39話 訓練訓練、また訓練
王国歴476年 夏の月9日
「クソっ!早すぎる!」
余りの理不尽さに思わず声が出る、次の瞬間それを大きく後悔した。声と共に吐き出した息を吸い込む刹那、身体の反応が僅かに遅れた。
体力ならそこらの男共に負けない自負があり、同格相手なら模擬戦でも実戦でも、勝っていても負けていても最後まで根を上げずにいたのはいつもアタシだった。
だがコイツは反則だろ。
ほんの少し反応が遅れただけで途端に視界の端から白銀色が迫ってくる。振り切った剣先を立て直す暇もなく、打ち込んだ勢いを何とか利用して無様に地面を転がり、汗と土に塗れながら相手の追撃を躱す。
模擬戦の二本目が終わった時に、重量のあるグレイプニールでは追い切れないと判断してからは訓練用のショートソードに持ち替えたが、それでも相手の圧倒的な手数と重さには対応出来ていない。
相手が貴族のお嬢様と軽い指導のつもりで始めたは良いが、もしこれが実戦だったなら…アタシはこの10歳を過ぎたばかりの少女に、もう3回は殺されている事になるな。
転がりながら相手の位置を確認し、剣先を向けて牽制するが、その剣先から肘まで痺れる様な衝撃が伝わり、気がつけばアタシの手の中にショートソードは存在していなかった。眼前には聖剣を振り切った姿勢で息を上げた金髪の少女が、それでも隙なくこちらの挙動を見定めようと、強い視線でアタシを見ていた。
これで4回目…か。
「ハァ、ハァ、ゼーリカさん…これで四本目です。そ、そろそろ休憩しませんか?」
こちらが戦闘を続ける意思が無いと判断したのか、糸が切れた様に聖剣を地面にザクリと刺して、剣にもたれ掛かりながら膝をついた少女。エミリアの金髪は汗でベッタリと顔に張り付き、顎からポタポタと雫が垂れた。
今頃になって遠くでガランとショートソードが落ちる音がした。
こりゃ粘っても無理だな。
そうだなエミリア、と返事をしてそのまま仰向けに倒れ込んだ。あー、持久戦に持ち込みゃいけると思ったんだけどなぁー!
「いやぁエミリア、完敗完敗。とんでもないねぇ聖剣の装者ってのは。アタシだって特務騎士の中じゃ割りかし上のほうだから、結構自信あったんだけどねぇ。」
二人は訓練場と屋敷の間にある草地に座り込んでいた。俺も何度かエミリアの剣術訓練は参加した…いや、見た事があったが、今日目の当たりにしたのは、俺の知るエミリアとは次元を異にしていた。
「いえ、私なんて…全部レンゼリア様とリョウのおかげです。」
(はっはっは!どうだゼーリカよ、真の聖剣装者と打ち合った感想は!手も足も出まい!)
(おいレンゼリア、言い過ぎだろ。どうだエミリア、身体の調子でおかしい所はないか?)
「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫。リョウってば今朝からそればっかり、心配し過ぎだよ。」
訓練2日目、今日はレンゼリアに魔力を通す訓練…の前に、そのコツを掴む訓練を行う為に、レッセンに手配して貰った準備が済むまで訓練場で待機していたんだが…、たまたま通りかかったゼーリカと何故か模擬戦をする事になり、今に至る。
一本目は完全に油断していたゼーリカの隙をついて距離を詰め、面食らったゼーリカは全く対応出来ずあっという間に終わった。
二本目は長剣を持っているとは思えない速度で動き回るエミリアに対して、グレイプニールを器用に振り回してゼーリカも善戦していたが、次第にエミリアのスピードが上回り始め結果惜しくも敗北。最後の方にフルスイングのグレイプニールとレンゼリアがまともに打ち合って、お互いに弾かれた時のゼーリカの驚いた顔を思い出す。
二本目終了直後にコイツじゃ無理だと叫んだゼーリカは、ショートソードに持ち替えたが今度は剣撃の重さに押し切られ、最終の四本目に至っては連戦によるスタミナ切れが敗因と言えた。
途中でエミリアの異常な動きの速さと攻撃の重さについてレンゼリアに聞いたが、全て同調の恩恵によるものだと言う。
勇者王の時は奴自身が凄いんだとばっかり思っていたが、10歳のエミリアが騎士、それも王都の精鋭に勝てるなんて予想すらしていなかった。
エミリアの戦闘力が上がるのは…まぁ悪い事じゃないが…俺の知るレンゼリアの能力を考えるとデメリットが存在しないハズが無い。
今のところはエミリアの不調も無い様に見えるが早い方がいいだろう、今夜にでもゆっくり問いただすとしよう。
「にしてもエミリア、アンタまだ10歳だってのに中々良い筋してるね、アレだろ?家令さんの指導だって聞いたけど、レッセンさんだっけか?」
「うん、物心ついた頃からレッセンに先生をして貰ってるよ。お兄様もお姉様も前はそうだったんだけど、今は私だけね。」
地面に座り込んだゼーリカがポリポリと頰を掻く、エミリア、レンゼリアを順に見て一息フゥとため息をついた。
「この家はとんでも無いねぇ、領主様はどうだかわかんねぇけど、奥方のミラ様は元騎士長だしよ、あの作業着の爺さんな、名前は知らねぇけど魔力量が半端ねぇ。そんであの日の夜に街に来てた連絡員達とちょいと話をしたんだが、全員何が起こったか分からねぇ内に気絶して拘束されててな、誰がやったか聞いてみりゃあの爺さんの嫁さんとはな、そんでもって家令さんは剣の達人ときてやがる。」
ゼーリカがマキナウス家の面々を指折り数えて話しながら、親指から薬指までを倒したところで肩を竦めた。残った小指をエミリアに向けて、それからその弟子もな、と微笑んだ。
(その内の何人かの件は俺も最近知ったんだがな、レッセンは元騎士で元冒険者だそうだ。)
俺が付け加えると、エミリアがフンフンと頷く。ゼーリカがヒュウと口笛を鳴らす。
「なんだかここの領軍の練度がやたら高い理由が分かった気がするよ。人数は少ねぇが雑魚がいねぇ、訓練してる所をチラッと見たが、中にゃ王国の騎士隊に居てもおかしくないヤツもいるんだぜ?」
「王国特務騎士の方に騎士並みと言って頂けるとは、我々マキナウス領軍も鼻が高いですな、副長!」
「お前はその中には入ってなさそうだけどな、ロドニー。」
「皆様お待たせしました。トーノ殿、ご希望の方々です。ゼーリカ殿もお嬢様のお相手をして頂いていた様で、ありがとうございます。」
訓練場の端に座る二人の後ろから不意に聞こえた声に顔を向けると、マキナウス領軍の装備を身につけた男女二人とレッセンが近づいて来ていた。
レッセンのすぐ後ろには領軍の鎧を纏い腰に細身の剣を下げ、黒髪を綺麗に切り揃えた小柄な女性。
マキナウス領軍の装備は理由あって基本的に軽装で、胸や腹、本来金属で守るべきところは滑らかな木工細工で作られていて、枠組みや接合部のみ金属という特異な見た目をした鎧だ。
その胸部の曲線は木目も相まってとても美しく、戦闘用とは思えない芸術品の様な装いを見せていた。
その後ろのロドニーと呼ばれた中年の男も同様の領軍仕様の鎧だったが、彼の鎧は珍しい重装仕様で守るべき箇所を重厚な厚みの…やはり木材が美しく磨かれており、太陽を反射させていた。
褐色に焼けた肌に蓄えたヒゲ、鎧の木材同様に太陽を反射させるハ…スキンヘッド、彼は帯剣しておらず、マキナウス領軍の装備である木製の盾を両手に一枚づつ持って副隊長と呼んだ女性の後を付いてきている。
「エミリア様、マキナウス領軍副長リーネリア、並びに副長補佐ロドニー、御命令により参上しました。」
「エミリア様、お久しぶりです。おう!特務の筋肉ねーちゃん!ロドニーだ、宜しくな!」
「誰が筋肉ねーちゃんだこのハゲ。喧嘩売ってるなら買ってやろうか?」
言うが否や先程まで座り込んでいたゼーリカが目にも止まらぬ速さでロドニーの前まで歩み寄り、お互いに睨み合う。ヤンキーかよお前ら。
(やめろゼーリカ。)
「やめなさいロドニー。」
俺とリーネリア副長が同時に静止するが、二人はお互いを指差して自分を止めたものに振り向いた。
「「いや、このハゲが!」筋肉女が!」
「「やんのかコラァ!!」」
「まぁまぁ、二人ともこれで発散してきたら如何ですかな?ロドニー殿は両手の盾をここへ置いておいて下さい。はい、お二人ともこれを。」
二人の間にレッセンが両手を突き出した。いつのまにか手には二本の訓練用ショートソードが握られていた。
黙った二人は無言でショートソードを見つめていたが、ドスドスと二枚の盾が地面に落ちる音が聞こえた後、二人はお互いを睨み合いながらゆっくりと目の前のショートソードを手に取った。
「お嬢様の邪魔にならない様、端でお願いします。ゼーリカ殿、ロドニー殿。」
暫し無言の二人だったが、やがてお互い示し合わせた様に訓練所の端に向かって歩いて行った。
「お見苦しい所をお見せしました、レッセン殿。」
二人を見送るレッセンにリーネリアが頭を下げた。クルリとレッセンが向き直る、良い笑顔だなレッセン。
「まぁ、たまには良い刺激になるでしょう。さてリーネリア殿、エミリアお嬢様の訓練を宜しくお願い致します。」
遠くから金属がぶつかり合う音と男女の叫び声が響く。が、訓練場の端と端なので気になる程ではない。
遠くの喧騒を意識の外に追いやり、屋敷の前に残された三人の内、エミリアとリーネリアは盾とショートソードを持って対峙していた。
レンゼリアは先程からレッセンに抱えられているが珍しく大人しい。多分俺がエミリアにやらせたい事を理解して黙っている…のだと思いたいが。
「さて、トーノ殿。ご希望の魔力盾使い、それも領軍随一の使い手をご用意致しました。ここからはお願い出来ますかな?」
(あぁ、すまないなレッセン。さて、エミリア、今まで魔術や剣術は訓練しても、魔力盾を使った事は無いよな?)
左手に下げた木製の盾、某RPG風に言うなれば、〝木の盾″とステータスには出るであろうそれを小さく上げ下げしながらエミリアが答えた。
「うん…領軍の武装はこんなに間近で見た事無かったし、この盾も初めて持ったよ?」
(さて、リーネリア殿…だったかな、初めまして。マキナウスの指輪、トーノ・リョージだ、好きに呼んでくれて構わない。突然お呼びして恐縮なんだが、エミリアにこの魔力盾について説明して貰っても良いだろうか?)
初めて俺と会話する人物は大体驚くものだが、リーネリアは全く動じない。一度ショートソードを鞘に戻し、右手を握り左肩に当てる、エスティリマ王国式の敬礼だ。
「はっ!マキナウス子爵家に伝わる伝説の指輪殿!お初お目に掛かります、マキナウス領軍副長、リーネリア・グラークスであります!非才の身ではありますが、この度エミリア様の魔力盾指南を務めさせて頂きます!」
硬いな。
「まず、領軍の正式採用魔力盾についてご説明致します。エミリア様、宜しいでしょうか?」
「は、はい!お、お願い致します!」
リーネリアが片手に下げた木製の盾を真っ直ぐに突き出す様掲げる、円形の盾は周囲に金属の枠があり、その内側はそれなりに厚みのある板状の木材が隙間なく並べてある。
いきます、と呟いたリーネリアが掲げた盾に魔力が行き渡っていく、中心から外側へとゆっくり魔力が広がって行くのが感じられた。
エミリアにもそれは理解出来たのだろう、同じく自分の持つ魔力盾にも魔力を通し始めた、それはリーネリアと同じ様に裏側の持ち手から伝わり、ジワジワと中心から全体へ行き渡る。
「お上手ですエミリア様、そのまま魔力を保持出来ますか?」
「は、はい。何とか。でも長くは…」
「そのままで、失礼!」
話の途中のエミリアにリーネリアは腰のショートソードを抜き放ち、跳ねる様に間合いを詰めると鋭い斬撃を盾に浴びせた。
ギィンッ!
盾から聞こえたのは金属音の様な硬質な音、ショートソードは小刻みに震えながら、まるでこれからリーネリアが振り下ろすかの位置にまで弾かれていた。
エミリアは盾に受けた衝撃で少し後ろによろめいたが、攻撃を受けた事よりも自分の掲げていた木製の盾に対して驚きの表情を向けていた。
「失礼致しました!エミリア様、もう魔力を解いて頂いても宜しいでしょうか?」
「は、はい……ふぅ。」
「まだまだ魔力に余裕がありそうですね。」
声を掛けながら近づいてきたリーネリアは今度は緩やかにショートソードの剣先を何度も盾に当てる。コンコンと机を叩く様な硬質だが、先程の様に不自然では無い、木と金属のぶつかり合う音そのものがエミリアの耳に届く。
よく見ると斬撃を受けた跡は全く残らなかったのに、今叩かれてる部分には小さなキズが無数に刻まれていた。
「お判り頂けたでしょうか?これが領軍の保有する魔力盾でございます。重厚な金属盾と比較して格段に軽く、硬く、取り回しに優れております。しかし魔力を通さなければただの木製の盾、我等マキナウス領軍兵はこれを使いこなして初めて一人前とされます。無論、我々が纏うこの木製の装甲を持つ鎧も同じ素材で出来ております。」
盾の面に刻まれたキズを眺めたり、摩ったりしながらエミリアが感嘆の声を返した。
「り、領軍の皆って凄いんだね、戦いの最中ずっと盾にや鎧に魔力を通し続けるなんて、私なんて少しの間保たせるだけで精一杯…「それは間違いです、エミリア様。」…え?」
リーネリアがスッと盾をこちらに向ける、魔力は通っておらず、それはエミリアも感知出来ていた。
「どうぞ、いつでも打ち込んで来て下さい。全力で。」
「え?…でも魔力が…「構いません、どうぞ。」……じゃ、じゃあ。」
右手に持つショートソードを握り直し、腰を落としてジリジリと間合いを詰めるエミリア、リーネリアの盾には魔力は一切通っていない。
フッとエミリアの呼気の音と共に、切り上げる形で盾に斬りつけたショートソードは、
ギィン!
と、金属音で阻まれる。あれ?と小さな声を上げるエミリア。弾かれる剣から視線をリーネリアの盾に移しても、それには先程同様、魔力は一切通っていない。
凄いな。レッセンの連れてきたこのリーネリアはエミリアの訓練の良い手本になりそうだと確信する。
「続けて!連続でどうぞ!」
困惑するエミリアが何度も盾に剣を叩きつける、それらは全て金属音で返され、弾かれ、打ち疲れたエミリアに立ちはだかる盾には僅かなキズすら残っていなかった。
(さて、エミリア。何が起こってたか分かるか?)
「ちょ、ちょっと待ってリョウ。息を整えるから…。」
(素晴らしい!リーネリアと言ったか?そなた中々の魔力展開速度をしておる!過去の大戦でもお主程の滑らかさを持った者はそう居なかったぞ!)
「はっ!聖剣レンゼリア様!恐縮であります!」
レッセンに抱えられたレンゼリアが愉しげに声を上げた。リーネリアはレッセンに向き直り再び敬礼する。聖剣に褒められた為か凛々しい顔付きの彼女の頬は少し赤らんでいた。
(あ、リーネリア殿。レッセンに聞いてるとは思うが、聖剣が此処にある事は内密に頼みますね。)
「はい!勿論です!レッセン殿より厳しく情報を漏らさぬ様伺っています。今領軍でその事実を知る者は、隊長と私と副長補佐のロドニーの三名のみです。」
(助かります。さてエミリア、改めてさっきのは理解出来たかな?)
エミリアが呼吸を整えたのを見計らって再度問う。エミリアはしばらく黙って自分の持つ盾へ魔力を通したり止めたりを数度行い、うんと頷いて顔を上げた。
「…リーネリアさんは、攻撃を受ける一瞬だけ…もの凄い速さで盾に魔力を行き渡らせた…とか?」
「はい、その通りですエミリア様。お恥ずかしながら私達一般的な領軍兵の持つ魔力量はエミリア様のそれよりもかなり少ないのです。しかし、我々の主たる任務をこなすには重い金属の鎧や盾を纏うのは不向き。軽い装備である事が不可欠なのです、その為このマキナウス領軍ではこの木製の魔具を使い熟す事で、軽装でありながら高い防御を両立させているのです。」
リーネリアが木製鎧の胸元を手甲の金属部で素早くコンコンと叩く、それは幾度か叩き続けるうちにキンキンと硬質な金属音へと変化した。何度も行われるそれへ集中すると、鎧の胸甲部分のみ手甲が当たる瞬間、光が明滅するかの様に魔力が通り、消えているのが感じられた。
「お嬢様。リーネリア殿は我が領軍内でも、一、二を争う魔力展開速度と任意の場所に魔力を集める器用さを併せ持つ方です。レンゼリア様に魔力を供するならば、今のお嬢様では程なくディクス様の様にお倒れになるでしょう。ですが、先程のリーネリア殿の様に一瞬、攻撃や防御の一瞬のみであれば…」
「ずっと長持ちする…だからこの盾でその、魔力展開速度?…を早くする訓練をするの?」
(そう。それがレンゼリアを上手く扱いながら、兄貴みたいに倒れない様にするコツになるのさ。)
それを聞いたエミリアが無言で盾に魔力を通す、最初に魔力を通し時と同じく、ジワジワと全体へ行き届いていくエミリアの魔力。盾全体に魔力が通った後、ふぅと一息ついて魔力が盾から消える。もう一度魔力を通し始めるエミリア、盾の半分まで魔力が広がった所でリーネリアに問う。
「あの、リーネリアさんはさっきのが出来るまで…その…どれくらい?」
「領軍に入ってから毎日欠かさず鍛錬していましたが…今の域に達したのは5年目頃ですかな。「無理だよ!!」」
(別にリーネリア殿までの速度を求めているわけじゃ無いから安心しろエミリア。リーネリア殿、一般の領軍兵も遅いながら同じ様な事は出来るんだろ?)
「そうですね、一応新兵が最低限実戦で使える様になるには…才能がある者でも半年以上は訓練が必要で「やっぱり無理じゃない…」…それは我々の魔力量だからです。エミリア様はこの短時間で何度も盾に魔力を満たしていますが、一般的な新兵が訓練出来る回数は、丸一日朝から晩まで魔力を回復させる時間を取りつつ行って、やっと数回が限度です。習熟すれば回数も増えるのですが、皆最初からエミリア様程回数をこなす事が出来ないのです。もっともマキナウス領軍が少数なのはこの訓練に付いて来られる人材が少ない為でもあるのですが。…ははっ」
少し悲しげに笑ったリーネリアは盾をその場に置き、ツカツカとエミリアに近付くと、ガッシリと両肩を掴んだ。
「事前にレッセン殿から一週間で仕上げる様にと承りましたが、到底無理と思っておりました。ですがエミリア様の魔力量ならば充分いけると判断致します!いやぁ、新兵達の気長で悠長な訓練とは違いエミリア様は鍛え甲斐がありそうで、私今から楽しみでなりません!共に隊長の様に美しい魔力展開を目指して研鑽致しましょう!」
満面の笑みを浮かべるリーネリアに対して少々引きつった笑顔のエミリア。
そして再開される魔力展開の訓練、エミリアの魔力量ならかなりの回数が期待出来そうだが、さてどうなることやら。
出来ればリリィの準備が整うまでにある程度形になってくれればいいが…。
(リョウ!色々と考えてるじゃないか!これならエミリアの兄の様には早々なるまい。)
黙って見ていたレンゼリアから念話が届く。
(まぁな、これでも勇者王を間近で見てたからな。あんなのはもうゴメンだしエミリアにその轍を踏ませるつもりもねぇよ。)
(む、やけに引っかかる言い方をするな?リョウ。)
(…あの自称神の件は俺の個人的な事情の部分もあるしな、エミリアの命を掛ける訳にゃいかないさ。俺が成長するまでに無理をさせたくないだけだよ、レンゼリア。)
(ぬぅ…私の能力を何だと思ってる。)
(あぁ、そう言えば暫くお前を振る訓練は中止な。魔力展開が上手くいく様になるまではお預け(馬鹿を言うな!せっかく真なる装者を手に入れたというのに!これから私とエミリアの)魔力!…かなり減ってるだろ?最近ハシャギ過ぎだ。あとレンゼリア、お前の能力についてそろそろハッキリさせたい。今夜お前の中に入るからゆっくり聞かせて貰うぞ。)
(えっ?いやリョウ、ちょっと…心の準備が…いやいや、良いんだけど、今夜ってそんな急に…。)
こっそり鑑定すれば良いんだろうが、レンゼリアにはそうしたくない。
妙に挙動不審になるレンゼリアを尻目にエミリアの訓練は続いている。
遠くに響いていた剣撃の音はいつのまにか止んで、座り込む二人分の影が見えた。
…昔は大戦の只中に放り投げられ、転生者…転生物でありながら何の役にも立てずに状況に流された、今は神なる存在を知り、出来る事が増え…いや、その可能性が見えてきたが、やはり大きな何かに流されている。
個人的な最終目標はあるにしても、今は雲を掴む様なこの今を…俺はどうしたら良いんだろうか。
…考えても仕方ないか。まずやれる事を増やす、理想を言えばレンゼリアの様に独力で動ける様になれれば最高だ。
そして出来るだけ早くエミリア達から離れよう、数百年ぶりに異世界に出来た大切なもの達が傷つく前に。
あ…このままだとレッセンだけ貧乏くじか、さて、どうやって回避するかな。
大昔から何度心の中で叫んだか分からない言葉を念話に乗せた。
(あー!俺もチートが欲しいもんだぜ!)
レッセン、訓練中のエミリアとリーネリア、遠くに座り込むゼーリカとロドニーの顔までこちらに向いた。
驚きや訝しみ、なんとも言えない表情を浮かべる各々を無視して、俺の視界は夏の空を一面に移していた。
(だからリョウ、昔からお前の言うそのチートとやらは何なんだ?)




