45話 さぁ訓練の成果を活かす時!
王国歴476年 夏の月 16日
中央警戒砦に残り、有事の指揮を取ることになっているロドニーに見送られ、エミリア、リリィ、レッセン、ゼーリカに先程領軍を送り出したリーネリアを加えた俺達五名は、先発した領軍を遠方に見つつ、大森林へ歩を向けた。
リーネリアは綺麗に切り揃えられた黒髪を揺らしながら意気揚々といった感じで俺達を先導して行く。領軍の正式装備である軽装の木製鎧を身に纏い、左手には訓練で使用していたものとは若干意匠の違う木製盾…魔力盾を提げ、腰には訓練で使用したショートソードよりも肉厚で、刃渡りも短めに見える…元の世界で言う所のグラディウスの様な剣を吊り下げていた。
「さて、下準備は整いました、エミリア様、レッセン殿、ゼーリカ殿、そしてリリィ師。余程油断せぬ限り大きな危険はありませんが、森に入りましたら私の指示に従って頂く様にお願い致します。浅層とはいっても中型の獣程度は出没しますし、稀に魔獣も発見されたと報告があるのですから。」
五名の先頭に立ちながら、首だけを後ろに傾げてリーネリアが注意を喚起する。
それに続く四名と荷馬車とローブ姿、一見すると荷馬車を護衛する冒険者の一団の様にも見て取れた。
「…なぁ、トーノの旦那よぉ。なんで領軍が出張ってきてんだよ、そんで森の掃討って…これアタシが来る意味無くないか?なぁ嬢ちゃん、アンタ腕利きの魔術師なんだろ?アンタと副長さんと家令さんだけで充分だろ。」
リーネリアから数歩程後に続くゼーリカは、頭の後ろで両手を組んでエミリア…の指に嵌った俺に不満を漏らす。最後の二言は隣を進むリリィに向けて呟いた。
(いや、まぁ…確かに過剰だとは思うがな。元々はゼーリカを含めた四人で入るつもりだったんだ。これは予想外でな。)
「ねぇ、リョウ。結局私自身はこれから何をすれば良いのか全く分からないままなんだけど…昨日聞こうと思ったのにリョウ朝帰りだったし…」
朝帰りというキーワードが出たとたん、レンゼリアがエミリアの手の中で震えた。そんなもんにいちいち反応しなくてもいい。
今朝方、鞘に入るのは窮屈で嫌だ、しかしこれから戦闘があるとの事で装者以外が持つのも嫌だ。と、それだけ呟いてからエミリアの手に収まり、抱える様に持ち歩かれているレンゼリア。
にしても、コイツ昨日から急に喋らなくなったし、勝手に動き回る事もしなくなったな。魔力の節約か?
「ねぇ、リョウってば!」
(あ、あぁ。ゴメンゴメン。)
「それに後ろの人達はなんなの?空の荷馬車がついて来てるけど…」
時折ガタガタと、車輪に石が噛むのか荷馬車が進む音が響く中、先頭を行くリーネリアの後ろをゼーリカと並んで歩いていたリリィがエミリアの傍に来るよう歩を緩めた。
エミリアを一瞥した後、俺に向けて不快そうな表情を見せた。
「ねぇ、馬鹿指輪。当日までなんなの貴方、私少しエミリアちゃんが可哀想になって来たんだけど。まだ大森林まで少しあるでしょう?エミリアちゃんにちゃんと説明してあげなさいよ、この馬鹿。」
エミリアはリリィの言に頷きながらも、昨日の件が尾を引いているのか、少しだけ頬を膨らませた。
「むー…そうだよ、リョウ。私…これから大森林で、えっと、その…何かをこ、殺さなきゃいけないんでしょ?」
殺す、…んー…まぁ殺すっちゃ殺すんだが…
「指輪殿。」
「トーノの旦那よぉ。」
「馬鹿指輪。」
「リョウ。」
レッセンは無言で最後尾に続いている。
(あー、分かってるって!別に隠してた訳じゃないんだから勘違いするなよ。)
「うん、分かってるよ。早く教えて。」
レンゼリアを片手で胸に抱く様に持ち替え、エミリアは右手を目の前まで持ち上げた。
(……樹妖って知ってるか?)
キョトンとするエミリア、小さく溜息を零すリリィ、訝しげな表情を浮かべるゼーリカ、肩をすくめて前へ向き直るリーネリア。
相変わらずレッセンは無言だ。
ガラガラと荷馬車の車輪が立てる音だけが響く中、暫く無言で歩を進める5人。
そのうちリリィがコホンと咳払いしてから口を開いた。
「樹妖…トレント…イビルプラント、色々と呼び名は沢山あるけれど、要は植物の魔物よ。あそこに見える大森林の中でも厄介な部類に入る…まぁ人族の敵よ。時と場合によるけど。」
「…えっ?植物って…あのリョウ?私レンゼリア様を使って生き物を殺さなきゃ…」
「おう!そうだぜトーノの旦那よぉ!植物ってーのは生き物じゃねぇだろ!?意味あんのかそれ!」
「そう!その通りです!!」
いきなり背後から聴こえてきた聞きなれない声に五人は一斉に振り向いた。
荷馬車の辺りをついて来ていたローブ姿の一人がいつの間にやら俺達のすぐ後ろで声を上げたのだ。
「申し遅れました、私今回リリィ師から依頼を受けまして、森林ギルド魔術師部から参りました。エンデルと申します、以後お見知り置き下さい。」
パサリとローブのフードを外した下からは、黒髪に白髪を混ざらせた初老の男性。ニコニコと笑顔を見せながら歩みを早め、リリィの横まで進み出て来た。
「この中で樹妖についてお詳しい方はいらっしゃいますかな?あ、リリィ師は除いてですよ?」
笑顔のまま俺たちを見回すと、一拍返事を待った。誰からも返答が無い事を確認すると、パンと手を打って続ける。
「では、少々ご説明致します。樹妖とは、世間一般に植物の魔物、即ち我々人族に害意を持っていると〝思われている″動く植物の総称でございます。その種類は千差万別、生態に関しては更に不明点が多く、同じ植物が二つ並んでいて、片方が樹妖であったと言う報告も過去あり、外見からでは樹妖であるかどうかの判別がつかない事も多々あります。」
「おぅ、エンデルって言ったか。そんな事はどうでも良いんだよ。アタシ達がやる事とその樹妖とやらに何の関係があるってのかが知りてぇんだ。」
エンデルは笑顔のまま視線をリリィへと向ける。リリィは面倒そうに一息つくとエンデルから移った視線を一通り睨め返して呟いた。
「樹妖は歴とした魔物よ。でもその生態には謎が多いの。昨日まで普通の木だと思ってたら、実は樹妖でした、なんてね。それに樹妖は厄介な特性があって、彼ら森林ギルドの魔術師に来て貰ったのはその処理を頼んだの。」
「だからよぉ!アタシが聞きたいのはそんな事じゃ「そこからの続きは私から!」」
イラつくゼーリカを制してエンデルが割って入った。
「樹妖の特性、それは切り倒した後も特殊な処理をしなければ、ゆっくりと成長していってしまうのです。お考え下さい、家の建材に使用した木材が、時間をかけて伸びたり変形したりすれば大変な事になるでしょう?しかも!先程申し上げた様に、外見から樹妖で判断するのは困難なのです。なので我々森林ギルド魔術師は伐採された木材を一本一本精査し、樹妖であれば然るべき処置を行い魔具の材料として選り分けているのです。あ、処理の仕方はギルドの機密ですのでお話し出来ませんがね?本日はなんと、伐採する全ての木材が樹妖であるとか…そんな事出来るのかと、若干眉唾物ではございますが御領主様のお嬢様もいらっしゃっておられますし……」
ペラペラと続けるエンデルにゼーリカの表情が険しくなって行くのが見て取れた。それを察したのかエンデルがゼーリカへ勢い良く振り向く。
「こちらの騎士様の疑問は御尤もです。我々森林ギルド魔術師部は樹妖の研究もしておりましてね?今回、ずっと謎であった〝樹妖は生物なのか?″という延々と続く疑問に一つの答えがでるやも、という事で、リリィ師よりお声を頂きまして。今回無償で!なんと無償で魔術師部より一隊を率いてやって参った次第でございます。あ、勿論樹妖の買取は適正価格にて…」
まくし立てるエンデルに若干引き気味のゼーリカがゆっくりとエミリア…俺か、に目を向けた。
「ってー事はトーノの旦那よぉ。これからやる事ってのは…。」
「そう、ものは試し。伐採で成長出来るなら血生臭い事も無し、ついでに厄介な樹妖の間引きも出来て一石二鳥の策だよ。」
「えっと、リョウ?これがダメだったら…?」
「その時は安全な別の策を考えるさ!エミリアに怪我をさせる訳にはいかないからな!」
ゼーリカとエミリアから溜息が聞こえた、事情を知っていたリーネリアとリリィ、それにレッセンは特に何のリアクションもせずにいたが…そうか、大人しかったから忘れていたがもう一人、いやもう一振りいたんだった。
エミリアがハッと目を落とすと、その腕の中でレンゼリアがカタカタと揺れ始めている。
(…リョウ。今言った事は本当か?)
(おぅ。今日はこれから楽しい伐採だ。)
(あの訓練は魔族や魔人と戦う訳じゃなく?)
(当たり前だろうが。んな危ない事、今後もさせるか。)
(………だっ!騙したなリョ(お前が!勝手に!魔獣やら魔族やら言い出して盛り上がってただけだろうが!)…うっ!)
(わ、私は聖剣だぞ!木を切り倒すならオノやノコを使えば良いじゃないか!)
(最初はそのつもりだったぞ。だけどレンゼリアがいれば大木でも一振りだからな!これで成功すれば一気にレベリングの成功だ!失敗でも魔具の材料が一気に増えるから、領内も潤うってもんだ。いい事づくめだろうが!)
それに、エミリアへの危険も最小限になるからな。と、これは口に出さずに考えるだけにしておく。
(わ、私は帰る!こんな事の為にエミリアを装者にしたわけじゃ…「馬鹿聖剣、煩いわよ。今更文句を言うなんて、伝説の聖剣の底が知れるわ。」…むぅ…。)
リリィが一言言うと途端にレンゼリアは大人しくなった。そのまま動かなくなり念話も聞こえなくなってしまった。
この間地面に落とされてから苦手にしてんのか?
「えっと、リョウ?じゃあリリアティさんは?」
(枝打ちと伐採を知らせる為の合図役だ。有事の際は勿論戦って貰うがな。)
「後ろの荷馬車はもしかして…」
(今日一日で満載にするからな!領軍の装備が一新出来る位が理想だな!)
「森林ギルドのおじさん達は?」
(木を切ったら運ばなきゃだろ?)
「レッセンとゼーリカは?」
(領軍が協力するとは思ってなかったからな、獰猛な獣も出ないとも限らないし…元から護衛役なのは間違いないぞ?)
「リーネリア先生は?」
「私は護衛兼、森林内での監視役として随伴します。不用意に奥に進むのは危険ですので!」
「…………はぁぁぁぁ…。」
長いエミリアの溜息が響き渡る、暫く無言だったが右手を上げて俺を目の前に掲げると少し恨めしそうな顔をして
「私もっと物語にある様な冒険を期待してたんだけど。」
(そうか、でも大森林だぞ?危ない事には違いないからな、気を抜くなよエミリア。)
「…うん。わかった。」
短く返事をしたエミリアに、機嫌を悪くしたかなと考えていたら、さっきよりも小さな声で
「でも、少し安心した。ありがとリョウ。ホントは少しだけ怖かったの。」
エミリアの右手の薬指がゆっくりと唇に触れる。
歩き続けていた一向はいつの間にか大森林の目前まで迫りつつあった。
(よし!それじゃあ伐採作戦開始だ!)
五人からはまばらな返答しか返って来なかったが、皆それなりに表情は明るかった。
私事にて滞ってましたがちゃんと続けていきたく存じます。




