Piece 初陣
ピピピッ・・・携帯の目覚ましが鳴る。
その前から目は覚めていたが起き上がる気になれず、目覚ましが鳴るまでベッドの中で
モゾモゾと寝返りを打ったり、うつ伏せになったりしていた。
考えれば考える程、眼は覚め、昨夜は殆ど眠れなかった。
ハァー。ため息が漏れる。最後は自分の意思で決めたにも拘わらず、夢であって欲しいと
願う自分もまだ、存在する。
昨夜から混乱する頭をリセットする為、熱いシャワーを浴びようとベッドから
這い出した時、部屋の隅に置いてある銀色のケースが目に入る。
夢ではない確かな現実の証。
中身は当然知っている。確認もした。あの後、手続きの為、局長室へ戻り、局長の
秘書である魅道かすみに手渡されたモノ。現金一千万。こんな大金の理由は実に
拍子抜けするモノだった。
「だってオーダーが無かったら貴女のお給料ゼロだもん。暫くはそれで生活してね」
ハァーまたため息が出る。「よく考えたら私、誰も紹介されてないじゃん。局長も何か
イメージと違うし・・・今日から本当に大丈夫かな・・・」
ハァー。3回目のため息。誰に聞かせるでも無い独り言。
「とにかく色々考えても仕方が無い。やれるだけ頑張ろう!」
自分の頬を2回叩き、気合いを入れる。
出勤は午後からで良いとの事なのでシャワーを浴び、昼食は自分の部屋で済ます。
昼食を摂りながらテレビを点ける。昨日と変わらない日常。
なのに自分はもう死んでいるという現実。
掃除、洗濯を簡単に済ませ、身支度を整え、部屋を後にする。
警視庁公安局。その地下4F。普通の職員ならその場に行く事さえないだろう。
薄暗い廊下を進み昨日と同じ場所で足を止める。「刑事課資料係」
一つ大きく息を吸い込み、ゆっくり息を吐き出してコンコンをその扉をノックする。
「失礼します・・・」小声で言いながら部屋の中へ入る。
まだ誰もいない様で少しホッとし、改めて部屋の中を見渡して見る。
昨日も思った事だが、とにかくものすごい量の資料だと感心してしまう。
近づいて見ると日本国内は勿論、海外の事件、事故、災害に至るまでの資料がキッチリ
整理、保管されている事に更に驚く。
ゴトリ。部屋の片隅から微かな音が聞こえた。恐る恐る音がした方へ視線を移す。
「ど、どなたかいるんですか?」
「あ、はい。私です」
「あ・・・あの~どなたでしょう?」
「ごめんなさい。今、そちらに行きます。ちょうど出来あがったので」
ややあって出て来た人物を見て少し驚く。
来ているスーツは地味な色合いだが正しく結ばれたシャツのリボン。長い黒髪はゆるく
パーマが掛けられており、控えめで清楚な、いかにもお嬢様然とした若い女性だった。
「あれ?貴女は昨日お見かけした・・・」
「あ、はい。本日よりお世話になる八坂琴音です。宜しくお願い致します」
「私は片瀬絢奈と申します。昨日は大変でしたね。大丈夫ですか?
こちらこそ宜しくお願い致します」
片瀬と名乗ったお嬢様風の女性は深々とお辞儀をする。
それに釣られて慌てて私もお辞儀をする。目と目が合って二人とも吹き出してしまった。
「あっそうだ!八坂さん。皆さんが来る前にコレ、お一つ如何ですか?」
そう言って差し出してきたのはガトーショコラ。
道理で少し甘い香りがすると思っていたら
「良いんですか?」
「ええ、構いませんよ。それに出来たてが一番美味しいですから」
「では、遠慮なく・・・」
「はい」
少し温かいガトーショコラは美味しかった。片瀬の言う通り、
出来たてのガトーショコラは
お店で売っているものよりも美味しく思えた。
そんな私の様子を片瀬絢奈は嬉しそうにニコニコしながら見つめている。
ガトーショコラを堪能していると片瀬が立ち上がりながら
「コーヒーで良いですか?まぁコーヒーしかありませんが」
「あっはい。すみません」
いえいえと相変わらずニコニコしながらコーヒーを淹れに席を立つ。
暫くするとコーヒーの良い香りが部屋を満たしていく。
どうぞ。とカップを置き、私の正面に座り、ソーサーを片手に持ち自らも
コーヒーを啜る。
暫くケーキとコーヒーを堪能する優雅な時間が流れる。こうして普通にケーキを食べ、
コーヒーを飲んでいると自分が死んでいるのを忘れてしまいそうになる。
「あ、あの~」
「はい?」
「片瀬さんも・・・」
「絢奈で構いませんよ・皆さんもそう呼んでいますから」
「じゃあ、絢奈さん。私も琴音って呼んで下さい」
「はい。分かりました。ところで琴音さん。さっき何か言いかけませんでしたか?」
「あ、あ~あのやっぱり絢奈さんもその・・・私と同じなんですか?」
「はい。死んでますよ」
二コリとほほ笑むその姿と言っている内容のアンバランスさが奇妙でゾっとした。
「私だけじゃありません。他の皆さんも全員死んでいますよ?」
そう言って優雅にコーヒーを啜る。
見た目と言っている内容の過激さに呆気に取られていると部屋の外から数人の
足音と話声が聞こえて来る。
「おはよ~あっ!もうケーキ食べてる。僕の分は?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと皆さんの分もありますから」
「やったー。絢奈さんのガトーショコラ、僕大好き」
「おはよう。右近。邪魔だよ」
「あら。絢奈。今日も早いのね。私コーヒー飲みたい」
入って来た3人のケーキとコーヒーを準備し終えた絢奈は私に近づき、
「琴音さんご紹介しますね。こちらが左王寺右近さん」
「どうも始めまして八坂琴音です。宜しくお願いします」
「あ~琴音ちゃんね。昨日は急な事でビックリしたでしょ?まぁテキトーにヨロシクネ」
左王寺右近と紹介された人物は金髪をツンツンと立て、大きめのサングラスを
掛けている。
服装もオシャレでカジュアルな服装をしている。警察官としては少し軽い印象だ。
「右近君の隣に居るのが犬飼荘六君」
「はじめまして」「ああ、宜しく」
犬飼荘六はそれだけ言うとコーヒーを啜り、持っていた資料に目を通し始めた。
「ロクはね~無口なんだよ。お前もっと愛想良くしろよ。琴音ちゃんがビビってるじゃん
ごめんね~琴音ちゃん。こいつ図体もデカくて無口だから怖そうだけどイイヤツだから
怖がらないでね」
「あっはい。大丈夫です。宜しくお願いします」
資料を見ている犬飼にペコリとお辞儀をする。微かに犬飼も頭を下げた。
「最後に紹介するのは・・・」
「は~い。琴音ちゃん。昨日は怖がらせてごめんなさいね。夜はしっかり眠れた?」
昨日会話を交わした金髪のグラマラスな女性。今日もタイトなスーツに身を包んでいる。
「はぃ・・・」
「私は御門葵よ。本業は医者なんだけどココではPCで皆のバックアップをしてるわ」
一通り全員の紹介を受ける。昨日も感じたが個性的な面々だと思う。
お嬢様風やチャラチャラした感じの人もいればスーツをキッチリと着こなす堅物の
隣にはセクシーな女性がいる。
自慢ではないが私はこれと言って特徴が無い。見た目も標準的だと自覚している。
このメンバーの中で上手くやって行けるのか少し不安だ。
「あの~葵さんの本業は「医者」って言ってましたが、
皆さんは私みたいに警察官なんですよね?」
「あ~それはね・・・」
右近が口を開いた時、部屋の扉が開く。
「あっ、主任。おはようございます」
「おはよう」
昨日、局長も主任と呼んでいた人物。私は立ち上がり、改めて自己紹介する。
「話は局長から聞いてる。俺は村雨直人。ココでは主任と呼ばれている。
就任早々でなんだが早速オーダーが来ている。皆集まってくれ」
村雨が全員を自分のデスクに集め、数枚の顔写真と資料を配る。
「依頼人は木村忠雄。被害者は娘の希。先月、希は友人と出かけると言って家を出た後、
ターゲット達に拉致されレイプされる事件が起きた。
普段、あまり帰りが遅くならないのに、この日ばかりは帰りが遅い事を心配した父親が
探しに出た所、自宅から数百m離れた空き地で裸で発見された。
その場で救急隊に連絡をし、緊急搬送されそのまま暫く入院することになったが、
看護師達の隙をみてベッドにタオルを巻いて首つり自殺を図った。
コレがターゲットは顔写真の男達だ。一人は鮫島幸雄。26歳。一人は荒巻渚24歳。
もう一人が江連享。26歳。主犯格はその3人だ」
「どうやって割り出したんすか?」
「御門に発見された時間帯を中心にNシステムの画像を全て調べさせた」
「まぁ、発見時間帯の前後1~2時間。発見場所の周囲10キロ程度だったから
比較的簡単に割り出せたわ」
「簡単って・・・相変わらず葵ねーさんのサーチ能力パネーッス。
「でも、見た目普通っすね。いかにも草食系?って感じじゃないっすか」
「見た目はね。ありゃ、コイツら結構酷いわね。これ見て」
御門はPCの画面をプロジェクターで映す。
「鮫島建設も荒巻土建もココらじゃ大手っすね。しかも江連代議士って言ったら
地元の名士じゃないっすか」
「以前からこの3者は癒着が噂されているが誰も確証が得ていない。
バカ息子達も建設屋、土建屋、代議士。身元がしっかりしているのを良い事に
かなり好き勝手やってるみたいね。ドラッグの売買やレイプ映像をネタに
女の子達を強請って結構稼いでるみたいよ」
「そんな、酷い。被害届とか出てないんですか?」
「出てるには出てるみたいね。でも・・・」
「でも?」
「真剣な捜査はされた形跡がないわね」
「な、何故・・・」
「決まってるだろ。金だよ。金。それと圧力。連中の親が裏から手を廻して
揉み消してるんだよ」
「そ、そんな・・・」
それ以上言葉が出て来ない。父は警察官と言う仕事に誇りを持っていた。
自分達警察官が地域の秩序と安全を守るとも言っていた。その警察官がお金や
圧力の前に屈している現実を素直に受け入れる事が出来ない。
俯いて顔を上げられずにいる私に「だから俺達がいる」村雨主任が言う。
主任は抽斗から封筒を5つ取りだし、デスクに並べ皆が1つずつ取る。
最後に残った封筒から中身を丁度半分にし、私に差し出す。
「お前の取り分だ」
「お金なんて要りません。無くても捜査はします」
主任を睨みつける。父が守りたかった地域の安全と何より守りたかった住民の笑顔。
その崇高な意志を引き継ぐために私は警察官になった。
なのに現実はお金や圧力で簡単に有耶無耶にされてしまう現実が悲しかった。
そして、お金で動くこのメンバー達にもやはり言い様の無い憤りを覚える。
「お前にはコレが何に見える?」
私の思考を遮る様に主任が口を開く。
「えっ?」
「だから、お前にはコレが何に見えるかって聞いたんだ」
「お、お金です」
「そう。金だ。だがこの金は依頼人が一人娘の結婚資金とその後の生活の足しになればと
せっせと溜めた温かい金だ。依頼人は娘が自殺した後、何度も警察に足を運んでいる。
自殺の原因を作った奴らを見付ける為に、雨の日も暑い日差しの中も情報提供を
求めるチラシも自費で作って街頭で配っていたよ。
多分、自分達が出来る事は全てやり尽くして、最後の最後で俺達の所に辿り着いた。
死してなお娘の為にと俺達にこの金を持って依頼して来た」
主任は指に挟んでいたタバコに火を点け、フーっと一息つき、
「これは金の形をした「親心」なんだと俺は思った。だから依頼を引き受けた。
お前には尊敬する父親がいるんだろう?だったら尚更、お前はこの金を受け取り、
このバカ共に教えなきゃならない。反省と痛みと後悔を」
デスクに置かれている現金を見詰め、依頼人の事を想う。
どんな想いで娘を育てて来たのか、大切な娘が突然帰らぬ人になった時の悲しみ。
頼れると思っていた警察がアテにならない事を知った時の絶望感。
最後の最後で辿り着いたと言うこの場所。
私は一つ大きく息を吸い込み、その依頼を受けた。
主任は口元に微かな笑みを浮かべ、全員に指示を出す。
「これで全員揃ったな。これより依頼を遂行する。場所はクラブ ラピュータ。
葵は現場の監視カメラにアクセス。状況の監視を頼む。
あとの者は武器弾薬を装備し、10分後に集合」




