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クラスのアイドルは俺にだけ嘘をつく  作者: 砂糖流


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最終話 彼女は俺にだけ嘘をつく

 流川さんがアイドルの活動に戻り、俺はまた一人の生活に戻ることになった。


 でも後悔はない。


 これが彼女と共に選んだ結末なのだから。


 だから彼女が今後俺に嘘をつくことはもうないし、無論、放課後にあの空き教室で会うこともない。


 それに加え、流川さんは将来俺のことを忘れるかもしれない。何せ、これから彼女は色んな人と出会って様々な仕事をこなすからだ。


 そうこうして月日が流れていくごとに俺との思い出も消えていく。変わりに彼女は別の新たな記憶で脳が潤っていく。


 それに不満を垂れるつもりもない。流川青澄の……推しの幸せが第一だから。



 そうして俺はしばらく一人で空き教室で過ごす日々が続いた。


 寂しくないと言ったら嘘になるけど、ネットでの彼女の活躍を見ているとそんな考えも薄れていく。


 本気で活動する推しの姿は、俺の孤独を消すには充分だった。


 ショートでのダンス動画や歌ってみたの投稿、メンバーとの企画動画なんかも上げられていた。


 今までの活動頻度とは比べ物にならないくらい、彼女は本気でアイドル活動に勤しんでいた。


 だから俺も頑張らないと……こんなところで寂しがっている場合じゃない。


 それでも空き教室に一人でいる自分を俯瞰した時にどうしても感傷的になってしまう。そんな自分にますます嫌気がさす。


 やっぱりこんなんじゃ駄目だ。俺も彼女のように——


 決心しかけたその時、心を揺るがすかのごとくスマホが震えた。


 その通知の正体は――


『小林今何してる?』

『私はさっきレッスン終わったとこ』


 まさかの流川さんからだった。


『なんで』


 衝撃のあまり疑問符を付けずに返信してしまう。


 今の俺からすればそれだけ予想外なことだった。


『なんで?』


 俺の代わりに彼女が打ちたかった文章を打ち込む。


 なんでと言われても……先に俺の疑問を答えてもらわない限り話は進まない。


『冗談だよ』


 返信できない俺を見かねた流川さんが話を切り出す。


『私さ。思ったんだよね』

『確かにリアルで会うのはダメだろうけどメッセージなら大丈夫なんじゃないかって』


 納得できる内容だった。


 だけど、


『もし誰かにバレたら』


『小林は私と連絡取りたくないの?』


『そんなことはないけど』


『それにもし小林が他の女の子と――』


 と、そこで突然文章が途切れる。


『俺が他の女の子と?』


『とにかくそういうことだから』


『どういうことだよ』



 そうしてそれからは本当に毎日のように流川さんからメッセージが飛んできた。


 それ以外には時折、トレーニング中のメンバーとの写真が送られてくることもあった。


 果たして、練習中の風景を部外者に見せていいのかどうかは定かではないけど、他のメンバーも快くカメラに写っているようだった。


 実際に会うようなことはなかったけど、おかげで寂しさは微塵もなく、日々を乗り越えることができた。


 流川さんのおかげで……これならこれからも頑張れる。


『ありがとう』

『流川さん』


『どしたん急に』


 何一つ理解していない様子の彼女からの返信はおおよそ数秒で入力したような内容だった。


 そんな何気ない一言でも俺からすれば救いだった。



 それからはあっという間に月日が流れていった。


 隣には相変わらず彼女はいなかったけど、毎日が新しい出会いばかり。勇気を出してクラスの子に声をかけたり、インスタで他クラスの子たちと交流することもあった。


 それでも未だに流川さんとは連絡を取り合っている。


 教室で顔を合わせることはあれど、もうお別れを言った後なのでお互い話しかけるようなこともしなかった。


 そんな流川さんと連絡を取り合う日々が続いていき、俺は気がつけば高校を卒業していた。


 高校を卒業した後でも流川さんとリアルで話すことはない。


『卒業おめでとう小林』


『おめでとう流川さん』


 あるのはLINEでのやり取りのみ。


 それでも俺たちはどちらも文句を言うことはなく、特に言及することもなかった。それが俺たちの仲でできた契りのようなものだったから。


 流川さんは変わらずアイドル活動を続けて、俺は大学へ進学した。


 高校の時にできた友達と大学生活を満喫して、時は過ぎていき、次第に彼女とのやり取りも少なくなっていった。


 無論、アイドル活動が忙しくなった所以だ。


 それに俺も授業とバイトに明け暮れる日々。


 そんな何の変哲もない毎日がしばらく続いた。


 そうして、


 ◇◇◇


 高校卒業から10年後――俺は28歳になっていた。


 大学卒業後は適当な中小企業に就職して平凡な日々を送っている。


 彼女とはもう数年以上、連絡は取っていない。


 でも彼女の活躍はよく知っている。


 何せ、流川青澄は……いや、ルミナスプリンセスは今や日本を代表する大人気アイドルグループへと成長を遂げていたからだ。


 現代社会を生きていると彼女たちの名前を聞かない日はない。


 それほどにルミナスは人気を博す結果となった。


 もう彼女と連絡は取り合っていないけど、俺はいつまでも応援している。と、少しキザなことを思いながら彼女とのメッセージ履歴を見返す。


『誕生日おめでとう小林』


『ありがとう』

『流川さんもソロライブおめでとう』


 最後に交わした数年前のやり取りから新しいメッセージが来る気配は微塵も感じなかった。


 そもそも彼女がまだこのアカウントを使っているのかすら怪しい。


 試しに何か送ってみようか……別に期待をしているわけではないが……。


 俺は微かに震える手でゆっくり一文字ずつ文字を打ち込んだ。


『久しぶり流川さん』

『元気してる?』


 打ち込んだ後に思う。


 さすがに胡散臭くないか?


 何年も連絡を取り合っていなかった相手からの急なLINE。

 普通なら怪しい勧誘を疑うシチュエーション。


 それでも一向に既読がつく気配がないので、それは杞憂に終わる。


 やっぱりもうこのアカウントは使ってないか。


 思いながらスマホを閉じようとした瞬間だった――スマホが震えて上から通知が表示される。


 その通知は期待しているような内容ではなかった。けど、彼女に関する情報なのは間違いなかった。


【ルミナスプリンセスの流川青澄 感動の卒業】


 久しく気に留めていなかったニュースの通知が珍しく俺の視線を奪う。


 流川さんが卒業?


 そんな疑問に追い打ちをかけるように新たな通知が上から表示される。


『久しぶり小林』

『会おうよ』


「えっ」


 メッセージにならない俺の声が誰かに伝わることはなかった。


 ◇◇◇


 今となっては大人気アイドルになった彼女からまさか返信が来るとは思ってもみなかった。


 いや、そういえばアイドルはもう卒業したんだっけか。


 ぼんやり思いつつ待ち合わせ場所に向かい、彼女の姿を探すが、その必要はなかった。


 周りの人と纏っているオーラがまるで違う彼女は、昔と変わらず長く伸ばされた黒髪に毛先だけが青く染められて、だけど昔と比べて色気が別格に違っていた。


 おおよそ年齢によるものだろうが、理由はその他にもあった。


 それは、彼女の薬指に嵌められたあの指輪が関係している。


 そこでようやく彼女がどうしてルミナスを引退したのかという理由が明らかになる。


 彼女は……流川さんは結婚する相手を見つけたからアイドルを引退することにしたのだ。


 そりゃそうだろう。あんなに綺麗な人を世間が放っておくわけがない。彼女くらいになると引く手あまただろうから尚更だ。


 つまり彼女が俺を呼び出した理由は、


「久しぶり、流川さん」


 意を決して話しかけた瞬間に彼女がこちらに振り向き、いい匂いが鼻孔をくすぐる。


「久しぶり、小林。会うのは高校以来だね」


「そうだね」


 意外にも落ち着いた様子の流川さんは、なぜか指輪が嵌められている右手を何やら気にしているようだった。


 一体何を気にしているのか……っ?


 考えているとある疑問が湧き上がる。


 それは指輪を嵌める手だった。


 確か婚約後に指輪を嵌めるのは左手だった記憶がある。


 例外はあるだろうけど、今はなぜかそれが異様に気がかりだった。


 でも、とりあえず、


「まずはお疲れ様。そして、結婚おめでとう」


 結婚の報告はまだ聞いてないけど、今はとりあえず言わなければいけないと思った。


「ん?」


 だというのになぜか白々しく分からないフリをする流川さん。


「結婚、したんだよね?」


「ん? あぁ、これね」


 瞬間に彼女の口が俺の耳元まで急接近する。


 旦那さんがいるのにこんなことをしてもいいのだろうか……。


 そう思った矢先、昔に何度も聞いた聞き覚えのある響きが耳に入り込んできた。


「嘘だよ」


「えっ?」


 耳元から離れていく流川さんは一度俺から距離を取り、自分の薬指の指輪を外す。


 そうしてその指輪をこちらへ向け、まるでプロポーズでもするかのような体勢になる。


 何も理解できない俺に彼女は追い打ちをかける。


 その後に続いた言葉は案の定――


「私と結婚してください」


「っ!?」


「私ずっと頑張ってたんだよ。小林のために……私に言ってくれたよね。『いつまでも待ち続けるから』って」


 確かに俺も微かに期待していた。


 もし仮に彼女があの時の言葉をまだ覚えているなら、と。


 でも彼女はずっと、ずっと、その言葉を覚えてくれていたんだ。


「だから、迎えに来たよ。小林……ううん、拓哉」


「ずっ、ずるいよ。こんなのっ……」


 言いつつも俺の心は満たされていた。


 高校を卒業してからぽっかり空いた穴が彼女の行動一つでいとも簡単に埋まった。


 やっぱり彼女には敵わないな。


 俺は、涙目になりながら差し出す指輪を受け取り、お返しに言ってやった。


「結婚しようか……まぁ、嘘だけど」


「もうっ」


 綻ぶ彼女の口から聞き覚えのある響きが聞こえてくることはもうなかった。

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