34話 其々の準備 遠野亮司 後編
「ほら、ロクサル爺さん、無詠唱って言い張るペテンを早く見せなさいよ。すぐにタネを暴いてあげるから、精々上手くやってみせることね!」
「ぬぅ、変わらず威勢の良い小娘じゃのエバンスよ、まずは師匠に茶でも出さんかい。」
「ほんの数年でしょ!実力はもう大して違わない筈よ!いつまでも師匠ヅラしないで!」
ロクサルの前に踏ん反り返った眼鏡の白衣女…リリアティと言ったか、がロクサルとギャンギャンやりあっている。
…こいつが本当に腕利きの魔術師なんだろうか。見た目はエミリアより少し年上か、少しボサボサの銀髪を無造作に後ろで括り、裾がヨレヨレになった大きめの白衣を羽織っている。
如何にもな研究者スタイルだが、その若さとアンバランスなサイズの白衣が妙なギャップを感じさせた。
これまたサイズが合ってないのか眼鏡を頻繁に指で押さえている。第一声がアレだったがよく見ると中々に可愛らしい…喋らなければな。
ロクサルが部屋の中をゆっくりと見回す、白髪の髭を撫で付けてうーむと唸った。
「ここじゃ迂闊な魔術は使えんのう、物が多すぎるわい。そうじゃな、とりあえず魔力光をそこに浮かべて見せるから存分に見るとええぞ」
リリアティの後ろの机を指差してロクサルがニヤリと笑うと、ガタンと椅子を後ろに揺らしながら彼女も笑う。
「魔力光だろうと何だろうと無詠唱なんて無理に決まってるでしょ!そもそも魔力を空間に伝える為の情報力、いえ、情報を伝達する因子としてまず発声による空気の振動があって…」
早口で捲し立てるリリアティを横目に見ながら、ロクサルが眼前に指を一本立て、リリアティの後ろにある机の端を勢いよく指差した。
(ここでやって見せりゃいいのか?…魔力光!)
椅子をガタガタと揺らして喚くリリアティを後ろから柔らかい白光が照らす。その光に気づいたリリアティがガタンと椅子ごと後ろに倒れた。
「え?嘘、え?え?嘘でしょ?こんな………わ、わかった!さっきの会話中に遅延魔術を仕込んだわね⁈あまりにタイミングが良くてすっかりダマさ(もいっちょ魔力光!)ひゃぁ!」
倒れたまま浮かぶ魔力光を見ながら喋ってたから、目の前に出してやった。
案外可愛い声が出るもんだ。
「どうじゃ?驚いたかの?」
カカと笑うロクサル、リリアティは…倒れたままの体勢で少しの間目の前に浮かぶ魔力光をボーっと眺めていたが、やがてノロノロと魔力光を突き抜けて立ち上がると、これまたノロノロと椅子を元に戻した。
暫く立ち竦んだ後、俯いたまま床の物を蹴飛ばしながらガチャリガチャリとゆっくりロクサルに近づいてきて、目の前で立ち竦む。
「………うっ…グスッ…ぐぅ…うっ…。」
足元にポタポタと雫の落ちる音が響く、ちょ、ロクサル、この子泣いて…
羽織った白衣をギュッと握りしめてリリアティが嗚咽の混ざった声で続けた。
「なんで…うっく…私より…グスッ…先に…無詠唱…お爺様と…ヒック…お婆様に…約束したのに…うぐっ…この国で一番の魔術師に…グスッ…なって帰るからって…」
ちょ、ロクサル、これはおふざけが過ぎ…いや、俺に困った顔を向けるんじゃねぇ。…はぁ、なんだ、年相応の女の子じゃないか。
(おい、爺さん、これじゃイジメてるみたいになってるぞ、ネタばらしするからな)
「お、おぉ…ス、スマン…。」
「謝って欲しい訳じゃない!すぐに私だって追いついて……!」
ロクサルのローブを掴んで涙塗れの顔を向けるリリアティに念話を送る。
(俺からも謝るよ、このイタズラ爺さんが完全かつ全面的に悪い、すまなかったな。)
「え⁈」
止め処なく落ちる涙をそのままにリリアティが固まる、その眼鏡の奥の瞳をキョロキョロと動かした。
「いや、お主…そりゃそうなんじゃが、も少し言い方がの…?」
「今の声…後ろ…?は、閉まって…え?誰⁉︎誰か居るの⁉︎」
(さっきのは俺の仕業なんだ、驚かせてすまない。ほら、魔力光。「キャッ!」…な?ほら、爺さん説明しろ!)
顔の横に出現した魔力光に驚いたリリアティの目の前にロクサルが左手を持ち上げて、右手を彼女の頭にポンと乗せてニコリと笑った。
「それでは紹介しようエバンス、これが伝説の意思持つ魔具、マキナウスの指輪様じゃよ。」
ロクサルの顔と、左手の指輪をリリアティの視線がゆっくりと二度往復した後、リリアティの右掌がロクサルの左頬を勢い良く捉えた。
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頰をさするロクサルと俺を放っておいて、奥の部屋に消えたリリアティは、数分後に二つの湯気立つカップを手にして戻ってきた。
「エバンスよ、思いっきり叩く事は無かったんじゃなかろうか。お主がずっと会いたがっていたモノを連れてきたんじゃぞ?」
ロクサルの目の前にガンとカップを叩きつけ、苛立ちを隠す気もないリリアティが声を荒げた。
「バ、バッカじゃないの⁈あ、会いたがってた訳じゃなくてあくまで研究の為にだって言ったでしょ!」
ガチャリと机の上の物を押し分けながら腰掛けたリリアティが自分のカップに口をつける。ロクサルと言葉を交わしながらその瞳はずっと俺の方を向いている様に見えた。
なんだろう、怒ってる様に見えたと思ったら悲しげな表情になったり、少し口元が上がって見えたり…目まぐるしく表情が変わっていくが、その目線は俺から全く外れない。
暫く二人のカップを啜る音だけが室内に響いた後、ロクサルが思い出した様に問いかけた。
「おお、そうじゃエバンス、お主真空刃はどれくらいいけるかの。」
リリアティは俺に向いていた目線をロクサルへ向けると、ふぅ、と面倒そうに一息ついてから辺りを見回し、机の上にあった角材の切れ端の様な物をこちらに向かってヒョイと放ってきた。
ロクサルの脇を通りすぎるあたりでリリアティの高い声が静かに響いた。
「魔力の刃よ」
ゴッと不可視の何かが、俺たちの横をとんでもない勢いで通り抜けたのが感じられた。角材は中空で勢いよく加速し、盛大に後ろの壁に叩きつけられた。真っ二つになって。
飛んできた角材を受け取ろうと手を伸ばしていたロクサルが見事に固まっていた。
「お、お主!ワシがもう少し手を伸ばしておったら手首から先が無くなっておったぞ⁈」
「真空刃ってこれでしょ?何が真空よ、風で物が切れる訳ないじゃない。魔力を薄く鋭くして飛ばしてるだけの事。真空刃とはよく言ったものね。この程度で良いなら一日中発動していられるわ。」
そう、真空刃とは名前だけで厳密には魔力弾を薄く鋭くして高速で相手に飛ばしているのだ。衝撃では無く斬撃を飛ばすイメージを伝えた時に、何故か風を鋭くして一筋の真空を生み出す…って言葉が当時の魔術師達に広まり、真空刃となった…まぁ結果飛んで切れれば何でも良かったんだがな。つまり俺が伝えてしまったイメージはバ〇とかバ〇マだ。
「皆は風の刃として習得しておる、実際未熟な者はそよ風程度しか起こせんからの。お主が現象やら理論やらを突き詰め過ぎなのじゃエバンス。それにしても溜めから発動までが短い短い、相変わらず鮮やかなものよ。」
(おぉ、凄いな。ロクサル、この分なら俺が昔伝えた諸々のイメージが形になってたりするのか?)
「うむ、幾つかはの。ただ…お主が禁呪指定に分類したモノは全くじゃな。そもそもギルド長クラスでも原理すらわからぬ。書物の閲覧資格が持てるものも極少数じゃし。なんじゃったかの…かくゆうごう…とか、れーるがん…とか、ワシも大分前に流し読みした程度じゃったし。」
(それは忘れてくれ、大昔に宮廷魔術師と口論した時に口をついて出たもんだ。)
ガチャンと急に響いた音に視線を向けると、リリアティが机にカップを叩きつけて、ロクサルの左手首を掴んで目の前に持ち上げた。
もう片方の手で白衣のポケットを弄ると、古く薄汚れた手帳の様なものを突きつけてきた。
どうした?興奮しているのか?顔が真っ赤になっている。
「い、いまの単語、二つともここに載ってるんだけど、あんた謎の天才魔術師トーノ様とな、何か関係あるのかしら?」
「エバンス!それは閲覧禁止棚の「うるっさい!黙ってて!」いや、持ち出し厳禁…」
(うわ、それ懐かしいな。写本とかじゃ無くて現物が残ってたのか…それアレだろ?デクスと宮廷魔術師夫婦の3人で、夜な夜な俺とレンゼリアの異世界知識を纏めてたナスティの手帳。本当に懐かしいな…デクスがこっちに来る時に二人から受け取ったとは聞いてたが…。)
200年前、人魔大戦中に俺とレンゼリアから新しい魔術のヒントを欲しがった魔術師のシディルスとナスティに、デクスとレンゼリアを介して伝えた地球の兵器やら現象やらを書き殴った手帳。デクスは魔術の知識とか殆ど無かったし、俺が話す単語も理解不能なものが多すぎて、遅々として進まなかった話し合いを良く覚えている。
ミサイルや核兵器、それこそアニメの武器まで面白がって話してやったが、シディルスが核融合の実現を本気で目指してた時に諸々を禁呪扱いにしたのを思い出した。シャレにならんし、万が一にも目の前で発現したら人類が絶滅しかねんからな。
遥か昔の思い出を巡らせていたが、ふと気付けば目の前にあるリリアティの様子が…。
「……え?それって…え?マキナウスの阿呆指輪って、ええ!?だってそんな事一言も聞いて…。」
聞き捨てならん台詞が聞こえた気もするが、そう言えば名乗って無かったな。
視界を背後に回すとこれまた目の前にあるロクサルの顔がニヤついている。
(おい、爺さん。ワザと名前を伝えなかったな?リリアティ、その手帳の最初のページに載ってるのが俺の名前だ。遠野亮司、好きに呼んでくれて構わんぞ。)
「ワシもつい最近知ったのじゃから仕方あるまい?エバンスよ、お主の敬愛する天才魔術師、トーノ・リョージ殿はこの指輪じゃったという事よ。良かったのぉ、願いが二つ同時に叶って。ホッホ」
楽しげに笑い出したロクサルに向けた視界の端から凄まじい勢いで平手が通り過ぎて、俺の視界は床を映しだした。
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「それで?結局何の用なのよ。ロクでもない爺さんと馬鹿指輪。……私そんなに暇じゃないのよ?」
さっきと逆の頰をさすりながら椅子に座り直すロクサルは放っておいて、用件を切り出した。呼ばれ方については気にしない事にしよう。
(あぁ、ロクサルの悪ふざけが過ぎたせいで気を悪くさせてすまなかったな。実は俺の装者が数日後から大森林に入る事になってな。随伴して貰う腕利きの魔術師を探してたらこの爺さんが…えっと、エバンスさん、君を紹介してくれたって訳だ。)
先程座っていた机に座りなおしたリリアティは少しの間黙って俺の方を見ていた。
「……リリィでいいわ。「ホッホ、リリ」爺さんはダメ。なんで私なの?この街はそれなりに魔術師が居るし、大森林の深奥まで行くって訳じゃないんでしょ?適当に何人か見繕ってパーティ組めばいいじゃない。」
(事情があって少数精鋭にしたい。ロクサルの話じゃ、リリィはこの街でも上位の魔術師なんだろ?さっきの魔力刃を半日程連発しても倒れない位の魔術師を探してるんだ。)
「それにお主にも悪い話じゃあるまい?エバンスよ、この街に来た目的の一つ、いや二つか、それが叶うんじゃからの、あ痛っ!」
ロクサルの頭に机の上にあった金属片を投げつけたリリィは机を降りて目の前まで歩いてくる。
「……三つ条件があるわ、一つ目はさっきの事情ってのを話す事、二つ目はあんた自身について私の質問に答える事、三つ目はそうね…先の二つを聞いてからにしましょ。私への報酬についてよ。」
リリィがニコリと笑って差し出されたロクサルの手からスッと俺を抜き取った。
おい、ロクサル、少しは抵抗しろ。
「少し散らかってるけど、ゆっくりしていけばいいわ、ふふ。」
部屋に漂う魔力光に俺を翳して、リリィは楽しげに笑った。




