41話 感謝
俺は一体なんてことをしてしまったんだ……緊急事態だったとはいえ、現役アイドルの彼氏役を担うなんて……もし如月さんの正体がバレていればナンパどころの話ではなくなる。
彼女はアイドルのプロ。嘘とはいえあのような発言が許されるわけがない。怒られるかもしれない。嫌われたかもしれない。
「ごめんなさい。如月さん……」
とっくの前に手を離して隣を歩いている如月さんに俺は頭を下げる。
こんなので許されるとは思ってない。でもせめて謝罪の一言くらいは伝えておきたかった。
「君が何を思ってるのかは知らないけどさ、私に謝る必要なんてない」
頭を下げる俺の耳に入ってきたのは、肯定でも否定でもなかった。
「もしかして前に私が言ったこと気にしてるの?」
「…………」
図星をつかれ、思わず黙り込む。
『これ以上私に優しくしないで』
以前彼女から言われたその言葉は確かに俺の心を揺るがせた。だからさっき如月さんを助けるのに少々時間がかかってしまったのだ。
でも俺は、それを言い訳にして彼女を助けないという選択をしたくはなかった。
そんな言い訳をして逃げるくらいなら死んだ方がマシだ。
「そういうとこだよ……」
だけど如月さんとの約束を破ったのも事実。だからこうして謝ろうとしたのに……どうして彼女は、
「まだお礼を言ってなかったね。ありがとう、助けてくれて」
非難ではなく感謝をするんだ。
俺は約束を破ったのに……裏切るような真似をしたのに……どうして俺を許してくれるんだ。
「どうして……」
小さく呟いた俺の声に彼女は答える。
「確かにさっきのは私の言う『優しさ』なのかもしれないけど、それだけで感謝しない理由にはならないから。感謝や謝罪に理由なんていらない。私はそう思ってる。だから何度でも言うよ。ありがとう、私を助けてくれて」
その声を聞いた瞬間、思わず瞳が揺れる。
それは普通の人からすれば当たり前のことなのかもしれない。だけど俺からしてみれば、そんな当たり前今まで存在しなかった。
中学時代、クラスで何かをしても何も言われなかった。隣の席の子に忘れた教科書を貸しても感謝はされなかった。
唯一、あの子……渡辺彩花さんだけは俺に『ありがとう』と『ごめん』をくれた。だけど、それでも俺は言われないのが当たり前だと思っていた。
言う必要のないことはいちいち言わなくていい。言っても意味がないなら言わなくていい。だから俺は何も言われないのだとばかり思っていた。
でも今なら分かる。皆、いじめに巻き込まれたくなかったんだ。少しでも俺に優しくすれば次の標的になるかもしれない。
だから皆、傍観者になることを選んだ。見て見ぬふりをして俺を犠牲にした。
そんなクラスメイトたちのことを今でも許すことはできないけど、誰かを恨むことより、今目の前にいる彼女に感謝を伝えることの方が今の俺には大事だった。
だから、
「ありがとう。如月さん」
俺に当たり前を教えてくれて――
「って、なんで小林くんが感謝してるのっ」
不思議そうに微笑む如月さんは、もうすっかり自分のトラウマなんて忘れているようだった。
やっぱり彼女は俺と同じだ。
「それよりもこれ」
ここに来るまでずっと手に持っていたドリンクを彼女に手渡す。
「いらないって言ったのに……」
そう言いながらも如月さんは受け取ってからストローを口にする。
「せめて飲み物くらいは渡しておきたくて」
理由は今日の気温にあった。
こんな猛暑日に水すら持ってないなんてあまりにも危険すぎる。それに彼女の体調に気を遣うのは今日の俺の役目でもあった。
それをおそらく理解したであろう如月さんはストローから口を離し、その潤った喉でこう告げた。
「本当に君は……そういうところだよ」
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