校長室への呼び出し
リリアを探し回った末、校内の廊下で捕まえたのは昼休み直前だった。けれど、声をかける前に担任から「至急、校長室へ来るように」との呼び出しを受け、そのまま二人で無言のまま校長室へ向かうことになる。教室での幻術暴走事故はすでに学園全体の知るところとなっていて、次々と冷たい視線を浴びせられた。リリアもまったく口を開かないし、俺に目を合わせようともしない。気まずい空気を引きずったまま、俺たちは重厚な扉をくぐった。
そこにはコルネリア校長と、見慣れない男性教員――教頭のグレゴリー先生が並んで座っていた。コルネリア校長は歳の割に落ち着いた雰囲気で、銀色の髪をきっちりまとめている。穏やかな表情をたたえながらも、その瞳の奥には厳然たる意志の光が宿っていた。一方でグレゴリー教頭は、やや小柄ながら背筋を真っ直ぐ伸ばし、鋭利な視線をこちらに向けてくる。嫌な予感しかしない。
校長室に足を踏み入れた瞬間、ビリビリとした空気を肌で感じた。俺とリリアが椅子に座るのもそこそこに、グレゴリー先生が口火を切る。
「一度ならず二度までも、暴走事故を起こしてくれるとはな。このような暴走が続けば、生徒や学園の設備を危険にさらしかねない事態になり得る。君たちはその意味を理解しているのか?」
問われたリリアは下を向き、ただ唇を噛んで小さくうなずくだけ。俺も何も言い返せない。じわりと背中に汗がにじむ。実際、今回の事故は俺の“呪文改変”が引き金になった可能性が高い。
グレゴリー先生の叱責は続く。声は低いが、学園の戦闘指導を一手に担うだけあって、その圧力は相当なものだ。
「リリア・エヴァーハート。君の魔力特性が不安定なのは周知している。だが、これだけ繰り返す以上、学園としては重く対応せざるを得ない。次に同じようなミスを起こしたら、退学という処分も考えねばならない」
バチッと空気がはじけたような気がした。リリアの肩がわずかに震える。俺はすぐに反論したい気持ちに駆られたが、うまい言葉が出てこない。今回ばかりは、俺のほうにも責任があるからだ。
それを察したのか、コルネリア校長が静かに言葉を挟んだ。
「リリア。今すぐ退学とは決めつけていません。ただ――」
ここで校長は、そっと俺のほうを見やった。その瞳には小さな光がともっている。
「保護者として、後藤さんにも責任があります。彼女の魔法指導を助けるのは結構ですが、その“改変”がどれだけのリスクをはらんでいるかを、あなた自身がしっかり理解しないといけない。もし魔法の基礎や安全管理を知らないままに改変を続ければ、リリアにとって危険なばかりか、学園にも多大な損害をもたらす可能性があるんですよ」
──ズキリ。まさに言われた通りだ。
改変を行うたび、俺は無自覚にリリアの魔力を引っ張り回していたのかもしれない。それが学校の保護者として正しい行いだったはずもない。
グレゴリー先生はテーブルの上に拳をドンと置き、俺を睨み据える。
「そもそも、素人の君が彼女の保護者資格を持つこと自体が特例中の特例だ。結果として事故を起こした以上、資格の再検討も視野に入れるべきだと思うがね」
冷たい汗が一気に吹き出し、背筋が凍える思いがした。もし俺のせいで、リリアが学園から追い出されたら──いや、その前に保護者資格を剝奪されて、リリアとの関わりを一方的に断たれるかもしれない。
「私はそれについては少し慎重でありたいと思っています」
そう言ってくれたのは校長だった。しかし、決して甘やかすつもりはないという意志も、同時に感じられた。
「後藤さん、あなたが彼女を支えるならば、きちんと魔法の基礎を学びなさい。公式の授業は受けられなくとも、自主的に先生方に教えを乞うことは許可します。リリアが魔力を暴走させないよう、責任を持って指導すること。安易な改変に頼らず、正攻法の対処法を考えながらね」
「……はい。わかりました」
それ以上、何も弁解できなかった。今の状態で俺が何を言ったところで、説得力なんてあるはずがない。
リリアはというと、そっぽを向いたまま、言葉を発しようとしない。コルネリア校長が「以上です」と最後に言うと、リリアは立ち上がり、深々と頭を下げた。そして俺と目を合わせることなく、ひと言も発さないまま部屋を出ていく。
グレゴリー先生は「まったく甘い」とばかりに鼻を鳴らし、俺に鋭い視線を投げた。
「いいか、次はない。わかったな」
その圧を全身で受け止めながら、俺も「はい……」と答えるしかなかった。
――校長室を出た後、リリアを追いかけようとしたが、すでに姿は見えない。気がつけば休み時間はほとんど終わっていて、廊下も生徒たちでごった返していた。どこに行ったかもわからないまま、授業に向かうチャイムが鳴り響く。追いかけるのは後回しにして、俺は次の教室へと足を進めるしかなかった。
***
午後の授業では、俺たちは大人しくしていた。全て授業が終わり、ようやくリリアと二人きりになれたのは、寮の近くの渡り廊下だった。生徒はまばらで、静かな夕方の風が吹き抜ける。リリアは窓のほうに視線を落とし、やるせない横顔を浮かべていた。
「リリア……」
俺が声をかけると、彼女はため息まじりにゆっくり振り返る。
「退学、かもしれないんだってさ。ま、わかってたことだけど」
自嘲ぎみに言い放つリリアの瞳は、どこか虚ろだった。
「結局、誰も私には期待してない。失敗ばかりの問題児。ほんと、情けないよね」
その言葉に、俺は言い返せなかった。同時に、胸が締めつけられるような痛みを覚えた。彼女はずっと、自分の不安定な魔力と周囲からの目に苛まれてきたんだ。俺が入ってきてからも、その負担を軽くするどころか、余計に混乱させてしまった。
「リリア。本当にごめん。俺が余計なことをして。呪文の改変が何度か成功したってだけで、変に自信をつけてしまってた。水魔法の暴走にしても、幻術の失敗にしても……俺がもっとしっかり魔法の基礎を勉強してからやれば、違ったはずなのに」
謝罪の言葉を紡ぎながら、思わず頭を下げる。こんなふうに素直に詫びるのは、自分でも珍しいと思う。だけどそれくらい、今のリリアを追い込んでいる原因が俺にあるのは明白だった。
「今朝も……あれだって俺の責任だ。ただでさえ俺のことを信用できないだろうに、不安にさせて、悪かった」
リリアは少しのあいだ沈黙し、何かを噛みしめるように視線を落とした。やがて、弱々しい声で口を開く。
「……なんであんた、そこまでして私に構うわけ? 本当は面倒でしょ。別にあんたが苦労する義理もないだろうに」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まる。だけど、逃げるわけにはいかない。俺は自分の思いを正直に伝えることにした。
「たしかに最初は、頼まれて仕方なくって気持ちがあったよ。けど、一緒に過ごすうちにわかったんだ。リリアはただ失敗してるわけじゃなくて、頑張ろうとする気持ちがちゃんとあるって。それがうまく空回りしてるだけかもしれないけど……努力を続けられるって、すごいことだと思う。だから俺は、リリアが魔法をうまく扱えるようになるために力になりたい。いや、なるべきだと思うんだ」
そっと顔を上げると、リリアは戸惑ったような表情をしていた。俺の言葉がどこまで響いているかはわからない。それでも、せめて誠意だけは伝えたい。
「校長にも言われてわかった。改変に頼るんじゃなくて、正攻法で魔法を学ばなきゃダメだって。俺も、本気で勉強する。手先でどうにかするんじゃなくて、ちゃんと基礎を固めて、魔力の流れを理解する。そして一緒に、失敗しない方法を考えたい」
意を決してそう告げると、リリアはわずかに頬を膨らませた。すぐには返事をしない。窓の外を眺めたまま、沈んだ夕日の光が彼女の横顔を照らしている。
「……あんたのこと、ほんとによくわかんない。普通の人間とは違うっぽいのは、なんとなく伝わるんだけど」
ぽつりと、リリアはこぼす。
「まあ……そこまで言うなら、やってみたら? あんたが本当に魔法を学ぶつもりなら、邪魔はしないわ」
リリアの言葉には、やや投げやりな響きもあったが、完全に突き放すわけでもないニュアンスがあった。下を向いていた彼女の目には、ほんの少しだけ光が戻っているように見える。
「ありがとう、リリア」
これ以上、彼女に何を言うべきか迷う。今はきっと、そっとしておくほうがいいかもしれない。彼女自身も心の整理が必要だろうし、俺は俺で、何から学び始めるかを考えなければいけない。
校長やグレゴリー先生の叱責は厳しかった。しかし同時に、それはリリアを救おうとする最後のチャンスを与えてくれたのだとも思う。退学という重い処分はちらついているけれど、まだ終わったわけではない。俺たちがどう変わっていくかで、未来は決まるんだ。
「よし、まずは教科書で魔法の基礎を……」
口に出してみると、やるべきことが山ほどあるような気がして、胸が高鳴る。初めて魔法の基礎に真正面から向き合うなんて、俺にとっては未知の世界だ。でも、プログラムの基礎を勉強するのだって、最初はこんな感じだったはず。
「とにかく、ちゃんと踏み出してみるから。困ったら助けを借りるかもしれないけど、よろしく頼む」
そう言うと、リリアは「ふーん」とだけつぶやき、肩をすくめた。
いつも素直に好意を示さないリリアなりの、精一杯の歩み寄りなんだろう。そう感じるだけで、俺は少しだけ気持ちが軽くなる。
夕暮れの風がさらりと吹き抜けた。寮へ向かう道すがら、俺たちは言葉を交わさないまま並んで歩き続ける。
不安はある。けれど、やるべきことも明確になった。リリアを退学させないため、そして自分の“保護者資格”とやらを剝奪されないためにも、俺は本気で魔法を学ばなければならない。




