたの。僕たちが死んだら、猫さんはどう思うの?」
エレンの目が一瞬つり上がった。次の言葉が見つからない。
「助けた理由なんかないね!あたしゃ、気まぐれなんだよ!」
子供たちがじっとエレンを見つめていた。
松中博士が脳内で、
「エレン、君の負けだよ」
エレンは少しうなだれて、
「はぁ〜、せっかく助けたんだ。しょうがないね」
賢そうな男の子はニコッと笑って自己紹介した。
「ぼく、悟」
悟は他の二人を示して、
「この子がレイちゃん(れいこ)。で、この子が剛くん」
エレンに向かって尋ねた。
「猫さんの名前は?」
エレンは無愛想に、
「猫さんでいいよ。短い付き合いだしね」
エレンは割れた窓まで歩いて行き、大きな声で外に向かって誰かを呼んだ。
「ブサー! 降りといで」
すると、大きな鳥が庭に降りてきた。エレンの山に住む全長百三十センチ以上ある、伝説の巨大な白いハヤブサだった。
エレンは両腕を腰にあてながら、ハヤブサに向かって、怒ったように文句を言い始めた。
「カゴを持ってくるのが遅いさよ。こっちは殺されそうになったんだからね」
ハヤブサはギャアギャアと鳴き声をあげて反論している。
エレンにはその言葉が理解できるようで、
「遠吠えを聞いて、すぐに家に行って、コンがいろいろ入れてくれたカゴを咥えて、一生懸命飛んできたって」
エレンはこれ以上怒れずに、
「怒って悪かったさよ。機嫌を直して、村の様子を見てきておくれ」
首を縦に振ったブサは、力強く翼を広げた。バッサァッ!バッサァ!という音とともに、庭から飛び立って行った。
エレンが子供たちに尋ねる。
「先生は、車を持ってるのかい?」
悟は自慢げに親指で自分の胸を指して、
「みんな知らないけど、僕は知ってるんだ。少し離れたとこに先生の車があるよ」
「そうかい。じゃあ車の鍵を探してくるから、ここで待ってるさね」
そう言ってエレンは廊下に出て、隣の事務室兼更衣室に入っていった。
机の上にバッグが置いてあり、中を探すと車の鍵を見つけた。
「鍵は見つけたけど...」
エレンは自分の手足や体を見て呟いた。
「このままじゃ目立ちすぎるね。村人に見つかったら、『化け猫だー!』て大騒ぎになっちまう。仕方がない、服を着て靴を履くとするさね」
エレンはロッカーを開けて服を探し始めた。
「なんだいこれは!」
次々にロッカーを開けて行くと、女子高生の制服、メイド服、戦闘服等が何着も出てきた。
エレンは不満顔で、
「これしかないのかい。どれを選べばいいんだい!」
松中博士がエレンに、自分の考えを脳内で伝えた。
(この保育士さん、ここでこっそりとコスプレを楽しんでたんだと思うよ)
(なんで、家でやらないのさね?)
(多分、結婚していて旦那の前では、恥ずかしくてできなかったんじゃないかな)
エレンは嘲笑したように、
(知ったように言うじゃないかい。一度も彼女のいなかった、引きこもりのマッドサイエンティストなのにさ)
松中博士はカチンときたようで、真面目な声で言い返した。
(エレン、私はメイド服が似合うと思うね。化け猫のメイドって、きっとかわいいよ)
エレンは怒りのこもった声で、
(誰が化け猫だい!あたしがメイド服着てるのを想像して、笑ってるさね!アンタの感情はわかるんだよ!)
エレンは怒りながらロッカーを眺め直し、どうすべきか考えた。
「選択肢はこれだけなのかい。この服の中から選ばなきゃならないとは情けなくなるよ。あたしゃ生まれて二十年、猫の年齢で100歳さね」
そう言いながら、ロッカーへ手を伸ばし、一番まともそうな服を選び出した。
長すぎる袖や裾を、ジョキジョキと引き出しにあったハサミで切っていった。
「これでよし!」
着替えた後、マントを羽織り直し、恥ずかしそうに子供たちが待つ教室へと戻っていった。
教室に入った瞬間、子供たちは一瞬言葉を失った。
彼らの驚いた顔を見て、エレンは心の中でこう思った。
(セクシー過ぎたかね)
エレンが選んだのは、セクシー婦人警官の制服だった。それを着たエレンは、大きな猫の人形か着ぐるみのようにしか見えなかった。
ミニスカートのはずが膝下まであり、ぴったりフィットのはずのシャツは、胸がないため普通に見える。
そのコミカルな姿は思わず笑みがこぼれるほどだ。
エレンは男の子たちに向かって、
「ジロジロ見るんじゃないよ。お前たちには刺激が強すぎるからね」
レイコが嬉しそうに、近寄ってきた。
「すごく、かわいい。猫の人形みたい。触ってもいい?」
エレンは照れながら拒否した。
「触るのは勘弁しておくれ」
その時、ブサが庭に戻って来た。
エレンは割れた窓ガラスの方に歩いて行き、情報を聞いた。
「村は、どんな様子だい?」
クエー、クエーと報告している。
エレンは右手の人差し指と親指を顎にあてて考えた。
(外に人がほとんどいない。この時間なら、畑仕事をしてるはずさね。ほとんどの村人が食われちまったってことなら、村をウロウロするのは危険さね)
エレンは子供たちに、
「あたしが後であんた達の家を見に行ってやるから、今はあたしの家においで」
しかし、子供たちは全員頭を横に振った。
エレンは悟を諭すように、
「今、村をウロウロするのは危険なんだ。あんたならわかるんだろ」
悟は必死でエレンに訴えた。
「わかるよ、わかるから少しでも早くパパとママに知らせなきゃだめなんだよ。すぐに村から逃げないと、パパもママも先生みたいになっちゃうよ」
「じゃあ、こうしよう。この中で、一番ここから近い子の家に行って様子を見よう。もし、お父さん、お母さんが化け物に変わっていたら、あたしの家に避難するっていうのはどうだい?」
子供たちは頭を縦に振った。
「じゃあ、車を探しに行こうか」
エレンは割れた窓から外に向って、
「ブサ、飛んでついておいで」
バッサァッ!バッサァ!とハヤブサは飛び立って行った。
誰もいないのを確認してから、みんなで幼稚園の外に出た。エレンは悟に尋ねた。
「先生は、車をどこに止めてるんだい?」
悟は先頭を歩き出し、腕を上げて、
「こっち!こっち!すぐ近くだよ」
みんなで悟の後ろを歩いていくと、少し離れた場所にある、トタンでできた大きなガレージを指差した。
「ここだよ」
入り口には、大きめの南京錠が掛けられていた。
作者より
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