44話 思わぬ規模に
王国歴476年 夏の月 16日
エミリア、リリィ、レッセン、ゼーリカの四人が砦の前に並び立つ。フィナレの街から大森林迄、旅装をするには短い距離なので、マキナウスの屋敷を出た時からそれぞれの武装は完了していた。
エミリアは胸にマキナウス家の紋章が入った皮鎧を身につけている。肩や腰の要所には動きを阻害しない程度の金属部もあり、新品でピカピカと輝いている点を除けば割と実践的な装備に見えた。
二日前から妙に大人しく、口数も少ないレンゼリアを腕に抱えて…勿論俺もエミリアの指に嵌っている。
レッセンは更に軽装だった、厚手の布地で作られた長袖の鎧下、その上からベスト状の薄い鎖帷子を着込んでいる。本人曰く、本格的な鎧をつけての大森林は少し辛いからとの事。取り回しを考えて、冒険者時代から愛用していたロングソードは持参せず、領軍で使用されているショートソードを背負う様に身につけていた。
軽量な装備の二人とは真逆に、ゼーリカは王国騎士隊の鎧を身につけていた。重装とまではいかないが、胸の部分に王国の紋章をあしらった肉厚の金属鎧だ。それ以外にも手甲やら腰当てやら正式な装備をフルで装備し、更にグレイプニールを背負い、腰には騎士隊標準装備のショートソードまで帯びていた。
四者四様の格好でチグハグな印象を受けるその小集団。だがその瞳は四者とも等しく目の前の光景を呆然と見つめていた。
四人の前方には整然と並んだ領軍兵、ざっと見ても三百人以上は居るだろう、その列に向かって訓示を行っているリーネリア副長と副長補佐のロドニー。
少し離れた所には森林ギルドの刻印がデカデカと刻まれた荷馬車が数台、その周りには斧やノコを肩に担いだ厳つい職人達がうろついていた。
さらにその奥、ローブ姿の数名がその影に隠れる様に佇んで此方を伺っている。
完全武装の…マキナウス領軍の正式な兵装である木製の軽装鎧と木製の魔力盾を提げている領軍の列に、勇ましくリーネリアの声が響き渡る。
「いいか!エミリア様の初の大森林入りだ!貴様らの普段の訓練を存分にお見せする絶好の機会を頂いた事に感謝しよう!今日この日に参加出来る事を誇りに思え!」
領軍の列から熱狂的な叫び声が返される…ウオー!とかお任せ下さい!とかは分かるが、お嬢様バンザイ!は無いだろう…。
「喜べお前ら!エミリア様は隊長に似て素晴らしく美人だぞ!そのエミリア様に傷一つ付けたら許さねえからな!」
おいおい、女性の隊員も居るだろうに…、ゼーリカから大きな舌打ちが聞こえた。
ロドニーの山賊の頭地味た呼び掛けに、先程よりも大きく、空気の振動を感じる程の叫び声が返ってくる。おい、今エミリア様好きだって叫んだやつ、前に出てこい。
はぁ…どうしてこうなった…。
マキナウス領は大森林と呼ばれる広大な森と隣接している。隣接と言っても街の南端からは十数キロ程の距離はあるのだが、実際久しぶりに現場を通ってみると、昔はもう少しだけ近かった様に思えた。
馬車が余裕ですれ違える程の道が通っていて、広い畑や民家が疎らにみえている。
うんうん、この辺りはマキナウス領の食料事情に大きく貢献しているな。
大森林。
空中から撮影する様な技術も無く、その辺のファンタジーの様に自由に空を飛べる人類族は居ない為、その森が何処まで続いているのかは未だに不明となっていた。
調査しないのかって?そうだな、まず奥に行けば行く程にモンスターがデカく、賢く、そして凶悪になっていく…らしい。
浅い所なら猪や熊みたいなごく普通の動物程度なんだが、中層を過ぎた辺りから厄介な虫系や下級の魔獣が現れ始める。大昔に森を住処にしている奴らから聞いたところじゃ、最奥付近には精霊に近い存在にまで成長したドライアドや、樹龍とか言われるウッドドラゴンなる存在が確認された事もある…らしい。
正確な場所は分からんが、森の中の何処かに、さっき言った森の民と呼ばれる者逹の集落がある…との事。
初めて見た時はエルフかと思ったが、奴らはエルフと一緒くたにするとキレる。見た目は殆ど同じなんだが…亜種なんだろうか。
森の奥まで行こうとするとそいつらが邪魔をする、奥に行き過ぎると災いがあるとか言ってな。確かにドラゴンなんぞと遭遇したり、刺激して街を襲撃されちゃたまったもんじゃないよな。
と、まぁ隣人の嫌がる事はするまいと、最奥までは過去一度もマキナウスの人間は踏み入った事が無い。
尤も200年前、度重なる魔獣の襲撃に辟易した元魔王討伐騎士隊の異世界武器使いが、元を断とうと一隊を率いて最奥を目指した時、中層から深層に入る辺りで挫折して帰ってきた事があった。
曰く、ある所を境に魔獣の数が跳ね上がるとの事で、本格的に森を切り開きつつ、橋頭堡を確保しながらの挑戦でない限り、深層部には到達出来そうにない。と、ボロ雑巾の様になって戻ってきたある騎士のコメントを覚えている。
ちなみに開拓初期には話に聞く様な大物は出なかったが、さっきの騎士が突ついたせいか、その後そこそこの魔獣の群れとやり合うハメになった。領軍の前身組織が出来たのもその頃だったな。
ここから遠方に見える森の外縁部には、伐採やら加工やらに使用する仮設の施設が立ち並ぶ。大森林は街に隣接する脅威でもあるが、マキナウス領の経済を支える木材を産出する大きな財源とも言えた。
そしてエミリア一行が居るここ、マキナウス領、フィナレの街の南側に位置する中央警戒砦。森の外縁と街の南端の中間には西、中央、東と三つの砦があり、森から来る不測の事態に対応したり、領軍の活動の拠点になっていた。
城砦の様な立派な物じゃないが…そうだな…石造りの建物が幾つか、大人の倍程の高さの壁と、ちょっとした空掘りがある程度。籠城は想定しておらず、たまに森から飛び出してくる魔獣に対応する前線基地にするだけの簡素な作りをしている。
リーネリア先生曰く、普段は3つの砦には、勤務中の領軍兵の半分程が分割して詰めているらしい。残りは街の警備や、街の北側の警戒とまぁ諸々の仕事をしているそうだ。
魔獣が毎日出てくる訳でもない為、領軍はその三つの砦を拠点に訓練を行ったり、伐採や植林を行う森林ギルドの護衛をしているらしい。
だから、普段はこの中央警戒砦には百名前後程しか常駐していない筈なんだが…。
「中層部浅域迄を警戒範囲とする!第一班から三班は中央部へ!四班から六班迄は西部!七班から九班は東部だ!皆、普段の巡回と同じと思うなよ!小型の魔獣一匹見逃すな!」
「野郎ども!警戒範囲内浅層中域までは総ざらえだ!ぬかるんじゃねぇぞ!残り組の半分は各班の間を埋める!通常編成で二班づつ、上空警戒も忘れんなよ!最後の半数はここで緊急時の援護要因だ、前線警戒班!信号魔術担当は死んでも確実に上げろよ!お前らが倒れりゃエミリア様に危険が及ぶと肝に命じとけ!」
ロドニーが叫び終わると同時に〝応!″と一声上がり、隊列が瞬時に組み変わる、ロドニーの進発の掛け声と同時に、三つの集団が隊伍を組み森に向けて東西中央と各方向へ向かう、その隙間を小集団がカバーするように方々へ歩を進めて行く。ここから見ていると長い横隊が森に向けて進軍を開始した様にも見えるな。
列を作ったまま動かなかった数十名は駆け足で砦へと戻っていった。
訓練され過ぎだろ。
「…ねぇ、馬鹿指輪。予定と大分違うみたいだけど、どうしてこうなったの?」
流石に森に入るとあって白衣姿ではなく、皮の軽装と比較的裾が短めのローブに身を包んだリリィが、こちらにジト目を向けつつ呟いた。
「俺が聞きたいくらいだが…どうも見立てが甘かったらしい。」
「…ふぅん。」
事の原因は一日遡った王国歴476年 夏の月 15日である。
「ダメです。」
(いや、あの、初めは浅い所でですね…)
「指輪殿、何度も申し訳ありませんが、森を舐めないで下さい。貴方だってあの森の危険はご存知でしょう。」
(そりゃそうですが、昔よりはマシになっ「無理です。」…はぁ。」
マキナウス邸の客間…王都から帰ってきて騎士達との話し合いに使われたこの部屋では、今にもお説教タイムに入ろうとしていた。
エミリア、レッセン、リーネリア、ロドニーにゼーリカ、レンゼリアはレッセンに抱えられて大人しくしている。
そして俺はと言うと、皆の視線の集まる先、中央のテーブルにポツンと置かれて、ソファに腰掛け、腕組みしたリーネリア先生と向き合って?いた。
前日、リリィが大森林に向かう手筈を整えてくれた。森林ギルドに話をつけて他の作業員を遠ざけてくれたし、レベリングの成果を運び出す人員も確保してくれた。
更に魔術師ギルド員の一部を借り受け、万が一の後方待機要員も借り受ける事が出来た。
明日、いよいよ大森林にて俺のレベリングを開始する!と、なる筈だったのだが、協力を申し出てくれたリーネリア先生との打ち合わせの場を設けた所、話し合いを始めるも頭の部分からこの通りである。
「部隊を率いて大森林に入る…と言うならばまだ良いでしょう、しかし少数精鋭!?あの森を甘く見過ぎです!領軍の正規兵が訓練を重ねて重ねて、隊単位での連携までみっちり行った上でも!中層付近まで行けば怪我人が出るのですよ!」
(いや、あの、レッセンも同行しますし、手練れの魔術師も手配しましたし…エミリアもレンゼリアの訓練を…「甘過ぎると申し上げています!」はぁ…)
ドンとテーブルを叩きながらリーネリアが吠える。振動で俺が少し飛びあがり、カタカタとテーブルの上を回る音だけが、静かな部屋に響き渡った。
リーネリアの剣幕に押されたのか部屋の中に居る全員が口を噤んでいた。一拍おいてリーネリアがフウと一息吐き出した後、部屋の入り口付近で壁にもたれていたロドニーに視線を向ける。
「ロドニー!領軍を招集します!」
ザッと居住まいを正して敬礼を行うロドニー。
「はっ!了解です!規模及び編成は如何致しますか!」
立ち上がったリーネリアは迷う事無く指示を出した。
「各部署、必要最低限の人員を残しつつ、最大数を中央砦に動員させなさい!編成は任せますが浅層中域までは掃討とします。集結の刻限は明日の六の鐘!質問は!?」
「ありません!失礼致します!」
ザッと敬礼したロドニーは足早に部屋から出て行った。
(あの…リーネリア先生…?)
「普段よりも早いですが浅層の掃討を行います。森林ギルドにはこれから私が出向いて話をつけましょう。そして指輪殿。」
(は、はい、なんでしょうか…)
「そのれべりんぐとやらの詳細をこれから詰所にてゆっくりと伺わせて頂きます。宜しいですね?エミリア様、レッセン殿。あぁ、心配されずとも明日の朝お迎えに上がる際に必ず指輪殿はお返し致しますので。」
気圧されるエミリアはコクコクと頷くのみで、その後ろに佇むレッセンは何時もと変わらぬ冷静な表情を崩さなかった。
そして話は冒頭に戻るわけだ。
結局詰所でリーネリア先生へレベリング計画の全てを吐き出さされ、確実性や腹案を練っていたら朝になっていた。
全貌を把握する人数が覚束ないまま、俺たち四人にリーネリア先生を加えた五名は、先発する領郡兵達を遠目に見ながら大森林への道を歩き始めた。
…後ろから森林ギルドの荷馬車とローブ姿の数名を引き連れてな。




