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俺が指輪の物語(仮  作者: トム麻呂
33/45

33話 其々の準備 遠野亮司 前編



王国歴476年 夏の月8日



 マキナウス家の治めるフィナレの街は王国内でも経済的に豊かな部類に入る。王国の辺境である最南端…と言っても馬車で数日の距離だが、豊富な森林資源と加工産業に代表される諸々の商業的な発展は、初代領主の時代から近隣貴族領の追随を許さない速度と先進性でその基盤を築いていった。


 元々大森林が殆ど手付かずの土地であった事には色々と理由があったが、現在ではその問題はクリアされて久しく、今では森林管理ギルド・木工ギルド・商会ギルド等々が先人の作り上げた土台を元に領内の経済を支えている。


(だから爺さん、何回聞かれても無詠唱も魔力を感知させないやり方もわからないって!)


「いや、それどっちもワシら魔術師が追い求める極地じゃぞ。わからんで済まされて良いもんじゃないぞい。」


 昼を少し回った時刻、そのフィナレ北部の目抜き通りをロクサルの爺さんの指に嵌って移動していた。

 普段は作業着に擦り切れたベストで農夫地味た格好の爺さんだったが、今日はその上から傍目に見ても良い生地なのが分かる長めのローブを羽織っている。


(そもそもレンゼリアの魔力だって感知出来ないだろうが!俺も同じ魔具だからってのが理由じゃダメか?あと詠唱してない訳じゃなくて、独り言の念話なんだが?)


「聖剣様がつこうとるのは魔術ではなくて聖剣としての能力じゃから根本的に違うと言っておろうが。それでお主の言う念話ってのはアレじゃろ?こう、心の中で喋るんじゃろうが?それ立派な無詠唱じゃからな⁉︎」


 喧しい爺さんと俺はマキナウス邸から北側の商業地区を歩いている。


 フィナレの街の北部は市場や鍛冶場、前述の木工職人達の店舗や作業場が立ち並び、早朝から日が落ちるまで経済活動の中心として賑わっている。俺達はその一角に在る魔術師ギルドへ向かっていた。


 マキナウス領の魔術師ギルドは他領に比べて魔術師の在籍数が多い事で有名だ。マキナウス領魔術ギルドのみが秘匿する強力な魔術に関する資料や、ギルド員の中でも一部のみに教授される特殊な魔術の知識が多数の魔術師を集める要因になっていた。




 昨日行われた王国騎士供への追求は一旦の目処がつき、さて次のお話をしようと思った矢先にエミリアの兄貴がレンゼリアを使ってぶっ倒れた。全く、あの聖剣様はいつも勢いで行動しやがるからタチが悪い。


 なし崩し的にお開きになってしまった話し合いだったが、当初の目的は進めなくてはならず、エミリアはマキナウス邸でレンゼリアの装者としての訓練を開始し、俺は下準備に動き出している。


(そもそもな、無詠唱ってそんなに凄いか?あと、魔力が感知出来ないっつっても爺さん位のレベルになりゃ相手の魔術発動見てから対処出来るだろうが。)


 ロクサルが握った左手を持ち上げた、今更だが俺はエミリアが指から外すと少しサイズがデカくなる。原理は全く分からんが元々子供が指に嵌められるサイズではなく、今はこの爺さんの中指にピッタリと収まっていた。


 爺さんではサイズ調整が発動出来る事も無く、落し物にされても困るので丁度良い指に嵌って移動していると言うわけだ。


 俺の反論に対して、ロクサルはふむ、と一息おいてから続ける。


「片方づつならそりゃあの、ワシ程度の者なら会話しながらでもそれを詠唱として魔術は発動出来るし、たとえ魔力を感知出来なくても距離さえあればこちらに影響が来る前に防御位は出来る。だが両方となると完全にこちらは後手じゃ、魔力を練り込むのも発動の起こりもわからんのじゃ対処どころの話じゃないわい。」


 街中で独り言を呟きながら歩く爺さんは、騒がしい商店の声や、雑踏の音に紛れながら魔術ギルドフィナレ支部を目指していた。


「それにお主、トーノ・リョージと言ったな、珍しい名だが何処かで聞いた事があると思ったら、昔見た魔術ギルドの秘匿資料に同じ名前があったのを思い出したわい、100年以上前の資料に名が載っとるという事は、真空刃やら流水刃の構成はお主が編み出したもんじゃろう?」



 …はい、本人です。イメージで大概の現象が起こせるこの世界の魔術だが、その元になるイメージってやつは中々湧いてこないもので、攻撃用の魔術って言えば衝撃自体を生み出す魔力の塊だったり、炎の魔術も規模の大小の差、更には石や岩の礫だったりと、なんつーかこう原始的なものが多かった。

 200年前の宮廷魔術師クラスの奴等ですらその規模がデカいだけの使い手が多く、思い出すのもムカつく宮廷魔術師のシディルスとその嫁さんに色々と教えるのには苦労させられたもんだ。

 人伝てにイメージを伝えるのって難しいって思い知ったのは、懐かしくも嫌な思い出です。


(はぁ…なんでこんな喧しい爺さんと一緒にお出かけなんだ…俺的にはエナさんかベルとでも問題ないんだが…)


「エナとベルのお嬢ちゃんはディクス坊ちゃんとエミリア嬢ちゃんの世話で手一杯じゃ。それにお主魔術ギルドに用があるんじゃろ?ワシが一緒に行った方が何かと都合がつくと言っておるじゃろうに。謎の魔術師トーノ殿も一緒なら尚の事の。」


(好きで謎にした訳じゃねぇよ。デクスの野郎が名前を残したいって言ったから…おい、爺さん聞いてるか?)


 ホッホと笑い髭を撫で付けるロクサルがピタリと歩みを止めて左手を目の前に掲げた。


「ほれ、ついたぞ。ここが魔術師ギルドのフィナレ支部、お主が探しとる魔術師は多分ここにおるわい。」


 特に何の変哲もない…少し大きめの商店に見える建物だったが、店の看板があるべき箇所にはデカデカと『魔術師ギルド マキナウス領フィナレ支部』と掲げてあった。


(案外こじんまりしてるな、二階…いや三階建てか、ここって王国屈指の在籍人数なんだろ?)


「別に皆ここに住んどる訳じゃぁ無いからの、ワシもお屋敷の敷地に家を頂いておる事じゃし。まぁ、一部例外もおるがの。それでな、お主暫くの間ワシ以外への念話を止めておいてくれんか。」


(ん?それは構わないが…爺さん、何企んでるんだ?)


 ロクサルは楽しげにクツクツと笑うと髭をひと撫でしてニヤリと笑った。


「少々気難しいヤツでな、ちょっと驚かせてやろうかなと思っての。」


(気難しいってんなら気を悪くするんじゃないか?暫くの間協力して貰うわけだし…)


「心配するでない、兎に角上手く合わせてくれよ?」


 返事を待たずにロクサルがギルドの扉を押し開いた、魔術師ギルドだけあって天井付近に複数の魔力光が浮かび、室内を明るく照らしている。

 広いスペースの奥にカウンターがあり数名のスタッフが事務仕事をしている、手前は小綺麗な絨毯の引いてあるスペースになっていて、入り口の正面の壁にはギルドっぽくベタベタと依頼書か何かが無造作に貼り付けてある掲示板が目立っていた。掲示板の手前に何人かローブ姿の男女が居るのが目についたが、こちらを見て少し驚いている様子に見えた。


 ロクサルはそんな中ズカズカとカウンターに向かって歩いて行く、カウンターの奥には書類とにらめっこするメガネに無精髭の青年が座っていたが、ロクサルがカウンターに差し掛かったところでこちらを見もせずに口を開いた。


「へーい、ご依頼ですかー、それとも依頼受けでしょーか。構成員なら登録証をご一緒にー「相変わらずの勤務態度じゃな、ベルスト。今度また揉んでやろうかの。」…⁈」


 ガタンと椅子が倒れる勢いで起立したベルストなる青年が、メガネが吹き飛ばんかの勢いで腰を直角に曲げて叫んだ。後ろに居た数人のスタッフにクスクスと笑われている。


「これはロクサル師!!ほ、本日は教練のご予定はございませんがどの様なご用件でしょうか⁈」


 …師?この爺さんギルドに顔が効くみたいな事を言ってたが、一体どんな地位なんだ。


「ふむ、サザールはおるか?後、エバンスは今日も研究室かの?」


「ギルド長は本日不在となっております!エバンス師は地下の研究室にいらっしゃいます!…あの、教練参加は何卒…何卒ご勘弁下さい!!」


 最後の一言を一番大きな声で伝えた後は直立の姿勢にもどったベルスト。ガチガチに緊張して額からは滝の様な汗が流れ落ちている。爺さん普段何やってんだ…。


「ダメじゃ、サザールが留守だからといって怠けおって、お主は今度の領兵教練過程に必ず参加する様に、サボったら後日ワシと一対一でやるからの。それはさて置き、エバンスと面会したいのじゃが…」


 渋々と頷きガックリと肩を落とすベルスト、後ろのスタッフから小さくオイオイとか、アイツ死んだわとか聞こえてきたのは聞かなかった事にしよう。


「…あの、エバンス師は数日前から篭りっきりでして、絶対に誰も入れるなと厳命が…」


「いいから、ロクサルが面白いモノを見せてくれると伝えて来てくれ、断られても構わん。今回はワシが直接行けば間違いなく出てくるからの。ホレ、急げ。」


 カウンターから飛び出す勢いで、奥の階段を駆け下りて行くベルスト、奥のスタッフに手を振りながらロクサルもゆっくりとそれに続いて階段を降りて行く。


(爺さん随分とギルドに顔が効くんだな)


「まぁの、この辺の魔術師なら大体ワシが育てた様なもんじゃからな。ギルド長とも長年の付き合いよ。」


 コツコツと魔力光に照らされる階段を降りて行くと…ここは訓練場か。フットサルが出来そうな程のスペースに並んだ案山子やよくわからない器具が置いてあるのが目に付いた。


「研究室はまだ下じゃ、数人の魔術師が研究室を借りて魔術の研鑽を行なっておる、その下は資料庫じゃな。ちなみに上階はギルド職員の事務所になっておるよ。」


 更に地下へ向けて階段を下っているとドタドタとベルストが駆け上がってきた、余程急いだのか息が上がっている。


「ハァ…ハァ…、ロ、ロクサル師、やっぱりエバンス師は誰も通すなと、ドアすら開けて貰えませんでした…も、申し訳ありません。」


「構わん、ご苦労じゃったのベルスト。上に戻って構わんぞ、あと教練の件は忘れるでないぞ?」


 ぐぅ、と唸りながら返事をして階段を登って行くベルスト、ロクサルは変わらぬ足取りで階段を降りて行く。


(なぁ、エバンスってのはどんな奴なんだ?)


「そうじゃのぉ、ワシよりちょいと歳は若いが中々優秀な魔術師じゃよ。じゃが少々特殊な方面に興味がある奴でな、一度研究室に入ると数日どころか半月も外に出てこぬ有様よ。」


 訓練場の下の階層に出ると、それなりの広さの通路に出た。ドアが何箇所に見えるが、これが全部研究室なのか?


「ここが研究用の階層よ、普段は通いで使うもんじゃが一応最低限の生活環境は整っておるな。ずっと住んどるのはエバンス位じゃわい。」


 そう言って通路を奥へ奥へと進んで行く、殺風景な通路は意外な程長く作られていた。何枚かのドアを横目に見ながら、一番奥の…何だこれ『探求の魔術師エバンスの研究室 在室 』って…お前は迷宮の番人か。


 某ゲームを思い出すなと、考えているとロクサルがドアをガンガンと殴り始めた。


「エバンス!ちょいと頼み事があってきたんじゃ!ここを開けてくれい!」


 暫く反応が無かったが、ロクサルがドアを殴り続けていると、ドゴンと鈍い音と内側からの衝撃がドアを揺らした。…何か重いものでも投げつけたか。断続的にドアから鈍い音と衝撃が続く。

 ふむ、とドアを殴打するのを止めたロクサルが、髭を撫で付けてから再度声をかけた。


「ついにワシが無詠唱を編み出したというに!これは残念じゃが出直すとするか!」


 ロクサルがニヤリと笑って数歩下がると、ドアの向こうでゴトゴトと何かを動かす音がして、ドアがガチャリと解錠される。


 バン!と勢い良くと同時に甲高い声が響いた。ロクサルの視線が斜め下へ向かう。


「バッカじゃないの⁈マキナウスの賢者サマもついに耄碌したのかしら!出来るってんなら今すぐ見せてみなさいよ!」


 少し大きめの白衣を羽織った眼鏡の女の子が鼻息荒く仁王立ちしていた。足元には金属の塊がいくつか落ちている、コレを投げつけたのか…ドアがよく持ったな。


「元気そうじゃの、エバンスよ。話を聞く気になったかの?」


 チッっと舌打ちして首を振り、部屋の中へ促された。足元はよくわからない金属や、紙束、山積みにされた本で一杯になっており、文字通り足の踏み場も無い。一目見た感想を言うなら…理科の準備室みたいな部屋だな。


 ガチャガチャと足元を掻き分けて前を進む女の子は、これまたよく分からない物が山積みになった机の前まで行くと、そこにあった椅子をこちらに向けてドカリと座り、腕と足を組んでロクサルを睨み付けた。


「この天才魔術師、リリアティ・エバンスさえも未だ実現出来ない無詠唱魔術、出来るって言うなら見せて貰おうじゃないの!」


(なぁ、爺さん。さっきあんたより『ちょいと』若いって言ってたよな?)


 ホッホと笑う爺様はいつもの様に髭を撫で付けて、ゆっくりと研究室のドアを閉めた。

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