プロローグ
高校生が放課後にゴブリンを倒す。いまでは、その程度のことはニュースにもならない。
およそ十二年前、世界各地にダンジョンと呼ばれる異空間が現れた。内部には人を襲う魔物が棲み、それまで地上になかった鉱物や植物、魔力を帯びた資源が眠っていた。
それから間もなく、年齢も経歴もばらばらな一部の人間に、誰も見たことのない固有の能力が発現し始めた。のちに〈適性〉と呼ばれる力である。いつ現れるか、どんな力か、どれほど強いかは人によって違い、新たな発現例は最初の報告から今日まで途切れていない。誰に現れるのか、ダンジョンの出現とどうつながっているのかは、いまも分かっていない。
当時は装備も魔物の知識も乏しく、普通の人間が迷宮へ踏み込むには危険が大きすぎた。救助や調査の先頭に立ったのは、戦闘や索敵に使える適性を持つ者たちで、やがて彼らを軸に、ダンジョンへ入ることを仕事にする人々――探索者が形を取り始める。
彼らが持ち帰る情報と資源に値がつくと、管理と利用は一気に進んだ。危険度区分、探索者資格、保険、救難制度が整えられ、民間のギルドや装備産業がその後を追いかけた。
いまでは適性を持たない人間でも探索者になれる。管理された低危険度区画なら、高校生も講習と許可を受けて入ることができ、学校には探索実習や探索部があって、全国大会まで開かれている。動画投稿配信サイト「D-Live」を開けば、人気探索者の戦闘が毎日のように流れている。とはいえ、こうした光景が一般に広がったのはここ数年のことで、魔物の生態にも安全な攻略法にも、確かめられていない部分はまだ多い。
探索者にも〈適性〉にも、F級からS級までのランクがある。適性は能力そのものを、探索者ランクは実地の技能や経験まで含めて評価する。
それでも、評価されやすいのは強い適性だった。黎明期の探索を切り開いたのが適性持ちだったこともあるし、高い出力や速い反応、魔物を一撃で倒す力は数字にしやすく、映像にも映える。大会でも、ギルドでも、D-Liveでも、戦える人間の価値はひと目で分かった。
真壁透の適性は〈観察〉だった。
視界に入ったものを、多少見落としにくくする。その程度の力で、どれだけ効いているのか透自身にもよく分からない。測定の判定もF級だった。
戦闘ではほとんど当てにならないから、透は強い探索者ではない。そのかわり、魔物をどう倒すかより、どうすれば戦わずに済むかをよく見ていた。
ゴブリンはどちらの足から踏み込むのか。どんな音に反応し、どんな場所では反応しないのか。強い探索者が「感覚で避ける」と言うとき、実際には何を見ているのか。二年前から、透はそれをノートに書き続けてきた。
誰かに見せるつもりはなかった。それが才能だとも思っていなかった。少なくとも、その日の放課後までは。




