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はまゆうSF短編集  作者: はまゆう


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3/5

第3話 嘘が見える俺は、今日死ぬらしい

 人の嘘が、見えるようになったのは、三日前からだ。

正確には、「嘘そのもの」が見えるわけじゃない。言葉の上に、薄く色が乗る。それだけだ。でも、その色が何を意味しているのかは、すぐにわかった。


 最初に気づいたのは、母親だった。

「今日、遅くなるから先にご飯食べててね」

 そう言った母の言葉の上に、淡い灰色が浮かんだ。違和感があった。

 母は料理が好きで、俺と一緒に食べるのを楽しみにしている人だ。遅くなること自体は珍しくないが、「先に食べてて」と言うときは、本当に忙しいときだけだ。

 でもその日は、どこか違った。灰色は、薄いのに、妙に目に残る。俺は何も言わずにうなずいた。

 夜、母は帰ってきた。手には、コンビニの袋。中には、二人分の弁当。

「やっぱり一緒に食べようと思って」

 そう言ったとき、今度は色は見えなかった。

 その瞬間、確信した。

 ——あれは、嘘だった。



 学校でも、同じだった。

「昨日の宿題、ちゃんとやった?」

 友達の軽い問い。

「やったやった」

 その言葉に、また灰色。見間違いじゃない。明確に、色が乗っている。

「嘘つくなよ」

 思わず言ってしまった。

友達は一瞬固まってから、苦笑した。

「なんでわかるんだよ」

 ——やっぱり、そういうことか。



 色には、濃さがあった。薄い灰色は、軽い嘘。言い訳とか、社交辞令とか。でも濃くなると、はっきりわかる。「隠している」というより、「誤魔化している」感じ。

 さらに濃くなると——黒に近づく。

 それはまだ、三日間で一度しか見ていない。



 それが、あいつだった。転校生。名前は、佐伯。無口で、あまり目立たない。でも、どこか違和感があった。最初から。

「よろしく」

 教室でそう言ったとき。

 その言葉の上に、ほとんど黒に近い色が浮かんだ。

 あれは、今まで見たどの嘘よりも濃かった。

 ぞっとした。ただの自己紹介だぞ。何を、そんなに嘘つく必要がある。



 放課後、俺はあいつを見かけた。一人で帰ろうとしていた。

「なあ」

 声をかける。振り返る。目が合う。その瞬間、わかった。

この感じ。どこかで覚えがある。でも思い出せない。

「……何」

 短い返事。

「お前さ」

 言うか迷った。でも、言った。

「嘘ついてるだろ」

 一瞬、空気が止まった。周りには誰もいない。夕方の校門。風が少し強い。

「……は?」

 佐伯は眉をひそめた。当然の反応だ。でも、その言葉にも色が乗る。濃い灰色。つまり——

「やっぱりな」

 俺は一歩近づいた。

「なんでそんなに嘘つくんだよ」

 佐伯はしばらく黙っていた。そして、ふっと息を吐いた。

「……見えてるの?」

 その言葉には、色がなかった。初めてだった。完全に、透明な言葉。

「……何が」

「嘘」

 はっきり言われた。俺は何も言えなかった。佐伯は俺をじっと見た。あの目。やっぱり、どこかで見たことがある。

「へえ」

 小さく呟く。

「じゃあ、話が早い」

 そして、こう言った。

「君、もうすぐ死ぬよ」

 心臓が、止まった。



「……は?」

 声が裏返る。佐伯の顔は変わらない。冗談を言っているようには見えない。というか——色がない。嘘じゃない。

「いつ」

 自分でも驚くくらい、冷静な声が出た。

「今日」

 短い。

「場所は?」

「ここから、五分くらい歩いた交差点」

 具体的すぎる。

「……なんでわかる」

「見てるから」

 またそれか。

「何を」

「未来」

 嘘じゃない。色がない。



 頭の中が混乱する。嘘が見える。未来が見える。そんなこと、現実にあるわけがない。でも——母親のことも、友達のことも、全部当たっていた。そして今。目の前のこいつは、嘘をついていない。

「回避できるのか」

 俺は聞いた。考えるより先に、口が動いた。佐伯は少しだけ考えてから答えた。

「できる」

「条件は」

「選ぶこと」

 意味がわからない。

「何を」

「行くか、行かないか」

 シンプルすぎる。

「その交差点に?」

「そう」

「行かなければ死なない?」

「うん」

 色はない。嘘じゃない。



 簡単な話だ。行かなければいい。家に帰ればいい。それだけで、生きられる。——でも。

「行ったら?」

「死ぬ」

 即答。色なし。確定。



 沈黙が落ちる。夕焼けが、少しずつ暗くなっていく。

「……なんで教えた」

 俺は聞いた。佐伯は少しだけ肩をすくめた。

「見てるだけって、嫌いなんだよね」

 その言葉にも、色はなかった。



 俺は、立っている。分岐点の手前で。右に行けば、家。左に行けば、交差点。足は、まだ動かない。簡単な話のはずなのに。なぜか、迷っている。



「ねえ」

 後ろから声。振り返る。佐伯が立っている。

「一つ、言っておく」

「……なんだよ」

「君、絶対行くよ」

 その言葉に——色は、なかった。



 なんでだよ。心の中で叫ぶ。行かなければいいだけだろ。それで全部終わる。簡単だ。簡単なのに。足が、少しだけ左に向く。無意識に。

「……くそ」

 自分で自分がわからない。



 理由は、すぐにわかった。スマホが震える。画面を見る。母からのメッセージ。

『帰りに牛乳買ってきて』

 その文字の上に、色が乗る。——灰色。軽い嘘。違和感。なぜ嘘をつく必要がある。牛乳を買うこと自体は、普通だ。でも——なぜか、引っかかる。



 もう一通。

『お願い』

 今度は、色がなかった。透明。本音。頼んでいる。本気で。



 交差点は、牛乳を買うコンビニの手前にある。つまり——行かなければ、買えない。



「……はは」

 笑いが漏れる。そういうことか。選択だ。いつもと同じ。些細な選択。でも、その先にある結果は——決定的に違う。



「なあ」

 俺は振り返らずに言った。

「なんで俺、行くってわかった」

 少し間があって、佐伯が答える。

「見てるから」

「未来を?」

「うん」

「変えられないのか」

 沈黙。

 それが答えだった。



 俺は歩き出した。左へ。交差点へ。



 信号は青だった。人通りは少ない。いつもと同じ。何も変わらない。

ただ一つ——俺は知っている。

ここで、死ぬ。



 足が止まりそうになる。でも止まらない。体が、前に進む。なぜか。理由は、わかっている。



 母の顔。昨日の夜、一緒に食べた弁当。あのとき、母は嘘をついた。でも、その後で本音を言った。一緒に食べたかったと。



 今回も同じだ。最初は嘘。でも、その後の「お願い」は本音だ。だったら。

俺は、手を伸ばした。道路の向こう側へ。その瞬間。クラクション。視界の端に、光。

 ——ああ。

 と思った。

 でも。次の瞬間、強い力で体を引かれた。後ろに倒れる。アスファルトの硬さ。痛み。でも、生きている。


「……危ないな」

 上から声。佐伯だった。

「なんで」

 息が乱れる。

「お前、死ぬって」

「言ったよ」

 平然としている。

「でも、“必ず”とは言ってない」

 その言葉に、色はなかった。


「未来は見える」

 佐伯は言う。

「でもね」

 少しだけ笑った。

「“誰かの選択”までは、固定されてない」

 理解が、追いつく。

「お前……」

「うん」

「来るってわかってたから、来た」

 つまり。俺が来る未来を見て。それを前提に、自分の行動を変えた。

「それ、ズルだろ」

「そうかな」

 肩をすくめる。

「見てるだけじゃないって言ったでしょ」

 信号が赤に変わる。さっきまで俺がいた場所を、車が通り過ぎる。

「……助かったのか」

「今のところはね」

 沈黙。夕焼けが、完全に夜に変わる。

「なあ」

「なに」

「お前の言葉、全部本当なのか」

 佐伯は少しだけ考えてから答えた。

「ほとんどね」

 その言葉に——初めて、色が乗った。薄い灰色。

 俺は笑った。

「嘘つくんじゃねえか」

「人間だからね」

 風が、少しだけ冷たい。

「なあ」

「なに」

「明日も、生きてると思うか」

 佐伯は少しだけ空を見てから言った。

「さあ」

 その言葉には、色がなかった。だから俺は、少しだけ安心した。


 人の嘘が見えるようになって、三日目。俺は初めて、「見えないこと」に救われた気がした。


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