前編
全三話予定。
大陸の南西にあるグラフィアス王国、ここに少々変わった双子がいる。
グラフィアスは三方向を高い山々に囲まれた自然の要塞に守られている国で、国土の大半が高山地帯にある。残る一方は緩やかは丘陵地帯と深い森林となっているような感じだった。
他の国から遮断されがちな上に豪雪地帯でもあるためか、魔法文化も独自の発展を遂げており、世界最高峰の魔法理論と技術が学べる国として名が知られていた。特に魔道具関係は長年最先端の技術を発信し続けている。
そんな国に生まれたミラン伯爵家の双子の兄妹である、エリアスとアデリナ。
家族や世話をする者が、あれっと思う事は赤子の頃からあったのだが、拙いながらも言葉を話すようになるつれて、それはより明確になっていった。
例えば。
「こえ、ちあう! ごあんたべたいの!」
「ごあんがいいな……」
食卓に出ていたパンを拒否して、違うものが食べたいと訴えるアデリナとエリアス。
こんなことが食事のたびに続くようになり、困り果てた家族を代表して父である伯爵がどうにか聞き出したところによると、食べたいと言っている物がどうやらこの辺りにはない穀物らしいことが分かった。
特徴を聞き出してなんとか手を尽くして探したところ、他国の田舎で作られている穀物がそれらしいと判明。一応、僅かながら流通しているものだったので早速取り寄せて見せると、二人は大喜び。その場で料理長に、食べたい料理の作り方を伝授してその通りに作ってもらい、試食。その日から双子の主食となった。
幼い二人が、なぜ他国の穀物を知っていたのか、なぜその調理方法を知っていたのかは不明のままだったが。
また、ある時は。
「とーしゃま、こえね、ここをこーするの。もっと、たくさん、くるくるなるよ」
父親である伯爵と、お抱えの魔道具職人との打ち合わせを見学していたエリアスが指摘。図面のある部分を指さし、そこに父からペンをかりて絵を書き込む。
それを見た伯爵と職人、思わず顔を見合わせた。
「確かに、この方が力をうまく伝達できそうですが……坊ちゃん、いま三歳でしたよね?」
大人二人に凝視されても、ニコニコしているエリアス。
試しに、職人が他の図面を見せてこれはこういった使用方法でと説明すると、そのうちのいくつかを先ほどのようにここはこうした方がいい、これはここと繋げると動かしやすくなる等、指摘してきた。しかし、どうしてそう思うのか、なぜそんなことを知っているのかと尋ねても、エリアスは首を傾げるだけ。どうやら自分でもなぜそう思ったのかはわかっていないらしいと、大人たちは察した。
後日、エリアスの意見を参考に試作品を作り、実際に使用してみたのだが、まさに指摘された通りの結果となって周囲を驚愕させた。
台所では。
「これといっしょにね、たくの。おいしいごはん、できるんだよ」
「ああ、なるほど。材料を一緒に入れてしまうんですね」
「うん。えっとね、しょくざいから、だしがでて、ごはんおいしくなるの!」
ニコニコとアデリナが料理長に色々と作り方を教えている。
今日は午前中に料理長と護衛を引き連れて市場へ食材を見に行っていたアデリナ。野菜やちょっと珍しい調味料などあれこれと買い込んできて、いまは台所で料理長以下数人とお料理教室を開催中。ここ半年で、すっかり定着した光景だ。
炊き込みご飯に芋や根菜を煮た物、豆を発酵させてペースト状にした調味料を使って作るスープ等、見た事もない料理が並ぶ。
「うん、おいしー! やっぱり、わしょくがいちばん!」
出来あがった料理を試食して、ニコニコとご機嫌なアデリナ。
しばらくすると、匂いに釣られたらしいエリアスもやってきて、居合わせた全員であれこれ試食。試食と言いつつも、ついつい箸が止まらずに食べ過ぎてしまった二人。一緒にいた侍女から、そろそろやめた方がと何度も止められたのだが、所狭しと並べられた料理を目の前にして、二人は止まらなかった。一つ一つは少しであっても、種類が多いのだから全部制覇すれば当然のことながら腹は膨れる。
侍女が懸念した通りに食べ過ぎて夕飯が入らなくなった双子、この後母である伯爵夫人に叱られて、しょんぼりしすることになる。
そしてこの日以降、アデリナの言う【ワショク】という料理がミラン伯爵家の食卓に上がるようになった。
こんな感じで、家族や近しい人々方は普通の子供とは違うと認識されている双子。それもそのはず、実は二人とも、前世の記憶というものを持っていた。
エリアスは出張先で、アデリナは旅行先で列車の事故に巻き込まれて亡くなったのだが、偶然にも二人は同じ列車に乗っていたらしい。それが関係しているのかはわからないが、こうしてこの世界で双子として誕生した。
ただ、二人とも記憶を持ってはいるが中身が大人かと言えばそんなことはなく、あくまでこの世界で生まれた子供。前世の記憶も、それが自分達の事だという意識は薄いらしく、ただ知識として双子の中に残っているだけといった感じだった。しかし子供にはあるまじき知識を持ち合わせているのは事実であり、本人たちもよくわからないままにそれらを口にしている事が多々ある。
家族の目からもかなり特殊に見えている双子だが、それでも家族を含め周りは普通の子供としてその成長を見守っていた。
そんな感じで周りに見守られつつすくすく育っているが、二人にしか通用しない言葉や会話は少なくない。これは完全に前世の記憶が影響しての事で、お互いにしか通じないという事は理解している。そんなことも影響して、兄妹はとても仲が良かった。
**********
家族に見守られつつも順調に成長していた双子。お転婆なアデリナと大人しいエアリスは時に喧嘩をしつつも仲良く過ごし、時折周りの大人たちを驚愕させるようなことをしでかしたりもしつつ、すくすくと育った。特にエリアスが口にする何気ない一言は、ミラン伯爵家のお抱え職人たちからは、お告げのような扱いで重宝がられていた。
そうして、双子が六歳の誕生日を迎えた時、事態が思わぬ方向へと動き出す。
ある日の朝、エリアスがアデリナの部屋に駆け込んできたところから、それは始まった。
「アデリナ、ぼく、ころされる……」
部屋に駆け込んできたエリアス、顔面蒼白でガタガタと震えていた。
気持ちよく寝ていたところを邪魔されたアデリナ、いつもだったら怒り出すところだが、この時ばかりは顔色の悪い兄の様子に驚いて目が覚めてしまった。
「え、なに? どうしたの? ゆめでも見た?」
「ゆめじゃないの、たぶん、これから、おこること」
「なにが?」
「ぼく、がくえんをそつぎょうする前にころされるの……あ、それよりも、どうしよう! 何とかしないと兄さま、つぎの春にころされちゃうんだよっ」
「まってまって」
何時になく必死な様子の兄を落ち着かせる。
アデリナは取り敢えずベットから出ると、机に置いてあった紙に何かを書き込み、それを部屋の外に張って扉を閉じた。
しばらくして落ち着きを取り戻したエリアスが、ぽつりぽつりと話し始めた。
まず、双子には九歳年上の兄がいる。この兄が何かと優秀で次代は安泰と言われているのだが、エリアスの話によれば在学二年目の春、課外授業でとある施設の見学中に倒れ、そのまま死んでしまうらしい。
あまりに突然の死に家族は嘆き悲しんだそうだが、嫡男の死によりエリアスがその役割を受け継ぐことに。そして、当時は原因不明とされていた兄の死因が、後に未知の毒による毒殺だったと判明するそうだ。
「なんですってぇ!?」
エリアスの言葉に、アデリナ大噴火。
双子は優しくて頼りになる兄が大好き。その兄が殺されたなどと言われて黙っているわけがない。
「まってアデリナ、まって。先に、おはなしさせて」
激昂するアデリナを宥めつつ、エリアスはさらに続ける。
「でね、そのどくって言うのはね、西の方の国でつくってるんだけど、それをどっかのはくしゃく夫人が手にいれるの」
「なんで、そんなどくなんかもってるの」
「えとね、その、はくしゃく夫人のお母さんが、その国で生まれたの。だから、そのお母さんのおともだちが、もうちょっとしたらくるんだけど、そのときにもらうんだよ」
「なんでおみやげに、どくなんかもってくるの! おみやげは、おかしでしょ!」
「おかしは、アデリナが食べたいだけでしょ。どくはね、できあがったら、ちょうだいねって、はくしゃく夫人のお母さんがおねがいしてたの。それをね、はくしゃく夫人も、もらうの」
「だから、なんで!?」
「え? だって、はくしゃく夫人のお母さんって西の国のカンジャだから、おしごとにひつようなんだって」
「カンジャってなに?」
「わかんない」
無言で顔を見合わせる双子。知識として言葉は知っていても、意味までは理解していないことは多々ある。
そして、そんな話を聞いてしまったアデリナ。考えるよりも行動派な性格が発揮されてしまう。
「よし、先にころしてしまおう」
「まってまって!」
考えるのが面倒になったアデリナが勢いよく立ちあがったところでエリアスが腰にしがみつき、必死に止める。
「さきにきいてって言ったでしょ! おちついてっ」
「わかったわよっ」
ぷくっと膨れつつも、取り敢えず止まってくれたアデリナ。
ほっと息を吐くと、エリアスは続けた。
「はくしゃく夫人にはむすこが二人いてね、じなんが、ぼくたちと同じ年なんだ」
「それがどうしたの?」
「あのね、らいげつになったら、むこうから、じなんとアデリナをこんやくさせたいって、おはなしがくるよ」
「は? 兄さまをころすような人たちのかぞくになんて、なりたくないんだけど」
「うん、わかってるからおちついてね。でね、ウチもはくしゃく家だし、みぶん的にはもんだいないでしょ。じなんもね、せいじんしたら、おかあさんのおじいちゃんにあたる人の、だんしゃく位をもらえることになってるの」
話的には有り得ない事ではないので、取り敢えずはそういうものなのかと納得するアデリナ。
「でもね、兄さまをころしたはくしゃく夫人って、じなんのことが大好きなんだ。だから、ほんとうはね、おうちもじなんにつがせたいんだけど、さすがにそれはできないの。でね、しゃくいをもらえるけど、いちばん下の、だんしゃくっていうのが気に入らないんだって。そこで目を付けたのが、ウチなの」
「……どういうこと?」
「なんでかはわからないけど、はくしゃく夫人がぼくと兄さまがいなければ、アデリナとじなんをけっこんさせて、はくしゃくになれるっておもうんだよ」
その説明に、アデリナが首を傾げた。
これが、婚約後に考えたくもないけれど兄二人が何らかの理由で家を継げなくなるようなことになったら、アデリナの夫となる者が家を継ぐことになるのは、わかる。でも、そんな可能性は限りなく低いだろう。
なぜ、そんな思考回路になるのはアデリナには全く理解できなかったが、エリアスの夢の中では二人が殺されているのだ。
という事は。
「……それ、ほんとうにしちゃうんだ?」
「うん。まずは兄さまがどくでころされて、ぼくは父さまのだいりで、しさつに行った先で、どろぼうにみせかけたあんさつしゃに、ころされるの」
「どろぼう……あっ。どく、もらったから、そんなことかんがえたのかな?」
「そうじゃないかな。どくのききめ、兄さまでためしたのかも」
「それでうまくいったから、こんどはエリアス?」
「うん」
「「……………………」」
無言で見つめあう二人。
「やっぱり先にころそう!」
「まってまってまって!」
再び立ち上がったアデリナに、エリアスがしがみつく。
そもそも、六歳のアデリナに何が出来ると言うのか。しかし、思い立ったら即行動なアデリナが暴走すると碌なことにならないのは身に染みてわかっているので、エリアスはそれはもう半泣きで必死に止めた。
二人がそんな感じでギャーギャー騒いでいると。
「こーら。いつまでも食事に来ないで何をしているんだ」
いつまでたっても起きて来ない弟妹を心配した兄ベルナルド登場。手には、扉に張っておいた起こすなと書かれた紙。二人が話を始める前に、アデリナが張っておいたものだ。
「「兄さま!!」」
双子、ベットから飛び降りると勢いよく兄にタックル。
いつもの事なので、余裕で受け止めるベルナルド。かなりの勢いであるにもかかわらずに揺るぎもしないのは、それなりに鍛えているから。というのも以前、受け止めそこなって倒されてしまったことがあり、その時に双子が泣きそうな顔でゴメンナサイと言ってきた姿があまりに可愛らしかったのと、これが原因で飛びついてこなくなったら寂しいので、何があろうと受け止められるようにと考えたのがきっかけだった。ベルナルドも自分を慕ってくれる弟妹が可愛くて仕方ない。
「あのね、兄さまたいへんなの! エリアスがゆめでみてね、たいへんなの!!」
「うん、わかったから落ち着きなさい。ほら、いい加減に着替えなさい。エリアスも着替えておいで、一緒に朝食に行こう。話は朝食が終わってから、ゆっくり聞くからね」
「「はーい!!」」
大好きな兄の言う事は素直に聞く二人。
九歳年上の兄が大好きすぎて、最近では兄が学園へ入学するにあたり、寮に入るか父と相談していた時にいなくなっちゃいやだと抱き着いて大泣きするくらい、兄が大好き。ベルナルドもこうまで懐かれたら可愛くないわけがなく、両親以上に双子を溺愛している。おかげで最近は父親が立場がないと拗ねるくらいだ。
その後、着替えた双子は兄と一緒に朝食を済ませると、兄をエリアスの部屋へを連れて行った。今日は休日なので学園もお休みなのだ。
両親含めた屋敷の者は、双子にちょっと説明がつかない不思議なところがある事は当然のことながら知っているし、それを承知で見守っている。突拍子のないことを言う事が大半だが、それでもいくつかは後々になって家業の改善に繋がったり利益に繋がることがあったからだ。そんな中でも、兄は双子の最大の理解者だった。
「で、話って何かな」
兄に促され、双子は顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは、エリアス。
「あのね、ゆめをみました」
「夢? どんな夢?」
「えと」
エリアスは今朝アデリナに説明したことを繰り返した。
子供のたどたどしい説明ながらも語られる内容はすぐには信じがたいが、これまでにも双子絡みで不思議なことは度々経験しているベルナルド。例えそれがどれ程に信じがたい事であろうと、頭から否定することはない。双子もそれが分かっているので、誰よりも兄に対しては安心して正直に話をするのだ。
そして、真剣に話を聞いていたベルナルド、ある一点でその表情が一気に険しくなった。
「殺される……? エリアスが?」
「うん。兄さまがいなくなったから、ぼくもころさないとって言ってたの」
「エリアスが……」
呟き、ベルナルドは思案する。
双子は、時折夢で見たと言っては不思議な話をする。大半は子供の空想だとしか思えない話なのだが、その話を元にこの家が発展しているのは紛れもない事実なのだ。それに、双子には双子にしか通用しない単語がいくつもあるのも事実。しかし、これまで予言めいた話はしたことがなかった。なかったが、今聞いた内容は夢で片づけるのは余りにも具体的すぎる気がしていた。
一方、双子はどうしたものかと困っていた。エリアスがベルナルドが毒殺されると伝えた時は驚いた様子を見せるだけだったのに、エリアスが殺されると伝えた途端に明らかに怒りを見せた。
双子としては、自分が殺されることをもっと心配してほしいと切実に思った。もちろん、エリアスの夢が本当に起こるかはまだわからない。それでも、余りにも具体的な内容に双子は不安を感じたのだ。
「わかった。今はまだ何とも言えないけれど……取り合えず、来月のアデリナの婚約話の件は注視する必要があるね。私から父上に話をしてもいいかな?」
「「はい!」」
元気に返事をする双子に、ベルナルドの表情が緩む。
それを見た双子、さっそく兄にくっついた。両側から抱き着いて、にこにこ。
この日は大好きな兄に一日中相手をしてもらい、ご機嫌な双子だった。
**********
あの、夢の話から一か月。
双子の言っていた通りに、ある伯爵家からアデリナに縁談が来た。
ベルナルドから双子の夢の話を聞いていた伯爵は驚いたが、表面上は歓迎しているように見せかけつつも、他家からもいくつか話が来ているのですぐには返事が出来ない、取り敢えず保留にさせてほしいと、その場での返答は避けた。
本来であれば、家の事業等を考えても理想的な政略相手ではある。しかし双子の話を聞いていたこともあり、即断は避けたのだ。
先方から、特に夫人がかなり積極的だったのも気になった。ベルナルドから聞いていなければ、これほど望んでくれるのであればと考えていた可能性もあったから、余計に。
週末になると、普段は学園の寮で生活しているベルナルドが戻ってくる。
ベルナルドは入学当初から、週末だけは自宅で過ごす生活を続けていた。自宅から通えない距離ではないのだが、それでも通学にかかる時間を考えると寮に入った方が何かと都合が良かったのだ。そして、本当であれば長期休暇の時だけ家に戻る事を考えていたのだが、それだと双子がずっと会えないとあまりに泣くので、ベルナルドが折れてこの形になった。ただでさえ寮に入る入らないで双子に大泣きされたので、これ以上泣かれるのはベルナルド自身も耐え難かったというのもある。まあ、ベルナルドも双子と接する時間が減るのはちょっと寂しいなと思っていたので、この形に落ち着いた。
「父上、入ります」
帰宅してすぐに、父の執務室へと足を運ぶ。エリアスの話の通りになったことはすでに聞いていたのだ。
「ああ、おかえり。ベルナルド。さっそくだけど、意見を聞かせてもらえるかな」
「はい」
返事をすると、ベルナルドの不在中に起こった事を、父がざっと説明する。そして、先方の伯爵夫人の様子も。
「私は、弟の話が現実味を帯びて来たなと思います」
ベルナルドの言葉に、父も頷いた。
「そうだな。あの子から聞き出した相手の家の特徴。家族構成と特に夫人の特徴が一致する家を調べたが、該当する家はここだけだ。そして、エリアスが知るはずのない情報だ」
家同士の付き合いがあるわけでもなく、近隣に住んでいるわけでもない。親同士は社交の場などで顔を合わせたことはあるが、その程度の知り合いだ。先月六歳になったばかりのエリアスが、知っているわけがないのだ。
「あの後、アデリナからも少し話を聞いたのですが、エリアスが言うにはその次男との仲はあまり良くはないようです。学園に通うようになるとお互いに別の人に好意を持つと」
「それを聞いたら、ますます婚約は受けられないねぇ」
そうは言いつつも、どう断ろうかと頭を悩ませる。
いくら政略結婚が当たり前の階級とは言え、可愛い我が子には幸せになってもらいたいと思うのが親心。しかも今回はエリアスが予言めいたことを口にしていて、それが一部とはいえ現実となっているのだ。これで、考えないわけがない。
しかし、断るからにはそれなりの理由が必要となる。アデリナが六歳になり、いくつか縁談らしき話が来ているのは事実なのだが、正式な申し込みは例の家のみ。断っても問題はないのだが、今後の事を考えるときちんと相手も納得できるような理由が欲しい所だ。
「その、学園で出会う相手に関しての情報は?」
「エリアスから特徴を聞きましたので、調べておきました」
そう言うと、懐から何かを取り出し、机に置く。
「確証があるわけではありませんが、恐らく間違いないかと」
伯爵は内容を確認すると、頷いた。
「なるほど。確か辺境伯家の分家筋だったな」
「そうです。辺境伯家のご令嬢が偶然にも私と同じクラスでしたので、それとなく聞き出してきました。話の流れで、あちらのその従兄弟の婚約者を探しているらしいとわかったので、それとなくウチの妹もという話をしておきました。もしかしたら近日中に何かしらあるかもしれません」
ベルナルドの言葉通り、週明け早々に辺境伯家を通してある子爵家からアデリナに縁談が舞い込んだ。
辺境伯家は魔道具に使う魔獣素材を多く取り扱っていて、その分家である子爵家でもそれらを生かした道具の開発をしていることで知られている。そういった点を考慮した上でも、縁を結ぶには理想的な相手でもあった。
まずは親同士で顔を合わせ、ある程度話をまとめて。
大まかに話がまとまったところで本人たちを会わせてみようかという話になり、数日後には双子の元に辺境伯と子爵一家が訪ねて来た。
父から話を聞いて楽しみにしていたらしい双子、朝からわくわくした様子で到着を待っていたのだが、一行がやってきて紹介されると、子爵家の嫡男オスカーとあっという間に意気投合。元々活発なアデリナはもちろんだが、意外にも大人しいエリアスまでもが腕白なオスカーと一緒になってはしゃいでいた。
「これは、なかなか得難い相手に巡り合えたのかもしれないね」
子供たちの様子を見守っていた辺境伯が楽しそうに言うと、親たちも頷いた。
「ええ、本当に。息子の戯言を拾い上げてくださるとは思いませんでした」
しみじみとミラン伯爵が呟く。
まさか、ベルナルドと学友の辺境伯家の長女からの情報で、辺境伯本人がすぐに動いてくれるとはさすがに考えていなかった。むしろ、こちらからなんとか接触する機会をと考えていたくらいだったのだ。
「なに、可愛い甥っ子の婚約者探しだからね。それに、今何かと話題のミラン伯爵家の令嬢が婚約者を探していると聞いては、こんなチャンスは逃せないだろう。しかも、あんなに元気で可愛らしい令嬢だとは」
ニコニコと人の好さそうな笑みを浮かべている辺境伯。穏やかに見えるが、勇猛果敢で知られる辺境伯騎士団を束ねているだけの事はあり、国内屈指の騎士としても有名だった。どうやらお転婆を通り越しているアデリナは、その辺境伯のお眼鏡にかなったようだ。
「では、このまま話を進めていいかな?」
辺境伯に確認され、それぞれの親は頷いた。
「はい、よろしくお願いします。子爵、是非事業の方でも改めて話をさせてください。昨年でしたか、子爵家で取り扱っている魔獣素材の保存容器を入手しまして。ぜひともお話を伺わせていただきたいと思っていたのです」
「あんな特殊なものをご存じ頂けているとは、光栄です。ええ、是非ともお願いします」
「おい、素材を提供しているのは我が家だぞ。私も混ぜろ」
「兄上……」
こんな感じで親は親同士で利害関係の一致もあり意気投合。
双方にとっても仲介した辺境伯家にとってもいい感じに話がまとまり、おかげで例の伯爵家にも角が立たずに断る事が出来た。あちらとしても、格上の辺境伯家から話が来たと言われては、引き下がるしかなかったようだ。ただ、伯爵とは事業系の話で協力し合えることはしていこうという事で合意できたので、付き合いは継続することにはなった。
**********
取り敢えず、フラグのひとつであっただろう件の伯爵家との婚約は阻止できた双子。次に目指すのは、当然のことながら来年に起こるはずの兄の死亡フラグを圧し折ることだ。
かの家との婚約を阻止したのだからもう大丈夫かもしれないが、それでも万が一という事がある。念には念を入れるべきだと双子は意見が一致した。
その為に双子はできるだけ味方を増やそうと、アデリナと縁を結んだ子爵家はもちろん、仲介してくれた辺境伯家にも恩を売っておこうと色々と考えた。
しかし、そう考えはしたものの、どうやって恩を売ればいいのかがわからない。
取り敢えず、まずは辺境伯領の情報を集めようと考えた。辺境伯領の状況が分かれば、自分たちでも何かできることもあるかもしれないと思ったのだ。
双子は早速兄に相談することに。理由は馬鹿正直には言わなかったが、将来に向けての勉強の為と言って、辺境伯領の事を色々と聞きたいとおねだりしてみたのだ。
そこでベルナルドは、休日に同級生の辺境伯家の令嬢を自宅へと招待することにした。
それを双子に話したところ、大喜び。早速、おもてなしの準備をするんだと張り切ってお菓子やお茶の手配をしていた。
翌週の休日。
「初めまして、デルフィナよ」
兄に紹介された令嬢は、背も高くてすらっとしたカッコイイ美人だった。
これにはアデリナが大喜び。
「はじめまして、お姉さま! アデリナです!」
「はじめまして、エリアスです」
アデリナ、目をキラキラさせて初っ端からお姉さま呼び。エリアスは初対面でちょっと人見知りを発動して、きちんと挨拶は出来たものの、顔を赤くしてもじもじしている。だが、この双子の反応がデルフィナに刺さったらしい。
「やだなに、ものすごく可愛いんだけど、この子たち」
「うん。ものすごく可愛いんだよ。私が自慢したくなるのもわかるだろう?」
普段から学園でも弟妹を自慢しまくっているベルナルド。デルフィナはじめ友人たちは話半分に聞いていたのだが、実際に会ったことでベルナルドが自慢したくなる気持ちを理解したようだ。
「わかるわ。これは自慢するわ。私もこんなかわいい弟妹、ほしいわぁ」
そう言いながら、二人まとめて抱きしめる。
双子、ここぞとばかりに気に入られようと逆に抱き着いた。
「お姉さま、きれい! でも、なんか、かっこいい!」
と、アデリナ。
「うん、デルフィナさま、かっこいいびじんさんだね!」
これは、エリアス。
にっこにこな双子に褒められ、嬉しくないわけがない。
辺境伯家の長女として父に鍛えられているデルフィナ、学園でもトップクラスの強者なのだが、早くも双子に陥落したらしい。
「ベルナルド、この子たちもらって行っていい?」
「ダメに決まっているだろう」
真顔で問われて、速攻で拒否するベルナルド。
このままでは話が進まないと強制的に双子から引き離されたデルフィナは不満そうだったが、大人しく応接室へと案内された。
そこで、双子が頑張ってお菓子やお茶の手配をしたんだと聞かされたデルフィナ、やっぱり連れて帰りたいと言ってベルナルドに再び拒否されていた。
そうして、ようやく双子の目的である辺境伯領の話を聞けることに。
地理的なモノから主な産業や特産品の話などを、双子は真剣な様子で聞き入っていたのだが。
「竹があるの、じゃあ、たけのこ、食べられるね」
話を聞いていたエリアスが、竹林の話になった時に唐突にそう言いだした。
「たけのこごはん、食べたいな」
アデリナも同意して同じようなことを言っている。
「たけのこって、いつとれるんだっけ?」
「春だったと思うよ。あ、いまちょうどいいんじゃない?」
「ほりに行きたいね」
こんな感じで、唐突に双子が話をしはじめた。
そこから、たけのことはなんだ、どんな食べ物なのかという話になり。
二週間後に迫っている学園の春休み中に、双子が辺境を訪れることが決定した。
**********
二週間などあっという間だった。
辺境伯領は、馬車で行けば一週間はかかる距離。しかし、国防の要でもある辺境伯領には転移門が設置されており、事前に申請をして許可が下りれば利用することが出来る。
辺境伯領へ行くことが決まった時点でデルフィナによって出された申請は、あっさり許可が下りていた。現辺境伯家の人間による申請は、それなりに優遇されるらしい。
竹林に案内されると、双子と合流したオスカーは早速地面を凝視する。本来、オスカーが同行する予定はなかったのだが、双子を領地まで案内することになっていた父から今回の件を聞いて絶対に一緒に行くんだと頑張った結果だ。
「ここ、ちょっともっこりしてるよ」
オスカーが指をさす。
事前に双子からどうやって探すのかを聞いていたオスカー、竹林に入ると早速それを見つけて双子に教えた。ちなみにデルフィナは学園関係の用で今回は帰郷を見送ることになり、ものすごく悔しがっていたらしい。
双子が駆け寄ると、地面がほんの少し持ち上がっていて、小さなひびが入っていた。
「あ、ほんとだ。ほってみよう」
双子とオスカーが、手にした小さなスコップで地面を掘り始める。
どう見ても何もない地面を、子供たちが掘り始めるのを観察している一同。
わいわいしながら掘り進める双子たちを、兄であるベルナルドも手伝い始めた。今回は予定が合わなかった父の代わりに、ベルナルドが双子の付き添いとして同行している。これまでにも双子が美味しいよと教えてくれた新しく食材となったものは、実際に美味しいという事を実体験として知ってるだけに、今回も期待しているのだ。
「ほら、たけのこ! にいさま、これだよ」
エリアスが嬉しそうに姿を見せ始めたそれを指さした。
「うん? これは、竹の芽じゃないのかい?」
どう見ても、地上に顔を出す前の竹だ。
「竹だよ。じめんから出る前なら、やわらかくておいしいの」
「へえ、そうなのか」
双子に言われるままに掘り出すのを手伝ったベルナルド。
途中で折らないように注意深く根元部分で切断すると、双子に渡した。
「わあ、おっきい!」
「サム、これで炊き込みご飯作って!」
アデリナが声を掛けたのは、自宅から連れてきた料理人。双子の無理難題に何年も付き合って来ただけの事はあり、今では双子がこんな感じと説明するだけでそのものを再現してくれる貴重な存在だった。
「わかりました。これはどう処理するんです?」
「えとね……エリアス、どうするの?」
「あのね、ぬかといっしょに、ゆでるの。ここにね、少し切れ目を入れておくんだよ」
「ヌカというと、コメを精米にするときに出るアレですね?」
「そうだよ。ちゃんと、もってきた?」
「ええ。持ってきましたよ。でも、せっかくですから、もう少しコレを採りませんか。他にも色々と食べ方があるんでしょう?」
「うん、たくさんあるよ。アデリナ、もっとほろう!」
「うん!」
そこからは、傍観していた大人も参加しての筍堀り大会となり、旬の筍を大量に収穫した。
辺境伯家のお屋敷に戻った一行の前には、サムと双子による筍料理の数々が並んでいた。
「「いただきまーす!」」
まずは、おにぎりにしてもらった筍ご飯を頬張る双子。
ニコニコしながら黙々と口を動かす様子を見ていた一同は、双子が何かを言うのを待っている。
「「おいしいー!!」」
双子から、美味しいが出た。
すると、ベルナルドが真っ先に手を出す。
「……うん、いいねこれ。タケノコの食感が面白い。うん、これは美味しい」
「「でしょー!」」
大好きな兄からのお墨付きに、ご機嫌になる双子。
その様子に、今度はオスカーが恐る恐る口にした。
「……おいしい……これ、おいしい!」
「おいしいでしょ!」
「おこめっていうの? はじめて食べたけど、おいしいね!」
「「おこめはおいしいんだよ!」」
家族以外のはじめての賛同者に、双子はさらにご機嫌に。
特に気分を良くしたアデリナは、炊いただけの白米をオスカーに勧め、美味しいご飯の食べ方を指導中。将来的にこちらの領地へ来ることになるアデリナは、今のうちからご飯仲間を増やすことにしたらしい。
テーブルに並ぶのは、双子が考案したことになっている料理の数々。アデリナは順番に説明しては、オスカーに食べさせている。オスカーも勧められるままに食べているところをみると、どうやら口に合ったようだ。
見慣れない料理の数々はミラン伯爵家ではすでに見慣れた光景ではあるのだが、他家では初のお披露目となるので、辺境伯家の料理人も興味津々だった。双子と共に来たミラン伯爵家の料理人サムから指導を受けつつ、完成した料理の数々。
水で溶いた小麦粉をまとわせて油で揚げたものや、薄切りにしたものをスープに浮かべたもの等、様々。
笑顔で食べている子供たちの姿にようやく口にした辺境伯家の面々も、気に入ったらしい。
「うん、これは良い。コメをこんな風に食べたことはなかったが、持ち歩くにも便利だ。味も悪くない」
「他の具材を混ぜても良いかもしれませんね」
「兄上、これ遠征の時に重宝しますよ。調理方法を学べば、現地で作れそうですし」
「ああ、コメは調理する前なら保存も効くしな。干し肉が主な現在の食事を改善できるかもしれん」
すでに、実用を兼ねた話に発展している。
そこに、聞き耳を立てていたらしいエリアスが乱入した。
「あのね、干し肉をお水でもどして、そのお水でご飯つくるとおいしくなるよ。お水にお塩とかも入れちゃうの。お水でもどして、やわらかくなったお肉もいっしょに入れちゃえばいいんだよ」
「なるほど。コメを煮る時の水に味を着ければ、それがコメに吸収されるわけか。それなら楽でいいな」
「おこめはね、にるじゃなくて、たくっていうんだよ」
「そうか、焚くんだね。教えてくれてありがとう、エリアス。勉強になるよ。素晴らしいアイディアをありがとう」
辺境伯に頭をなでてもらって、得意になってるエリアス。
伯爵家の食事事情が双子の影響で独特な進化を遂げていると聞いてはいたが、実際に目の前で見ると納得だった。伯爵から双子の不思議な話は聞いてはいたものの、これまでは半信半疑な部分もあったのだ。しかし、こうして自分が体験すると納得せざるをえない。
兄の所に戻ったエリアスを見つつ、甥とアデリナの縁は辺境伯家にとってもかなりのプラスになると考えていた。
「やれやれ。我が娘は本当に良縁を運んできてくれたようだ」
きっかけは、娘が学園で聞いたという、アデリナの婚約者話。前から何かと話題に上がっていた伯爵家と縁を繋ぐのも手かと、軽く考えて申し込んだ話ではあったのだが。
蓋を開けてみれば、とんでもなかった。甥にとっても辺境伯家にとっても、これ以上の良縁はないと言える結果だ。
「双子の兄、ベルナルドもなかなかの切れ者のようですね。嫡男でなければデルフィナの婿候補になったでしょうに」
「確かに」
辺境伯家の長女であるデルフィナは、いずれ後を継ぐ兄の補佐として家に残ることが決まっている。なので、婚約者探しも急いでいなかったので、まだ決まっていないのだ。本人が、最低でも自分よりも強くなければ無理と公言しているのも影響している。
ベルナルドと言葉を交わし、その優秀さに密かに驚いていた辺境伯、弟の指摘には完全に同意だった。これが、アデリナとの縁談がうまくいっていなければ考えたが、どんな形にしろ縁は結べたのだ。故に、強引な手に出るつもりはない。
「それよりも兄上。ミラン伯爵から改めて話を聞いてきましたが例の伯爵夫人、やはり不穏な動きを見せているようです」
「ああ、どうしても次男とアデリナをくっつけたかったらしいな」
「ええ。まだ諦めていないようですよ」
「そこまで執拗だと、伯爵の話にもますます信憑性が出てくるか」
伯爵から話を聞いた時は、正直に言えば信じられなかった。というか、伯爵自身も信じ切ってはいない様子だったので、エリアスの話した内容には戸惑いが強かったのだろう。
だが双子とちょくちょく話をしていた辺境伯は、その認識を改めつつある。確かにまだ幼い子供ではあるが、それを考慮しても単なる妄想や想像で片づけられるような内容ではなかったからだ。このあたりは双子の親でもあるミラン伯爵とも意見が一致している。
「ですね。伯爵夫人の生家もを探らせていますが、どうやら間違いなさそうです」
「……エリアスも我が領に引き込めないか?」
「あの子はベルナルドの副官になるんだと張り切ってますから。難しいのでは?」
兄大好きな双子だ。引き離すようなことをすれば、全力で抗ってくるだろうことは容易に想像がつく。せっかく、おじさまおじさまと懐いてくれたのに、余計なことを言って嫌われたくない。
欲張ると折角の金の卵も逃がしかねないなと、諦めることにした。
翌日。
竹林からの帰りに、双子が気になった個所を今日は案内することになっていた。
辺境伯領は、実は立地の関係で農作物の収穫量が少ないのだ。なので、今回の訪問で双子が他にも何か見つけるんじゃないかと、密かに期待をしていた。
そして、その読みは的中した。
双子を連れて領内を案内してみると、それまで食材として認識していなかったモノが新たな食材として、いくつか追加されることとなった。
例えば、竹林からほど近い池に差し掛かった時。
「あ、アデリナ。あれ、はすじゃない?」
「どれ? あ、ホントだ。れんこん、あるかな」
「どうだろ。れんこんって、さむいときに、とるんじゃなかったっけ」
「だめかな? あさとか、まだ、さむいよ」
「ちょっと、とってもらおうか」
「うん」
双子の指示により、同行していた護衛が蓮を採ってきた。
さっと水で洗ってから二人に見せると。
「だいじょうぶそうだよ」
「これなら、たべられるね」
「さといも、ないかな。ちくぜんにがたべたい」
「さといもは、みたことないよ」
話し込む二人からベルナルドが調理方法を聞き出し、これも食材として認識された。そして、サトイモに関しては辺境伯領で似たようなイモが栽培されていることを護衛騎士から聞いた双子、速攻で辺境伯におねだりしていた。
山側を案内したときは。
「エリアス、あそこ。じねんじょあるかも」
「え? あ、ホントだ! あきになったら、むかごもとれるかな」
「いまは、とろろごはんが食べたい」
「ほってみる?」
「ほってみよう!」
小さなスコップを手に、突撃して行く双子。少し遅れてオスカーも続く。
護衛の騎士も総出で掘るのを手伝い、立派に育った山芋を収穫した。
あんなに細い蔓の先に、こんな細長いイモがあるとは知らなかった面々。アデリナが言っていたとろろご飯の作り方を聞き、今夜食べてみようという事になった。ちなみに辺境伯、自然薯の葉が付いた茎を採取させていた。新鮮なままで状態を保存して、それを元に後で自分達でも探してみるつもりらしい。
川に行けば。
「わさび!」
「ほんとだ!」
支流の、流れが緩やかな一角で川の中に生えていた植物を見て双子が叫ぶ。
これも護衛の騎士に取ってきてもらい、川できれいに洗ってから二人で吟味。
「おさしみ?」
「ろーすとびーふにつけても、おいしいんじゃない?」
「おすし、たべたいなぁ」
再びベルナルドが食べ方を聞くと、これはすりおろして魚や肉に、ちょっとだけつけて食べると美味しいのだと言う。ただ、辛いと言うか独特の刺激があるので、好みが分かれるとも。
「ふーん、では、戻ったらローストビーフにつける食べ方をしてみようか」
「うん! あ、とろろごはんに、ちょっとのせてもおいしかも?」
次々と新しい食べ方が出てくる。
タケノコの件で双子の不思議な知識については理解していたつもりだったが、わずか数時間でこれだ。聞きしに勝るとはこの事だなと、辺境伯は驚きを隠せなかった。確かに期待はしていたが、期待以上の結果をもたらしてくれた。
森や山が近いことで領地面積は大きいが急斜面が多い辺境伯領、作物の収穫を増やそうにも開墾できる場所が限られているので、収穫量を増やすのが難しかった。それというのも、辺境伯領は自然が多いだけの事はあり、魔獣も数多く生息している土地柄。森を切り開くにも、魔獣の生息域を考えると色々と問題が多くて、手を付けられずにいたのだ。しかし今回の双子の知恵で、その問題が少し改善できそうだった。
そして、その晩。
「「いただきまーす!」」
本日の収穫物が食卓に並び、ご機嫌な双子。兄ベルナルドを真ん中に双子が両隣を陣取り、あれこれ一生懸命に説明している。そんな兄弟の姿を、ほんわかした雰囲気で眺めている面々。
「とろろごはんはね、じょうずにたべないと、お口のまわりがかゆくなるんだよ」
「わさび、たくさんつけると、おはながツンってなるの」
双子からの情報を聞きつつ、双子に勧められるままに色々な食べ方を試しているベルナルド。そして、それを見ながら周りも真似をしている。
「ああ、なるほど。確かにこれは、ちょっと刺激が強いね。私は大丈夫だけれど」
「ほんと? 兄さま、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。エリアスが言っていた通り、こうして食べると美味しいね」
「でしょ!」
「おじさまは? おじさまも、おいしい?」
アデリナが自分の正面に座っている辺境伯を見る。
そもそも今回の件、辺境伯に恩を売るという目的あっての事なのだ。食欲に負けてそっちがなおざりにはなっているが。
「美味しいよ。本当に、アデリナもエリアスも、色々と良く知ってるね」
「だって、おいしいごはん、たべたいもの! おいしいものたべるの、しあわせでしょ?」
ニコニコしながらアデリナ。
確かに、美味しいものを食べるのは幸せな気分になるので、同意だった。
「そうだね。今回は二人に色々と美味しい食べ方を教えてもらったから、これから食事が楽しみになるよ」
「「よかった!」」
こうして、和やかに食事会は終了。
双子たちの滞在予定は一週間だったが、残りはオスカーが率先して領地の案内をして過ごすことになった。大半は本来の目的も忘れて三人で棒切れをぶん回して走り回って終了となったが、双子にとっては楽しい初旅行となったのだった。