36話 不穏
一度中断されたライブは、さすがにそのまま終わらせるわけにもいかないので、赤音さん抜きで再開することになった。
ライブをあのまま中止にする選択肢もあったけど、お金を払ってまで来てくれた人たちを満足させずに帰らせるのは、赤音さん自身も望んでいないだろうという結論に至った。
だが、流川さんにスポットライトを浴びせ続ける俺の心から不安が消えることはなかった。
無論、赤音さん以外のメンバーも……ファンの皆も気持ちは同じのようだった。
その後、四人の盛り上げのおかげでライブは無事終え、俺は撤収作業に入ることになった。
一刻も早く、ルミナスの皆に説明しないといけないのに……四人はライブが終わったと同時に舞台裏へ駆けていった。
あの調子だと、すぐにでも赤音さんのいる病院へ向かうだろう。
俺が今できることは、もちろん撤収作業もあるけど……四人を呼び止めることでも病院へ向かうことでもない。
俺が今赤音さんのためにできることは、皆に何があったのかを伝えることだ。そう、伝わりさえすればいい。
『ごめん』
『今回の件、全て俺のせいだ』
流川さんに送信したLINEは一瞬にして既読がつく。
恐らくタクシーにでも乗っているのだろう。
『どういうこと?』
『実は赤音さんが体調不良なことは前から知っていた』
『知っててなお誰にも話さなかった』
あくまで赤音さんから頼まれたとは言わない。そんなのただの言い訳に過ぎないから。
『だから今回、全て俺の責任だ』
『皆にもそう伝えてほしい』
今はこう言うしかなかった。
『分かった』
流川さんからの返信を見て、俺はつくづく彼女に助けられてばかりだと痛感した。
普通の人ならここで追及してくるのだろうが、流川さんはしなかった。
『でも小林』
『あんまり自分を責め過ぎないように』
それどころか俺にまで気を配ってくれた。
『お気遣いありがとう』
『まぁ、後から何があったのかは全て話してもらうけど』
『どういう経緯で赤音の部屋に入った、とかね』
『お手柔らかにお願いします…』
そんなメッセージを最後に俺たちのやり取りは幕を閉じる。
少しだけ救われたような気がした。罪が消えたわけじゃないけど、流川さんの言葉で幾分気が楽になった。
だけど、現実はそう上手くはいかなかった。
◇◇◇
俺が、赤音さんたちの元へ行けたのはそれから数十分後だった。
赤音さんがいるであろう病室に足を踏み入れた瞬間、カーテンを挟んである人の声が聞こえてくる。
「何考えてんの?」
聞こえてきた萌黄ちゃんの言葉は心配でも労いでもなく、叱責するような言い方だった。
それを聞いた瞬間、赤音さんが無事だったことに安心を覚えるが、それをも覆す程の鳥肌が俺を襲う。
ルミナスの絆にヒビが入ったと、それだけで痛感した。
「なんで言わなかったの? なんで原田さんに相談しなかったの?」
「それは……」
消え入りそうな赤音さんの声が更に心を蝕んでくる。
「ねぇ、なんで言ってくれなかったの?」
追い打ちをかけるような言葉に赤音さんは弱々しく返す。
「みんなに……四人に迷惑かけると思ったから……ごめん……どうしても言えなかった」
そんな確かな覚悟を感じる赤音さんの声は少しばかり震えていた。
「言わなかった結果、私たちに迷惑がかかってるの……本当に……」
「ちょっと、萌黄。それはさすがにっ――」
聞きかねた流川さんが割って入ったその時だった。
「本当に……心配したんだから」
萌黄ちゃんは今にも泣き出しそうな声で想いを言い放った。いや、もう既に泣いているかもしれない。
カーテン越しだから分からなかったけど、その言葉には確かな愛を感じられた。
先程までの怒りは、迷惑をかけられたことにではなく、相談してくれなかったことへの怒りだと今になって分かった。
「ライブ中、赤音のこと考えてたら上手くダンスも踊れないし発声もぐちゃぐちゃだしでほんと最悪だった。お願いだからこれからは相談して……赤音が倒れるくらいなら私、ルミナスだって辞める覚悟できてるから」
萌黄ちゃんに続いて他の三人もそれぞれ自分の考えを主張した。
心緑ちゃんは、「あんまり無理はしないで」
如月さんは、「これからは私たちを頼ってほしい」
流川さんは、「言い方はアレだけど萌黄の言う通り。一人で抱え込まないで」
そして最後に赤音さんが皆に言った。
「ごめんみんな。私どうかしてた――私、四人とアイドルできてほんとに良かった。ありがと、萌黄、心緑、紫乃、青澄」
どうやら俺の考えは間違っていたらしい。
ずっと強い赤音さんなら一人で乗り越えられるとばかり思っていたけど、そうじゃない。
誰だって一人では限界がある。でも、大切な人がそばにいるだけでそんな壁は簡単に打ち破ることができる。
赤音さんはルミナスの皆がいる限り、どんな困難だって乗り越えられる。
鼻をすする音が病室に響いた瞬間、俺と彼女たちの間で区切られていたカーテンが開けられる。
五人のアイドルたちと目が合ってから俺は、『どうして鼻をすすってしまったのだろうか』と遅すぎる後悔をした。




