43話 激震!リリアティ!
「ど、どどど、どう言う事!?リョウ!」
「トーノ様!こ、この方のモノになるというのは一体!?」
エミリアの右手を二つの顔が挟み込んでいる。
リリィの一言を聞くや否や飛び込んできたエナさんとエミリアの顔で俺の視界は一杯だ。
そして…あぁ、やっぱりコイツも来たか。
ザグン!
二つの顔が挟むエミリアの右手からほんの数センチの位置へとんでもない勢いで白銀の聖剣が落ちてきた。
青くなるエミリアを他所に、刀身の半ば程まで地面に刺さり込んだレンゼリアは、既に朧げに光り始め、カタカタと震えながら、地面から突き出たもう半分の刀身には紫電を纏いつつあった。あぁ…これメッチャ怒ってるやつやん。
(さてリョウ、言い残す事があるなら聞いてやろう。お前がこの小娘のモノになると聞こえたのだが…さっきのは幻聴か?)
「リョウの装者は私なんだよ?!こ、この人…えーっと…「リリアティよ。」そう!リリアティさんのモノになっても、意味ないじゃない!」
「その…トーノ様はマキナウス家の家宝ですので…あの、私の命の恩人でもありますし…この方のモノというのは…ええっと…」
三者三様に俺に肉薄するのはおやめ下さい。多分こうなると予想してたからリリィの件はギリギリまで黙っておこうと思ってたんだが…
輝く聖剣と慌てるお嬢様、狼狽えるメイドさんから一歩引いたところでしゃがんでいたリリィがスッと立ち上がった。
二人と剣と指輪、4つの視線がリリィに集まる。
見下ろすリリィから聴こえて来たのは、驚く程に冷やかな声色だった。
「アンタ、聖剣レンゼリアよね?」
(…如何にも。そう言う貴様は何者だ?)
地面に半ばまで刺さっていた刀身が音もなく抜けていく、リリアティの眼前まで浮かび上がると、彼女のメガネとレンゼリアの青い宝玉が向かい合う。お互いに太陽を反射してギラギラと鈍い光を放っている。
「私?私はそこの馬鹿指輪の一番の理解者よ。それに引き換えアンタはそれとは真逆の存在、あの指輪とは最も遠い場所にいるモノ。彼が長い間孤独だったのはアンタのせいよ、この駄剣が。」
(なっ…貴様突然現れたと思えば、だ、駄剣だと!)
朧げだったレンゼリアの光が一気に輝きを増し、刀身に纏うだけだった紫電が空気を震わせながら辺りに撒き散らされた。
柄を上に浮かんでいたレンゼリアが鋭い風切り音を唸らせて刀身を天に向ける。
対するリリィの身体からはかなりの量の
魔力を練り上げているのが感じられた、張り詰めた空気が一触即発の雰囲気を醸し出す。
バチバチと迸る紫電はエミリアとエナさんを器用に避けて地面に炸裂していたが、次第にその数を増していく。レンゼリアとリリィの間に立ち込める不穏な空気に耐えかねて、立ち上がって後退りを始めたエミリアとエナさんの足先に、離れていろと言わんばかりに無数の破裂音を響かせた。
(それに!私はリョウの永遠の伴侶だ!さっきの無礼な台詞を取り消して貰おうか!)
「うるさいわね。…貴重な内在魔力を無駄遣いするな!駄剣は地面を這ってなさい!!」
リリィが甲高い声で叫ぶと同時にレンゼリアの周囲がほんの少し歪んで見えた、次の瞬間
ドズン!!
空中に浮かぶレンゼリアの姿を一瞬見失うかのスピードで、白銀の聖剣は地面に叩きつけられた。
(ぐぅ!?な…何だと?!)
(レンゼリア!?リリィ!レンゼリアに何を!「慌てないで馬鹿指輪、別に危害を加えようって訳じゃないから。ちょっと大人しくして貰っただけよ。」レンゼリア!おい、レンゼリア!大丈夫か?!)
(か、身体が動かせない…貴様…何をした!?)
リリアティは眼前から落下したレンゼリアに目もくれず、正面を向いたまま嘲笑するように呟いた。
「馬っ鹿じゃないの?魔力を垂れ流してる魔術師が目の前に居たら距離を取るのが定石じゃない。それを目の前にして静止してるなんて、デカイのを喰らわせてくれって言ってる様なものよ。アンタ本当に伝説の聖剣なの?」
数瞬前まで荒れ狂う紫電を纏って、今にも刀身を振り下ろそうとしていた聖剣が地面に縫い止められる様に……リリィは一体何をした?レンゼリアが自分の意思で動けなくなってるのか?
数メートル離れたエミリアとエナさんが固唾を飲んでレンゼリアを見つめる中、リリアティが白衣のポケットに突っ込んだ左手を引き抜いた。その手には…先日見たナスティの手帳が握られている。
リリィが手帳を片手で器用に開いてその中を俺たちの方へ向けた。
そのページは…
「魔術師トーノ=リョージ、禁呪指定項目、重力制御の中の…〝加重″…でいいのよね?これ。私がこの街に来て、この手帳を手にしてから数年間、必死で読み解いて研究して実験して、唯一使える様になった貴方の異世界の知識よ。リョージ。」
…………ぬぁぁぁぁぁ!!なんか過去の闇ノートとか俺の能力設定!とか、僕の考えた最強魔法!みたいなものを曝け出されてる気分がぁぁぁぁ!
…はっ!いかん!
(や、やめろリリィ!今すぐレンゼリアの魔術を解くんだ!それに禁呪指定した魔術はこの世界にどんな影響を与えるかわからないんだぞ!)
「大丈夫よ、私が出せる最大威力の2割程度に抑えてあるから。これくらいなら対象を動けなくするだけ。発動だけでかなりの魔力を持っていかれるけど、この魔術を身につけてから今まで何度も実験したのよ?結果として魔術の対象以外に〝大きな″影響を及ぼした事はないわ。」
一応安全…らしいが、未だに地面に押し付けられているレンゼリアは勿論心配だし、この光景に怯えるエミリアとエナさん達も勿論気遣うべきなんだろうが…なんだか分からないが小っ恥ずかしいぞこのやり取り!
「そんなに心配しなくても、少ししたら注ぎ込んだ魔力が切れて動ける様になるわ。この駄剣に言いたい事はもう言った、次は貴女よ、エミリア=マキナウス。」
地面から一向に動けず唸り続けているレンゼリアを横目に、再度両手を白衣のポケットに突っ込んで、エミリアとエナさんに近づいて来るリリィ。エナさんがエミリアを庇うように前に出た。
離れた場所で事の成り行きを静観していたレッセンとリーネリアがさらにその前に割り込む。
「エバンス殿、そこまでです。」
「エバンス師、エミリア様はマキナウス子爵家のご息女で「そんな事は勿論知ってるわ」ならばお控え下さい!」
「お、お嬢様に近づかないで下さい!」
エミリアの目の前の三人がリリィを制するが、リリィの歩みは止まらない。
「エバンス師!聖剣様への狼藉に加えてその様に魔力を発しながらエミリア様へ近づくなど!これ以上は御領主様への反逆と取ります!おやめ下さい!」
言い終わる前にリーネリアが訓練用のショートソードをスラリと抜き放つ、それと同時にレッセンが腰を少し落とす。
(リリィ、何がそんなに気に入らないのかは分からないがやめてくれ、もしエミリアに何かするつもりなら…)
二人が臨戦態勢になったせいか、俺の言葉が届いた為か、リリィの足がピタリと止まり、彼女から立ち昇っていた魔力の反応も消えた。そして、暫く此方…エミリアを睨みつけていたがやがて明後日の方向を向いて肩を竦め、細い溜息をついた。
「…悪かったわ、私も少し興奮していたみたい。別に危害を加えようって訳じゃないの。その子と少しお話ししたいだけよ。」
「……悪い冗談はおやめ下さい、エバンス師。とは言え、これ以上今の貴女を近づける訳には参りません。話があるならそこで。」
リリィの前に立ち塞がる二人からは剣呑な雰囲気は消えたが、未だリーネリアは剣を抜いたままでそう答えた。レッセンはいつの間にかエミリアの側に控えている。
白衣のポケットから先程の手帳を取り出したリリィがそれを手の中で弄びながら
「いいわ、エミリアちゃん。私はね?貴女の一族を快く思ってないの、今回の話に乗ったのはそこの馬鹿指輪が提示した報酬が魅力的だったからよ。あぁ、勘違いしないでね?貴女と馬鹿指輪の訓練は喜んで協力するし、貴女へ危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも無いわ。」
エナさんの後ろに居たエミリアがエナさんとリーネリアを押しのけて前に進み出て行く。止めようとするリーネリアへ〝大丈夫です″と声を掛けながら歩み出たエミリアは、指に嵌る俺を一瞥してからリリィと向き合った。
「リリアティさん、リョウの装者は私です。あなたがリョウを指にしても意味は無いと思います。」
「それは200年前の話よ、今の彼は装者なんて制約、殆ど無意味になっているはず。それは貴女も気付いているんじゃないかしら?」
ぐっと押し黙るエミリア、…確かに200年前に意思疎通が出来たのは、レンゼリア以外じゃ装者のデクス=マキナウスだけだったが…。
気圧されながらエミリアが続ける。対するリリィは感情を感じさせない冷たい目でエミリアを見ていた。
「で、でも!リョウは私が付けたままじゃないと強くなれないって言ったのよ!」
「だから今回喜んで協力するのよ、彼自身が成長さえしてしまえば未熟で力の無い装者なんて彼にとって足枷でしかないもの。」
(おい!リリィ!)
エミリアがリリィと目を合わせていられなくなったのか視線を落とす、右手に嵌る俺をジッと見つめた。
「それにさっきの話、彼が私のものにってところね?それは今回の報酬とは別、彼から私への個人的な依頼の報酬としてよ。今回の報酬は必要経費とこの手帳、コレについての協力をお願いしたのよ。最も、禁呪指定の項目については絶対にダメだって言われちゃったけどね。それと、報酬はもう一つあるんだけど…個人的な事だから今は秘密にしておくわ。」
俯いて聞いていたエミリアの目にジワリと涙が滲んだ。
(リリィ、もうやめろ!)
「リョウ…私、あなたの足枷?まだ子供だから?頑張るからあなたの装者で…」
(エミリア!俺の装者はエミリアだけだ、エミリアは俺の家族だからな!リリィ、お前言い過ぎだ、一体どうしたってんだ?)
一瞬ハッとした表情を見せたリリィがまた明後日の方向に視線を向けた。バツが悪そうに肩を竦める。
「…ごめんなさい、こんなに熱くなるつもりじゃなかったの。気を悪くしないでね…ってのも無理か。どうする馬鹿指輪?今回の件、今更だけど同行者から外れてもいいのよ?」
(ん…?あぁ、そうだな…)
「構いません!リリアティさんが一緒に来て下さい。まだ何をするか分からないけど、一生懸命訓練したんです、私がリョウの足枷じゃないって証明して見せますから!」
俺の言葉を遮る様にエミリアがリリアティへ向けて叫んだ。まだ少し涙ぐんだ瞳でジッとリリアティを見据えて。
その時、後ろに控えていたリーネリアがエミリアの脇にスッと膝をついた。
「エミリア様、あなた方のやろうとしている事は私に内容を聞かせられない事でしょうか?もし、差し支えなければ是非私もご協力させて頂きたく思います。」
「先生…リョウ…。」
(あー!そんな顔するなエミリア!今の俺の装者はエミリアだけだから心配するな。リリィ、お前やり過ぎだ、これ以上エミリアとレンゼリアに余計な事をするつもりなら…別枠の依頼の件は考え直すぞ?)
暫く黙っていたリリィは嘆息すると肩を竦めながら呟いた。
「はいはい、貴方には嫌われたく無いから退散する事にするわ。そろそろ其処で這いつくばってる聖剣も動ける様になる事だしね。…にしても、証明…ねぇ。貴方、本当にその子に何にも教えてあげてないのね。」
(リリィ…頼むからそこまでにしてくれ。)
少し低い声でリリィにだけ念話を送る。
「あぁ、余計な事は言うなって事ね。一つだけ忠告するわ、馬鹿指輪。中途半端な優しさや不要な気遣いは相手を傷つける事もあるのよ?まぁ、そんな人間臭いところが貴方の…ってそろそろ其処の聖剣が動き出す頃ね、斬り付けられないちゃ堪らないから退散するわ。」
両手を軽くあげて首を振ると、リリィが三人に背を向けた、肩越しにこちらに視線を向けて〝じゃあ二日後ね″と一言投げると、屋敷に向かって歩き出した。
来た時と同じ様にツカツカと歩を進めて行くが、リリィがピタリと立ち止まる、足元には震える様に動くレンゼリアが居る。
…なんだ?ここじゃ良く聞こえないが、リリィが何かブツブツと呟いている。
そのうちリリィがスッとしゃがみ込んだ、暫くするとレンゼリアの震えが止まった様に見えた。
立ち上がった後、レンゼリアを一瞥したリリィはそのまま屋敷の方へ消えていく。
リリィの姿が屋敷の陰に消えるまで、エミリア、エナさん、レッセンとリーネリアの四人はそれをジッと見つめていた。
リリィが消えた直後、レンゼリアがスイッと浮かび上がった、エミリアがハッとしてレンゼリアの名前を呼びながら駆け寄る。
エナさんはそれに続き、レッセンとリーネリアは俺たちの後ろでなにやら相談を始めたようだ。
「レンゼリア様!大丈夫ですか⁉︎」
(レンゼリア、何処にもケガは無いか?)
フヨフヨと漂っていたレンゼリアは暫く何も言わずに浮かんでいたが、そのうち音もなくエミリアの腕に刀身を預けた。
エミリアに抱えられた直後に浮遊を止めたのか、急に掛かった重さでエミリアが〝んっ″と小さく呻いた。
(レンゼリア…おい、大丈夫なのか?)
エミリアは言葉を発さないレンゼリアを心配な様子で見つめている。
(おい、レンゼリア、何とか(大丈夫、大丈夫だ。心配かけてすまなかったな。)…お、おう、なら良いんだが…。)
(レンゼリア、リリィ…リリアティの事だが悪く思わないでやって欲しい、口は悪い所もあるがあんな感じになったのは俺も始めて(き、気になどしていない!私も大人気無かった…と思う。)そ、そうか?)
「でもレンゼリア様…何か凄い魔術を受けて…。」
手の中のレンゼリアを掲げ持ち、キズが入ったりしていないか眺めていたエミリアをレンゼリアが小さく震えて制した。
(…だから私は気にしていない。…エミリア、今日は少々魔力を使い過ぎたようだ…少し疲れてしまったから屋敷まで運んでくれないか?)
結局その後、エミリアの部屋に戻ったレンゼリアは魔力を回復させたいから暫く休むと言ってそれっきり念話に反応しなくなってしまった。
エナさんは屋敷に戻るなりレッセンに仕事の指示を受けパタパタと家事に戻り、そのレッセンはリーネリア先生と相談があると言って奥に引っ込んだ。
エミリアも疲れていたのか夕食の後には眠くなってしまったようで、食事後部屋に戻るなりベッドに倒れ込んでそのまま寝てしまった。
…ついに二日後から本格的にレベリングを始める事になったか…。だがリリィの起こした波紋は大きそうだ、今までエミリアに隠していた事も、粗方リリィの口から出てしまった。
エミリアもずっと何か聞きたそうにしていたが、俺に気を使っていたのか何も問われなかった。
…はぁーーーー。仕方ない、明日は関係者集めて説明会だな。この際リーネリア先生にも協力して貰うか。




